第10話:冒険者ギルドの洗礼と、テイマーの現実
巨大な石造りの門をくぐると、そこには活気に満ちた異世界の光景が広がっていた。
「いらっしゃい! 焼きたてのオーク肉串はいかが!」
「西の森で採れた新鮮なハーブだよー!」
石畳のメインストリートには無数の出店が並び、香ばしい肉の焼ける匂いや、見たこともない香辛料の香りが漂ってくる。
行き交う人々も様々だ。
長い耳を持った美しいエルフが野菜を吟味し、小柄で筋肉質なドワーフが重そうな金属の箱を運び、犬や猫の耳を持った獣人たちが元気よく笑い合っている。
「すごい……本当にファンタジーの世界だ」
どこを見ても未知の食材ばかりで、料理人としての血が騒ぐ。
俺が目を輝かせていると、リーダーのガイルが笑いながら肩を叩いた。
「驚くのはまだ早いぞ。ここは王都に次ぐ規模の大きな街だからな。……さて、俺たちはこれから買い付けた染料と魔物の素材を売りに行かなきゃならねえ。一旦ここでお別れだ」
「はい。ガイルさんたちには、本当に何から何までお世話になりました」
俺が深く頭を下げると、ドン、エイミー、ミランダの3人も優しく微笑んでくれた。
「リオン君、冒険者登録が終わったらちゃんと美味しいもの食べるのよ!」
「ああ。お前さんの飲み込みの早さなら、きっと立派な冒険者になれるさ。ギルドはあの大通りを真っ直ぐ行った先だ。頑張れよ!」
恩人である『暁の盾』のメンバーたちと別れ、俺は教えられた通り、冒険者ギルドへと向かった。
◆ ◆ ◆
剣と盾が交差した看板が掲げられた、一際大きなレンガ造りの建物。
ここが冒険者ギルドだ。
重厚な木の扉を押し開けると、むせ返るような酒の匂いと、荒くれ者たちの熱気が押し寄せてきた。
「……っ」
昼間だというのに、ギルド内にはいかにも歴戦の猛者といった雰囲気の冒険者たちが溢れている。
入り口に立った俺に、何人かの鋭い視線が突き刺さった。
(やっぱり、本職の冒険者たちのプレッシャーは凄いな……)
少しだけ緊張しながら、俺は一番空いている受付窓口へと向かった。
そこには、柔らかい笑顔を浮かべた人間の女性職員が座っていた。
「いらっしゃいませ、冒険者ギルドへようこそ! 本日はどのようなご用件でしょうか?」
「あ、新規の冒険者登録をお願いしたいんですが」
「承知いたしました! では、こちらの魔石板に手を触れてください。適性と職業を確認いたしますね」
俺が言われた通りに手を触れると、魔石板が淡く光った。
受付のお姉さんは手元の書類にペンを走らせながら、俺の腰の古剣を見て微笑んだ。
「ええと、リオン様ですね。立派な剣をお持ちですし、職業は『剣士』でよろしいですか?」
「あ、いえ。俺の職業は『テイマー』です」
俺がそう答えた瞬間。
ガタンッ! と、隣のテーブルで酒を飲んでいた大男が椅子を蹴立てて立ち上がった。
「おいおい、冗談だろ兄ちゃん? テイマーだと!?」
大男の声に反応し、ギルド内のざわめきがピタリと止まった。
周囲の冒険者たちから、哀れみと嘲笑の混じった声がヒソヒソと聞こえてくる。
「テイマーだってよ……魔物を屈服させるだけの力もない、最弱の不遇職じゃないか」
「あんなの、まともな戦闘スキルもない素人と同じだぜ」
「やめとけやめとけ、あんなヒョロいやつ、ゴブリンの群れに囲まれたら一瞬で骨になっちまうぞ」
冷ややかな言葉の数々に、俺は思わず息を呑んだ。
ガイルから「並大抵のことじゃない」とは聞いていたが、まさかここまで露骨に見下される職業だったとは。
受付のお姉さんも、先ほどの笑顔から一転、ひどく心配そうな顔になっている。
「あ、あの……リオン様。テイマーという職業は、ご自身の戦闘力が極端に低いため、死亡率が最も高い危険なクラスなんです。命に関わりますから、冒険者登録は考え直した方が……」
「死ぬ……」
周囲の冷たい視線と、現実的な『死』という言葉に、さすがの俺も少しだけ足がすくみそうになった。
その時だ。
『――ふふっ、愚かな人間たちですね。己の狭い常識だけでしか物事を測れないとは』
肩の上にちょこんと乗っていたリコが、俺の耳元で小さく、けれど力強く囁いた。
『リオン。顔を上げてください。あなたはたった数日で、プロの冒険者の剣術も魔法の基礎も習得したではありませんか。それに……私がついています。何も恐れることはありませんよ』
「リコ……」
俺の頬に、リコの柔らかい毛並みがスリッとすり寄せられる。
その温もりと心強い言葉に、スッと肩の力が抜けた。
そうだ。俺には頼れる相棒がいる。
それに、ここで諦めたら、まだ見ぬ世界中の美味い食材を探す旅が終わってしまう。
俺は真っ直ぐに顔を上げ、受付のお姉さんに向き直った。
「心配してくれてありがとうございます。でも、俺は冒険者になりたいんです。登録をお願いします」
俺の迷いのない瞳を見て、お姉さんは小さくため息をつき、やがて真剣な顔で頷いた。
「……分かりました。ですが、ギルドの規定により、冒険者として正式に登録するためには『実技試験』に合格していただく必要があります」
「実技試験、ですか」
「はい。一週間後、この街の近郊にある初心者向けの洞窟で行われます。それまでに、しっかりと装備と準備を整えておいてくださいね」
そう言うと、お姉さんは一枚のメモ用紙に何かを書き込み、俺にこっそりと渡してくれた。
「これ、私のおすすめの安くて美味しい宿屋と、良心的な武具屋さんの地図です。……リオン様、どうか死なないでくださいね」
「……っ! ありがとうございます、必ず合格してみせます!」
冷たい視線を浴びる中で見つけた、お姉さんの小さな優しさ。
俺はメモを大切にポケットにしまい、背筋を伸ばしてギルドを後にした。
(一週間後の試験。……よし、やるからには絶対に受かってやる)
試験までの7日間。
ガイルたちに教わった基礎の反復練習と、未知の市場での食べ歩き。
やるべきことはたくさんある。俺の異世界生活は、ここからが本番だ。




