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西の里

 使用人から酒瓶をを奪い、追加で二本を蛇男の口に突っ込むと、蛇男はよろよろと崩れ落ちた。


「ひゃあ~パ~ラダ~イス」


 むにゃむにゃと寝言を言う蛇男を置き捨てると、ネイガーは誰にも気づかれず宴会会場を出ていった。

 全てが終わったら、あいつの顔に一発くらわせよう。

 例の部屋に近づいた時、なにやら嫌な予感がした。誰かの気配がする。

 小刀を袖から滑り込ませそっと戸を開けると、仁王立ちした大男がいた。大男はネイガーの姿を認めると、声をかけてくる。


「あなたを待っていた。私に付いて来てくれませんか?」


 ネイガーの姿は幻覚により化け物に見えているはずだが、この大男にはお見通しのようだ。


「お前に用はない。お前が仕える奴はどこにいる?」


 カエル野郎の後ろにいるのはこいつではないと判断した。こんな筋肉野郎じゃなく、後ろにいるのは頭の切れる奴に違いない。すると大男は目を鋭くする。


「私の主人はこの奥にいる。あなたに拒否権はないものと思え。仲間も待っているぞ」


 すると、大男は組んでいた手をネイガーに差し出した。その手の中には一房の見慣れた髪が握られている。


「……無事なんだろうな」


 押し殺した声で尋ねると、大男はうなづいてみせる。ネイガーは無言で剣を床に捨てた。


「では来てもらおう」


 ネイガーの言動を肯定ととり、地下へと続く階段を下りていく。

 大男の洗練された身体を見て、ネイガーは舌打ちしたくなるのをこらえた。動きに隙もなく、もしかすると自分と互角か……それ以上だ。


「連れて参りました」


 大男は薄暗い部屋の奥の方に声を掛ける。するとのんびりとした声が返ってきた。


「ふう。良かったよ妹思いの兄さんで。さあ、言う事を聞いてくれよ」


 椅子に座り足を組んだ男はネイガーを見て微笑んだ。その足元には髪をほどかれたブローナが倒れており、悔しそうにこちらを見ていた。


「あいつはどこだ?」

「あ~あの子? あの子も無事だよ。奥にいる」


 くいっと顎で示した先にはまだ部屋があるようだ。おそらく西の里の里長もこの奥にいる。

 ネイガーは視線を戻し、改めて男を見た。


「お前、東の里の者か」

「正解。流石、頭が切れるねぇ。ネイガー君」


 口笛を吹くように答えた男を気味悪く感じる。こちらの情報はだだ洩れのようだ。


「どこで君達のことを知ったのか気になってるでしょ。東の里のことも不気味に感じてるのかなぁ。いいよ。まだ時間あるし答えてあげよっか」


 勝手にしゃべり始めた男をネイガーは無言で見つめる。


「俺、君達のことは君達が五歳ぐらいからずっと『見て』きたんだよね。もちろん里の人全員ね。いやぁ、君の人生はほんと大変だねぇ。見てるこっちも度肝抜かれたよ」


 ネイガーは訳の分からないことを口走る男に目を細めた。頭が壊れているのか?


「あ、信じてないでしょう。じゃあ、こう言えば分かる? 俺、魔石の力を使って『見てた』んだよねぇ。東の里の魔石はなんでも見通せる力を持つんだ。だから君達里のことも昔から、里を出るまでもなく知れたわけ。侵入者のこともお見通し」


 ネイガーは拳を握りしめた。全てが手の内にあった気がして気に食わない。男はネイガーの様子に気づいているのかいないのか話を続ける。


「まぁ、詳しく言えば、障害物があると見えにくいんだけどね。だから俺たちはこれを使う」


 すると男の周りに黒く、実体のない何かが現れた。


「これは俺達の目の代わり。これを障害物の前に置いておけば、一応障害物は乗り越えられる。まぁ流石に他所の里の中にこいつらを置くのは危ないから、里に近いところに設置してたんだよね。それでも西の里は厄介だよ。なんたって岩山の中に住んでるからさぁ。見えにくいったらありゃしない」


 そこではた、と一つの可能性に気が付いた。こいつが魔石を奪った張本人だろう。北の里に関しては、魔石を探すのに手こずらなかった、もしくは居場所を元から知っていたとしても、見えずらく、堅い守りだった西の里は―――。恐ろしい可能性が浮かび上がる。


「お前が西の里に、病を流行らせたのか?」


 魔石が奪われるのと最悪のタイミングで流行った病。なにか関係性があるのだとしたら―――。

 男はにっこり微笑んだ。


「半分正解ってとこかな。君の予想通り、今年は元から病が発生する環境は整っちゃってたんだ。けど、普段ならそこまで流行らず、なんとか押しとどめれたであろう病だ。けど、それじゃあ困るからね。ちょっと細工させてもらったんだよ。おかげで守りが薄くなって難なく奪えたよ」


 鼻歌を歌うように話す男に寒気を覚えた。東の里にはその力により膨大な知識が蓄積されているのだろう。男はそれを応用したまでだ。だが、それをためらわず、平気で行えてしまう点が恐ろしく似ている。こいつは自分と同じだと悟った。


「さて、そろそろ時間だ。マゾ、相手してやってよ。北の里随一の使い手さんにね」


 マゾと呼ばれた男は腰から剣を抜いた。その無駄を省いた完璧な動きに顔をしかめる。体力、筋力、技術を総合すると、こいつには敵わない……力を使わなければ。


「これ、使ってよ。剣に対して、拳じゃおもしろくないもんね」


 ネイガーはカランと投げ出された剣を拾う。そのぐらいこのマゾという男の強さに自信があるのだろう。


「本気で行かせてもらう」


 剣を振り、感覚を確かめる。マゾはにやりと笑った。


「ああ。楽しみだ。この時を待っていたんだ」


 両者、剣を構る。相手との距離を測りながら機会を窺った後、同時に動き出した。

 ネイガーは襲いかかってきた剣を払う。予想以上に重い。長引くと厄介だ。腕の痛みにこらえ、隠し持っていた小刀をもう片方の手から出し、相手めがけて突き出す。もちろんマゾは難なく弾こうとした。しかし、マゾの刀が直前で揺らめき、小刀が通り抜けた。マゾは目をわずかに見開き、咄嗟に腕で庇う。小刀のはずだが、容赦なく刺さった。マゾの腕から血がつたる。

 しかし、マゾは顔色ひとつ変えず、小刀に見向きもしない。

 来る! と思い、ネイガーが反射で距離をとった途端、マゾの足が空を切っていた。回した足を戻すと、部屋に静寂が広がる。


「なるほど。刀は使えないな。肉弾戦にしても手強い相手だ。だが」


 マゾは足元に落ちた刀を見た。


「透けるのは一瞬か」


 途端巨体の動きとは思えない速さでマゾが飛び出してきた。ネイガーは瞬間で何とか透かし、攻撃を防ぐ、だが完全に守り一手になっていた。どんどん押されるネイガーに、マゾは拳と足で襲い続ける。振り上げられた拳を透かそうとしたところで、マゾの動きがピタリと止まった。


「悪いな。ここまでだ」


 にやりとマゾが笑うと、ネイガーの足元から光が溢れ出した。何だ? 何が起きたんだ? 

 ネイガーが腕で顔を覆ううちに光は収まる。しかし目を開けると、身動きが取れなくなっていた。足元を見ると、何やら奇妙な文字が描かれた巨大な円の中央自分が居るのが分かる。

 すると突然笑い声があたりに響き渡った。


「いや~見事だった。マゾの速さについていき、尚且つ瞬時に力を使うとは。並大抵の人には到底無理だ! 素晴らしい戦いだった」


 しかしと、言葉を区切り、男はにっこりと微笑んだ。


「早く決着をつける必要があってねぇ、魔法陣を用意させてもらったよ。遠い国で使われていたんだ。今から君には存分に力を発揮してもらうから、楽しみにしといてよ。マゾ、連れてきて」


 奥の方に引っ込んでいたマゾがバックルと里長を肩に抱え、ネイガーの方へ近づいてくる。

 どさっと、ネイガーのいる魔法陣の中へと投げ込まれた。


「その二人にも活躍してもらうから。もっとも、その少年は力を使ったことはないようだけど、まぁ、大丈夫だろう」

「ネイガー、すまん、おれ、のせいで」


 バックルは痺れ薬が効いているのか、ろくに話すこともできないらしい。それだけ言うと、悔しそうに唇を歪めた。

 もう一人放り込まれた西の里長は目に強い光を宿しながらも、横たわっている。食事は与えられていないのだろう。昨日の今日のはずなのに、ひどく痩せ、老いて見えた。苦労が一気に体へ現れたようだ。


「二人とも痺れ薬が効いてるはずだから動けないよ。そっちの爺さんに関しては昨日から嗅がせてるから、案外危険な状況かもね」


 くすりと笑うと、男は立ち上がった。


「さて、そろそろ時間だな。マゾ、この子をよろしく頼むよ。万一に備えて人質としておかないと」


 男は椅子の下に手を入れ、籠を取り出した。その中には四つの玉が籠いっぱいに入っていた。

 鼻歌でも歌い出しそうに、戸の方へと向かう男にバックルは口を開ける。


「おまえ、なにが、目的だ」

「あ~言ってなかったか」


 男はくるりとこちらを振り向くとさも楽し気に笑った。


「いいよ。教えてあげる。今気分がいいからね。俺は里の中にいるだけで、どんなところでも見渡せる。俺は一応里ではかなり力の強い方だから、本当にどこまでも見れるんだよね。

 でも、それもつまらなくてさ。この世界を見飽きちゃったんだよね。だから、あっちの世界、魔族の世界に行ってみたいと思ってね。魔石を元に戻すことにしたんだよ。魔族の世界の闇の帝王も喜んでくれると思ってね」


 何を言っているんだ? 魔石を元に戻す? さっぱり分からない。そこで、男は首を傾げた。


「もしかして、魔石の起源知らない? うわ~話すの面倒だなぁ。時間ないんだよ。あのカエル、短気でね。まぁ、簡単に言えばもとは闇の帝王の物だったんだけど、分裂させちゃって今の四つの魔石に分かれているわけ」


 過程をすっ飛ばした説明をされても理解できない。男ももともと理解など望んでいないのだろう。


「で、この四つの魔石を合わせて元に戻せば、闇の帝王も喜んで俺を配下に迎えてくれるんじゃないかって思ったわけ」


 さ~て、と男は伸びをした。


「じゃあ、マゾ。こっちはよろしく」


 今度こそ出ていった背中を誰もが目を細めて見つめた。


「おい、あんたはあいつとどういった関係なんだ。東の里の者なんだろう」


 ネイガーがマゾに尋ねると、マゾは静かに答えた。


「ただ私があの方に付いていきたくてついてきた。ただそれだけだ」


 その後マゾは何も言わずただ佇んだ。

 静寂と何もできないじれったさがあたりを包んでいた。

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