表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
88/121

33 哲学王、愛の女神、ヴァーサー・クーラー


「やっぱり帰国しないですか、捕囚たち」


 マリア、ポポ、クゥが生徒魔族をやっつけ終えたようで、捕囚たちに詰め寄る。


「……これはこれは、ビグニティで最も愛無きで有名な暴君騎士たち――ゥ」

「げ! やっぱり汚い囚人が汚い雨降らせてたなの!?」

「むぅ! 捕囚がいっぺーいらぁ!?」

「こんなに暴れて、殲滅される覚悟はできているですね」


 俺は制服の泥をはらい、捕囚に向く。


「気の毒に、お前らの水遊びもここで終わりだ。長津田さんを返しな」

「そ、それは貴様ら騎士の態度次第だ――ゥ」

「……ぅぅ」


 なおも強がる捕囚が長津田さんを空中に浮かばせている。


「それ以上近寄るなビグニティ騎士! メイド娘の悲鳴が聞きたいか!? 退かぬのならこの場で生贄にするぞ――ゥ!?」

「わたしがパルスでその子を奪い返すのと、黒魔術の執行、どちらが早いか試してみるですか?」


 マリアは捕囚に詰め寄る。


「地下で更生しているかと思いきや、またヴァーサー卿に加担して神殿学園を汚し、情状酌量の余地もないです」

「もーあんな囚人はビグニティ神殿学園じゃ預かれないなの! どうせたらい回しだしー、帰らないなら面倒くさいからソウルに堕しちゃうなの?」

「バカちんたち、しめあげ吊し上げるぅ! 生徒魔族の戒めに、生贄にするぅ!」

「ま、待つのだ! 我々はビグニティ教会の生徒魔族保護規約によってこの身は守られる! 必要以上の暴行は違法になる――ゥ!」

「違法になる証拠なんて残すと思うですか? わたしたちはキレイにお掃除するのが上手だと、いつも会長さんに褒められてるです」

「だいじょうぶぃ! みぃがぜんぶ隠すぅ! みぃ、いじゅ、かくれんぼのプロ!」

「さっそくハッフンパッフンが斧で解体開始なの! あそこで雨宿りしてる従魔族たちがうずうずしてるなの!」


 囚人たちは昇降口で鼻息を荒くしているガルボロカルホたちを見る。そして俺に顔を向ける。


「さあ、救世主ハロ殿! そなたにはわかるだろう、こんな暴君騎士の法外無慈悲を黙認してよいものではない! ちなみに、そなたの提案である祖国帰還という約束はまだ生きているだろうか?」

「約束?知らないよ。だってお前ら、帰んないじゃん――」


 マリアたちが武器を取り出したところで、捕囚は長津田さんを解放した。


「長津田さん、ケガは!?」

「大丈夫です! 助かりました!」


 囚人たちは斧をゆっくり地面に置き、嘆きの雨を中止した。


「ヴァーサー・クーラーにそそのかされたのだ、この通り無抵抗を表明する――ゥ」

「あいつら、魔女のせいにして……」


 雨が上がるのを確認したマリアたちは武器を納めた。


「我々は考え直す。救世主ハロの望み通り、このままソォスィン国に帰る――ゥ。そこで騎士と新たな関係を築き、母国ソォスィンにて再び楽園を築こう――ゥ」

「ほ、本当か!? オレと一緒に国に帰ってくれるのか!?」

「主へ、そしてソォスィン国へ忠誠を誓う」


 捕囚たちは片膝をつく。


「アクガリ、本当にいいですか? この囚人たちの帰還を許可するように教会へ連絡するですよ?」

「ああ、今まで迷惑かけたぜ、マリア、みんな―――」


 マリア、ポポ、クゥは学園に引き返して行く。それを囚人たちが見つめていた。


「それじゃ囚人たち、いや、ソォスィンの友よ、今から母国に帰り、一緒に畑仕事から始めようだゼ!」


 囚人たちは立ち上がり、アクガリを見下ろす。


「がその前に、ソォスィン騎士と我々との、新しい友好の印として――」


 捕囚が言い終わる前に、アクガリは囚人たちの前へ走り出して手を差し出す。


「友好の印だ! オレも悪いことをした、謝る! 明日から肩を並べて一緒に――」

「おや? 何の友好と勘違いしている――ゥ?」


 目を光らせたその捕囚はアクガリの言葉を遮る。


「え?」

「新しい友好とは! 我々魔族たちが主権者としてソォスィン国の実権を掌握し、その下で貴様ら愛無き騎士が奴隷として従えることなのだ――ゥ! お互いの苦しみを理解することから始めるのだ――ゥ!」

「ああもうッ! アクガリ逃げろッ!」


 その囚人の手はアクガリの体を掴み、そして周囲の囚人たちは口から斧を吐き出す。


「し、神殿破壊の斧だゼっ!?」

「アクガリを離せ! ――マ、マリア先輩たちッ! 戻って!」

「この王族の娘を人質に、ソォスィン教会を水平線の果てまで追いやり、我々が王都の玉座に就くのだ――ゥ!」


 俺は捕囚の脚をホウキの封殺剣で殴る。


「いい加減にしろ! また往生際の悪い!」

「痛ッ! おのれ愛無き――ゥッ!」


 ひるんだ捕囚の手はアクガリをこぼし、すかさず俺のホウキを掴む。

 俺は巨大な体にのしかかられて、体の関節が壊れて押しつぶされそうになる。


「貸して!」


 アクガリは俺と捕囚が取っ組み合っている隙に俺のジャケットから封殺札を抜き取り、捕囚の顔に叩きつける。


「ぐぅッ!」


 捕囚は封殺札の電撃に包まれてひるむが、すぐに捕囚の分厚い手が俺を薙ぎ払う。


「ぐあッ!」


 捕囚にのしかかられた脚が激痛で動けなかった。


「ヤロ、大丈夫か!? 今治癒するんだゼ!」


 すぐに駆け寄ってきたマリアたちも捕囚に立ち向かっているが、攻撃を受けても捕囚たちはひるみもしない。

 いたずら生徒魔族との戦闘で体力を消耗したためか、次第に騎士たちは勢いを失い、捕囚たちと距離を取るようになる。

 俺が手をついて立ち上がり、見上げると捕囚の顔があった。


「自由になった我々を邪魔するのなら、救世主――ゥ」


 捕囚たちは俺を囲んでいた。


「お別れの時としよう――ゥ」


 そう言った捕囚は周囲を見合し邪魔者がいないことを確認し、神殿破壊の斧を振り上げた。


「女神の愛の幻想と共に散るがいい――ゥ”!」


 それに気が付いたマリアは俺の方へ駈け出そうとするが、捕囚たちに阻まれた。

 捕囚たちは次々と斧を振り上げる。

 アクガリが俺に駆け寄り、捕囚に向かって何かを叫んで懇願している。しかし捕囚はアクガリを掴みあげ、放り投げた。

 再び捕まってしまった長津田さんは捕囚の手の中で、やめて、やめてと繰り返し泣き叫んでいる。

 捕囚たちが俺に向かって一斉に振り下ろす。

 しかし、それらは俺に到達することなく砕け散る。


「神殿破壊の斧が消失しただと――ゥ”?」


 手持無沙汰になった捕囚たちは困惑して顔を見合わせる。

 そして、どこからともなく現われたそいつは俺の前に着地した。


 真っ赤なスカートから伸びたすらっと長い脚で大地に立つ。

 そして頭に冠を置き、長い金色の髪を払うと、背丈の倍ほどの長いヤリを地面に刺し捕囚たちに睨みをきかす。


「本当の愛っていうのは、怒り、憎しみがエッセンスとなり深まるもの! 絶望と悲しみでふさぎこんだ心の分だけ、愛を感じ取ることができるはずよ!」


 ヴァーサー・クーラーは俺が何か叫ぶ前にヤリを突き刺し、口を封じる。


「厄介な救世主が一瞬で、一撃で論破された――……ゥ”」

「あの壮健たる潔白な肢体、破壊を生命の創造へと昇華させる魔界の女神――……ゥ”」

「あれは――ゥ”! あのお姿は――ゥ”!」

「――夢にまで見た、哲学王、愛の女神、フィシス・ヴァーサー・クーラー卿がおられる――ゥ”!?」


 そしてデリスゥ、マベランという魔女2人も楽しそうにヤリを携え、捕囚に立ちはだかる。

 捕囚たちが魔女の登場に困惑している。

 魔女がヤリを掴み上げると目の前の問題解決まで一瞬だった。

 ヴァーサー・クーラーは捕囚たちの体で飛び跳ねながら、その間を縫って進んだ。

 まるで無慈悲なダンスだった。

 ハンティング・イン・ハ―・ハートと宣言して振り回すそのヤリで、捕囚たちはたちまちに悲鳴を上げて転がり、土埃を上げる。

 デリスゥ、マベランも同じように捕囚たちをなぎ倒していく。

 いつの間にか騎士を目の仇にしたガルナビたち生徒魔族勢力も追加された。

 マリア、ポポ、クゥも突如学園の敷地内に現れた魔女に困惑しながらも、襲ってくる囚人や生徒魔族を相手にしている。


 みつどもえより複雑と化した戦場は大混乱だった。

 長津田さんが暴れながらも1体の捕囚に捕らえられて、遠ざかっているのが見える。


「立てるの?」


 戦場を一周して戻ってきたヴァーサー・クーラーが背中から俺に訊いた。


「ああ、もちろんだッ!」


 俺は目の前に落ちているホウキの封殺剣に手を伸ばすが、さっき捕囚にのしかかられたときに痛めた脚が言うことをきかない。


「悪いな……お前抜きでやりきるつもりだったが」


 ヴァーサー・クーラーはホウキを蹴り、俺の手元に柄が触れる。


「……それに、こんなとこ騎士たちに見られちゃ、お前はまずくないか?」

「アタシの心配をする場面かしら」


 長津田さんを抱えた捕囚の背中が土埃に消えていく。

 ヴァーサー・クーラーは冠を投げ去り、宙から取り出した学園の制服を羽織ようにして金城コミンの姿に様変わりした。


「アタシは何もしないわ、自分で何とかしなさい――」

「最初からそのつもりだ」


 俺はホウキを杖のようにして立ち上がる。

 肩をすくめた金城コミンは俺の襟をつかみ、鼻先で指を鳴らす。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ