バトル
「くそっ、妹が殺されてもいいのか! 仕方ない!」
ブローナを投げ出し、ネイガーの後を追うマゾの前にバックルは躍り出た。マゾはその動きが俊敏なことに顔をしかめる。
「お前、痺れ薬は効いていないのか!」
「初め、よろけて倒れてしまった以外、ほとんど効かなかったな。ばれずにすんで良かったよ。悪いが、あいつの後を追わせるわけにはいかないいんだ」
構えをとるバックルにマゾはにやりと笑った。
「いい根性だ。だが、私は早く行かせてもらう」
早く片付けてしまおうという気まんまんのマゾに、バックルもにやりと笑う。元から一人で敵う相手だとは思っていない。
「言っとくが、俺一人ではないぞ。おい! 来てるんだろう! 力を貸してくれ!」
バックルが叫ぶと、戸の向こうから、数人の男が飛び出してきた。
「もちろんです。我々にも里の者の恨みを晴らさせてください!」
西の里の男たちの目は怒りで染まっていた。
「話を、聞いていたのか」
だが、悪いなとマゾは目をぎらつかせた。
「地獄へも行けないことを覚悟の上だ。私はあの方に仕えると決めた。ここでは死なない」
マゾは剣を振るい、取り囲む者を見渡した。
「いい顔だ。剣士として、戦えることを嬉しく思う」
その言葉を合図に一斉に動き出した。
***
コルタカは己の頭上で光り輝く魔石を、口の端を持ち上げながら見つめた。
(いい調子だ。そろそろ闇の帝王もお気づきになったはずだ)
その時、ぞわりとする感覚が体中を駆け巡る。周囲の化け物達が下を見て、悲鳴を上げ始めた。見ると、床いっぱいの黒い手が、下から伸びてきていた。
「闇の帝王よ! よくぞ来てくださいました! 今私が黒玉に戻して見せます。お待ちください」
黒い手は床から這いあがるようにして、ついに床から出てきた。実体のない手は、足元をゆらゆらと漂いながらも、玉を欲するように、コルタカの足元で花開く。
(なんていう力だ。仮の手なんだろうが、圧を感じる。化け物達もすくみ上ってるな。こいつに付き従えば、魔界全土を見渡せるだろう)
力が吸い込まれそうなのを耐え、掲げた両手に力を込める。もう少しだ。魔石から輝く光が合わさろうとしている。しかしその時、一つの魔石がひときわ輝き始めた。
(あれは、北の里の! 何かあったのか? この状態では自分の力を制御できねぇ)
地下でなにか起こっているのかもしれない。しかし、今は『見る』ことができなかった。魔石を睨み上げていると、益々輝きが増していく。途端、魔石がはじけ飛んだ。今までよりも強い光が、宴会会場全体を覆った。
化け物達が悲鳴を上げて顔を覆う。魔物は光に弱い。それに、この魔石は一種の浄化作用を持っている。苦しみながら次々と消えていった。
「くそっ! 何がどうなっているんだ!」
光が収まる頃には、全ての玉が力を失い、床に落ちていた。一つを除き、けたたましい、耳につく嫌な音を立てながら砕け散ってしまった。
下を見ると、そこにはもう黒い手はなかった。
コルタカはがっくりと肩を落とす。
「あ~あ、失敗か。成功すると思ったんだけどなぁ。何がいけなかったかなぁ」
頭をかいていると、あたりを、生き残った魔物に取り囲まれた。魔法陣の力も失われたのだ。
「おい、人間。さんざんな目に合わせてくれたな。俺様の胃袋にいれてやる!」
大きく口を開けた魔物が襲いかかる中、コルタカはぼんやりとその口の中を見つめる。
鋭い歯が、コルタカを噛みつく寸前、化け物達が、腹を抑えてうめき出した。コルタカは一歩下がり、うめく化け物どもを見て息を漏らした。
「あ~あぶねぇ。酒に混ぜといて良かったよ。悪いね。君達はどちらにしろ消えていく運命だったんだ。すぐに楽になるよ」
化け物達はコルタカを睨みながら、血を吐いて消えていった。
「お、ぬし」
声をかけられた方を見ると、カエルが腹を抑えながら近づいてくる。
「あれ? 旦那様に用意しておいたのは、全部薬入ってないはずなんだけどなぁ? 欲張って、振る舞い酒も飲んだ? 悪いけど、もう助けようがないって」
コルタカは立ち上がると、たった一つ割れていない魔石を手にする。
「う~ん。これがあったら元に戻せるよな。頃合いになったら取りに行くか。逃走劇はまだ続くもんな」
肩を掴んできたカエルを鬱陶しそうに振り払った。途端倒れ落ち、動かなくなったカエルには目もくれず、歩き出す。すると、反対側の戸からネイガーが飛び出してきた。
「あっちゃあ、来ちゃったか。めんどいなぁ」
頭をかくコルタカの首えりを、ネイガーはものすごい勢いでひっつかんだ。
取り出した小刀を容赦なく振り下ろそうとするので、コルタカは慌てて止める。
「待てって! 容赦ないにも程があるだろう⁈」
「お前に言われたくない」
ピタリと首元に押し当てられた小刀を見て、コルタカは嘆息する。
「俺を殺しても、いいことなんかないって。やめとけやめとけ。……あんたの家族の命はこっちにあるんだからな」
手首を掴んで無理やり下ろしても、ネイガーは再び襲い掛かろうとはしない。
「……協力者か」
「そういうこと。あんたの家って、優秀すぎて反感買っちゃってるとこあるからねぇ。地位欲しさに協力してくれた奴がいるわけよ。俺が死んだら向こうにも分かるようになってるから」
じゃあ、と手を上げると、コルタカは歩き出した。止める術がないネイガーは血が滲むほど拳を握りしめ、目を鋭くさせた。
カエルが最後の悲鳴を発し、消えていくも、気にする者はいなかった。
***
息を切らしながら、構えをとるバックルを、マゾは目を細めて見つめた。
「とうとうお前だけになったな。いい腕だ。鍛え方がいいのだろう」
刀をしまったマゾにバックルは目を見開く。
「ここで殺すのは惜しい。次に会った時にこの戦いの続きをしよう。その男たちについても、すぐに助ければまだ間に合う」
「待て! あいつの所には行かせられない」
マゾは、手を広げるバックルの肩を叩く。
「あの方は今逃げ切っているだろう。そっちへ向かうのみだ。ネイガーを追うつもりもない。あいつもいい腕だ。殺すのは惜しいからな」
今度こそバックルを通り過ぎ、マゾが部屋を出ると、バックルは足の震えを抑え、なんとかブローナの元に向かう。
「大丈夫か?」
「ええ。もう薬の効果は切れたわ。いいからあなたは兄さんの方へ行って。私はあの人達の応急処置をするから」
「……大丈夫か?」
同じ言葉でも言いたいことは違う。
「心配しないで。私も医者の端くれだから。今は敵だからって見捨てたりしないわ」
「分かった。じゃあここは頼む」
ブローナが力強く頷き返すのを見て、バックルも部屋を出ていった。




