25 いざ夢見が丘へ!
昼休み、しばらくぶりの屋上でのつまらないランチタイムを満喫していた。俺と雄太がパンをかじっているところに、そいつは無言で壁にもたれて俺がパンを片付け終わるのを待っているようだ。
俺はパンを飲み込み、そいつにつぶやく。
「何か言いたいことがあるなら早く言えよ――」
ルアがどうしようもなくひっかかることがあるから聞いてほしいという雰囲気をわざとらしく醸し出している。
「サリスマリスが街で探ったところによると、昨日のダルマンとやら、ぶちぎれてからは全く何も覚えていないらしい。昔からそういう奴だってよ。だから俺たちが黒騎士からこの姿に戻ったことも記憶にない。だからマリアたちに秘密をばらされることもない」
「まさか、囚人を解放していないのにクーラーさんが僕らの呪いを解くなど――」
「心配するな。カースになった魔族たちも元の姿を戻って、全てが元通り! そして金城コミンもああやって笑ってるから全て解決だろ!」
「クーラーさんの魔法はとても強力で、絶対的なものです。つまり――」
「コミンが自分の意思で俺たちの呪いを解いた、と言いたいのか?」
「ええ。金城さんが解除したと考えています。何らかの意図があり――」
「考えすぎだ! あんな笑顔を振りまく美人女子高生が人をつけこんで楽しもうと? あいつの気まぐれに付き合っていたら眉間にしわが残っちまう」
「ふふ。それでは貴方も金城さんが女神であると?」
「脱走命令もコミンの気まぐれで終わり、アクガリたちを危険な目に合わせずに済んだんだ。話は終わりだ、お前も少し休めって。それとも、女になってた方がいいのか?」
ルアは微笑して何も言わなかった。
●
生徒が午後の授業のため、誰もいなくなった食堂で、俺は出された水を口につけて沈黙に耐えていた。
「あの――、マリア先輩、話があるってなんですか?」
片づけの後、食堂に座って残れと言われていた。
パーティでの俺の裏切り行為、首に見えたフィシスの紋章について言及されるのだろうかと不安で仕方なかった。
俺に返事をしないマリアは受け渡しカウンターを挟んた厨房で、包丁を見つめながら食材の仕込みをしている。
「マリア先輩、あの、……騎士って普段は何をしているんですか?」
マリアは無視する。
「もう授業が始まりますけど、マリア先輩たちは授業には? というかどこのクラスですか?」
ウンともスンとも言わず、マリアは沈黙を続ける。
騎士というのは難しい。この頑固な女子は特にだ。
スタイルの良いその女子生徒の姿を今一度だけ眺める。コミンがいじりたくなるのもわかる気がしないでもない。
「またいつ黒騎士が襲ってくるかわからないです」
マリアは包丁を食材のじゃがいもの山に突き刺し、その中の1つを手に取り皮を切り出す。
「呪われた哲学王、ヴァーサー・クーラーは女神にも悪魔にもなるです」
「今そんなことはよしましょう」
すると無表情のマリアが駆け寄ってきて、包丁を手にしたまま俺の顔を覗き込む。
「うぐッ!? マ、マリア先輩……!?」
「あの後輩なハロが、帰ってきたです?」
「――はい、なんとか!」
俺は立ち上がり、マリアの包丁から逃れようとする。
「……本当にそうですか? 本当にです?」
俺は迫りくるマリアに壁際まで追い詰められた。
マリアはおもむろに俺のネクタイをほどく。
「ちょ、マリア先輩!? 何して!?」
「……じっとしてるです」
続いて俺のシャツのボタンを外す。
「な、なにをして――うぐッ!」
マリアは手で俺の口を抑えつけてきた。
「……静かに、黙るです」
続いてマリアは俺の胸に耳を当てる。
「……なん!?」
「首にはフィシスの紋章もない、ソーサリィも本物……、あれは幻です?」
「だから俺はハロですって……痛ッ! って、なんではたくんです!? 暴力じゃないすか!」
「これは先輩騎士の愛ある指導です」
そう言ったマリアは再び俺のほほを優しくはたく。
そして三角巾を折り畳み、電気を消して裏口から出ていく。
俺の知らないヴァーサー・クーラーの姿があるから、それを知っているマリアはあそこまで執拗に恐れるのか……。
俺はクーラーのこともコミンのこともほとんど知らないのだろう――。
食堂を出ると長津田さんがひとりで立っていた。
「――あ、お仕事お疲れ様。次は移動教室で遅刻しちゃいけないから、これ、あなたの教科書を持って来たの」
「あ、ど、どうも――」
俺は長津田さんから教科書を受け取り、教室へ向かう。そして長津田さんが俺の後をついてくる。
俺は黒騎士になり長津田さんを何回泣かせただろうか。
脳裏に悲しい顔とすすり泣く声が刻まれて忘れられない。
「――あの、ありがとうございました」
背後の長津田さんがつぶやいた。
「……え?」
「あなたがいなければ、わたしはダメになっていました。って、ちょっと聞いてください――!」
逃げるように足早に進む俺の手を、長津田さんの手が触れる。
「……ッ!? 何を!?」
「あ! ご、ごめんなさい! 突然……」
長津田さんは手を引っ込め、申し訳なさそうにうつむく。
「……いえ、別に」
「うれしかったから――その、お礼だけでも!」
「俺に関わらないでください……」
「――え?」
「頼むから、もう関わらないで!」
俺は逃げるように走り出すと、廊下に置いてあったバケツを蹴飛ばしてしまい、それに長津田さんが驚く。
「――!? ど、どうしたんですか? 私、何か気に障ったことを……? ならごめんなさい!」
「俺は長津田さんを苦しめる! 関わると呪われる!」
「そ、そんなことない! お願い待って! ……力になりたいの!」
「それがダメなんだってッ!」
俺は長津田さんから逃げるように廊下を走る。
階段を下りると、理科室が開いていないためかクラスメイトたちが教室前の廊下で集まっており、その中に雄太がいた。
「先生、なんで長津田さんに怒鳴って? ここまで聞こえてきたさ――」
「俺に感謝されるところなんて何もない! 近くにいると危険なだけだ!」
「……先生」
「もう、遠くから見ているだけも許されない……長津田さんは優しいから、厄介ごとがあればすぐに手を差し伸べ助けようとしてくる……だから――!」
「でも、長津田さんは先生のために戦ったさ! 何度も泣きながら!」
「違う、彼女は学園のためにだ!」
「だから先生も傷つけることから逃げないで! 最後まで守らなきゃダメさ――きっと!」
雄太はうつむく俺の肩をたたく。そして顔に冷たい何かをくっつけてきた。
「はーい、先生! 大好きな、甘~い、いちごミルク! おいらのおごりさ!」
「うるさい……!それにその気持ち悪い口調、男に戻ってからも持ち込むな」
俺はそれを奪い取る。
●
授業を終え、その日の放課後の生徒会の役員報告の場で、解散を告げた後に金城コミン生徒会長は役員であるマリアたちの前でこう叫んだ。
「ということで! 夢見が丘ジェラートの限定ビックサンダーパフェの無料チケット!」
「喜べ、それも全員分だ!」
「会長さん! ウチもなの! ウチもなの!」
「くぅ! くぅ! ぜんぶクゥがくぅ!」
「女子高生の流行りの伝説のパフェ、一度食べてみたかったです」
ルアはコミンの手にしているチケットを見る。
「あれは貴方の計らいですか? ずいぶん太っ腹ですね」
「先生、あのパフェ、めっちゃお高いんでしょ?」
「いつ街をぶっ壊されるか心配で気を痛めているより、財布を痛めつけた方が健全だ。あいつの不満を変な戦いから逸らすだめだ。甘いものやかわいいものに目を輝かせる女子高生らしいコミンでもいいじゃないか?」
「ほっぺの幸せを街に求めて、いざ夢見が丘へ! さぁ行くわよ!」
はしゃぐ生徒会の女子たちが席を立つ。
「コミン、ちょっと待ってくれ! 長津田さんも一緒に連れて行きたいんだ! もう来ると思うから――」
「は? 何言ってるの」
「――え?」
待ちきれんとばかりにスクールバッグを抱えたマリア、ポポ、クゥは退室した。
金城コミンは騎士たちの足音が消えるのを見計らって続けた。
「涼子ちんのことより、アナタは自分の仕事が終わってないじゃない」
そういうとコミンは地面を指さす。
俺は背筋が凍った。
「囚人かぁ……」
「あやふやにして煙に巻こうだなんて考えないことね、無責任すぎるわ」
「――ふふふ、ビンゴ」
「お前は黙れないのか?」
俺に睨まれたルアは肩をすくめて退出した。
金城コミンは俺の目の前に立ち、手を伸ばしてきた。
「愛の面倒は最後までみること。それにそんなだらしない恰好じゃ、芽が出るはずの恋も腐るわよ」
コミンは俺のネクタイを整え、前髪を撫でつけてきた。
俺はネクタイを結ばれている間、3センチも離れてない金城コミンの脳を焦がすような甘い香りで息が出来なかった。
そして、顔が赤くなるのに気が付き、必死で雄太の今朝のギャグを思い出して思考をすり替えた。
金城コミンは結び終えると、にやっと歯を見せて愉快そうに頭をポンとたたいた。
「そ、それで、な、なんだって、愛の面倒って……?」
続いて金城コミンは俺の胸ポケットのペンを取り出し、手のひらでくるりと回しバラの花に変えて、元の場所に戻した。
「デリケートな時期なんだから慎重に接すること」
コミンは俺の胸に指をあて忠告する。
「もし傷つけたりしたらアナタの心臓を握りつぶすから。ね?」
そう言い残し生徒会室を後にする。
「コミンめ、今度はなんの話だ、わけがわからなくなってきた――」
俺が生徒会室を出るとルアと雄太が壁にもたれていた。
「さて、僕もお手伝いしたいのですがビグニティ教会の定期報告に向かいます。それにパーティで堕したはずの貴方が復活したことに関して、教会裏庭の組織と打ち合わせてつじつまを合わせる必要がありますので。では」
そう説明したルアは廊下に消えた。
「先生、長津田さんがここに来るはずなのさ?」
「ああ。長津田さん、いったいどこに――」
「先生が冷たくしたから、またどこかで泣いてるんじゃないさ?」
「……それなら、それで、いいんだ」
のほほんとした様子の手のひらサリスマリスが、外を眺めて飛んでいる鳥を顔で追っている。
「長津田さんは普通の生徒なんだ、危険な魔族たちに関わっちゃいけない」
●
「ここの地下から、囚人のお化けちゃんが出て来たのよね……」
「ねぇ涼子、聞いてるの? 花壇も整えたし、もう帰ろうよ。それにそこらへんはお化けが出るって有名でしょ?」
「ううん、大丈夫だから。みんな先に帰ってて!」
「もう、最近涼子おかしいわよ! 危ないから暗くなる前に帰りなよ! じゃあねー!」
「……悪いお化けちゃんがいたずらしないよう、ちゃんと結界を――」
「何を覗き込んでる――ゥ?」
「――!? あの時の大きなお化けちゃん!?」
「結界がなくとも、我々はこの地下からは出るつもりはない――ゥ」
「そ、そうね! じゃ、もう悪いことしなければみんなそっとしておくから! ま、またね!」
「それだゥ”! その心が、その笑顔が憎いッ――ゥ”!」
「ちょ、ちょっと! ……いやッ!」
「愛無きッ!」
「……痛ッ! 離して! た、助け――ッ……」
「地下で心を腐らせれば、我々の気持ちもわかるだろう――ゥ!」




