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31 メル・メル・アクガリ

 俺たちは長津田さんが連れ去られた方に走る。


「おい囚人! 出られるぞ! 薬と引き換えだ! 気が変わらないうちに国に帰れ!」


 俺は無限に闇が続いていそうな広大な牢屋で叫ぶ。


「……誰もいない?」

「そんなはずはありません」

「気を付けるガル! ものすごい数の邪気なソーサリィを感じるガル!」

「……何だ、この空気――」


 息を吸うたびに、口から肺がもたれる。


 ジャリリ……ジャリリ……


 鎖を引きずる音が響く。


 ジャリリ……ジャリリ……


 それが周囲から無数に聞こえ、俺たちは囲まれていることに気が付いた。


「ち! すごい数だ!」

「憎い……なぜ、憎い……果たされない……ゥ”」

「騎士どもが……教会が……憎い……ゥ”」

「女神さまのお迎えはまだか……ゥ”」

「行き場のないカース……どうすれば……苦しい……辛い……ゥ”」

「このままでは、魂が狂乱を求める……ゥ”」


 怒りと絶望がこもった囁き声が聞こえる。


「お前らも囚人か!? ヴァーサー・クーラーの命令で助けに来た! ここから出て国に帰るんだ!」


「国に帰る――ゥ”?」

「否、ヴァーサー卿の解放は遅すぎた――ゥ”」

「黒き救世主は遅すぎた――ゥ”」

「我々はとうに悟ったのだ――ゥ”」

「夢など叶わぬということを――ゥ”」

「愛は虚像うそであることを――ゥ”」


 俺は囚人たちのひとりごとを遮るように叫ぶ。


「とにかく、牢屋から出て話をしよう! 外の世界を見れば、気が変わるはずだ!」


 長津田さんを連れ去った囚人が現われる。


「盲目の兄弟たちは目に見える美しさなど感じない――ゥ」

「薬と長津田さんを返せ!」

「囚人め! もう言うことを聞くんだゼ!」

「それが人にものを頼む態度か――ゥ!」


 別の囚人がアクガリに叫ぶ。


「それとも、魔族には態度を選ぶ必要もないと――ゥ!」

「……ぅ」

「帰る国に不幸が蔓延していると知り……」

「愛無き墓場であると知り……!」

「どうして足が向くというのだ――ゥ!」


 囚人たちが地響きを立てる。


「女神も魔女もない、愛無き母国の更地に帰れと言うのか!? そこで魂を削り働き、再び騎士と教会の独裁政治に耐えて生きろと言うのか――ゥ”!?」

「もうお前たちに辛い思いはさせない! アクガリも考えを改めるから!」

「ソォスィンの暴君騎士が改心すると――ゥ?」

「それにヴァーサー・クーラーもここずっとお前らのことばかりだ!」


 ヴァーサー・クーラーという言葉を聞いて、囚人たちの様子が変わる。


「フィシス・ヴァーサー・クーラーさま――ゥ?」

「最愛の哲学王――ゥ?」

「そうだ! ヴァーサー・クーラーだ! 大好きなんだろ!?」


 囚人たちは悲しそうな声を発してうつむく。


「……制服を召されたヴァーサー・クーラーさまのあいが聞こえる牢屋ここがいい――」

「……女神さまのフィシス理論という心地よいうたに浸っていたい――」

「は!?」


 牢屋の壁には、制服姿の金城コミンの写真や、掲げた学年目標が飾ってある。


「――それが本音か?」


 俺はトウガラシ爆弾を取り出す。


「兄弟たちよ、乗せられるでない! この黒騎士に心を打ち明けてはならない――ゥ!」

「お前は黙れ!」

「女神さまの救いなき我々の居場所は地下ここなのだ! ここにいる限り我々を傷つける者はいないのだ――ゥ!」


 囚人たちは目を見合わせる。そして俺を警戒する。


「危うく黒騎士に騙されるところだった――ゥ」


 囚人たちは牢屋の奥へ引き返していく。


「あくまで取り合わないってことだな!? いいだろう、話が通じないなら、こうするしかない!」


 ルア、雄太、ガルナビも攻撃の構えを作る。


「お、おい黒騎士、それじゃ――」

「悪く思うなよな! これは暴力じゃなくて、教育だ! ヴァーサー・クーラーもよくやる愛のムチだ!」

「――(こくりゥ)」


 サリスマリスが囚人の腹を一閃した。


「――ッゥ”! 不意打ちとは! これが愛だと!?」


 攻撃を受けた囚人たちがひるみ、俺たちをにらむ。


「応戦するのだゥ”! 居場所を守れゥ”! ――げほっ! ……し、しまったッゥ”!」


 俺はトウガラシ爆弾を囚人の腹に直撃させる。すると苦痛な表情の囚人が飲み込んだ薬のビンを吐き出した。


「――やった! 薬だ!」


 ガルナビが周囲の囚人たちに火炎をばらく。

 囚人たちがのけぞった隙に、すかさず俺は地面に落ちていた薬のビンを拾い、ふたを開けながらアクガリの元へ走る。


「――アクガリ! これで!」


 すぐにアクガリは薬をすすり、ビンを空にした。


「――ごくッ……苦いッ……」


「黒騎士よ、その慈愛の欠片かけらも無きソォスィン騎士をどうして助ける! 帰郷した我々を再び虐げるために黒騎士に加担しているはずだ――ゥ!」

「アクガリだって優しくなろうと努力してるんだ!」

「ゥ!?」

「お前らが夢中になったフィシス理論を調べたり、ビグニティ騎士の魔族の扱い方を学んだり、自分の身が危ないとわかっていて魔女の黒騎士に近づいたりとなッ!」

「……でたらめだゥ”! 兄弟たち、耳を貸すなゥ”!」

「さっさと出て行かないと毎日のようにここに押し寄せてやる! そしてヴァーサー・クーラーの声も聞こえないほど耳障りに出てけと叫び続ける! ソォスィン国の騎士よりもひどい仕打ちをする!」

「黒騎士……」

「ならば黒騎士よ、我々を打倒しその決意を示してみるかゥ!?」


 囚人たちは歓喜し、斧を振り上げて、黒い火炎をまき散らす。


「ちッ!」

「ギャハハハ! 堕せ! みんな堕せ――ゥ”!」


 全ての囚人たちが興奮して、暴れ出す。


「――(ギロリゥ)」

「け、お嬢さまにストーカーしてるだけの懲りない囚人たちめ!」

「やっつけてやるさ!」

「ふふふ」


 ガルナビとスカイズバイが放った火炎で囚人たちが地面に倒れる。


「――うぐッ……! 兄弟たちがやられた!」

「……命乞いは受け付けないんだゼ――」


 アクガリは手に炎の斧を携える。


「おい、アクガリ……」


 這いつくばる囚人はアクガリを見上げる。


「ああ、わが主よ、そなたに改めて相談があるのだが……」


 アクガリは囚人を斧でどつく。


「ぐおあッ! 痛いッ!」


 囚人は地面をのたうち回る。


「アクガリ、その辺にしておけって――!」


 アクガリは倒れた囚人を見下ろす。


「……フィシスに魅せられて、よくもオレの国を、パパやママをッ!」

「自国の無抵抗なソォスィン魔族を、ソ、ソウルに堕すつもりなのか――ゥ?」

「もう絶対にフィシス理論に耳をかさないって誓うんだゼ! そして、ソォスィン国に帰り、お前らが壊したものを全部元通りにするって約束するんだゼ――!」

「……ゥ」


 他の囚人たちも黒騎士のカース呪術の圧倒的な攻撃により、次々と倒れる。


「我らの悲しみが果たされない――ゥ”?」

「我々の憎しみが負けるだと――ゥ”!?」

「ま、まだソウルになりたくない――ゥ、頼む、慈悲を――ゥ」


 囚人たちは斧を捨て、降参を表明する。


「わかったならとっとと牢屋から出て、故郷に帰るんだ!」

「こ、この調子のいいヤツラを信じるのさ?」

「最初から、そうしたかったのだ――ゥ”」

「話が通じぬ我々でもないのだ――ゥ”」


 囚人たちは牢屋から逃げるように出て行く。


「――……ゥ”」

「お前もだ! どうした、早く出ないか!」


 長津田さんを連れ去ったその囚人が牢屋から出るのを見送る。

 そして、牢屋の中から囚人の姿がなくなった。


「任務は成功だガルね!」

「そのようです」

「これでヴァーサー・クーラーも満足するだろ」


 長津田さんは牢屋の奥に座り込んで、黒騎士の俺から顔を背けている。


「長津田さん、行きましょう。ハロを解放しますから……」


 長津田さんは何も言わず、じっとしている。


「ここにいたら気をおかしくする。地上へ戻りましょう」


 長津田さんは無反応を続ける。


「助かったゼ、黒騎士!」

「大丈夫だ。もう、すべて終わった」

「先生、おいらたちは先に地上へ戻ってるさ」

「誰もいないところで変身を解きましょう」


 黒騎士から戻りそうなのか、疲れた表情のルア、雄太たちが地上へ走り出す。

 俺は長津田さんになんて声をかけようか迷い、とにかくその手を取ろうと手を伸ばした時、横からアクガリが俺の腕をつっつく。


「オレの名前、メルって言うんだ」

「メル?」

「しぃ! 内緒!」


 アクガリはスレイを気にして、背を向ける。


「……? なんで急に?」

「メル・メル・アクガリ。呪文みたいな名前だろ? 大切な相手にしか許してはならない名前なんだゼ。お別れする前に教えておきたかった。スレイには秘密な、怒られちゃうから――」

「メルか、いい名前じゃないか」

「うっせあほ――」


 そしてアクガリが俺の腕に抱き着く。


「――それに、あんまりくっつくなよ」

「きっとマリアさんたちが地上で待ち受けてますの! 無事にソォスィンに帰れるよう逃げ道を確保しておきます! アクガリさん、お別れの言葉も手短に――」


 スレイは気を使ってか、アクガリと俺を置いて地上へ走り出した。

 相変わらず長津田さんはしゃがんで背を向けている。


「腕組むくらい金城さんもやってるし! 女の子同士なんだから、別にいいだろ!」


 アクガリは笑顔を見せる。


「ま、まあそうだな。急げ、スレイに続いてここから逃げよう!」


 俺がアクガリの手を引こうとすると、あまり聞きたくない声が聞こえた。


「メルちゃん、……素敵な名前、やっとこの世界で心が開花したみたいね――」

「あぅッ!!」


 その声を聞くとアクガリは体を強ばらせる。


「アクガリ!? どうした!?」


 悲鳴を上げたアクガリは胸を抑え込む。


「純粋な乙女の心にここまで深入りできるなんて思ってもいなかったわ! アナタのおかげ! 奴隷から下僕に昇格ね!」

「ヴァーサー・クーラー!? ……違う! そんなつもりじゃ!」

「偽りの関係に酔うのはいいけど、このままじゃ言葉にならないくらい切なくなっちゃうから」


 魔女はスカートの中からヤリを取り出す。


「ね、メルちゃん……」

「――ッ! その騎士の名はやめてッ! ズキズキして、なんか恥ずかしい! この気持ち、なにっ――……!?」

「やっと新鮮な純愛の素材が手に入ったわ! 乙女の心を紐解いて、フィシス理論の愛の章を記すの! さ、その子を連れてきなさい!」

「もう勘弁してくれッ! 囚人を助けるのが遅くなったことに怒ってるんだろ!? いや、長津田さんもか!?」


 俺は長津田さんの暗い背中を見る。

 ヴァーサー・クーラーは何も言わずに、俺を睨み付けながらヤリをくるくる回している。

 その笑顔の下には明らかに不機嫌が隠れている。


「気に入らなかったのなら謝る! だからアクガリは見逃してくれ!」

「見逃す!? こんなに素敵な子はどこを探しても見つからないわ! アナタにはもったいないくらいよ!」


 アクガリは胸を抱えてうずくまっている。


「この子の純愛をフィシス理論と共に世界に広めるまたとないチャンスよ! 愛無くして滅びたソォスィン国だってすぐ復活する!」

「おい、アクガリ! 早く逃げろッ!」


 俺が苦しそうなアクガリに手を差し伸べると、その手は払われた。


「ハロのヤロ、ごめんだゼ……。黒騎士なんかに騙されて……ぅぅ」

「暴君騎士ちゃんのこころ辱めた! サーヴェイ!」

「乙女のイケニエ! ペクソッ! オーウェイ!」


 魔女の存在を嗅ぎつけたのか、ガルナビ、ペッキンコッキン、ペッキン族たちがアクガリの周りではやし立てている。


「アクガリ、ごめん、こんなつもりじゃ――」

「ハロの忠告を聞かなかったからだ! 奇跡なんて信じたからだ――ッ! 夢なんて叶わないんだッ!」


 そう叫んだアクガリは俺を突き飛ばして走り出す。


「ちょ、アクガリ!? 待ってくれ!メル!」

「その名前で呼ぶなッ! 黒騎士めッ!」


 泣きわめきながらアクガリは走り去った。


「ア、アクガリ……そんな――」

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