17.不識庵の馬鞭
冒険者セルルトはとても強かった。どれくらい強いかというと、岩を拳で粉砕し、巨大なオーガを投げ飛ばせるくらいには強かった。しかし、その強さとは裏腹に、彼は無益な殺生を好む男ではなかった。
「はあ、指名依頼だから断るのは難しいが、フェニックスの羽根かあ・・・」
冒険者として最高位に属するセルルトには、時に王侯貴族や豪商から指名依頼が舞い込む。それが人々の生活を脅かす凶悪なモンスターの討伐であったり、商隊を襲う賊の討伐であったならセルルトは迷うことなく受けている。だが、虚栄心を満たすためだけに、特に敵対しているわけでもないモンスターを殺して羽根を毟るというのは気が進まなかった。巣をみつけて抜け落ちた羽根を探すという手もあるが、いかんせん、セルルトはその膂力と大柄な体格そのままに隠密行動が苦手だった。つまりは正面から敵を粉砕するのは得意だが、搦手にはとことん向かない男なのである。
巣から羽根を盗ってこれそうな冒険者に依頼しろよ、とは思うものの、そもそもフェニックスの巣に忍び込んで無事に帰って来られる時点で相当に高位でなければ難しい。そんなことができそうな冒険者にセルルトは1人だけ心当たりがあるが、その男は非常に気まぐれで、自分が気に入った依頼しか受けない上に、裏で美食ハンターなどと呼ばれており、食材やそれに付随した依頼以外には滅多に興味を示さない。強いだけでなくやたらと見目の良い男なので、傍に置きたいと欲を出した貴族が手痛い反撃を受け、貴族の矜持を傷つけられたと追っ手を差し向けたが全てを返り討ちにし、結局その貴族は没落したという。
「仕方ない、フェニックスが確認されたことのあるダンジョンに行くか・・・」
気は進まないが、何度か世話になっている商人からの依頼なので受けないわけにはいかない。転移陣を使えばフェニックスが確認されたことのある150階層以下に行くのは簡単だが、気が進まないため1階層から降りていくことにする。心が決まったら10階層毎にある転移陣を使用すればいい。最近は最初からある程度の階層に転移することが多かったから、長閑な浅層を散策するのは久しぶりだ。
「宝箱・・・?」
眼の端に浅層にあるはずのないものが映る。宝箱は10階層以下に潜らなければ出現しない。いや、誰もが一生に1度だけ手に入れることのできる個人用アイテムは浅層でしか出現しない。ということは、まさか俺のための個人用アイテムか?!
「特に何かを願った覚えはないのだが・・・」
個人用アイテムは願いによって出現するものだと思っていたのだが、何が入っているのだろうか、場合によってはフェニックスは後回しにして一旦地上に戻り神殿に行くべきだろう。
「なんだ、これは・・・?」
宝箱の中には細い棒が入っていた。木に何か細い植物の蔓を巻き付けたような棒で黒と赤で色が付いていて、房飾りが付いている。何に使うものなのかさっぱりわからん。
「一旦地上に戻るか・・・」
フェニックスを倒して羽根を毟るのに気が向かなかったのもあり、俺は地上に戻って神殿に行くことにした。
俺は手に入れたアイテムを持って神殿に向かう。
鑑定料を払い、祭壇によくわからない細い棒を載せて神に祈りを捧げる。
天から光が降り注ぎ、ミスリルの板に文字が浮かび上がった。
“フシキアンノバベン”
“音を立てず気配を消して行動することができる。使用制限:義を重んじ、武に長けた者”
「は・・・?」
俺の口から間抜けな声が漏れた。
俺は早速考察屋に行くことにした。これは確かに俺が必要としているアイテムだ、早急に使用方法をはっきりさせなければならない。幸い行くのは初めてだが、とんでもなく正答率が高いと評判の考察屋があるしな。
考察屋の扉を開けると、チリンチリンと扉の上部に取り付けられたベルが鳴る。
「いらっしゃいませ。異世界アイテム取り扱い考察店へようこそ。店主のルナ・イザヨイと申します」
黒髪に眼鏡をかけた細身の女が座っている。一見か弱そうだが、下手な冒険者や騎士より強いな、一瞬背筋がピリッとした。
「個人用アイテムの使用方法を考察してほしいのだが」
「ご存じかと思いますが、必ずしも使用方法が判明するとは限りません。判明しなかった場合も考察料の3万ギルの返金はありません。よろしいですか?」
「ああ、わかっている」
俺は3万ギルを払い、“フシキアンノバベン”を店主の前のテーブルに置く。
「“フシキアンノバベン”だ。効能は“音を立てず気配を消して行動することができる。使用制限:義を重んじ、武に長けた者”となっている」
「失礼ですが、何故隠密行動をしたいのか伺っても?」
「俺は冒険者として結構有名で時々指名依頼を受けるんだが、街や村を襲う凶悪なモンスターを討伐したり、商隊を狙う賊を討伐するのは望むところなんだが、それ以外にも特定の珍しいアイテムを手に入れてほしいという依頼もあるんだ。誰かを助けるためのアイテムとかならともかく、ただ飾って他人に自慢するためだけに特に敵対してもいないモンスターを殺すのは少しばかり気が引けるんだよ。今受けている依頼がフェニックスの羽根で、うまいこと巣をみつけられれば抜け落ちた羽根を手に入れられるかもしれないだろう?フェニックスはこちらから手を出さない限りは向こうから襲ってくるモンスターじゃないし」
「なるほど、お優しいのですね」
店主がくすりと笑うと切れ長の黒い眼が細められ、冷たい印象だったのが柔らかくなる。
「不識庵の馬鞭、ですね。不識庵とは、とある国の群雄割拠の時代、軍神と称えられ義に厚かった領主のことです。隠密行動ができるようになるのはとても高い効能ですが、使用制限がなかなかに厳しい。義を失えば効能も失われるということですから、ただ強いだけでは使いこなせません。報酬はいかほどと考えておられていますか?」
これで相場より安い報酬を提示すれば、義がないということでこのアイテムは使えないということか。常に自分を戒めるという意味でも良いアイテムだな。
「即金なら5000万ギル。それ以上を求められるなら、少しばかり時間をもらうが、これでも冒険者としては最高位だからな、金はいくらでも作れる」
「ふふ、良いでしょう。ならば私への報酬は半額の2500万ギルで、残りの半分は神殿や孤児院への寄付としていただけますか?」
「承った」
「商談成立ですね。ですが、この馬鞭はおそらくただ持っているだけで良いと思いますよ。鞭声粛々夜河を過るという詩がありまして、馬の鞭の音さえも密かに軍勢は夜陰に乗じて静かに川を渡ったという意味です。馬鞭は馬の鞭ですが、この時代の馬鞭は将が軍を指揮するための軍配としても使用していましたし」
「これは馬の鞭なのか?」
俺は“フシキアンノバベン”を手に取りしげしげと眺める。こんな飾りのような棒で馬を打たなくても、拍車を使えばいいだろうに。そしてただ持っていれば良いとは。確かに、地上ならともかくダンジョン内で馬に乗ることもないからな。
「ただ持っているだけで良いということを理解していなければ、おそらくアイテムの効能も発揮されない、実に面倒くさいアイテムですね」
「違いない」
そのうち“シンゲンノグンパイウチワ”とかも出てきたりするのかなあ、という店主の不思議な呟きを背に俺は店を出た。
眠る巨大なフェニックスを横目に、俺は巣に落ちている羽根を拾う。
店主の言った通り、“フシキアンノバベン”を腰に差しているだけで俺はモンスターに気付かれずに行動することができた。
これで殺す必要のない相手を殺さずに済む。
俺は実に晴れやかな心でフェニックスの巣を後にした。




