30 囚われのメイド娘
サリスマリスが俺の手を離さないアクガリに近寄る。
俺はサリスマリスによせと指示する。
「アクガリ……、わかってくれ……」
「……だ、だって」
「囚人を解放したらハロも地上に逃がす! 生徒の安全はハロに任せろ!」
アクガリは諦めたようにうなずき、俺から離れる。
俺はカギを回す。
ガチャという音で開錠されたとわかった。
「開いたぞ! みんな、早く中へ!」
「そうはさせないです」
「――ッ!? マリアさんッ!?」
マリアが目で追えないほどの速さで突っ込んでくる。
カースになったサリスマリスとスカイズバイがマリアの進路に攻撃をばらまいた。
「――ちっ!」
俺はトウガラシ爆弾で煙幕を作る。するとマリアが突進をやめて、立ち止まった。
「マリィ、カースの攻撃は危ないなの! 無茶なの!」
「黒騎士、待つぅ! 悪さやめるぅ!」
俺はサリスマリスとスカイズバイが牢屋の柵を通り抜けると扉を閉め、反対側に手を伸ばし鍵をかけて施錠し、マリアたちをその場に残した。
マリアが柵を掴み、黒騎士の俺の胸倉をつかもうと手をのばす。俺は間一髪マリアの手を逃れる。
「――ハロを返すです、――返すです」
「あ、後で必ず……!」
俺を睨み続けながらマリアは柵を壊そうと何度も殴りつけている。
「マ、マリア、ごめんだゼっ!」
「アクガリ、急げ!」
何度振り返ってもマリアは俺をしっかりと睨んでいた。
牢屋の奥へ走りながらアクガリが俺に言った。
「黒騎士、安心するんだゼ! 口で命令しても頑固して聞かない囚人どもは斧で尻を叩いて牢屋から追い出す! 武力で無理やりにでも母国に連れて帰ってやるんだゼ! この方法なら確実だろ!?」
「……ま、まあな。だがな、アクガリ――」
コミンの忠告を思い出した俺は口を出す。
「アクガリ、さっきのハロを殴ったこともそうだが、すぐ暴力に頼るから魔族に反感を持たれて、国を滅ぼされたんじゃないのか?」
「は!? 母国が滅んだのがオレのせいだっていうの!? そ、そんなわけ……!」
「囚人も愚痴ってたろ? 何やら口のきけぬ魔族たちを騎士たちがこき使ったり、いじめたりしてたみたいじゃないか?」
「ならどうやって魔族たちに言うこと聞かせるんだ!?」
俺はサリスマリスを見る。
「それは、俺にもよくわからない――」
突然、向かう先の牢屋の奥から何かが暴れているような音が響く。
「な!? す、すごい物音だゼ!こっちに来る!」
「囚人か!?」
物騒な物音と一緒に、暗闇から小さな影がかけてくる。
「はぁッ、はぁッ! 助けてッ!」
「長津田さん!?」
「え!? みんな!?」
長津田さんは何かから逃げているようで、俺たちの姿を見ると駆け寄ってくる。
着ていたメイド服が泥だらけだった。
「メガネの女子!? 何で牢屋の中に!? 囚人から逃げて!?」
長津田さんの背後から巨大な影が地響きを立てて迫る。
「信じてた! 絶対に助けに来てくれるって!」
「それより長津田さん! 早くこっちに! 急いで!」
長津田さんは俺の腕にしがみつき、俺の顔を見る。
そしてその顔が次第に驚きと恐怖の表情に変わっていき、俺を突き飛ばす。
「……そんな――!」
「痛っ!? 長津田さん!?」
「……うそ! うそよ!」
長津田さんはしりもちをつく。
「どうして!? 助けに来たんだ!」
背後の巨大な影の叫び声が大きくなる。
「囚人がそこまで!? 早くこっちに!」
俺は駆け寄るが長津田さんが逃げる。
「黒騎士ッ! 悪い人ッ!」
「あ!」
俺は今の自分の姿を思い出す。
長津田さんはカースになったサリスマリスを見る。
「――(ゥ”)」
「なんで……悪い人たち! 来ないでッ!」
長津田さんは俺とサリスマリスから後ずさる。
「あの人はどうしたの!? ……まさかまたどこかに連れ去ったの!?」
「違う! ハロは無事だ!」
俺の言うことを聞かず、泣き出した長津田さんは踵を返す。
「ひどい! 約束したのに! 来ないでッ!」
「長津田さんッ! 待って! そっちには!」
闇へ走る長津田さんがそれにぶつかる。
「……きゃッ! 痛ッ!」
その黒い小山に2つの光る目玉が浮き出す。
「捕まえたぞ生娘――!」
「囚人!?」
「ちょこまかと手こずらせる」
怒り狂った囚人が長津田さんの手首をつかみ持ち上げる。
「ぅぅ……なんで、どうして――!」
「――黙れ、騒ぐな。牢屋は響く」
囚人が俺に気が付く。
「来たか黒騎士。喜べ、これから小娘を生贄に耳障りな騎士どもをまとめて葬るための黒魔術を行う。引かなければ皆まとめて堕す」
「いやッ! やめて! 離してッ! 痛ッ!」
「囚人お前! その子を離せッ! 返せ!」
「今日までメイド奴隷には楽しませてもらった。暗い牢屋が明るくなり、愛のようなぬくもりを感じた。気分よく素晴らしいメイド奴隷だ。ずっとここに置いておきたいくらいだった――」
囚人から黒い霧がでる。
「しかし、弱々しくいればいいものの、秘めて勇敢で、おいたが過ぎた――」
黒い霧は新しい牢屋の柵を生み出し、俺たちの行く手を阻んだ。
俺は駆け出してその柵を揺さぶるがびくともしない。
長津田さんと囚人は霧に紛れて消えていく。
「待てッ! くそ! その子に何かしたら許さないぞッ!」
「スカイズバイ、柵をぶっとばせ! バレットラッシュだ!」
スカイズバイはアクガリの命令通り口を開き火炎を吐く動作をするが、そのまま動かなくなった。
「――何故!? どうしたスカイズバイ!? あの囚人の背中を焼くんだゼ!」
命令が聞こえていないのか、スカイズバイは微動だにしない。
「早く囚人をしばけだゼ! ……って!?」
浮遊していたスカイズバイが力なく地面に落ちた。
「どうしたソーサリィ切れか!? 役立たず! しっかりしろ、立て! 騎士に仕えろだゼ!」
「――違う! 見ろ、腹にヤリが……」
スカイズバイの腹には見たことのあるヤリが刺さっていた。
「ヤリだって!? 囚人め、いつの間に!」
アクガリがヤリを抜き取ろうと手を伸ばす。
「……違う! 囚人じゃない! よせアクガリそれに触るな! それは魔女の!」
「なんだって!? ――ひやぁぁッ!」
「――(ゥ”!)」
突然起き上がったスカイズバイはアクガリに噛みつく。
「痛い! 何をするスカイズバイ! 離せ! 敵は囚人だ!」
「アクガリッ!」
ヤリが刺さったままのスカイズバイの体が赤く光り、狂ったように目を泳がせている。
「――(ゥ”!)」
「ヤリで狂ったのか!? そ、それはカースの呪い!?」
背後から愉快そうな声が聞こえる。
「愛のない暴力はいけないのーん」
「口のきけない魔族の痛みがわかった? ――ぞくッ」
ヴァーサー・クーラーの手下、デリスゥ、マベランが俺たちを遠くから見降ろす。
「……このヤリはお前らの仕業か!」
「アクガリさん!?」
「な、なんだここヤリ!? うあッ!」
スカイズバイに刺さったヤリがアクガリの体に絡みつき、締め付ける。
「ぅぐっ……あぅ! 苦しぃ!」
俺が駆け寄るとすぐにヤリが消えて、スカイズバイは力なく地面に落ちて、アクガリも解放された。
「大丈夫かアクガリ!」
「いてて、へーき……」
アクガリはふらふらと立ち上がると、頭上を見上げて目をぱちくりする。
「――あれ、頭の上に、変な赤いのが!? なにこれッ! あっち行けだゼっ!」
アクガリは頭の上の赤い呪いを振り払おうとしている。
「アクガリ、それは本当か!? まずいッ! なんで正体は話してないのに!」
魔女は笑いながら見守っている。
「これもヴァーサー・クーラーの命令なのか!?」
「そんなこと自分で考えるのーん」
「――ぅ……体に力が入らない――だゼ……」
「……アクガリさん! す、すごい熱ですの!」
「恋をこじらせ弱った心の隙に呪いを仕掛けた――びくッ」
「悪化すると、誰かさんみたいに黒騎士に変身しちゃうかものーん」
「喜ぶべき、黒いお友達が増えるんだから――ぞくっ」
「黒騎士に変身するだと!? アクガリ、まずいッ! その赤い呪いを見るな!」
「ちなみに、その呪いを論破する特効薬はこーれ」
「何が目的だ! これじゃ囚人を解放できないだろ! その薬をよこせ!」
ニシシと嗤ったデリスゥは俺の目の前の地面に着地した。
俺はその魔女を警戒しながら、薬を受け取るため手を出す。
しかし、デリスゥはにやにやした顔のまま、俺の顔を覗き込む。
「は、早くよこせって!」
「フィシス上位役職者への口の利き方、改めるのん」
「ああ、すまなかった! 今は気が立ってて、……つい」
俺は不意打ちを狙い、デリスゥの手の薬にとびかかる。
しかしデリスゥはその手を引っ込め、避けた。
「その威勢のよさが命取りのーん」
「お前らッ! 邪魔したいのか、おちょくりたいのか、はっきりしろ! ――ぐあッ」
俺の腹に衝撃が入り、体が宙に浮いた。
俺を蹴り上げた態勢のデリスゥはその瞬間、細めた目を片方だけ見開き、嬉しそうにする。
「――どっちも……のん」
黒騎士の装甲の恩恵で腹に痛みはなかった。俺は落下しながら態勢を取り直し、トウガラシ爆弾を取り出してそのままデリスゥの頭に狙いを定める。
「魔女めッ! 今の俺は黒騎士だッ!」
「ボクにカースは効かないのん」
デリスゥはヤリを振り上げ、俺の体に衝撃が走る。気が付くと俺は宙に飛ばされ、地面を転げる。
「どっちもって、デリスゥの欲張りさん、……ぞくっ」
薬を持つデリスゥは牢屋の中に薬を投げ込んだ。
「なっ! なにしやがる!」
そしてわざとらしく耳をふさいで見せて、顔をゆがめる。
「あーあ、黒騎士がうっさくて、暴力までするから、びっくりして牢屋の中に投げちゃったのーん」
「てへ――びくっ」
「ふざけやがって!」
俺は牢屋の中の薬に手を伸ばす。指先が薬に触れるが、つかめない。
「ち、届かない!」
「黒騎士さん、前! 気を付けて!」
スレイの呼びかけで、俺は気配を感じて見上げる。
「何やら騒がしいが、どうかしたか、黒騎士?」
「ッ! お前! ……長津田さん!?」
囚人と長津田さんが俺の前に立っている。
「これはこれは、何か大事なものなのか?」
囚人は長津田さんに小さく何かを命令する。
すると俺に向かって歩き出した長津田さんはゆっくりと薬を拾う。
「長津田さん、それをこっちに! もう悪さしない! すぐにハロを返し、俺は消えるから!」
「……いけません」
「その薬をこっちへ!」
「……できません」
「アクガリは悪くないんだ! アクガリのために! ここままじゃ病気になってしまう!」
長津田さんは手を伸ばす俺をにらみ、振り返ると囚人に薬を渡す。
「そ、そんな――!」
「……よくできたメイド奴隷だ」
囚人は受け取った薬のビンを眺め、そして魔女2人を見る。
「あとはみんなで話し合うのん」
「愛ある結末を――ぞくっ」
ヴァーサー・クーラーの手下の魔女の2人は暗闇に姿を消した。
囚人は魔女たちが引き返してしまうと、小さくうなり声を上げる。
「ヴァーサー・クーラーさま、なぜ救いをくださらない……」
「囚人、それをよこせ! もう牢屋から出ろだなんて煙たいことは言わない! だから薬を返してくれ!」
囚人は冷たく笑う。
「……女神さまの使いが見えて、ちょうど今、牢屋から出たい気分だったのに。それは残念だ――」
「何を言ってる! アクガリは俺たちの問題とは関係ない! 薬を返してくれ!」
ふてくされた様子の囚人だが、間違いなくふざけているのがわかった。
囚人は口を開け、俺に見えるように薬のビンを飲みこんだからだ。
「では、さらばだ、ハロを堕した黒騎士。その愛無きソォスィン騎士が呪いに蝕まれ朽ちていくるのを指をくわえて眺めているがいい――」
囚人は長津田さんの頭を撫でながら消えてた。
「ぅぅ……頭が痛い――」
「あの、野郎――ッ! クソッ! クソッ!」
俺は柵を蹴り、トウガラシ爆弾を押し付けて爆発させるがびくともしない。
「黒騎士、ごめん油断したゼ……」
「クソッ! クソッ!」
俺は何度も柵を蹴るが壊れない。
「黒騎士さん、落ち着いてくださいまし……」
「大丈夫、薬はいらない。オレは呪われないから――げほ、げほ!」
アクガリが黒騎士になったら、スレイ、そして従魔族たちまで黒騎士になるだろう。
そしていずれ追いついてきたマリアたちに伝染するのも時間の問題だ。
ふと足元をみると、何かが落ちている。
「――これは、カギ?」
俺はそのカギを拾う。
まさかと思い、蹴り破れないその牢屋の鍵穴に差し込み回すと、合致した。
ガチャという乾いた音と一緒に、扉は黒い霧になり溶けて消えた。
「さっき、長津田さんが置いて行ったのか……!」
俺はサリスマリスを見て合図をだす。
「――(こくりゥ)」
俺とサリスマリスは走り出す。
「アクガリ休んでろ! すぐに薬を取り返してくる!」
「ダ、ダメ! 魔女たちの言いなりに囚人を解放したら、黒騎士が悪者になっちゃうんだゼ!」
「アクガリまで呪われたら本当に悪者だ!」
「ぅぅ、なんで、――オレなんかのために……」
「あ、旦那、ここにいたガル!? 遅いと思って来てみたら、ガルもカースの力が戻ったガル!」
呪いで黒騎士になったガルナビがはしゃぎながら駆け付け、続いて黒騎士のルア、雄太が現われる。
「先生! また突然、呪いで変身しちゃったさ!」
「そういうことでしょうね、さっそく力を使い、囚人を解放しましょう」
黒騎士な俺たちは、囚人と長津田さんを追いかける。




