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取引

 隠れ家にバックルとブローナは帰って来た。ブローナによると、ネイガーはおそらくここに居るという。

 ブローナが壁に手を当て、壁の中へと入っていく。バックルもそれに続いた。まったく、便利な力だ。

 先にバックルが通されると、そこにはネイガーが座っていた。バックルを見た途端、その目は面白そうに光った。


「大胆な行動を起こしたものだな」


「どうせお前は、はなから俺がどう動くか予想していたんだろう」


 何も言わず口の端を上げたネイガーにバックルは盛大に息を吐きたくなる。すべてネイガーの手のひらで転がされている気がしてなんだか悔しい。


「それで、お前は話し合いに乗るか?」


「……初めはこんな馬鹿馬鹿しい話し合いなど、行かないつもりだったが気が変わった。乗ることにする」


「あちらにもなにか思惑があるみたいだが」


「それについては、話し合いの場ではっきりするだろう。それに、大方の予想もついている」


 最後の言葉にバックルは思わず肩を落とす。本当に、まったく。


「どこまでお前には見えているんだか。俺にはさっぱり分からん」


「お前には分からなくて当然だ。知識の無い物には分からんだろう。……知りたいか?」


 ネイガーは意地悪そうに口を持ち上げる。バックルは聞くのは悔しかったが、興味の方が勝った。教えてくれとせがむ。ネイガーの予想は驚きのものだった。


「おそらく里で病が蔓延しているんだろう。今年の気候・気温・過去の記録から予測可能だ」


 病? いきなりな話についていけない。急になにを言い出すんだと思うが、ネイガーは無駄なことは喋らない。


「病って、お前、何者なんだよ。どうしてそんことまで分かる?」


 驚きを通りこして呆れるバックルに、ネイガーは少し考えこむように、そうだなとつぶやく。


「今回の話し合いが成功したら、お前にも話してやろう」


 ブローナは後ろで息をのんだが、バックルは気がつかない。ただ嬉しそうに笑った。


「ようやく聞けるのか。楽しみだな」


「まだ成功するとは限らないぞ。言っておくが、ただ協定を結ぶことだけでは終わらないつもりだからな」


「……なにを企んでいるんだ」


 ふっと鼻をならし、ネイガーは口を開く。


「見返りとして見合ったものしか要求しないさ。ただあちらの問題なだけだ。俺にも立場があるからな」


 不敵に笑うネイガーに悪い予感しかしない。


「俺は何をしたらいい?」


「こちらの話に乗るような雰囲気作りだ。とりあえずお前はすべて知らなかったで通せばいい。余計なことは言うな。あとは協定を結ぶ際の証人になれ」


 そこでネイガーは話は終わったとばかりに手を振る。


「話し合いは明日の朝からだ。それまで好きに過ごせばいい」


「今から行かなくていいのか?」


「交渉に対して自信満々だと思われるのも困るからな。あっちも準備が必要だろう。明日が丁度いい」


 じゃあと、バックルは身を乗り出す。


「俺に剣術を教えてくれないか。護身術でもいい。自分の身ぐらい自分で守りたいんだ」


 ネイガーは眉を寄せて明らかに不機嫌な顔をする。


「なぜお前に教えなければならい。まだお前を仲間だとみなしたわけではない」


「ふうーん、明日の話し合いが無事成功したら、教えてくれるってことだな」


 バックルは爽やかな笑みを浮かべる。ネイガーがそのつもりで言ったんじゃないことぐらい分かっている。だが、押し勝つしか方法はない。返事を聞くつもりはなかった。


(ネイガーには悪いが、もう足手まといにはなりたくないんだ。目の前で誰かが傷つくのは絶対にいやだ)


 唇をきつく噛み、バックルは隠れ家を後にした。


 ***


 口を開けたまま固まったネイガーに、ブローナは目をしばたかせた。

 すると、ネイガーははっとして、何事もなかったかのように柱に背を預けた。ただ、不服そうな様子なのがひしひしと伝わる。

 そんな兄を見てブローナは思わず口元を緩ませる。

 兄さんにもちゃんと人としての感情があるんだなと当たり前のことに気づかされた。


(やっぱり、バックルのことは嫌いよ)


 こんな風に兄を糸もたやすく人間らしくする。ずるい。自分にはできそうもない。

 でも、と付け加える。


「兄さん。良かったねバックルと出会えて」


 今までろくな会話をしてこなかったのに、気づいたら口に出していた。


「……どうしてそう思う」


 ふふと笑ってブローナも手を振る。


「自分でも分かっているでしょう」


 そう言い残すと、ブローナは隠れ家から飛び出していった。

 後に残されたネイガーが大きなため息をついたのを、知る人はいなかった。


***


「待って。どこに行くの?」


 後ろから声が聞こえ、慌てて足を止めると、そこにはブローナがいた。追いかけて来たのだろうが、時間差で来たにもかかわらず、息ひとつ乱れていない。


「なんだ? どうかしたのか?」


「いいえ。どうかしたってわけではないわ。あなたこそ、どこへ行くつもり?」


「別にどこにも用はない。とりあえずここらをぐるりと周ってみるつもりだ」


「そう。なら少し私に付き合って」


 そういうとブローナはくるりと向きを変え、バックルを置いて歩いていく。慌ててバックルも追いかけるがどこへ行くつもりなのか検討もつかない。こちらには主導権はないらしい。


「どこに行くんだ?」


「すぐそこよ」


 ついに大通りに出ると、多くの人で市は賑わっていた。はぐれないよう気をつけるも、すれ違う人々に何度もぶつかり、危うく転びそうになる。


「ここよ」


 やっとたどり着いたのは饅頭屋だった。え? どうしてここに?


「一番安いの二つちょうだい」


「はいよ!」


 威勢のいい声とともに熱々の饅頭が笹に包まれる。バックルははっとした。


「おい、待てって! なんで二つなんだ? 俺の分はいらないぞ」


 ブローナは何も答えず、ただ饅頭を受け取り、お金を払うと、再び歩き出す。慌てて追いかけていくと、今度は質屋にたどり着いた。


「おじさん。この子の靴、返して。お金は持ってきたから」


「えっ、いいよ! なくても」


「任務に支障がでるでしょう?」


 さっさと質に入れていた靴を回収すると、強引に押し付けられる。少女はまたしても足早に歩いていくので、慌てて靴を履き、追いかける。どういうつもりだ? 今度はどこにいくのだろう? 気づけば、ひとけのないひっそりとした路地にたどり着いていた。

 すると、一軒の家の前でブローナは手をかざす。壁にゆらゆらと波紋が広がると、中へと入っていた。バックルも戸惑いながらも中へと続く。

 ブローナは慣れたように、どこからか藁を敷いて、平然と座わった。


「ここも隠れ家なのか?」


「いいえ。空き家だからただ使わせてもらっているだけよ」


 見渡しても生活感はあまりない。狭く、なぜか小奇麗だ。部屋の中にある物といえば藁ぐらいだろう。一見ただの物置き場だったのかと思うが、そうではないだろうとバックルは予想した。ここらにあるのはみすぼらしい家ばかりだった。大通りの活気とはかけ離れ、ひっそりと物悲しい様子で、誰も通りに見かけなかった。おそらく、職を失った低級階層の人々が住んでいるのだろう。


「ここには誰か住んでいたのか?」


「ええそうよ。ある程度見当がついていると思うけど、もう亡くなられたわ。今はこの下」


 ブローナは部屋の真ん中あたりを指さす。床のない剝き出しの家なため下は堅い土で覆われている。一ヶ所だけ盛り土になっていた。

 ブローナは何も言わないが、バックルは察した。黙って手を合わせ拝む。思いかけず土に還してくれた人がいて、喜んでいるのではないだろうか。


「はい。これ食べなさい」


 手を合わせた後もじっと動かないバックルにブローナは饅頭を差し出す。バックルは慌てて両手を振った。


「いや、俺はいらない」


「いいから。あなた昨日は私に無理やり食べさせたのに断るつもり?」


 有無を言わさずブローナは饅頭を差し出す。バックルは断るの諦め、素直にもらうことにした。

 昨日の朝から何も食べていないため、お腹が空いていて、美味しそうな饅頭をまじまじと見つめてしまう。


「お金ならちゃんと払ったわよ。見ていたでしょう?」


「え? ああいや違う。疑っているわけではない。……そういえば、君たちはお金をどうやってやりくりしているんだ? 里から持ってきたお金を使っているのか?」


 実はもともと、バックルが所持していたお金はもう底をつく程だった。結局ネイガーにぶんどられたのと、昨日干し芋に変えたのとで、今は一銭も持っていない。


「里からなんてほとんど持ってきてないわよ。すぐに無くなったわ。入手方法なんて簡単よ。さっき大通りを歩いていた時、やけに人にぶつからなかった? ああいうのは大体がすりの仕業よ。だからそれをすり返して、ついでにあっちの持っていたお金もすっといたわけ」


 もぐもぐと饅頭を食べ進めるブローナにバックルは唖然とする。


「……さっきもか?」 


「ええ。そうよ」


 ほら、と懐からいくつかの財布を取り出す。じゃらじゃらと重そうな音がした。

 あのすれ違う短時間でよくそんなことをしていたなと、バックルはいっそのこと感心してしまった。自分には真似できそうにないが……。

 そうこうしている間に食べ終わったブローナは、まだ饅頭に手をつけていないバックルに対して早く食べるように急かす。


「のんびりしない。話し合いが成功したら突撃まで時間ないわよ。今から私が稽古してあげる。容赦のない兄さんに初めからいくよりもましでしょう?」 

 バックルは思わぬ申し入れに驚く。いいのだろうか。こちらにとったらかなり嬉しい話だ。もしかしなくても、一昨日看病したことの恩返しなのだろう。ただ、とバックルはブローナの腕を見る。


「まだ完治していないだろう。ゆっくり休んどけ」


 怪我人にまで無茶をいうつもりはない。


「心配ご無用。あなたになら片腕で十分よ」


 構えをとるブローナにさすがのバックルもむっとする。片腕だと? こちらだって小さい頃から森の中を駆け回って遊んでいた野生児だ。獣とだって戦ってきた。誰かに習ったわけではないが、そんなに弱くないはずだ。饅頭を口の中に放り込むと、構えをとった。刃物を持たないバックルに対してだからなのか、ブローナも何も持っていない。お互い、体一つの勝負だ。


「本当に片手でいいのか? 後悔するぞ」


「望むところよ」


 バックルは、やけになって、いつでも飛び出せるように準備をする。ブローナはそんなバックルを見てふっと笑った。


「両者構えー!」


 ブローナの合図とともに、双方とも動き出した。


 ***


 会合の日の朝、三人は酒屋を訪れる。ブローナは少し遠くで待機していた。もしもの時の見張り役だ。

 バックルはひりひりと痛む体をさする。昨日の稽古でブローナに容赦なく攻撃され、身も心もずたぼろだ。相手は片腕なのに、動きに無駄がなく、ついていけれなかった。悔しくて、ブローナの怪我のことなど忘れ、もう一度! と何度もせがむと、さすがにブローナにも呆れられた。反省している。

 ネイガーはバックルの心境を知ってか知らずか酒屋の戸を叩く。


「気を張れ。支障が出たらどうなるか分かるな」


 小声で脅されたバックルは慌てて背筋を伸ばし、頭も切り替える。ネイガーの言う通り、今は会合に集中するべきだ。

 しばらくして戸が開き、老人、もといい里長が出てくる。


「私が北の里のネイガーだ。会合を開く場を提供していただき感謝する」


 思ってもいないことをしれっと述べるネイガーに、流石だとバックルは感心する。会合が敵陣で行われるなど、いちいち癇に障るといらだっていたのに。

 里長はしばらくネイガーを見つめ、目を伏せた。


「そうか。あなたが……。どうぞ中へ。待っていた」


 いとも簡単に中へと入れてくれたことに、バックルは内心驚く。ネイガーが本物なのかどうか、しつこく確かめられると思ったからだ。

 ネイガーは警戒する素振りを見せず、すぐ中に入っていく。バックルも後に続いた。何か仕掛けられてはしないかと見回したいのをこらえる。不信感を露にするなどもってのほかだ。

 二人は一階の酒場のテーブルに案内された。この場には里長と老婆しかいなかった。他の者は上でひっそりと窺っているのだろう。


「こちらへお座りください。お茶をお出ししよう」


「いや、結構。このまま話を」


 ネイガーは椅子へと座る。バックルも座るよう勧められたが断った。バックルはあくまで付き人だ。バックルの上にいるのがネイガー。この関係図を明確にする。バックルにだけ抜け駆けして話を持ち込ませないための作戦だ。北の里と西の里が協力しあうことに意味があるのだから。


「では、まず私の家内を紹介しよう」


 すると老婆が進み出てきた。やはり、二人は夫婦のようだ。


「お初にお目にかかります。現里長の妻でして、前里長の娘にあたります。どうぞお見知りおきを」


 そういうと、席につかず、後ろに控えた。非常に優雅な所作だ。予備知識として、西の里の里長は世襲制だと昨夜教わった。老人は婿養子なのだという。老婆には里長の一族としての気品が備わっていた。幼いころから人前で恥じをかくことのないよう叩きこまれたのだろう。


「では今回の提案理由をあなたからお聞かせ願いたい」


 老人がネイガーに早速、この会合の意義を問う。


「ああ。とは言っても、もう既にこいつから聞いたことと同じだろう。魔石を取り戻すのに際し、お互いに足の引っ張り合いをしないこと、これについての協定を結ぶことをが大きな目的だ」


「……そうか。その点についてこちらにもなんの異論もない。協定を結ぶことに同意しよう」


「では。証明書に双方の記入を」


 さっと、ネイガーは証書を懐から取り出す。いつ準備したのだろう。相変わらず抜かりのない。しかし、里長はネイガーを見つめたままだ。筆を持とうともしない。


「署名をする前にあなた個人にお願いがある」


 ネイガーは無言で、先を促す仕草をする。

 ついに来たかと、内心バックルは身構える。ここまではただのお遊びだ。

里長は慎重に切り出した。


「……実は、私らの里、西の里では今次々と人が倒れている。若者でさへ倒れる者が続出し、既に何人か死人も出た。原因は不明だ。突如発病し、感染していった。魔石が奪われたのはそんな最中だった。私らの息子夫婦も倒れ、こうしている間に孫も発病している可能性がある。西の里には、もう自力で乗り越える手段はないといっていいだろう。そこであなた個人にお願いだ。北の里の医術をもって、どうか、わが里に力を貸してくれないだろうか」


 流石だ。ネイガーの読みは当たった。本当に、恐ろしい奴。

 里長は頭を下げた。後ろにいる老婆も頭を下げる。老婆の握る拳が、プルプルと小刻みに震えているのが分かった。

 ネイガーは考え込む素振りをする。もちろんふりだ。顔を老人へ戻すと、本題を切り出す。


「あなたは何を俺に提示出来る?」


 見返りによっては手を貸そう。そう、暗に示した。


「情報を。魔石を取り戻す上での、我々が集めた情報をすべて差し上げよう」


「どうせ下らん情報ばかりなんじゃないのか。言っておくが、そちらが十人で集め回った情報よりも、こちらの方が正確性、量において優れているだろう。あんたもわかっているはずだ」


「……ならば、財を。私の持つすべての財を差し上げよう」


「確かに魅力的ではある。ただあなたの里はどうなる? 財がなくては患者ばかりいる中、皆を賄うことはできないだろう。そんなものはあてにできない」


 ネイガーはその後もことごとく断る。ネイガーが受け入れる条件はもう決まっているのだ。それを提示しない限り、ネイガーが承諾することはない。

 ついに老人は怒りと焦りが隠せなくなる。里の存続がかかっているのだから当然だ。激しい音を立てながら椅子から立ち上がった。


「ならば、ならばあなたは何を望むのだ! 私らが差し上げられるものならば差し上げよう。ただ、一刻も早く里の者を救ってくれないだろうか!」


 必死に頭を下げる里長は見ていて可哀そうになってくる。それに比べて、ネイガーは傍からすると悪魔のようだ。

 悪魔は慈悲をかけない。ついに提示した条件は西の里にとって、よほどひどいものだったのだろう。空気が殺気立った。


「では、はっきり言わせてもらう。俺が欲しいのはあなたがたが持つ技術だ。培われ、洗練された技術が欲しい」


 ガコンと上から音がした。しかし、この場に居る誰一人として、仰ぎ見る者はいない。


「それは……」


 すぐには返答できないでいる里長にネイガーはそれに、と付け加える。


「治療のためにはあなたがたの里に入る必要がある。つまり、立ち入り許可が欲しい。入ってほしくない所は幕で覆ってももらってもかまわない。ただ、わざわざ病人を里の外に運び出して……などとはしようと思うな。その間に、そちらの人間が何人か死ぬのは俺にとってはどうでもいいが、こちらもきちんとした場でさせてもらえないことには出動する気はない。そして治療をするにあたり、我々のことを邪魔する奴らがでてくるだろう。何しろ、信頼がないからな。仲間を失うわけにはいかない。あんたが傍につき、仲間を守ってくれる必要もある」


 すると、黙って聞いていた里長の目が見開かれた。この条件にはバックルも驚きだ。魔石を放り出し、里に戻れということか? 


「私が行くのか? そんな無茶な! 魔石を取り戻してからでなければ帰れない!」


「早めの治療が必要だろう。吞気にしていていいのか」


 里長は顔を俯かせ、拳を震わせている。後ろで老婆もおろおろしだした。ネイガーは気にせずに話を進める。


「俺は今から里に連絡を取ることになる。あんたは俺個人と言ったが、今里に魔石がない状態で最善の治療ができる者と言えば、バアサンとごくわずかな者だけだ。俺の配下の奴だけじゃ足りないな。それに里に有能な使い手を幾人か残さなければならない」


 里長は唇を噛んだ。その様子をネイガーは冷え切った目で見つめる。


「里の者を派遣するには、やはり名目がいる。そこでだ。私個人ともう一つ、取引しないか」


 ここからが本当の条件だろう。ネイガーの目が怪しく光った。

 のろのろと里長は顔を上げる。その目は少しうつろになっていた。


「あんたが提示した交渉内容は俺一人では無理だ。だが、その裏でなら交渉してやってもいい。俺が里の者を必ず派遣すると約束しよう。そのかわり、俺が次期里長になった場合、友好条約を結ぶと約束してくれないか」


「友好条約……」


「そうだ。馬鹿馬鹿しいシナリオだが、初め、技術提供を引き換えとして里から派遣する。しかし西の里の現状を見たことで、技術提供の件は無しにするとこちらから持ちかける。そこであんたは感激し、俺が次期里長になった折には友好条約を結ぼうと宣言する」


 つまり、西の里は技術提供をしなくても済むことになるのだ。

 どうだ? とネイガーは上から里長を見下ろす。里長は考えさせてくれと、椅子に座りなおした。西の里にとっても悪くない話のはずだ。しばらくして、里長は口を開いた。


「……その話に乗った場合、私は今から里に向かうこととなる。里から連れてこられたのは、実地経験の少ない若造ばかりだ。私が今ここを離れれば、魔石を取り戻すことはできないだろう。それはあなたも知っているはずだ。だから、私の家内を送らせてくれないか? 家内は使い手としては、到底北の里の者を守りきることはできない。しかし里での信頼は高い」


 バックルはえっ、と老婆を見る。老婆も驚いた様子で目を見開き、口に手をあてている。しかしすぐに覚悟ができたのか、凛と背筋を伸ばした。


「私はそれで構いません」


 強い意思を兼ね備えた、年配の落ち着いた声が空気を伝った。しかしネイガーはちらりと視線を向けただけで老人へと視線を戻す。


「悪いが仲間の命を預けることはできないな。それではこの話を進めることはできない」


「ああ! 分かっている。だからあなた個人との取引だ。悪いが、技術提供は無理だ。だれも許しはしないだろう。かわりに友好条約に加え、交易を行うことも付けたそう。これについてはこちらが落ち着いてからになるがな」


 最大の譲歩だ。ネイガーは口の端を持ち上げた。バックルには、悪魔の微笑みに見える。おそらく、全てが計算通りだ。


「乗った。ならばこちらは今すぐ動こう」

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