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決着

 しゃがみ込み、欠片を撫でていると、後ろからよく知っている声がかかった。


「ネイガー!」


 駆け寄ってきたバックルを見ることはせず、ネイガーは動かない。近くに散らばった破片を見て、バックルも口をつぐんだ。


「……あいつは大丈夫か」

「ああ。心配ない。今は怪我人を看ている」

「そうか。俺も行かなくてはならないな。あの爺さんに死なれたら困る」


 立ち上がり、戸の方へ目を向けたネイガーとは反対に、バックルはネイガーの後ろを見つめた。


「あっ!」


 横を通り抜けて走り出したバックルに、ネイガーも首を動かす。


「これ、俺の里の……」


 転がっていた魔石を拾い上げ、バックルは表面を撫でると、しげしげと見つめた。


「なんでこれは割れてないんだ? 傷一つ入っていない。ほら、ネイガーも見てくれよ」


 バックルがネイガーに魔石を見せようと、振り向いた途端、魔石が淡く光り出した。

 突然の出来事に、驚いて見つめるしかない。魔石から目を離せなかった。前にいたネイガーも目を見開くも、あることに気づいた。


「おい」


 ネイガーの声に、魔石から目を外すと、魔石の欠片が光りながら宙に浮かんでいた。ゆっくりと集まり始め、合わさっていく。ネイガーの首に垂れ下がった紐からも魔石が光り輝きながらすり抜けていった。

 バックルは手を開き、淡く光る魔石を見つめる。体の底から、先程とは違う、温かな力の流れが流れているのを感じた。

 やがて光が収まっていくと同時に、宙に浮かんだ魔石が降りていく。バックルが広げた手に収まる時には、優しい光を纏っていた魔石は、その光を失っていた。

 ゴロンと床に転がった魔石をネイガーは拾い上げる。


「再生、か。一回り小さくなったな。里にも欠片があるからか」


 バックルは手の平で、魔石を転がし、しげしげと見つめた。ただ家に置かれていた玉が目の前で光り出したことに、驚きを隠せない。


「さっきのが、この玉の力なのか。すごいな。どうなってるんだ?」


 驚きと興奮が止まらず、頬を上気させる。その横で、ネイガーは落ち着きを取り戻した。


「それよりも……いつまでそうしているつもりだ?」


 北の里のものとは違う、拾い上げた魔石を片手でもてあそぶと、バックルの後ろへと投げた。

 驚いてバックルが振り返ると、投げられた魔石は床に落ちるすんでんのところで、空中で止まった。


「おわっ、あぶねぇ~。もっと丁重に扱えよ。というか、やっぱ気づいてたか。俺、幻覚は得意なんだけどなぁ」


 声とともに男の姿が現れる。床に座り込み、疲れた様子でため息をついた。


「いいか、これと引き換えだ。協力者の始末もしとけ」

「はいはい。分かってますよ。あ~あ、機会を窺ってこっそり取っていこうと思ってたんだけどなぁ」

「いいから、破るなよ。本当は今すぐ、そのうるさい喉をかっきりたいが、見逃してやるんだから」


 鋭い眼光を向けられ、こわいこわいと腕をさする男をよそに、ネイガーは男の方には目もくれず戸の方へと歩き出した。


「俺は先に行く。早く来い。お前はさっさと消え失せろ」


 音を立てて戸が閉まると、男は膝に手を置いて、肩を落とした。


「は~、あいつを相手にすると、疲れるなぁ」


 バックルは残された西の里の魔石を拾い上げ、なんとなく、男に尋ねた。


「あんたは、がっかりしないのか。今回のことが失敗に終わって」


 吞気な様子で、がっかりした様子も、怒った様子も見せない男を不思議に思う。男は、バックルの問いに目をしばたかせると笑い出した。


「はははっ、もちろんがっかりさ。でもまぁ、これで終わりとは限らないしね。次があるさ」


 バックルは男のはた迷惑な言葉に眉を顰める。次などなくていい。


「ねぇ、君には俺のことどう映ってんの?」


 なぜだか面白そうに男が訪ねてくる。バックルは考える間もなく口を開いた。


「読めない変人」

「うわ~即答。まぁ、いいよ。ちょっと会っただけの相手だしね。……それにしても、君の魔石は興味深いなぁ。記録が飛びぬけて少ないから一番謎に包まれた石だ」

「これについて何か知っているのか」

「いや~? 大したことは知らないな。古文書に載ってたことぐらいだ。もはや伝説だよ。それにしても君、本当になんにも知らないんだね。まぁ、それが正解だと思うけど」

「……ああ。俺もそう思う」


 すると、コルタカは手に顎を乗せて目を細め、興味深そうなまなざしをバックルに向けた。


「ふ~ん。なんでなのか聞いてくると思ったんだけどなぁ。ますますもったいないねぇ。里にこもりきりにするのは。どう? 俺のとこに来ない?」


 答えるのに考える必要などなかった。


「断る」

「はははっ、まぁ、そうだよね」


 初めから何も期待してなかったんだろう。やれやれと立ち上がると、コルタカは手を上げた。


「じゃあね。君らとはまたいつか会える気がするよ」


 頭に手を組んで歩き出した男を見て、バックルは心の底から思った。

 ———もう会いたくない、と。




 怒涛の一夜から数日経つと、別れの時が訪れた。荷物をまとめた里長と男らは、友人に借りていたという店を閉め、ネイガーとブローナに向かい合った。


「あなたがたには命を助けていただき、まことに感謝する。北の里のお二人には、里の者も助けていただきたい。ひと段落ついたところだがよろしく頼む」


 頭を下げる里長にネイガーはふんっ、と鼻を鳴らした。


「さっさと里に帰れ。すぐに向かう」


 再び里長は頭を下げると、今度はバックルに向き合う。


「あなたには感謝しかない」

「いや、私は何の役にも立たなかった」

「そんなことはない。あなたが居なければ北の里と協力態勢を敷くことも、魔石を取り戻すこともできなかった。本当ならばお礼がしたいのだが―――」


 バックルは苦笑する。そもそも、お礼なんて、もらえるほどの働きはしていない。


「気にしないでくれ、あなたは里で尽力してくれればいい」

「ああ。落ち着いた頃にいつでも里を訪れてくれ。改めて、お礼がしたい」


 里長の後ろからも声が上がった。


「ぜひ来てくれ! 精いっぱいもてなします」


 バックルは苦笑を返した。絶対来てくれよ! といくつもの声が上がる。落ち着いたところで里長らは深々と腰を折ると、足早に去って行った。

 残されたのは三人だ。バックルはう~んと伸びをした。


「はぁ~ いろいろあったが、お前らと過ごすのは案外楽しかったよ。稽古つけてくれてありがとな」

「お前はまだまだ未熟者だ。機会があれば鍛えておけ」

「ああ。そうするよ」


 ネイガーはそこでバックルから目をそらした。


「俺も礼を言う。お前、バックルには助けられた」


 バックルは目を丸くした。礼を言われたこともだが、何よりも―――。

「俺の名前……。もう呼ばれないと思ってたのに」


 くるりと背を向け、ネイガーは片手を上げた。


「俺は先に行く。じゃあな」


 惜しむ間もなく去っていくネイガーに、バックルは満面の笑みを浮かべ、手を振った。


「ああ! またな」


 もう会えないはずなのに、気づけば口をついていた。でも、なぜかこれで終わりな気はしない。


「あの人を、自由にしなくちゃ」


 ポツリと漏らされた声に首を向ける。ブローナが、ネイガーの背を覚悟を決めたように見つめていた。バックルに向き合い、苦笑する。


「バックル、兄さんの心を解いてくれてありがとう。……おかげで、兄さんのことを勘違いしてたのが分かったわ。兄さんのことを知れてよかった」


 ブローナは一瞬目を伏せると、じゃあと片手を上げた。


「せっかく鍛えたんだから、ちゃんと持続させてよね。また会いましょう」


 兄の背に向かい走り出す。二人の姿が遠ざかったいくのを見つめながら、バックルも手を振った。くるりと二人から背を向け、里への道を歩き出す。

 ひと段落ついたものの、また新たなことがまた始まる予感がして、バックルは笑みを浮かべた。

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