魔石の力
酔っ払い共がうじゃうじゃいる宴会会場は、耳を塞ぎたくなるほど騒がしい。会場の外からも十分声が聞こえる。この時が来たと、男———コルタカはウキウキと心を弾ませ、白いフードを目深に被り、戸を押し開けた。一気に押し寄せてきた喧噪もいつもなら不快に感じるだろうが、今日はまったく気にならない。一点をめがけ、足を速めた。
「旦那様、コルタカでございます。時間となりましたので進めさせていただいてもよろしいですか?」
喉をひっつかせながらこちらを見たカエルは、何杯の酒を飲んだのだろうか。顔は赤らみ、ひどくご機嫌だ。
カエルは酒をつがせていた使用人を下がらせ、コルタカに盃を近づけた。
「これからどうするのじゃ?」
仕方なく、使用人の代わりに酒をつぎながら、コルタカは微笑んだ。
「旦那様はここでごゆっくり見ていてください。私が行いますので、旦那様に代わってこの場で発言する許可をいたただいても?」
「ああ、構わん。頼んだぞ」
無事、許可が下りたところで、コルタカは化け物がうごめく中心部へと向かう。床に描かれた魔法陣の上にいる限りは、たとえ魔族であってもコルタカには手も足も出せない。使用人だと思ったのか伸びてくる腕を払い落としながら、宴会会場の中心部———魔法陣の中心部で足を止めた。
一つ、息を吸うと慣れない大声を張り上げる。
「さあさあこれより、お楽しみのショーへ移りたいと思います」
化け物の視線が一斉に集まる。あれは人間か? という声がちらほらと上がるが、大きな騒ぎにはならない。どいつもこいつも酔っ払っているのだ。
「では、まずは世にも珍しきものをご覧にいれましょう。……皆さん、こちらはご存じでしょうか?」
高々と魔石を掲げるも誰もが不思議そうな顔をする。何だあれ? そんな声があちこちで上がる。しかし、魔石がキラリと光に反射し、光ると、誰かが思い出したようにあっ! と声を上げた。
「魔石だ」
波紋のように、あたりにどよめきが広がった。うるさいな。人の話を聞けっての。騒がしさが増した会場を見渡しながら、コルタカは呪文を唱える。途端あたりは光で包まれ、静寂が訪れた。
「皆さん、静かにお聴き願います」
化け物たちは口を開くが、声を出すことができない。ただにこりと微笑むコルタカの声だけが響き渡った。
「そう、これはご存じの通り、あの魔石が分裂したものでございます。今からこれを、元の魔石———黒玉に戻してみせましょう」
ぱちりと指を鳴らし、声を戻してやる。怒り狂った化け物がコルタカへ殴り掛かろうとするも、失敗に終わった。足を動けなくさせたのだ。
騒がしさを取り戻した会場を気にすることなく、コルタカは準備を進めた。
「では、これより始めさせていただきます」
一つ、優雅に腰を折ると、高らかに宣言した。
「闇の帝王よ! このコルタカ、見事黒玉を取り戻して見せましょう」
大げさな物言いはあたりの観客のためだ。呪文を唱え始めると、空に投げた魔石が光り出し、空中に漂う。あたりの怒号はまたしてもどよめきに変わった。
「さあ、使い手よ。己の力を存分に発揮するといい!」
魔石は、コルタカの頭上をゆっくりと回りながら、強く光り始めた。
***
会場から離れた部屋は静寂に包まれていた。苛立ちと焦りがあたりを包む。
しかし、突如として魔法陣が光り出すと、状況は変わった。魔法陣の円周から飛び出た光が三人の頭上の一点に集まり、円錐の、三人を取り囲む檻のようなものを作り上げた。
バックルは驚きで目を見開く。何がどうなっているんだ!
「くそっ、始まったか」
ネイガーが舌打ちすると同時に魔法陣全体が光り出す。すると、突如魔法陣の中にいた三人が悶え苦しみ始めた。苦しい。息が上手くできない。
「にい、さん! バックル!」
マゾは声を上げるも動けないブローナを見下ろし、魔法陣に目を移した。
「うっ、まるで、力が吸い取られるみたいだ」
「みたいじゃない。本当に吸い取られているんだ。くそっ、あの床に描かれたのも魔法陣だったんだろう。連動して、魔石の力を放出させようとしている!」
光が増し、ネイガーは膝を折った。いつの間にか足は自由になっていたが、到底立ち上がることなどできない。
バックルは、今まで経験したことのない感覚に戸惑った。体中が熱くなり、どこか底から、自分では制御できない力が沸き起こる。自分の体じゃない気がして怖い。
(どうすればいい! このままじゃあいつの思うつぼだ!)
だが、バックルにはどうすることもできない。できるとしたら―――。
「ネイガー! お前しかいない! 魔法陣を止めてくれ!」
「くっ、何か考えがあるなら言ってみろ!」
「今放出しているよりも強い力を放出するんだ! 力を閉じ込めれなくなったら、魔法陣を止められるかもしれない」
「無茶言うな! 今の力が最大だ!」
バックルはネイガーと目を合わせた。バックルの目は力強く光っていた。
「お前ならできる! ブローナを助けたいんだろう? 家族を助けたいんだろう? 家族のためにこれまで生きて、強くなったお前なら、きっとできる」
ネイガーはしばらくバックルから目をそらすことができなかった。まるで、心の奥まで見透かされているようだ。しかし、ちっとも不快ではなかった。代わりに何か温かいもので心が満たされていった。
ふいと目をそらし、うつむく。
「フッ、無茶を言う。お前はいつもそうだ。……お前といると、調子が狂う。取り繕って、必死に隠していたものが剥がれてしまう」
ネイガー顔を上げ、今度はまっすぐにバックルと目を合わせた。
「仕方ない。やる気にさせたからには責任とれよ」
いつもとは違う、どこか優し気な笑みを浮かべたネイガーに、バックルは笑い返した。
「ああ。じゃあ、頼むよ。お前にしかできないんだ」
「むかつく奴だ」
ネイガーは足に力を込めた。ただ力の流れになす術がなかった体を自分の元に引き寄せる。叫び声を上げながら、ネイガーは立ち上がった。
「兄さん……」
マゾの足元でブローナは必死に頭を上げてネイガーを見つめる。
偶然にも聞いてしまった話を思い出した。
『あいつがその頃急成長していたらしい。バアサンが裏の仕事をさせようとそれに目をつけた。……なぜか気づいたらそれを止めていた』
ブローナの目から、抑えていた涙が溢れ出した。
「にい、さん」
「ああああああああああ!」
叫び声を上げるネイガーに、マゾも一歩踏み出す。
魔法陣から溢れ出す光の強さが増していた。ピキピキと光の檻にひびが入る。
「そんな。馬鹿な。魔法陣が破られるなんて」
ネイガーが背を反らし、腹に力を入れ、何かを振り払うように、体全体で叫ぶ。
あたりが光りで溢れ、誰もが腕をかざし、その光景を見つめた。
ひびが広がり、頂点に達すると、光がはじけ飛ぶ。
バックルは光の中に立つ、黒い人影を見つめ、思いっきり声を立てて笑った。
「流石だな。やっぱりネイガーはすごいや!」
光が収まると、そこには肩で大きく息をするネイガーの姿があった。
バックルは立ち上がり、ネイガーの肩を叩く。
「やったじゃないか! すごかったぞ」
バックルの手を振り払い、ネイガーはまっすぐ戸の方を見る。
「まだ終わったわけじゃない。俺は奴のところに行く」
揺るぎない瞳を見て、バックルは頷いた。
「ああ、行ってこい。こっちは任せろ」
腕で汗を拭い、駆け出したネイガーにマゾは声を上げる。
「待て! この子がどうなってもいいのか!」
足手まといになるまいと、床を這っていたブローナの首根っこをマゾは摘み上げる。
「離せ! 兄さん早く魔石を!」
一瞬足を止めたものの、ネイガーは声に後押しされるように、後ろを振り向くことなく、部屋を出ていった。




