第11話:未知なる食材の街歩きと、試験への準備
冒険者ギルドを出た俺は、受付のお姉さんにもらったメモを片手に、城塞都市リバニアのメインストリートを歩いていた。
一週間後の実技試験に向けて、まずは装備とアイテムを整えなければならない。
だが、その前に――。
「すげえ……! なんだこれ、見たこともない食材ばっかりだ!」
立ち並ぶ露店の数々に、俺の料理人としての血が騒ぎっぱなしだった。
「そこの兄さん! 採れたての『発光キノコ』はいかが? 茹でると甘みが出て美味いわよ!」
「こっちにはドワーフ特製の『火竜の岩塩』があるぞ! どんな肉も一振りで極上の味に変わる代物だ!」
エルフのお姉さんが売る青く光るキノコに、ドワーフの親父さんが豪快に笑いながら勧めてくる赤い岩塩。
地球では絶対にあり得ないファンタジーな光景に、俺は完全に目を奪われていた。
『ふふっ。リオン、よだれが出ていますよ。ですが、私の【森羅の叡智】とあなたの料理の腕があれば、この市場にあるすべての未知なる食材を至高の一皿に昇華できるはずです』
「ああ、全種類買い占めたいくらいだ。……おっ?」
ふと、香ばしい匂いに誘われて足を止めると、そこには犬の耳と尻尾を持った大柄な獣人の青年が、大きな肉の塊を解体して並べていた。
「おう兄ちゃん! 肉を探してるのか? この『レッドホーンブル』の肩ロースはどうだい! 今朝仕留めたばかりの極上品だぜ!」
ドサリ、と木の板に置かれたのは、見事なサシ(脂)が入った赤身肉だった。
(美しい霜降りだ……。日本にいた頃に食べた、極上の和牛を思い出すな。あの甘くとろけるような脂の味が、この世界でも味わえるかもしれない)
肉の断面を見た瞬間、俺の脳内で完璧な調理のビジョンが完成した。
「お兄さん、この肉を3枚と、あとそこの骨付き肉ももらえるかな」
「毎度あり! 兄ちゃん、良い目をしてるな!」
ホクホク顔で肉を買い込み、先ほどのドワーフの親父さんから『火竜の岩塩』といくつかの香辛料も手に入れた。
その後はメモを頼りに良心的な武具屋へ寄り、ガイルから貰った古い剣の手入れ用具や、初心者用の革の胸当て、そして回復薬をいくつか購入した。
これで、試験に向けた最低限の装備は整った。
◆ ◆ ◆
夕方。
俺たちは、受付のお姉さんおすすめの宿屋『踊る麦亭』にチェックインしていた。
ここは冒険者向けの宿で、一階の食堂にある大きな厨房を宿泊客が自由に借りられるシステムになっている。料理人である俺にとっては天国のような環境だ。
「よし。それじゃあ、さっそく今日の戦利品を調理していくか!」
厨房に立つと、俺の肩からリコがピョンと調理台に飛び降り、期待に満ちた目で尻尾をパタパタと揺らした。
『さあ、リオン! 私の胃袋を存分に満たしなさい!』
「はいはい。今日のメインはこれだ」
俺は市場で買った『レッドホーンブル』の厚切り肉を取り出した。
まずは肉の筋を丁寧に切り、常温に戻しておく。
フライパンを火にかけ、十分に熱したところで牛脂を溶かし込む。
そこに、肉を静かに投下した。
ジュゥゥゥゥッ!!
食欲を暴力的に刺激する音が響き、脂の焦げる強烈な香りが厨房いっぱいに広がった。
「ここで、ドワーフの親父さんから買った『火竜の岩塩』の出番だ」
表面にこんがりと焼き色がついたところで、赤い岩塩と香辛料を振りかける。
岩塩が肉の熱で溶け出し、赤身の奥深くまで旨味を引き出していく。
「完成だ。レッドホーンブルの極上ステーキ・火竜岩塩仕立て」
木のプレートに盛り付け、肉汁が滴る熱々のステーキをテーブルに運ぶ。
俺はナイフで大きめに切り分け、まずはリコの用のお皿に取り分けた。
『いただきまーーすっ!!』
リコが上品さもかなぐり捨てて肉に食らいつく。
『……っ! な、なんですかこれはぁぁっ!!』
リコは目を丸くし、全身の毛を逆立てて震えた。
『肉の強烈な旨味を、岩塩のピリッとした辛味と奥深いミネラルが完璧に引き立てています! 噛めば噛むほど溢れ出す極上の肉汁……っ! 私の演算能力でも計算しきれない、未踏の美味しさです!!』
「ははっ、大げさだな。俺も一口……うまっ!!」
口に入れた瞬間、とろけるような脂の甘みが広がった。
想像していた通り、いや、それ以上に美味い。現代の高級和牛にも引けを取らない、ファンタジー世界ならではの力強い生命力を感じる味だ。
俺たちは夢中になって肉を平らげ、最高の夕食を堪能した。
◆ ◆ ◆
食後。
宿の裏庭にある静かな広場で、俺は一人、剣の素振りをしていた。
「ふっ……シッ!」
ガイルに教わった重心の移動。ドンに教わった受け流しのステップ。
リコとの【能力共有】によって頭の中に描かれる『光のガイドライン』をなぞるように、俺は何度も何度も反復練習を繰り返す。
(あの冷たい視線……『テイマーは死ぬ』って言葉、絶対に覆してやる)
剣を振り終えると、今度はエイミーに教わった通り、へその下から魔力を引き上げる感覚に集中する。
指先に魔力を集め、「ピカッ」と念じると、ふんわりとした優しい光の玉が浮かび上がった。
(いざという時は、この光を極限まで圧縮して閃光弾にする。……今の俺の手札はこれだけだ。でも、きっとやれるはずだ)
まだ見ぬ世界の食材を求めて、この街から先の大きな世界へ旅立つために。
俺は決意を新たに、一週間後の実技試験に向けて静かに闘志を燃やしていた。




