8 愛しき女神さま、いつかお許しを
「禁忌者の囚人め、逆恨みはやめるガル! それ以上クーラーさまの侮辱は許さないガル!」
「……禁忌者?」
「もうこの魔族、意味わかんないさ!」
「囚われの兄弟たちよ、我々を地上へ導く真の女神はもうそこまで来ている――ゥ#汚れた地下で耐え続けることが囚人の試練なのだ――ゥ#!」
「騎士たちが怖いからひきこもっているだけだろ!」
「吾輩にニンゲン上がりのハロが利いた口をきくべきではない――ゥ!」
「ああ、そうかいそうかい! わかったから、悪かったからそんな騒ぐな! 番兵に聞かれる!」
ボッキンは落ち着き払って言った。
「ヴァーサー・クーラーは偽りの女神だ――、吾輩を追放したのだから――ゥ。女神のためを思い、安息日に安息せず自らを犠牲にして敵に立ち向かったのだ――。なのに、なぜに罪を背負わされなければならない――ゥ”! あの理不尽な女神、いや魔女が憎い――ゥ”#」
「そうだよな! ヴァーサー・クーラーは魔女だよな!」
俺はうんうんとうなずいて見せた。
「このボッキンとやら、安息日を破ったことがあるらしいな。それで魔女に罰を受けて恨んでいると……」
「聞くところそのようですね……」
「救世主も見ていただろう! 愛無き囚人が心の自由を求めて女神にすがったというのに、その純粋な気持ちの応えがあの野蛮なヤリなのだ――ゥ”! それで囚人たちの心の病は論破され浄化は果たされたが――しかし……」
ボッキンは金城コミンの写真を握り締め、にらみつける。
「さらに女神の虚像に恋を患い、厄介な青春の病をこじらせる結果となったのだ――ゥ!」
囚人たちの写真を握るその手は震えていて、どこか届かない何かを見るような目だった。
俺たちは黙ってそれを見ていた。
「ああ。あいつは、悪い魔女だ、俺も十分困っていて、その気持ちも十分わかる」
それを聞いてボッキンは一息した。
「貴殿とはいいぶどう酒が飲めそうだ……」
「旦那、こいつはお嬢さまに罰を受けて、不貞腐れてるだけだガル!」
ボッキンはコミンの写真を宙に浮かばせる。そしてロウソクに火をともす。
「女神の像にやどった聖霊を、天に帰す――」
そう言うとコミンの写真に火をつける。
「おい、なんで燃やす? せっかくくれてやったのに!」
「今の吾輩たちには何の価値もない――。あの日の美しき思い出を汚してしまう――。そう、清きものを清きままに天へ送るのだ――。……この愛が真実のまま、そして永遠となるように――ゥ」
「お嬢さまに対しての冒とくだガル!」
「本当にわからない奴だな……」
「もう放っておくガルよ、囚人のおかしな儀式だガル」
ロウソクの火に近づけた写真を見つめ、燃やすのを躊躇していた囚人たちは、意を決したようにコミンの写真を火にくぐらせる。
「……愛しき女神さま、いつかお許しを……。なんという不幸せ……」
同じように写真を燃やす囚人たちは涙を流している。それぞれが握る写真は燃え散り、黒く地面に解ける。
それを見届けると、灰になった写真の前に黙り込む。
こんな話の通じない魔族は聞いたことがない。
ヴァーサー・クーラーを恨んでいるのか、信仰しているのかもわからない。
長い沈黙が続きルア、雄太と顔を見合わせる。
「無駄足だったな」
ルアと雄太は困った表情をする。
「これからもおとなしく頼むよ。――じゃあ勝手に出ていくからな」
「――待たれい……」
「なんだ……話す気になったか?」
「ほざけ。これは本物ではない――」
「――何?」
「真のヴァーサー・クーラーさまの像ではない――ゥ!」
「これは偽物だ――ゥ#!」
「本物を出せ――ゥ#」
「本物ならば宿した聖霊を解放し天へとまばゆい光が昇る――ゥ”! しかし何故に黒ずんだ灰に変わった――ゥ!」
「あれは写真だ! 本物がそこにいるわけないだろ!」
「そういうことではない――ゥ#! 論点をずらすな――ゥ#!」
ボッキンがランプの炎を写真に吹きかけると、囚人たちがまじまじと見つめている写真が一斉に魔族試験のテスト用紙に変化する。
「これでもそう言いはるか――ゥ”#!」
「け、バレちゃ仕方ないガル! 地下の囚人にはガルたちの苦痛にもだえた学園のテストの答案でもくれてやるガル! ガルガルガル!」
「ガルナビお前、何かごまかしたのか!? 写真はどうした!?」
「お嬢さまを否定する罰当たりどもに渡すわけないガル! ガルがすり替えておいたガルよ!」
「このぬいぐるみ! どうしてそんなことを!」
「だって誰にもプレゼントもらえなかったガルもん!」
「我々は貴殿を信じ真実を述べた――ゥ#! しかし貴殿は最初からまがい物で吾輩を欺くつもりで来た――ゥ#! 我々は偽りをとことん排除してきたが、貴殿はエデンに偽りを持ち込んだ――ゥ#」
「おい、落ち着け、騙すつもりなんてない!」
「許すまじ偽りのハロ……偽りの救世主……偽りの黒騎士、偽りの魔女の手先――ゥ#!」
ボッキンと囚人たちは俺に詰め寄る。
「ハロは真実を曲げ、世界を騙す――ゥ! やはり学園にハロはいらぬ――ゥ”!」
「ま、待ってくれ! 金城コミンの写真ならまだいっぱいある! 上の生徒会室にいけば――!」
「地上に逃がすものか偽りのハロ! さあ、その剣を抜け――ゥ”#! 安息日の祭壇にささげる供物としてやる――ゥ”!」
「ガルナビ、いざとなればカースを使ってもいいんだぞ! この場の責任を取れ!」
「ホントガルか!? 楽勝だガルよ!」
「くくく――ゥ”貴殿が偽りのハロで、騎士を欺く魔女の手先であるとビグニティ教会へ密告してもいいのだ――ゥ”」
「やめろ! そんなこと――!」
「安息日の朗報に教会の堕しそこないの老人たちは喜びのあまり腰を抜かしてソウルへ昇天するだろうッ――ゥ!」
囚人たちは足の鎖を引きずりながら俺たちに襲い掛かる。
俺は逃げようと引き返すと、小さい少女たちの姿が見える。
「ハロ、こんな無茶をしてはいけないです」
「狂った捕囚たち、戦いをやめるんだゼ!」
「マリアさん! アクガリ!」
「あーあ、だるい……」
「はろぅ?」
「みんな、助けに来てくれたのか……いや、待て! 来るな! ここは俺が何とかする! 地上で待ってて!」
俺はボッキンに振り向く。
「ビグニティ騎士が何の用だ――ゥ#」
「見ない顔です。ハロ、あの魔族は何者です?」
ボッキンは小さなカマと、ランプを構える。
「……くくく、否、これは紛れもなく好都合――ゥ! あの騎士たちを捕縛し女神さまにあの日のお許しを乞おう――ゥ!」
囚人たちが牢屋からそれぞれ獲物を携えて出てくる。
「この心の病はとうに吾輩たちの武器となっているのだ――ゥ”! 騎士どもよ、覚悟するのだ――ゥ”!」
●
そういきり立った囚人たちだったが、まったく勢いと雰囲気だけで、つまりマリアたちにより一瞬で全滅した。
「愛無き力が発揮できない――ゥ!? あの日の女神さまのヤリという幸せを思い出し、呪われし呪術が発動できない――ゥ」
「ククク、今の我々はクレイジーラブの捕囚という心の病を抱えてはいなかったようなのだ――ゥ」
長津田さんがさらわれた時のように騎士を圧倒するほど力強い囚人たちではなくなってしまっていた。
ヴァーサー・クーラーのヤリでどこか調子が悪くなってしまったようだ。
「無抵抗を宣言する――ゥ!」
騎士たちにやられた囚人たちは自分たちの牢屋の奥で縮こまって震えだした。
「べ、別に、ヤロがソウルになったら学園が迷惑するから……!」
「えりーとが囚人の人質になったら超めんどーなの! 掃除当番がいなくなるの!」
「まあ、その気持ちはありがたい……」
「生徒魔族には見ない顔です」
マリアが俺の秘密を知っているボッキンに詰め寄る。
「――……ククク」
「お前が脅迫の犯人なんだな!? 答えんだゼ!」
「――……ククク」
「あ、黒騎士の正体を教えろだゼ! 何か知ってる奴もいるんだろ!?」
アクガリから頭の上に斧を振り下ろされそうになっても、ボッキンは何も答えなかった。
「……吾輩を疑いこの魂を堕しても、騎士の心が汚れるだけだ、好都合――ククク」
「もう、汚い魔族たちはまとめてやっつけるなの!」
「スーパービグニティ……」
ポポ、クゥが手をつなぎ、強力な衝撃波を出そうとする。
「や、やめるガル! 暴力反対だガル!」
「――……クク」
それから何度も脅されてもボッキンと囚人たちは騎士をしっかりと見据えたまま、うろたえたり、俺の秘密を話したりはしなかった。
「魔女に口をもがれたですか……」
「やっぱりマリィ、こんな汚いところいやなの――! もう、帰りたいなの……!」
俺の背中にしがみつくポポとクゥが帰りたいとぐずりだした。
「囚人たちが脱走しないよう結界を張るです、ハロ」
マリアたちは地上の学園へと戻って行った。
最後まで囚人たちは一切口を開かなかった。
俺はボッキンに尋ねた。
「脅されて俺たちの黒騎士の秘密を騎士たちに話せたのに……なんでだ?」
「偽りの救世主の保身のためではない、フィシスの敵である騎士にはいかなる真実も渡してはならないからだ……」
ボッキンの額から汗が見える。
小さいランプを持つその手はまだ恐怖に震えていた。
「その、悪かったな――。というより、助かった……。あのヒキガエルが好きなら、今度囚人みんなのぶんも贈らせてくれ。殴られても黙ってかばってくれた礼だ」
ボッキンは俺を見る。
「偽物の救世主、教会裏のまわし者――ゥ”! 悪魔ヴァーサー・クーラーの下僕という立場、実にうらやましい地位だ――」
「珍しいよ、クーラーを嫌うなんて」
囚人たちは黙り込む。俺は訊いてみた。
「禁忌の罰を受けたって? お前、安息日を破ったのか?」
「善かれと思ってしたことだ、後悔など微塵もない……ゥ」
「下心丸出しで、お嬢さまの気を引こうとするから天罰が下ったガルね」
「フィシス教派の発展のためだ! 待ち伏せに参加したチビも同罪だ――ゥ”」
「ガルは無実だガル! 敵の攻撃をシールドしてただけ、武器は使ってないガル! だから追放もソウルにもされてないガルよー!」
「黙れガーゴイルの落ちこぼれ――ゥ”吾輩の予言を盗み聞きして手柄を横取りして何をほざく!」
「ガルはルールを守ってお嬢さまをお助けしようと工夫したガルね」
ガルナビは自分の頭をコツコツと指で触れ、勝ち誇る。ボッキンは怒りを押し殺している。
「やめろって、ケンカはその辺にしておけ!」
顔をゆがめたボッキンはガルナビを無視して背を向ける。そして金城コミンの焦げた写真を拾い上げる。
「女神さまはこんな吾輩たちにも夢を与えてくださったのだ……。そう、安息日に目を覚ますと必ず枕元に贈り物が置かれているのだ……。追放の身であったときでさえも、罪な吾輩を平等に扱ってくださった……」
「……そうなのか」
ボッキンはうなだれる。
「このような小さき体と心では女神さまを時代とともに増大する教会や、対抗勢力の脅威から守ることも、力添えすることもできない――。才能ある魔族として女神さまの時代に再び転生することを祈り、この時代を去ろう――。もう未練もない。禁忌を犯し、女神さまに迷惑をかけた罪を認めこのまま地下で静かに腐るとする――」
ボッキンは俺を見つめる。
「偽りよ、ただひとつだけ頼まれてほしい――……」
俺はうなずく。
「さっきのかりもあるし、マリアたちをやっつけろとか無茶な頼みでなければ」
ボッキンは首を横に振る。
「もはや堕ちた吾輩に安息日の贈り物をいただく価値はない……。これ以上の女神さまの愛ある御心はつらすぎる――」
そしてこう続ける。
「安息日のことを深く反省し謝罪した上で、地下で腐るを許して欲しい、そう女神さまに伝えてくれるか――……?」
地に灰となったコミンの写真をなぞり小さくつぶやいた。
「……ああ、そういう頼みなら」
「ククク……これでもう思い残すことはない―――……」
ボッキンは自分の体にランプの灯を近づけ、羽織っているボロボロの布に火をつける。
無念の表情のまま無残に溶けていくボッキンの目からは、小さな涙が零れ落ちた。




