潜入準備
「いいか。作戦はこうだ」
屋敷で宴会が開かれる三日前、地面に屋敷図を広げ、頭を突きつけ、話し合っている。この屋敷図は、二人が手掛けたものらしい。そう広くはないが立派な造りが、詳細に図で示されているのが分かる。
ネイガーは指で示しながら説明を始めた。
「この宴会は出入りが自由となっている。大々的に宣伝しているため、おそらく数多くの化け物が参加するだろう。出入口はここ一つに限られているが、塀で囲まれているだけで、庭に面した通路から簡単に出入りできる。そこで、俺が化け物に扮し、真正面から入る。お前たち二人は忍び込み、上から様子をうかがえ」
この中にあの化け物が大量に集まるとなると、考えただけだで身震いがする。潜入なんて、上手くできるのだろうか。唯一、ブローナが一緒なのが心強かった。
「この宴会の目的ははっきりとは公表していない。ただ、世にも素晴らしく、またとない瞬間を御覧にいれようと言っているだけだ。これは魔石のことで間違いないと言っていいだろう」
そこでネイガーは、ある一部屋を指で叩く。
「おそらくここで魔石を目にすることができる。ここは宴会の主な会場でもあるだろう。この、廊下から客が出入りし、この隣の部屋から酒などが運ばれるはずだ。……魔石を狙うとしたら運ばれてくる前の段階。そこがどの部屋になるかは分からん」
「カエルが身に着けているわけではないんだな」
バックルは腰紐に飾り玉として身に着けていた姿を思い出す。
「あいつは、手に入ってからしばらくは身に着けておくという癖があるようだ。ある程度堪能し終えたら、部屋に飾っている。今回はどこかへ安置しているだろう」
そうか、とバックルが考え込むと、ブローナが口を開く。
「兄さん。おそらくだけど、この小屋に魔石があるわ」
筆を持ち、なにやら書き加えていく。
「この小部屋には使用人は入れないらしいの。この前間違って入ってしまって、ひどく怒られたわ。見たところ、ただの物置部屋みたいだったんだけど、壁に置いてあった本棚と、数個の家具が置いてあるだけだったわ。本棚が妙に印象的だったの。地下室でも隠されているんじゃないかと思って」
ネイガーはそれを聞いて考え込み始めた。
「なんでそんなこと分かるんだよ」
「私、二人が稽古をつけている間に屋敷に使用人として忍び込んだのよ」
「忍び込んだって、無茶しすぎじゃないか?」
バックルはあまりの行動力に唖然となった。少し間違えばどうなっていたか。しかしブローナはしれっと答える。
「あなたに言われたくないわ」
言葉に詰る。もう何も言い返せない。ネイガーは一つ、頷いた。
「なるほど。その線は濃いな。……よくやった」
ブローナは一瞬驚くも、すぐに嬉しそうに顔を綻ばせた。バックルはそんな二人の様子を目を細めて見つめる。ネイガーと目が合うと少し不機嫌そうに眼をそらされた。バックルは思わず吹き出してしまう。
「どうしたのよ」
ブローナが不思議そうに聞いてくるので、バックルは顔の前で手を振った。
「いや。なんでもないよ」
横からの視線が痛かったが、バックルはそれにすら口元が緩むのを止められない。ブローナはさも気味悪そうに顔をしかめた。
「……それでだ。その地下室があるのだとすれば、おそらくその本棚は下へ続く階段でも隠すために置かれたとみえる。地下室に知られたくない物を隠すためだとすれば、そこに魔石があるのだと納得がいくが……」
ネイガーは眉を寄せた。
「なぜカエル野郎はそこまでする? 持ち歩くほどだったんだ。隠そうという気はないんだろう。宴会の際にただ魔石を別の部屋に置いておけばいいだけだ。……この地下室には魔石の他にも何かあるな」
誰もが考えを巡らすも、明確な答えは見つからない。ただ、なにか予期せぬものが隠れている気がしてならない。
「とりあえず、俺はこの部屋に行き、探ってくる。その間お前たちは宴会の様子とカエル野郎の動向について観察し続けろ。……このことも伝えておけ」
最後の言葉はバックルに向けられたものだった。バックルは驚きで眉を飛び上がらせた。
「気づいていたのか」
「あたりまえだ。お前が稽古の合間にどこに行っていたのかなんてすぐ分かる」
流石だとバックルは苦笑する。腕輪はもう外れたのに、行動はバレバレだ。ブローナも特に驚いた様子もないので、もしかすると気づかれていたのかもしれない。
その方面についてももっと鍛えなければと、バックルは決意を堅くした。
***
話し合いを終えた夜、ブローナが戸惑った様子で帰って来た。
「潜入お疲れ様。どうかしたのか?」
「ええ。その、実は―――」
わけがわからないと言ったように口に出された内容に、バックルもネイガーも眉を寄せた。
「なんだそれ。おかしいだろう。宴会の直前に屋敷への立ち入りが禁止されるなんて」
「ええ。何かあるとしか思えなくいでしょう? 使用人も大慌てよ。当日の事前準備があるとしても、二日で終えようとしていた宴会の準備を一日でやらないといけなくなったもの。おかげで散々こき使われたわ」
こき使われたといってもブローナに疲れた様子はない。ただ呆れているようだ。
「明日忍び込むのは……止めといたほうがいいな。おい、あっちからなにか聞いていないか」
「いや。特に何も。知らないんだろう」
ネイガーはやっぱり使えない奴らだと舌打ちする。
「やっぱりカエル野郎の他に誰かいるな」
バックルはぎょっとする。
「誰かって、いったい……」
「さあ。知らん。だが、可能性としては―――まぁいい。気にするな」
顔が険しくなった二人を見て、ネイガーは口をつぐんだ。
(言っても言わなくても、相手の動きがまったく読めないことには同じ。変に気を張らせるよりもいいだろう)
「なんだよ。気になるじゃないか。教えてくれないのか」
「まだ予測の段階だ。証拠も何もない。それよりもお前は早く教えに行った方がいいんじゃないのか」
強引に話を終わらせたネイガーに、バックルはどこか不服そうな顔をしながらも渋々出ていった。
「兄さん。もしかして……」
どこか勘付いたのか、ブローナは不安そうな顔を浮かべる。
「何も考えるな。支障が出るだろう。お前はただ上から観察していればいいんだ。……絶対取り戻すぞ」
ブローナは目をしばたたかせた。「うん!」と少し笑みを浮かべたが、不安は消えていないのだろう。どこか顔が強張っている。
こういうのは慣れないと嘆息したくなる。バックルの方が上手く不安を取り除くことができるだろう。ブローナもあいつの前ではよく表情が変わる。
(あいつが来てから、いろいろ変わった)
この隠れ家での重苦しい雰囲気もなくなり、どこか明るくなった。先ほど再び可能性としてよぎったことも、二人では不安とイラつきが溜まっただろうが、まだ今は冷静でいられる。
不思議な奴だとネイガーはどこか遠くを見つめた。その目が穏やかだったのを、本人は気づかなかった。




