21 もうちょっとスカート短くしようかしら
男子禁制の花園。
金城コミンが出現する可能性がもっとも高い場所。
学園の中庭に立ち寄ると、女子生徒のガルナビが誰かに向けて熱心に命令をしていた。
「さっさとするガル、メス娘! 純潔のミルクと、熟れたクッキーをお嬢さまに準備するガル! 騎士ちゃんにチクったらハロの旦那は一生帰らないガルよ!」
ガルナビは俺にかわいくウィンクした。
「メス娘?……まさか――」
「はい、決して告げ口しません、ご主人さま」
「な、ななな、長津田さん――!?」
「あ、お帰りなさいませ、ご主人さま……」
普段と様子が違う長津田さんは俺に丁寧にお辞儀をする。
「あ、旦那! この下僕使いなメイド娘をお嬢さまの愛の養分にするため、奉仕させているガル!」
「はい、ご主人さま……」
「あの、その、かわいいメイド服は?」
「昔、金城さんが、わたしにと」
コミンめ……。たまにはいいことしやがる……。
長津田さんはしゃがみ込みこれまで見たことのない表情で腕に手を置いてきた。
「なにか、私にできる御用があれば、なんなりと――……、ご主人さま」
「――ッ……」
「な! ほら、なにしてるメス娘! 旦那の鼻血をお拭きして差し上げるガル!」
「ご主人様、お拭きいたします――」
「や、やめてください! 長津田さん!」
「――お望みですか?」
「な、なん――?」
「――私に何を、お望みですか?」
長津田さんは、金城コミンが書いたような丸っこい文字が書かれたメモ帳を見ながら演技をしている。
「――ッ……」
「何しているメス娘! 旦那の鼻血の勢いが増したガル!」
「も、申し訳ありません……。今お拭きいたします」
「よしてください長津田さん! あんな奴の指図なんて聞いちゃ駄目です!」
「私の役目はご主人さまにご奉仕する囚われのメイドです。彼を返してもらうため――、何なりと」
長津田さんはまた金城コミンの台本を読み上げた。
「長津田さん! 行きましょう! こんな魔族たちと一緒にいたら気が狂ってしまいます!」
「いえ、行きません、私はメイドです。学園にご奉仕する下僕使いなメイドです」
コミンに調教されてしまったのだろうか!?
「絶対に……あきらめません――ッ! あなたが彼を返してくれるまで私はあきらめません……!」
「そ、そんな……」
「希望さえ捨てなければ――ぅ……」
愉快そうな声と共に、扉からあいつが飛び込んでくる。
「ぃ、イェーぃ」
「おいッコミン! 長津田さんになんてことを――って……マジかよ……」
「ノン、ノン! 愛の奉仕を学ぶ授業よ!」
金城コミンもメイド服を着ている。
黒が基調のメイド服で、ぱっくり空いた胸元から見えるフリルと、タイトなスカートから伸びる黒いハイソックスの脚が視線のやり場に困る。
「他人に対する愛情は自分の心を救うことなるわ!」
騙されるな――。あれは、魔女の姿だ。直視したらダメになる……。
「まあ、涼子りん、素敵よ! そうね、ご主人様ってときは上目づかいにするのよ!」
「はい、頑張ってます!」
「涼子ちん、もうちょっとスカート短くしようかしら」
コミンはこちらをうかがいながら長津田さんの体のラインをなぞる。
「そんな、き、金城さん……っ」
「魂がこの世に執着していないと簡単に別の場所に連れて行かれちゃうからね! 生きて帰ってきてよかったと思える場所がなければ愛は根付かないの! この世に魂を閉じ込めておくように強烈な愛の囚人として生きる者はその生命力も強いわ!」
「そ、そうなんですね……」
長津田さんをよりセクシーに仕立て上げた金城コミンは、その場にいる全員に青空の下の丸テーブルに着席を促す。そしてガーデンテラスで紅茶の支度を始めた。
すると、生徒たちが中庭をのぞいて集まっていた。
「見て! メイドさんよ! 金城さんがメイドさんに!」
「会長さん! キャー! 色っぽいわ!」
もう、どうでもいいんじゃないか――
「メス娘はお嬢さまに心と体を捧げるガル! そしてガルはお嬢さまに気に入られ――」
「チビ、なにをしているです? 生徒会騎士が生徒をいじめてるですか?」
「ぼ、暴君マリアちゃん!? ガルは何も悪いことして――、ってマリアちゃんも同じくらいチビだガル!」
「生徒をメイドとして強制労働させているように見えるです」
「知らないガル! メス娘が勝手に下僕し始めただけだガル! な、メス娘!?」
「――はい、私は下僕仕掛けなメイドです」
「ほーらご覧、ガルは何も悪くないガル!」
その返答に少し顔をゆがめたマリアは俺に向き直る。
「ハロに続き、サリスマリスまでもが黒騎士の手に落ちて行方不明です」
カースの呪いに掛かったサリスマリス、ペッキンコッキンにはしばらく姿を現すなと指示してある。
「警備の際は生徒たちの安全を最優先にするです」
マリアは長津田さんを見る。
「相手がアクガリだったから解放されたです。もし黒騎士にさらわれていたら無事に帰ってこれなかったかもです」
「……あの、アクガリは、マリアさんの知り合いですか?」
「アクガリは悪い騎士じゃないです。わたしにも話せない理由があるはずです」
マリアは俺にきつい表情を見せる。
「それに、あなたが学園にいながら、なぜサリスマリスが失踪したですか?詳しい理由を聞かせ――あぅ!?」
「ヤッホー! マリアちゃん!」
俺に詰問を始めようとしたマリアに、紅茶を淹れ終わったコミンがきつく抱きつく。
助かった。
「会長さん……?」
「マリアちゃん、どう、コレ!」
「かわいいです」
またマリアとコミンの絡み合いが始まった。とは言っても、マリアが一方的に絡まれるだけだが。
「ね、先生」
雄太が俺にささやく。
「長津田さん、ずっと先生のこと見てるさ……」
雄太にそう指摘されて振り向くと、紅茶をすすりながらも長津田さんは俺にちらちらと視線を向けていた。
そしてメイド服の白エプロンのポケットからは封殺札が透けて見えている。
「黒騎士の俺が金城コミンを襲おうと、警戒してるのか?」
「長津田さんは服従したように見えるけど、いざとなれば勇敢だからさ――」
「……確かに」
金城コミンに解放されたマリアは乱れた制服で俺の傍に立っていた。制服のリボンが緩み、胸元のがはだけていて、金城コミンよりかは小さいが、それでも体格のわりにでっぱっているのが幼い顔に似つかわしくない。
「ハロ、これから黒騎士を捕まえるため、わたしとポポ、クゥは学園を常に監視するです。学園内のありとあらゆる箇所に罠を施したですから、誤って発動させないよう注意するです」
そう言い残して去って行った。
マリアと入れ違いに女子生徒のルアが中庭に入ってきて、俺の隣に座る。
「とうとう最大の警戒態勢がしかれましたね。あちこちが見えない結界だらけです」
「罠を仕掛けたってことは、黒騎士になれば罠に引っかかるってことさ?」
ルアはショートヘアーの前髪を片手でつまんで、うなずく。
「マリアたち、長津田さんにまで警戒されちゃ、難攻不落の学園だ」
「ええ。それにカースになってしまったサリスマリスを隠し通すのことも難しいでしょう」
「むっつりめ、あれから様子がおかしいガル……」
「――(ゥ”?)」
身を隠して出てくるなという言いつけを忘れたのか、カースなサリスマリスはゆっくり庭の黒板を引っ掻いている。
「……またアクガリの力を借りるしかなさそうだな」
●
次の作戦を考えるためアクガリと夢見が丘公園の小高い丘に待ち合わせた。
アクガリはブランコに揺られていて、俺の姿に気が付くと、ぴょんとジャンプして手を振った。
「アクガリ、まずいことになっ――」
「っと、そ、その前にだゼ!早く早く!」
なにやらそわそわしているアクガリは公園の売店を見る。
売店で手に入れたアイスを舐めながらブランコでアクガリとスレイは足を振り子のようにして気分よくしている。
「今期の限定メニューなんだゼ! まろやかで女の子に大人気!」
「へ、へー、そうなんだ……」
スレイのアイスを分けてもらったアクガリはさらに機嫌を良くした。
「雑誌でも有名で、ビグニティに来たら絶対食べたいスイーツ5位に入っているんだゼ! あ、ちなみに5位ってのはオレの中のランキングだから、よそで言ったら違うって怒られるかもだからヤロはそこんところ注意しろな! あ、オレがビグニティスイーツ好きなことはソォスィンの誰にも内緒なんだゼ!」
「あ、ああ、そうなのか――」
「黒騎士、これもおいしいんだゼ!」
「……え」
アクガリはアイスの食べかけを渡してきた。
「いいだろ、女の子同士だし、仲良しのしるしだゼ!」
「うふふふ……」
俺は差し出された食いかけを受け取る。
それからアクガリは俺の話をちゃんと聞いてくれた。
「――、という状況になってしまったんだが……」
「そっか……ならマリアたちの弱点を突いて俺と黒騎士で牢屋に突撃するしかないんだゼ!」
「弱点……? マリアたちが恐れるのは金城コミンくらいか――」
「ヤロ、黒騎士のくせにマリアたちの弱点も知らないのか?」
子供用のアスレチックの上からアクガリは腕を組んで俺を見降ろす。
「それにマリアが金城コミンを恐れる? 金城コミンは女神だゼ! ったく、それでよくヴァーサー卿の手下になれたもん――」
「あ、いたいた!」
アクガリの話をぶった切って制服姿の金城コミンが現れる。
そしてアクガリはこちらに駆け寄ってくる金城コミンの姿を見て、口をあんぐりと開ける。
「か、かわいい……! あの子、ヤ、ヤロの友だちか?」
「――あれが金城コミンだ」
「え!? 夢見が丘の女神さまっ!? 生徒会長ッ!?」
一方で金城コミンはピタリと立ち止まり、まるでステーキを目の前にした子供のように指をくわえてアクガリを眺める。
今にもかぶりつきそうな様子だ。だろうな。
「――アクガリ、訳は聞かずに逃げろ……今すぐに――」
俺は金城コミンに聞こえない声でアクガリに忠告した。
俺は全身の緊張が高まり身構える。それを見てアクガリは何かを察したのか立ち上がる。
「――ッ! 卑怯な! 黒騎士め!」
そしてアクガリは金城コミンの盾になるように、俺に立ちはだかる。
「く、黒騎士め! ダメだゼ! いくらヴァーサー・クーラーの命令でも女神さまを誘拐したりしちゃ!」
ヴァーサー・クーラーの手下の黒騎士が、金城コミンを襲おうと考えたのだ。だろうな。
「ここで女神さまを襲うなら、マリアにお前の正体を――ひぅ!」
俺に対峙するアクガリは突然小さい悲鳴を上げてスカートを抑えて小さくうずくまる。
金城コミンがアクガリの無防備な背後からスカートに手を忍ばせていた。
「アクりんって言うのね! 好きになりそう!」
「え!? 名前だけで!? ちょ!? うそ!?」
アクガリは訳が分からず顔を真っ赤にして抵抗している。
「逃げろって言ったからな、俺――」
「そ、そんなッ! だってッ!」
「ね! ね! 心配ごとがあるんでしょ!? 恋していい年頃なんだから恥ずかしがることないわよ!」
金城コミンは背後からアクガリの胸元に手を回す。金城コミンの好物は小さい女騎士だ。
「金城さん!? し、心配ごとないんだゼ! ――初めてなのに、そんなにぎゅっとしたらッ!」
「嘘よ! すごく暗い顔して! あれからずっと不幸がかわいい泣き顔にへばりついてるわ! なんてもったいないの!?」
「え? あ、あれからずっとって!?」
「アクりんには世界の誰よりも幸せで楽しくなって欲しいってこと! もう言わなきゃわからないの!? さては心が凝り固まってるわね!?」
金城コミンはアクガリを正面に立たせて肩を両手でがっしりとつかんだ。
「た、た、楽しいなぁ、幸せだなぁ!」
「それなら笑顔で笑わなきゃ!」
「……う、うへ、うへへへ――」
「あら、可愛い赤点――」
急に不愉快な顔になった金城コミンは作業を再開した。
「――え! ……って会長さんッ、またそれダメだって!」
「心もほぐして愛に敏感にならなきゃ! 思い信じこむことさえできれば叶わない夢なんてないわ! 一緒にお出かけよ、夢見ヶ丘の奇跡を探しに!」
「く、黒騎……! ――ヤ、ヤロ! た、助け――ぁう!」
コミンはアクガリの手を引いて、スキップで連れ去ろうとする。
「ね、アクりんの本当のお名前、教えてよ!」
「そ、それは言えないんだゼッ!」
「コミン待て! 例の作戦にはその女子生徒が必要なんだ!」
コミンはアクガリのスカートに手をすべり込ませている。
「ヤ、ヤロ、見るなッ!」
アクガリは頬を染めた泣き顔で俺を睨む。
「く、黒騎士は女神に近寄るなだゼ! ――ひぇッ! くすぐったい! やめてッ! く、黒騎士、助けてッ!」
アクガリは制服を着た魔女に連れ去られてしまった。
「一体コミンは何を考えて――ッ!?」
金城コミンとアクガリが見えなくなったところで、俺は視線を感じる。
「ななな、長津田さん!?」
気づけば、長津田さんが木の影から俺の様子をうかがっていて、俺を警戒しながら近寄って来る。
「どうしてここに!? いつから!?」
そうだ。アクガリのように、金城コミンが黒騎士に襲わないようこっそりここまで護衛していたのだろう。
「心配しなくても約束は守ります。金城コミンに手は出しませんって」
俺は金城コミンと逆方向へ去ろうとする。
「金城さんがあなたと一緒にいろっていうのです……」
「コミン……が?」




