26 VSアクガリ
本来なら昨日の放課後にアクガリとの牢破りの約束があった。
しかし、約束をとりつけていた女子高生の俺は呪いが解かれ、男に戻ったから仕方がない。
だが黒騎士が消えたことだけはアクガリに伝えたいと思った。
約束の時間を1日も遅れて、約束の丘に到着した。
「アクガリ、さすがにもういないよな……」
周囲にはアクガリやスレイらしい人物はいない。
当たり前だが、空を見上げてもアクガリは降って来そうにない。
「ったく、囚人の解放に何の意味が……」
俺は護衛のサリスマリスを見る。
「しかし、愛の芽って、なんのことだ? ――知るわけないよな」
「――(こくり)」
「あーあ、ルアの役立たずめ。女になっているうちに欠席したテストで赤点補修だ。勉強時間も作らなきゃな。帰って教科書でも開くか。じゃあなサリスマリス、今日は仕事は終わりだ」
黒騎士も、ヴァーサー・クーラーも現れる予定はない。
平和を脅かす魔族といっても、そこの茂みでゴミをあさっているソウルか電柱で船をこいているソウルくらいなものだ。
「旦那! お嬢さまは騎士ちゃんと仲良くパフェ食べて楽しくまさぐりまわして帰られたガル」
コミンたちに同行していたガルナビが姿を現す。
「そうか、ならよかった」
ガルナビの口についたパフェが少しうらやましかった。
「俺のおかげで今日という日は平和に終わったんだ――。まぁ金城コミンがいないと眠くなるわけだ……」
「そうかー、今日は生徒会長さんは一緒じゃないのかー」
暗闇からアクガリが現れた。
「あ、アクガリか……!?」
しかし、その姿は戦闘スタイルだった。俺は悪い予感がした。
「アクガリ、一応伝えておこうと思うが黒騎士に――」
その瞬間、アクガリは少しだけ目を見開いた。
「クーラーの仲間になりたいと頼んで――ぐあッ!?」
足元に激しい衝撃が走り、粉塵と共に打ち上げられた俺は芝生の上に背中から落ちる。
「――痛ッ! な、何しやがる!」
「なんでオレの名を知ってるんだゼッ!? ヤロがなんで!?」
「……しまった!」
アクガリと協力したのは女子高生姿の俺だった。
男の俺はアクガリのことを一切知らない。
アクガリの名前さえも知らない。
それどころか、俺たちは最悪な関係だったことを思い出す。
驚いたままのアクガリは再び魔法を使って俺を突き飛ばす。
「ぐあッ! やめろッ! こんなところで魔法はやめろッ!」
「それにどうしてヴァーサー卿の仲間になりたいってことをッ! その秘密を誰から聞いたんだゼ!?」
握りこぶしを作るアクガリは倒れている俺を睨む。
「ガルにケンカを売ったことを後悔するガル! 食らえ、ガルナビタックル! ――ギャルッ!?」
体当たりをかわされたガルナビは岩に激突し伸びてしまう。
「――(ギロリ)」
戦闘態勢の大きなサリスマリスはアクガリに立ちはだかり、ツメをとがらせる。
「あ! そうだ思い出した! ヤロたち、オレの髪を切りやがって!」
「……あ、あ、あの時のふたりかー! 髪を切ったのは悪かったー! 謝る! 申し訳ない! この通りだ! だから今日は勘弁してくれ!――こんな感じでいいか?じゃ、帰るからな!」
「旦那、白々しいガル……」
「髪なんて怒っちゃないんだゼ――!」
「じゃあなんで攻撃するんだ!」
「黒騎士をどこに隠した!?」
「だろうな!」
「やっぱりだゼ!」
「だったらどうした!?」
「ヤロが黒騎士をやっつけたんだな!? 救世主ハロめ!」
「やっつけた? 違う!」
「ヤロが復活して黒騎士がいなくなった! 囚人を解放しようとした黒騎士をヤロがやっつけたんだろッ!?」
「知るか! 俺はずっと黒騎士に閉じ込められてたから何も知らない! やっつけてないし!」
「黒騎士と約束したんだゼ……! 黒騎士を返さなければ、今ここでヤロをやっつけるんだゼ!」
「どうしてそうなる!? 別にいいだろ! あんな悪党消えてしまっても! 魔女の手下だ!」
「……んだとッ!」
アクガリは怒りを表し、俺に詰め寄る。空中から斧を生み出し、それを握ると俺に向けて構える。
「く、黒騎士は根は悪い奴じゃなかった! 何も知らないヤロに何がわかるんだゼッ!」
「ああ、わかった、落ち着け! 黒騎士は魔界に帰った! やっつけたり、封印したりしていない!」
「やっつけて封印したのかッ!? か、覚悟しろ、黒騎士の仇だッ!」
アクガリはオレンジ色の炎を斧にまとわせ、俺に投げつける。
「……ぐあッ! お前、こんなところで! 人がいるかもだぞ!」
アクガリの攻撃が地面の草を焼き、火柱が上がり、焦げ臭いにおいが漂う。
「よく避けるな、ヤロ……! さすが黒騎士をやっつけただけはあるんだゼ!」
「く、なんでも容赦ないなッ! 防御札が一撃で焦げ付いたぞ!?見ろ!」
「観念して本当のことを言わないとソウルにしてしまうんだゼ!」
「本当のこと言ってもソウルにされない保証は!?その様子じゃないだろ!」
遠くでスレイの姿が見える。こちらを観察している。
「ス、スレイさんッ! アクガリに何とか言ってくれ! スレイさんッ!」
「黒騎士さんを返していただければアクガリさんの気がすみますの」
暗い顔のスレイはうつむいたままつぶやいた。
「これもソォスィン国のためだゼ!」
「なんで黒騎士を助けることがソォスィン国のためになるんだよ!?」
「黒騎士を魔女から救えれば、オレの国も救えるんだ!」
「なんだよそれッ!? 俺だってビグニティのために戦ってるんだ! 魔女の手下の黒騎士は恐ろしい敵だ! だから返せない! これで納得か!? いい加減にしろッ!」
「ぅッ! 説教なんていいから黒騎士を返す気になるんだゼ! い、意地張って無理してると本当にソウルに堕しちゃうんだゼ!?」
怒り任せにアクガリは俺に向かって斧を振り回す。俺は寸前で避けて逃げる。
「――ッ! く、黒騎士はそのうち帰ってくるからッ!」
「そのうちじゃ遅いんだゼッ!」
俺はつまずいた。そこにアクガリが俺の頭に斧を振り下ろす。
「――冗談だろッ! おいッ!」
人に向ける攻撃じゃない―――!
防御札の護符もないのに―――……!
俺は覚悟してしばらく閉じていた目を開くと、マリアの声が聞こえた。
「……ハロ、いじめられたときくらいは先輩を頼っていいです」
「マリア先輩!?」
制服のマリアはアクガリの炎の斧を素手で受け止めている。
助かった……。
「マ、マリア……どうしてここに!?」
「アクガリ、どうしてフィシスに心を惑わされているです?何故黒騎士を気に掛けるです?」
「…………平和のためなんだゼ!」
アクガリはジャンプして、マリアと距離をとり、片手を振り上げて翼の従魔族を召喚する。
マリアも上級従魔族のガルボロカルホを召喚する。
「スカイズバイ、バレットラッシュだゼ!」
「ガルボロカルホ、バレットラッシュです」
「――やばいッ!」
俺が駆け出す前に、2体の従魔族から吐き出された火炎が激突し、周囲の全てが吹き飛ばされる。
「うぐッ! やりすぎだ!」
「それだけの力があってもヴァーサー卿に国を滅ぼされるですか、アクガリ……」
「マリアこそ、見ない間に騎士らしくなってるんだゼ……」
アクガリは手から斧を消し、制服姿に戻った。
「ふん! この勝負はお預け! 黒騎士は絶対に返してもらうからな!…………って聞いてるかそこのヤロッ!覚悟してろだゼッ!」
「アクガリさん? 待ってくださいな! あ、みなさん、ごめんあそばせー」
マリアはアクガリたちを黙って見送る。
「アクガリは純粋な子です。きっとヴァーサー卿に騙されているです」
「だろうな――」
「ソォスィン国の民をヴァーサー卿のフィシス理論から救うために必死になって修行する純粋な正義の騎士のはずです」
「……そうなのか」
「ハロ、学園に帰るです。隙をついてヴァーサー卿やフィシス兇徒の魔族が襲ってくるかもです」
「俺は少し、一人になりたい気分なんで……」
「――またいなくなるのはダメですよ」
●
「……どこに連れていくのですか? もう、足が痛くて歩けません」
「皆の者、喜べ! この娘を供物として、自由への祭壇へささげるのだ――ゥ!」
「待って! 私が何かしたのですか? 謝りますから帰してください! お願い!」
「いいぞ命乞いをしろ! さあ、地下に轟くほどの悲鳴を聞かせろ! 儀式の始まりにふさわしい悲鳴を――ゥ!」
「待て、間抜け野郎――ゥ」
「なんだ!? これは我が調達した生贄だ、邪魔するな――ゥ!」
「その立ち振る舞い、一歩退いて主人と顔を合わせず、従順な心と所作。そして何よりその髪から香る紅茶の香り――。給仕の心得があるのだろ――ゥ?」
「給仕? メイドのことですか?」
「うるさい黙れ、娘は儀式の生贄にするのだ――ゥ」
「バカか? この娘は女神さまが手塩にかけたメイドだ――ゥ」
「まさか、なんと――ゥ!?」
「直々に修行を受けている。この紅茶の香りは女神さまのものだ――ゥ」
「ほう……、生贄にするのは、出がらしになるまで奴隷としてこき使ってからだな――ゥ」
「ふん。まずは紅茶を淹れてみろ。出来栄え次第で使い物になるか判断する――ゥ」
「……え、ええ! な、なんなりと! お待ちください!」
「逃げ出そうなど妙なことをすれば、すぐに生贄の祭壇に張り付けるからな――ゥ」
「いいえ、私は誰より上手にメイドができます! 生贄にするより、ずっとお仕事させた方がみんなも、あなたも喜ぶでしょ?」
「――いいか、娘。逃げれば脚の骨を抜き、仲間を呼べば舌をもぎ、言いつけを守らなければ祭壇行きだ」
「……私を生贄にする必要がないことは、この紅茶を飲んでもらえればわかりますでしょ? ……特にお口汚しでないようでしたら、まずはこの部屋のお掃除から始めますね……」




