9 犯人はだれ?
溶けていくボッキンになんと言って止めようか考えていると、俺の隣でルアが小さく言った。
「あの魔族はサマンとして予言や病気治しを実践する魔族です。囚人に発病したカースなどの呪いの病を治しているとの噂です」
「呪いの病を治す?」
「貴方が来ることもすでに予言していたようです。呪術の力は本物でしょう」
ルア、雄太と顔を見合す。
ほとんど溶けてしまったボッキンの背中に問いかける。
「待て。コミンに伝えてやってもいいが、何か忘れてるだろ?」
半分溶けたボッキンの顔が俺をにらむ。
「――愛無き救世主め、吾輩の最後の、願いすら、聞き、入れぬ……と……い――」
ボッキンの顔から目玉が落ちる。
「待て! 違う! 頼みごとは生贄が必要! そうだろ!?」
地面に落ちたボッキンの目玉はぐるりと殺風景な牢屋の中を見渡す。
「見ての通り……地上と縁のない我々には何も、何も、ないのだ……女神さまの、笑顔も、フィシスの、教えも、栄光も、未来も、夢、すら……も――」
地面に溶けながらボッキンは笑い、消滅する。
「……無理を押し付ける、義理もない……残念だ、――忘れ……て――……」
そう言い残し、静かに地面へと溶け去った。
「もらう生贄はもう決まってる――」
その場に残って消えかかっていたボッキンのランプに叫んだ。
「生贄はお前にしよう、ボッキン!」
「わ、わが……はい……?」
「そうだ! 力を貸してほしい!」
俺はランプに叫ぶ。
「吾輩が生贄!?」
喜びで裏返った声と一緒に、溶けたはずのボッキンが地面から勢いよく飛びだした。
「吾輩の力を!?」
「げ、もう蘇った……なんて調子のいい魔族さ……」
「予言や病気治しができるんだろ? 俺の犯人探しに使ってくれないか?」
完全に体が元通りになったボッキンは髪をかき、ランプを見つめる。
「ヴァーサー・クーラーさまの下僕である偽りのハロに協力することが、かつての安息日破りの贖罪になるだろうか――? 犯人を見つけ偽りを救うことが女神さまに対する贖罪になるだろうか――ゥ?」
「あのクーラーも少なくとも俺の話は聞いてはくれるだろうし、金城コミンに物申せるのはたぶん俺くらいなものだ」
わずかに緩んだルアの顔がうなずく。
「ただし、騎士たちの前でも協力者として仲良くやってもらうことになるぞ」
ボッキンは目を見開き、笑みを見せた。
「ククク――。恐れを知らぬ救世主――ゥ! よろしい――ゥ! 吾輩が生贄となろう!」
「マリアたちには嫌われるなよ。なら早速ついてこい、地上へ行く」
「ではでは女神さまの神殿学園に参上する旅支度を済ませる、しばし待たれよ!」
ボッキンは牢屋の隅の戸棚を開けて、何かを探し始める。風呂敷に何かを集めていて、その背中は楽しそうだ。
「そ、そうか……。で、その旅支度とやらは時間かかるのか?」
「欠くことのできぬ旅立ちの儀式を行う。女神さまの慈しむ地上の鮮やかな果樹園に上がる前に身だしなみを清めたい――」
ボッキンは頭の毛を撫でつける。
「ようやく女子生徒の使うトリートメントなる秘薬を試す日が来たようだ!」
「囚人のおしゃれなんかにお嬢さまが気に留めるどころか、お会いすることもないガル!」
作業を停止したボッキンは俺の顔を見つめて回答を待っている。
「わかった、なるだけ早く済ませてくれよ」
「だ、旦那! あのペテンはきっと裏切るガル! 危ないガルよ!」
「そう言うなガルナビ、犯人が見つかって喜んでいるコミンにお前の健闘っぷりをあますところなく話してやれるんだがな?」
「ぎゃふふ~! 旦那は頭がいいガル! ガルの名誉も右肩上がりだガル~!」
「心の病の治療の準備もしよう。発病した魔族を沈める――ゥ」
ボッキンは予備のロウソクをかき集め、こう付け加えた。
「これで、あの噂のデュエルエンジェルを発病した騎士どもを鎮圧することもできる――ゥ」
俺たちがその言葉でざわつくと、ボッキンは振り返り、自信に満ちた目で俺たちを一瞥する。
「ガルナビ、お前より頼りになりそうだ」
「ちッ、安息日が終わって、永遠にソウルになっていればいいガル!」
それからボッキンが髪型を気にし始めて鏡から動かなったのを辛抱ならず、無理やりにその手を引いて、地上への階段を駆け上がった。
●
ボッキンは大人しく俺たちについてきたが、校舎の入り口で立ち止まる。
「地上の若いニンゲンたちの匂い、女神さまの慈しむ果実の香り……ククク」
「これから学園に入るわけだが……」
ボッキンは生徒たちの声が漏れてくる教室を見つめ、口の周りを舐めている。俺はボッキンの髪の毛を掴む。
「いいかよく聞け。お前ら囚人にもルールがあったように学園にもルールがある。たとえ騎士に捕まり拷問され脅され挑発されても俺たちの秘密を暴露しないこと、さっきのようにな」
「当然。どんな悪党でも仲間を売ったりはしない。女神さまのためならなおさらだ――ゥ」
「そして一番重要なのは、生徒にその姿を見せるな。生徒を驚かすなんてもってのほかだ!」
「――……とうぜん」
「今答えに詰まったガル! 怪しいガル! 地下に返すガル!」
「ガルナビ、これに関してはお前が一番牢屋に近い――」
「救世主ハロ、吾輩を信用しろ。これも女神さまのためだ」
「少しでも変なことをしでかせば、すぐに地下に送り返すからな」
「帰るのは女神さまからお許しの言葉をいただいてからだ――ゥ」
ボッキンは不気味な笑みを浮かべる。
そのまま生徒会室に連れて行き、こいつを紹介するとかなり異様な雰囲気になった。
「――(ギロリ)」
「……ハロ、それはなんですか」
「……その厄介そうな魔族をどこから連れてきたんだ、ヤロ」
マリアたちは不審そうにボッキンを警戒した。
「憎きビグニティ騎士どもめ――ゥ”」
「ということで、地下からつまみだしてきたんだ。ガルナビと同じ新しい捕虜だ」
「捕虜だと――ゥ?」
「そう、今朝の脅迫状の送り主の犯人の可能性がある。こいつを警戒していれば安息日は安泰だ」
ボッキンは俺のほほを掴む。
「何と!? 約束が違う――ゥ#! なぜ吾輩がこれから探そうとしている犯人の濡れ衣を着せられている――ゥ#!」
「(我慢しろ! 今だけの演出だ!)」
「(偽りめ――ゥ!)」
「ハロ、話が食い違っているようですが、どういうことです?」
俺はボッキンの頭を掴み返す。
「そうかそうか! もし、別に犯人がいると言い張るなら、その予言で見事に犯人を見つけてくれ!」
「――ゥ!?」
「見ての通り少しばかり頑固な奴だが話は通じるし、力になると思う。しばらく一緒に協力させる」
「やはり騙すつもりであったか――ゥ#! 否、この機会を利用してビグニティ騎士撲滅、神殿学園攻略の布石を作るとしよう――! 神殿を汚し、外道、悪魔の手先、偽りのハ――……ぐぅぅぅッ?」
俺は生徒会室を逃げ出そうとしたボッキンに呪文を唱えた。
「く”く”く”――苦じぃ”……ゥ”……これはなんの結界だ――ゥ!?」
「この通り少しでも妙なことをすれば防犯首輪が魔力を締めあげる。完全にこの魔族をコントロールできるから生徒に対してまったく危険はない。ルアの発明品だ、間違いない」
「どうも」
「こんなもので吾輩を飼い慣らそうとおもうな――ゥゥゥ””!」
ボッキンは首輪を外そうともがき始める。
「こんな扱いだとは聞いていない……ゥ#!」
「騎士がそんな得たいの知れない魔族の力を借りることはできないです。ハロ、すぐに地下へ戻してくるです」
「こいつはこう見えても少しは利口だ! 予言者なんだ! うまく使えばきっと犯人を見つけてくれる!」
「く……! 吾輩が契約に縛られるのも安息日が終わるまでだ――ゥ。安息日終了の鐘が鳴り終わったと同時に、直ちに騎士の首をいただく――ゥ」
「な、なんだって! ヤロ、こいつ危険だゼ!」
遠くから様子をうかがっていたポポとクゥが小走りに近寄ってくる。
そして俺の背中に隠れる。
「なんなの? ソレ!」
「悪ぃ敵ぃ! ばっちぃ!」
ポポとクゥは不平をもらしボッキンを指差したので、俺は説明した。
「ただでさえ今のいたずら魔族に困ってるのに、これ以上は超めんどーなの!」
「ばかちんダメ、絶対!」
ボッキンは取り出した手斧に手をつかえて、囲んでくる騎士の前に立ちはだかる。
「吾輩はソォスィン戦士であり女神の奴隷、すなわちビグニティとは永遠に敵対しなければならない――ゥ”。犯人を見つけ女神のお許しを得たと同時にビグニティ騎士らを全滅させ――」
「おい! 約束を忘れたか!? 騎士だらけのここでケンカうってどうする! 宣戦布告する空気じゃないだろ!」
それでもボッキンは騎士たちが睨みつけている。
「その斧は必要ないはずです」
「武器を捨てるんだゼ!」
ボッキンは騎士を見まわし毛を逆立てる。
「たとえ敵に囲まれ次の瞬間首が飛ぼうと、この斧を置くわけにはいかない――ゥ”安息日を再び犯すことになろうとも目の前にフィシスの敵がいるなら吾輩は斧をふりおろし、そして呪われよう――ゥ#」
「おいちょっと待て!」
俺はボッキンの髪を掴む。
「(いい加減にしろよ、俺の立場を考えろ!)」
「(偽りよ、同じく女神に仕える身であるなら吾輩の気持ちがわか――)」
「(いいか! この騎士たちはヴァーサー・クーラーと金城コミンのおもちゃだ! 敵ではあるが女神さまにとって大した脅威じゃない! それとも、女神さまを見る前にもう地下に帰りたいのか!?)」
ヴァーサー・クーラーという言葉を聞くとボッキンは目を閉じ、斧をおろした。
「――承知」
俺の手から解放されたボッキンは髪型を気にし始める。
俺は文字の消えて真っさらになった手紙をボッキンの顔に押し付ける。
「これが問題の脅迫の犯人の残した手がかりだ。何かわかるんだろ、みんなに見せてやってくれ!」
「ちょっと、いいのか!? 大切な証拠を渡しちゃって……」
「まあ、見てろって」
騎士たちがいる手前、下手なことはしないだろう。
ボッキンは手紙を受け取り、うなずく。
「それでは真実を得るための儀礼を始める――ゥ」
騎士たちが見守る中で手紙にランプの火を近づける。俺は突然のその行為に不安になったが、ここまできて止めるわけにもいかなかった。
「ハロ、証拠が燃やされるですよ」
「い、いいのか、ヤロ!?」
「……だ、大丈夫だ!」
手紙はまばゆい光とともに燃え、煙にような黒い影を吹き散らす。
生徒会室が暗闇に包まれる。
「ひえ!?」
ランプから立ち上る黒い煙は、宙で何かの人物のような輪郭を作る。
「これが、犯人の姿なのか!?」
「でも、こんな影じゃ、誰だかわからないゼ……」
「静かに……ゥ」
そして、影は消えていった。一時的に暗闇と化した生徒会室は普段通りの様子に戻る。
「……なるほどゥ」
ボッキンは地面に残った黒い灰を見つめ考え込む。
「予言の儀礼は無事に終了した――ゥ」
「なら聞かせてくれ! 犯人はどこの誰なんだ!?」




