18.保温調理鍋
料理にはセンスと才能が必要だ。
俺はかつて父親の正妻からの毒殺を免れるために料理を覚えたが、それは焼く、煮るという食材の加工の仕方を覚えたというだけで、実際には料理と呼べるようなものではなかった。料理自慢の食事処や宿の料理を口にする度に俺はそれを実感してきた。ただ塩を振って焼くだけの肉など良い例だろう。同じ肉であっても、野営中に腹を壊さないように焦げる寸前まで適当に焼いたものと、熟練の料理人が丹精込めて焼いた肉では、食材となった元の動物に深く詫びたくなるほどに違う。
何が言いたいのかというと、俺には料理のセンスと才能がなかったということだ。
戦闘の才能には恵まれたからこれまで生き延びることができたが、料理の才能は皆無だった。俺が自分で料理をすると、焼くのは焦げすぎなければ良い、煮るのは生煮えでなければ良い、という代物しか出来上がらないのだ。
おかしい。
味覚も嗅覚も鋭敏で美味いものには目がないというのに、何故自分で作ろうとすると食べても生命と身体に問題はないものしか作れないのだろうか。いや、その生命と身体に問題がない、という点が1番重要だった時期が長すぎた弊害かもしれない。
俺は先日ダンジョンで手に入れたばかりの“ホオンチョウリナベ”を前にため息を吐いた。
俺は冒険者だが、既に一生食うに困らない程度の財は築いているので、ダンジョンに潜るのは暇つぶしのようなものだ。一定期間以上潜らないでいるとランクを下げられるしな。最近は専ら緊急依頼以外は珍しい食材や調理器具が出るダンジョンに潜っている。
そこで手に入れたのがこの“ホオンチョウリナベ”だ。
なんかやたらとしっかり蓋の閉まる鍋とその鍋がすっぽり入る入れ物で、効能が“煮崩れや焦げ付きがなく温度が下がっていく過程で味がしっかり染み込み肉も硬くならない”という素晴らしいものだった。
この“ホオンチョウリナベ”を使えば、料理の才能のない俺でも煮崩れや焦げ付きがなく味のしっかり染み込んだ硬くない肉料理を作ることができる!と喜び勇んで肉屋で1番高い肉を買い、宿の宿泊客用の調理場に来たのだが、いかんせん、使い方がわからん。
試しに鍋に水を入れて肉を入れて煮てみたが、普通に煮えてパサパサになっただけだった。ちなみに塩も何も入れずに水だけで煮たので味もほとんどなく、足元にやってきた宿の猫にやったら喜んで食ってくれた。
そんなんを3日続け、宿の猫たちにはすっかり懐かれ今も足元でにゃーにゃーとすり寄ってきているが、俺は自分の才能とセンスの無さに打ちひしがれた。
「ローエンブルクの考察屋に行くか・・・」
ここからローエンブルクの街までは10日ほどかかるが、この辺の考察屋に片っ端から行くより10日かけてもローエンブルクまで行った方が確実だろう。考察料の3万ギルはどうでもいいが、無駄足を踏むのは最小限にしたい。
ローエンブルクの街には夕方に着いたため、まずは宿で旅の疲れを取り翌朝1番で考察屋を訪れることにする。
「いらっしゃいませ・・・おや、セファイドさん」
黒髪の店主が俺を認め黒い眼を細めて微笑む。その髪には、俺が以前食事代にと渡した“トヨタマヒメノカンザシ”が飾られている。あれは髪飾りだったのか。黒髪には真珠が良く映えるから、店主に渡して良かった。
「やあ店主殿。また考察を頼みたいアイテムがあるんだが、“ホオンチョウリナベ”という」
「また調理器具ですか」
店主に笑われるが、確かに毎回調理器具ばかり持ち込む客は珍しいだろうな。俺は考察料の3万ギルと“ホオンチョウリナベ”をテーブルに載せる。
「“ホオンチョウリナベ”だ。効能が” 煮崩れや焦げ付きがなく温度が下がっていく過程で味がしっかり染み込み肉も硬くならない”なんだが、どうやって使ったものかわからなくて、普通に煮ても効能のような煮崩れや焦げ付きがなく味がしっかり染み込み硬くないからは程遠い仕上がりにしかならなくてな」
「ああ、なるほど。保温調理の原理を知らなければそうでしょうね」
店主にとても気の毒そうな目で見られる。やはり何か特別な使い方があるんだな。
「保温調理とは、食材を予熱を利用してじっくり火を通す調理方法なのですよ。何を作るかにもよりますが時間がかかります。ただ放置しておけば良いので楽ですよ。そうですね、角煮でも作りますか。セファイドさん、成功報酬として豚バラ肉の塊を買ってきてください、あとショウガとグリーンオニオンを」
「わかった。すぐに買ってくる」
店主に言われた通り、肉屋で豚バラの塊の1番高いのを買い、八百屋でショウガとグリーンオニオンを買う。グリーンオニオンなんて初めて買ったな。
「まず内鍋で肉を茹でます」
店主は豚バラ肉の塊をそのまま“ホオンチョウリナベ”の中の鍋に入れて被るくらいの水を入れて火にかけた。ここまでは俺でもできる。
買ってきたショウガとグリーンオニオンをザクザクと店主が切っているうちに沸騰してきた。
「セファイドさん、アク取りしてください」
店主が火を弱め、レードルと器を渡されたので言われるままに浮かんでくるアク取りとやらをしていると、店主が切ったショウガとグリーンオニオンを鍋に加えた。
「はい、これでまず1時間ほど保温容器で保温しますね」
店主がホオンチョウリナベの外側のホオンヨウキにウチナベをそのまま入れて蓋をする。
「このまま1時間すれば食べられるのか?」
「まだですよ、今のうちに煮汁の準備をします。ゆで卵も入れましょうか」
店主の厨房には見たことのない調味料が山ほどあった。店主は水、酒、ショウユウー、砂糖ときっちりと量を測っていき、先ほど余ったショウガを切る。
「料理というのは慣れるまでは正しい分量を計測した方が良いですよ。適当にやっても美味しくできるのは毎日のように料理をしている人だけです」
「なるほど」
耳が痛い。
店主は卵を茹でると言って、それも砂時計を置いてきっちり時間を計って茹でていた。どうやら料理とは錬金術の領域のようだ。
店主は“ホオンチョウリナベ”から肉を取り出し洗っている。茹でた肉を水で洗うのか。そんなことをするのを初めて見た。
先ほどきっちり計っていた調味料を鍋に入れ沸騰してから大きく切った肉を入れている。
「弱火で10分くらいですね。ゆで卵も入れましょう」
店主が剥いた卵はツルンとして綺麗だが、俺の剥いた卵はボロボロで一目でわかる。卵ひとつでもレベルの差が歴然としている。生の魚を切り方だけで芸術の域まで高められる店主は、卵の殻の剥き方でも俺を圧倒した。
「保温容器に入れて2時間以上保温します。時間があれば一晩くらい置いてもしっかり味が染みますが、今日は夕食にちょうど良いですね」
「すまない店主殿、1日俺に付き合わせることになってしまった。店には休みの札を掛けていただろう?補填させてもらう」
「セファイドさんには柳葉包丁とこの豊玉姫の簪もいただきましたし、構いませんよ。本当なら考察料も不要と言いたいところなのですが、そこは考察屋の規則ですので」
店主はくすりと笑うが、俺にとっては使えないアイテムを渡しただけだ。
「さて、米を炊くとして、あとは副菜に夏野菜の南蛮漬けでも作りましょうか」
店主がストックしていた野菜を切って油で揚げていき、きちんと量った調味料に漬けていく。美味い料理というのはこんなに手間暇かかるものなんだな。まあ、有名な食事処や宿はレシピも秘密にしているから、調理をしているところなんてまず見せてくれないんだが。
「店主殿は料理人ではないんだよな?」
「違いますよ。料理は趣味のひとつですね。以前料理の苦手な友人が言っていましたが、誰でもレシピ通りに作ればレシピ通りの料理は完成するけれど、そこから自分好みにアレンジしたり、オリジナルの料理を作るのにはセンスと才能が必要だそうですよ」
至言だ。
その店主の友人は世界の真理を理解している。
「さて、お吸い物もできたし米も炊けたし南蛮漬けも良い感じに漬かったところで夕食にいたしましょうか。角煮もそろそろ良いでしょう」
“ホオンチョウリナベ”に入れたまま放置されていた豚肉と卵を店主は温め直して皿に盛り、上に細く切ったグリーンオニオンを載せる。
宿で朝食を食べてから昼に何も食べていなかったので最高に空腹だ。
フォークを豚肉に入れるとほとんど抵抗もなく肉が崩れる。脂はふわふわで柔らかく、甘辛い味付けが口の中で肉と蕩けた。
豚肉が、と・ろ・け・た!
「―!-!-!-!-!」
俺はこんなに美味な肉料理を生まれて初めて食べた!
何も味付けをせず炊いた米と甘辛い肉と卵の味付けが最高に合う!
具の少ないオスイモノというスープとナンバンヅケという野菜料理が豚の脂をさっぱりさせ、いくらでも食べられる!
店主が大きな鍋いっぱいに炊いてくれた米はすっかりなくなった。
「おお、3合くらい炊いたのに綺麗になくなりました、凄いですね」
女一人暮らしでは俺の半分も食べないのだろう、店主が鍋を見て笑っている。
「店主殿、どうやら俺にこの“ホオンチョウリナベ”は使いこなせないようだ。このまま店主殿に進呈させてもらって良いだろうか?」
今回作ってもらった“カクニ”という料理は手順通りに作れば作れるだろう。だが他の料理はレシピがなければ俺には作れないし、自分好みの料理を自分で考えて作るなんて高等な真似は絶対にできない。
「あら、よろしいのですか?」
「ああ。言ってくれれば食材はなんでも買ってくるから、また何か食べさせてくれると嬉しい。あと以前の”オニオロシ“も進呈させていただく」
道具というものは、使いこなせる者の手になければ意味がない。
俺はこの先また料理器具をみつけたら、自分で試そうなどという無駄なことはせず真っ直ぐにこの店に持ってこようと心に決めた。




