28 祈り倒して泣いてごらん!
「結局、夢に手が届きやすい聖なる夢見が丘も、オレの願いには振り向いてくれなかった……」
「アクガリさん、良い思い出もここに置いて、これからは地道に祖国再建を考えましょう」
「わかってる、スレイ。先に向かってて……夢見が丘に最後のお別れをしたいゼ……」
「フィシス兇徒がいるかもしれません、夜道にお気をつけくださいな――」
「――そうだ、悔しいけど、夢を諦めなきゃだゼ……」
「傷を負ってでも手に入れたいものがあるって素敵よ」
「だ、ダレ!?」
「夢見る丘でそんな暗い顔なんていけないわ」
「ど、どこから聞こえて!? ダレなの!?」
「永遠の闇に沈めた未練は毎晩のようにアナタの耳元で囁く。あの時ああしていれば今頃ってね」
「オ、オレに未練なんて――っ!」
「いいえ、強い願いは奇跡を引き寄せる! 騙されたと思って、祈り倒して泣いてごらん!」
●
分厚い雨雲が空を覆っている。
今にも泣きだしそうな暗い空を心配して、俺は急いでいた。
昼飯を手早く済ませ、雄太とルアを誘い、囚人が踏み荒らした花壇に花を植えてなるべく元通りになるよう直していた。
汗ひとつ見せてないルアがシャベルで土に穴をあけている。
「依然として囚人は地下に立てこもり、僕たちの使命は振りだしに戻りました。これで良かったのでしょうか」
「仕方ないだろ。この姿じゃアクガリの手助けも得られないし、マリアたちもここを警戒している」
「まさかこのまま彼女の命令が未遂に終わるなどと、そう思いませんか?」
「あまり考えたくない」
汗をぬぐい土まみれになりながら新しい花の苗を植えると、背後に人ではない気配を感じる。
少し肩を垂らしたサリスマリスが申し訳なさそうしている。
「まだ長津田さんは見つからないのか?」
「――(こくり)」
「昨日から欠席みたいさね」
「俺のせいで、学校に来なくなってしまったのかな……」
「あの囚人め、なにも長津田さんの大切な花壇にこんなにする必要なかったさ」
「せめて前よりきれいにして、長津田さんを喜ばせよう」
しばらく長津田さんの悲しそうな顔を頭から掻き消そうと草むしりに熱中していると、ルアが苦い表情で俺に近寄る。
「……これを」
差し出された手には見覚えがあった。
「それは、長津田さんのメガネさ!?」
「ルア! これをどこで!?」
ルアは雑草が生い茂る地下の入り口を指差す。
「地下牢への入り口に落ちていました」
「まさか、囚人に誘拐されて!?」
入口に駆け寄ると、施錠も結界も破壊されており、開いた扉がきしむ音が聞こえてくる。
「いや待て、このメガネは他の生徒の物かも……地下に長津田さんが行くはずがない!――待て、……な、何かいい匂いがしないか?」
雄太が恐る恐る、扉が揺れる暗い入口に鼻を突きだしている。
「この甘い香り、地下からです」
「確かに――甘い香りがするさね……」
暗い地下への柵から香る。俺は思い出した。
「長津田さんの紅茶だ! 長津田さんのメッセージ……、助けを求めてるんだ!」
俺はメガネを握り締める。
「だとしたら、まだご無事のようです」
「マリアたちに報告だ!」
「いえお待ちください。無事だとしたら、囚人が連れ去った目的は生贄のためです。彼女のソーサリィを生贄にした強力な黒魔術で、助けに来た貴方を迎撃するつもりでしょう」
「……ッ! 騎士たちが騒ぎ立てると囚人が長津田さんに手を出すかもしれない!こっそり地下へ忍び込み救出できないか!?」
「生徒会室から武器を取ってくるさ! ――ん? あれ! あれ先生!」
雄太が指を指した先の校門では、そいつが腕組みして突っ立っていた。
「――もう、こんな時に! なんだってんだよ!」
俺はどうするか迷っていたが、メガネを懐にしまい、そいつへゆっくりと歩み寄る。
「お待ちください、どうするおつもりです?」
「あいつが来たと知れば、また囚人たちが騒ぎ出す! だから帰らせる! 小心者のくせにムキになると何するかわからないから、念のため結界を強化しろ!」
「サリスマリスとその通りに。生徒や学園に危害が及ばぬよう努めます」
雄太とルアが結界の札を隠している近場の小屋に走っていく。
ベンチで昼食している生徒たちが、ここでは見慣れないその制服を話題に会話をしている。
「なんだろうね、ずっと校舎を見てるけど」
「誰かと待ち合わせなのかな?」
「さっき近くで見たけどちっこくて可愛いかったね!」
ぽつぽつと生暖かい雨が地面をしっとりと打ち始めた。
俺は校門の外で仁王立ちするそいつの目の前で止まる。
「――ヤロ、ひとりで来るとはいい度胸なんだゼ、ここを通せ! 校門の結界をどかすんだゼ!」
「お前こそ今は何もできないぞ! 黒騎士がここにいると思っているのか? その従魔族をしまってマリアたちが昼飯をつついているうちに帰れ!」
「それがなんだ! オレが代わりに黒騎士の使命を果たし無念を晴らすんだゼっ!」
「囚人を解放してもヴァーサー・クーラーは倒せない! 喜ぶのは魔女だけだ!」
「魔女なんてどうでもいいッ!」
「どうでもいい!? じゃあなんで!」
「黒騎士がいなくても、オレの力だけで……!」
「アクガリさんは国に帰る寸前、聖なる伝説の丘で女神さまからお告げを受けましたの」
校門の陰から従魔族を連れたスレイが現われ、俺の前に立つ。
「オレは夢見ヶ丘の奇跡を信じる! この手でつかみ取る! ヤロには悪いが、力ずくで牢屋まで行かせてもらうんだゼ!」
「事情はわかったが今はやめてくれ! ちょっと問題が起こってかなりタイミングが悪い! それにほら、生徒たちもいる!またあの囚人が逃げだしたら生徒が危ない!」
アクガリは従魔族に指図する。
「スカイズバイ、邪魔するハロを捕まえ人質に、校門の精霊に結界を消せと脅すんだゼ!」
アクガリが睨んだ先を見ると、校門の結界の管理する小さい精霊がアクガリと俺を交互に見てあたふたしている。
「にょ!? にょ!?」
「おい、耳を貸すな! 命令だ、結界を維持しろ! 誰も入れるな!」
アクガリの従魔族が俺に襲い掛かる。
「お、おい、やめろッ! ここで手を出したら! ここには結界の仕掛けが――」
「邪魔だヤロ! やい精霊め、結界を解かなければヤロをやっつ――」
アクガリが叫んでいると、校門の周辺に仕掛けたトラップ結界が発動した。
「え? ――うぁ!」
地響きが学園中で鳴り響く。
旧校舎の窓ガラスが騒々しくきしむ音が聞こえ、校庭から土埃が舞い上がる。
そしてアクガリとスカイズバイは罠の力により地面の中に引きずり込まれていった。
「お、おいッ! アクガリ! 大丈夫か!?」
「痛たた……、なっ、ヤロ! 罠にはめたな!? 卑怯者! ……こ、ここは? 暗い! 寒い! 怖い!」
地面からアクガリの悲鳴が聞こえる。
「そこは地下道だ! すぐ近くに囚人の牢屋がある! 大人しくそこでじっとしてろ!」
「黙れヤロ! オレが、オレが囚人をつまみ出してやるんだゼ!」
「待て、アクガリ!」
アクガリは従魔族と共に、囚人解放に行ってしまった。
「なんだ今の! 地震!?」
「にしては短すぎないか!?」
「すごいおっきな地震! えー、怖い!」
昼休み中の生徒たちが騒ぎ出している。
『……の危険があります。全校生徒は体育館へ避難してください。繰り返します、全校生徒は体育館へ――』
「えー、まだご飯食べてないのに!」
「仕方ないわね、まあ雨も強くなりそうだし」
校内放送の指示通りに、生徒たちは体育館へ移動していく。
「く! これじゃ囚人たちにも察知されたんじゃないのか! すぐに長津田さんを助けださないと!」
雨が強くなる。
俺は手持ちの封殺札とトウガラシ爆弾が濡れないように懐をかばいながら、囚人たちがいる牢屋の入り口へ走って向かう。
すると、途中でベランダから誰かに声をかけられる。
「愛の面倒を見ず、ほったらかしにするからそうなるのよ」
「――なんだ!?」
俺は雨に打たれながら目を細め、声の方を見上げる、
「あの子ひとりにやらせる気? アナタは見てるだけ?」
あきれたような声の主は、雨に打たれる2階の生徒会室のベランダから俺を見降ろしていた。
「コミン……」
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「地震? 爆発? いえ、きっとあの人が助けに! きっとここに来る! ……お化けちゃんがケンカしている隙に、早くカギを見つけなきゃ」
「どうやら忠告を守らないネズミがいるようだ」
「――あ、あなた!?」
「ここには決して踏み入れるなと強く言いつけたはずだが」
「汚れがひどいので、まずは物を整理をしていただけで……ごめんなさい、つい」
「探し物はこのカギか? 牢屋から逃げ出すつもりか?」
「……そんなこと、ありません」
「地上が騒がしいが、ちょうどいい来い。ここから出してやる」
「痛っ! に、逃がしてくれるの!?」
「もうじきここに押し寄せてくる忌々(いまいま)しい救世主どもを黒魔術の嘆きの雨で根こそぎ堕してやる。 生贄の祭壇へ来い、……来るんだ!」
「――でも、ごめんね、その前に……」
「黙れ! 命乞いを聞いてやる時間はない!」
「これ、トウガラシ爆弾なのよ!」
「ぐあっッ!? 目がッ! ど、どこに隠し持って!?」
「辛かったらごめんなさいッ! このカギ、借りますッ!」
「小生意気な娘がッ! ……ククク!」
「おい、小心者、うずくまって、何かあったのか?それに生贄に必要なメイド奴隷が見当たらない――ゥ」
「知らないな――、どこかの牢屋の隅で震えて泣いてるんじゃないのか?俺に訊く前に自分で探せ――」
「生贄がなければ騎士を向かい打てない!お前も探せ――ゥ」




