里について
文を預けた西の里の男は早々に旅立っていった。じき、老婆とお付きの男も旅立つ予定だ。
バックルは何もせず、突っ立っているだけだったが、無事会合は成功を収めた。したことといえば、最後の証人ぐらいだろう。
バックルは、気になったので、酒屋を出てすぐ、ネイガーに詰め寄った。
「なんだ急に」
「いや、気になることがあって……お前、権力でも欲しているのか?」
ネイガーが取引において要求した、次期里長になった時には、という表現をバックルはずっと不思議に思っていた。今すぐというわけではなく、ネイガーが里長になったとき限定でしか友好協定を認めない趣旨だったからだ。バックルは、ネイガーが里長としての地位を望んでいることをただ意外に思った。
「権力なんてものに興味はない。ただ、現里長のバアサンが次期里長に俺を推しているからだ。そのことに不満を持つ者も中には居る。そいつらを黙らせたいだけだ」
本当に? なにか欠けてないか? 他にも理由がある気がする。バックルが口を開いたその時、丁度ブローナが駆け寄ってきた。ネイガーは口をつぐんみ、バックルを押しのけると先へと進んでしまう。それだけで、バックルには伝わった。
***
そして今、バックルら三人は隠れ家にいた。ネイガーは柱に背を預け、バックルを見ると、にやりと笑った。
「一週間は経ってないが、試験は合格だ。お前が知りたいことを教えてやろう」
ついに来たとバックルは目を輝かせる。この時を待ち望んでいたのだ。
「じゃあ、魔石から教えてくれよ」
「ああ。そうだな。この世には俺の知る限り、魔石は三つ存在する。一つは俺の里、二つ目は西の里————あの里長のとこだ。三つ目は東の里」
東の里はやはり存在するらしい。そこでも魔石は盗まれたのだろうか。
「そしてお前の話が本当ならば、お前の里が四つ目になる。それぞれの魔石はそれぞれの力を持ち、代々守られてきた。なぜ存在するのか、いつから存在するのか、詳しいことは俺には分からない」
バックルは自分の里を思い返す。祖母なら、あれだけ大切にしていたのだから、もしかすると何か知っているのかもしれない。
「俺のいた北の里の魔石は透石とも呼ばれている。その名の通り、あらゆるものを透けさせる。お前も見てきただろうが、例えば壁に手をかざすと壁が透ける。だがこれは俺らが生まれつき持つ能力ではない。これのおかげだ」
首に下げられた紐を持ち上げる。すると石の欠片が括り付けられていた。光輝く綺麗な石で、光にかざすと透けるのだという。バックルの里の石も透けはしないが似たようなものだった。
「本来はこうやって持ち歩くのではなく、安置してあるんだが、侵入者によって持ち去られてしまった。その際に残された破片がこれだ。俺とブローナが持っているのと、里にも少し残してある。小さいからか、普段できることよりも簡易的なことにしか使えない」
なにか思うところがあるのかネイガーは石をそっとなでた。どこか悲しそうなのにその目には強い意志が宿っている。
「本来、俺の里ではこの石を主に医術に使っている。選ばれ、教え込まれた者だけが使うことができる。俺もその一人だ。ブローナも本来だったら今特訓を受けている最中だろう」
うん? とバックルは首を捻る。今言われたことによるとまるで……。
「お前、医者なのか⁈」
導き出された答えに思わず身を乗り出す。ネイガーは平然と頷いた。
「まあ、一般的にはそうだ。会合での会話で気づきそうなものだが」
呆れた声を出すネイガーにバックルは反撃する。
「気づくわけないだろう! まったく何のことだか分からなかったんだから。第一、お前が医者であることが到底信じられない」
ネイガーには命を預ける前に殺されそうだ。
「俺のことはいい。話を進める。……他の里の魔石、まず西の里の魔石は堅石と呼ばれる。防御の石だ。誰も中に入れないような、目に見えない堅い壁を作ることができる。西の里はその壁で、里がある山全体を覆っている守りの堅い里だ。鉱物が採れる里でもあるから、あそこはひっそりと、着実にほとんど誰にも邪魔されることなく技術を高めていった。唯一の邪魔者と言えば俺ら北の里の連中だろう。鉱物を求めたり、技術を盗もうと幾度も潜入していった。おかげで仲は最悪だ。まあ、あちらもこちらに同じようなことをやっているがな」
ブローナや西の里の人が、あれほど会合に消極的だったのはその歴史があるからなのだと納得する。本来敵対するはずの者と、手を組ませようとしたのだから、自分がやろうとしたことはかなり強引だったと、バックルは少し反省した。
「そして東の里。ここはほとんど謎に包まれている。敵対することもなければ仲がいいわけでもない。何度か侵入しているが、帰って来た者はほとんどいない。ただ、あちらから来たことはない。放って置いても害はないと判断する他なく、そのままにしている。魔石があることは分かっているが、どういった力なのかは分からない。薄気味悪い里だ」
ネイガーにここまで言わせるのだから相当なのだろう。
「東の里は今回、魔石を盗まれたのか?」
「それも分からない。……しかし、あるいは……」
ネイガーはそこで考え込むも、まあいいと話を進めた。何を考えていたのか教える気はないようだ。
「ここで俺はお前に聞きたい。お前の里の石はどんな力を持っている? 本当に何も知らないのか」
「ああ。あの石に力があったことですら知らなかった」
今ネイガーに教えてもらったことも全てが初めて知ったことで、どこか遠い、自分とは関わりがない話としか思えない。
そうか、とネイガーは呟き、話を進める。
「今回魔石がどうやって盗まれたのか分からない。盗まれた当日、魔石の守り手担当だった者———俺達の実の家族によると、本当によく分からないという。気づいたら倒れていて、目を覚ますと目の前からなくなっていたと言っている。彼らは捕らえられ、今檻の中だ。彼らの失態を挽回するよう俺達が代表として送られてきた。ブローナは人質だ。彼らが舌でも噛んで自害しないための。俺では人質にはなれないからな」
つまり娘の命はこちらが預かっているから、お前たちが自害すれば娘も殺すという脅しなのだ。ネイガーが人質になれないのは、実の家族といってもばらばらに育てられたからだろう。それを語ったネイガーの表情はまったく変わらなかったが、バックルには一瞬瞳が揺らいだように見えた。
「西の里も同様のようだ。まあ、あっちはただでさえ病が蔓延していた。守りが手薄だったのもあると思うが」
「運が悪かったんだな」
西の里に同情する。さぞかし大変だろう。バックルは、その時再びネイガーが考えを巡らせていたことに気づかなかった。
「とりあえず、魔石については以上だ。カエル野郎についても話さなければならないが……あとで西の里と情報がまとまってからでもいいだろう」
そう、あの会合の終わりに西の里から情報交換も行わないかと提案された。ネイガーは後で、期待はできんとぼやいていたが、その場で了承する旨を返答した。
「じゃあ、行くぞ」
「えっ? どこへだ?」
「決まっている。稽古をつけてやる。お前から言い出したんだろう」
バックルはうろたえた。ネイガーが押し付けた約束を守ろうとするのにも驚いたが、ブローナとの稽古で散々だった自分を思い出す。ましてやネイガー相手にだなんて考えたくもない。
「ああ、いや。わざわざ悪いって!」
ネイガーの瞳がギラリと光ったのを見て観念する。元は自分が悪いのだ。諦めるしかない。
バックルは覚悟を決め、ネイガーの後を追いかけ、隠れ家を後にした。
それから毎日、ネイガーがバックルに呆れ、律儀に稽古をつけてくれるなど、バックルは予想していなかった。




