20 愛無き囚人たち
俺たちは再び牢屋の扉に向き合う。
「この先が囚人たちだ! 急ぐぞ!」
「だから! ヤロ! 今日はもうよそう! 明日、また一緒に作戦を考えようだぜ!」
「そうですよ、みんな疲れています……」
度重なる戦闘で、ガルナビもサリスマリスも疲労を見せていた。
「もし囚人たちが襲ってきたらどうするんだゼ!? それに、生徒の人質もいるし……」
俺は長津田さんの視線に耐えられなかった。
魔族の口から解放された長津田さんはすぐそばから俺に不満げな表情を見せてくる。
「長津田さん、乱暴なことしてすみません。用事が終わればすぐに地上に帰しますから」
「やめて」
「……生徒にも金城コミンにも手は出しません」
「やめて」
「……学園を危険にはしません!」
「やめて」
長津田さんはしっかりと俺の目をみてかたくなにそう答え続ける。
俺は耐えられず、サリスマリスとペッキンコッキンの手を取り、牢屋の入り口に走り出す。
「くそ! 囚人を引きづりだしてくる!」
「ヤケになるなって、どうしたんだゼ?」
扉を蹴り破ると、そこには見上げるほどの大きさの牢屋があった。
中は真っ暗で、物音ひとつ聞こえない。
後ろからアクガリとスレイが付いてきていた。
「……ヤロ」
俺はその牢屋の扉の柵を掴み、中へ向かって叫ぶ。
「おい囚人ども! 聞こえてるんだろ!」
俺は牢屋の中へ、暗闇に叫び続ける。
「出てこい! ここに来るまでにみんな呪われて、狂って、傷ついて! ひどい苦労してんだ!」
アクガリとスレイは黙って見守っている。
「隠れてないで顔を見せたらどうだ!」
ジャリリ……。ジャリリ……。
「……なっ!?」
重厚な足音と共に、鎖を引きずる音がした。
「――な、何か来るんだゼ!」
「とても邪悪なソーサリィを感じますの」
暗闇から怒りをおびた声が聞こえた。
「――ゥ」
うなり声が牢屋に響く。
「女神は遅すぎる――ゥ!」
俺は声の主を見上げる。
「……お前が囚人か!?」
真っ暗闇の中、その巨大な魔族の輪郭しか確認できない。
足には鎖が巻き付いていて、手には小さい斧を持っていることはわかった。
「黒騎士、遅すぎる――ゥ!」
囚人のぎらついた目が俺の背後の長津田さんに向けられる。
「その小娘は詫びの生贄か――ゥ?」
「生贄? そんなわけないだろ! 早くここから出ろ!」
「女の子は生贄じゃないんだゼ! な、黒騎士!?」
「その斧を下せ! 俺たちはお前らを助けに来たんだ! マリアたち騎士はいない! 早く今のうちに脱走して国に帰ってくれ!」
「帰る? どこへ――ゥ?」
「そう! 母国のソォスィン国に帰るんだゼ! また一緒に国のために働くんだゼ!」
「その騎士の少女、ソォスィンの王族―――?」
「あ、ああ、――そうだぜ!」
明らかに怖がっているアクガリは意を決したように、前へ出る。
「フィシスに心を奪われオレの母国を滅ぼしたことは許してやるぜ……! だ、だからすぐに心の呪いを捨て母国に帰り、母国再建を手伝うんだゼ――!」
「……ゥ?」
「もう一度、オレたち騎士に仕えて、強いソォスィン国を作るんだゼ! そこから出るんだゼ!」
「……それでは、仲直りの印として、手を交わそうではないか、母国ソォスィンの騎士よ……ゥ。フィシスに希望を見た我々が滅ぼし更地になった哀れな国の騎士よ……ゥ」
囚人はアクガリに手を差し出す。
「う……」
アクガリは囚人のいかつい手を見ると、顔が引きつる。
「……かたい握手を。同盟の誓いを―――ゥ」
囚人は足の鎖が許す精一杯のところまで身を乗り出し、アクガリに片手を差し出す。
近くで見た囚人の顔は不気味で、口から蒸気が昇り、目は真っ赤に充血していた。
「――おい、アクガリ、大丈夫なのか! 気をつけろ……!」
柵越しの囚人に、アクガリは恐る恐る片手を出す。
「……う、うん、仲直りの握手だゼ」
アクガリの小さな手が、岩のような囚人の手に触れた瞬間だった。
「ああゥ”、なんどう愛無き騎士――ゥ”!」
「――ッ!? 痛い!」
突然伸びてきた囚人の手がアクガリの体を握り、捕まえる。
「アクガリッ!」
「ソォスィン騎士め! どの顔を下げて来たッ!」
「―――ひぅッ!? 痛ッ! は、離せッ!」
「アクガリさん!?」
飛び出そうとするスレイの前に、別の囚人たちが立ちはだかる。
「騎士と魔族の挨拶なのだ、止める必要なかろう―――ゥ」
「そ、そんな! ソォスィンにそんな習慣はないです! 離してくださいまし!」
囚人は掴んでいるアクガリに向けて怒りに震えた声で囁く。
「数世紀にも渡りソォスィン教会は我々を奴隷のように酷使したゥ! 民主を掲げながら魔族には民従を突きつけたゥ! その愛無き、倫理なき世界に誰が戻るというのか――ゥ!」
囚人はさらに興奮した。
「そんな愚かなソォスィン国は、あの詭弁が過ぎる魔女ヴァーサー・クーラーに何度でも滅ぼされれば良いのだ――ゥ!」
今、魔女と言ったか!? こいつ、ヴァーサー・クーラーを恨んでいる!?
「そ、そんな! 離してッ! ぅ……痛ッ」
「我々と同じ暗い牢屋の中で過ごせば、愛無き虐げられる奴隷の気持ちが少しでもわかるゥ! ここで一緒に幽閉されるのだ―――ゥ!」
囚人がそのままアクガリを持ち去ろうとする。
「待て! アクガリを返せ! ヴァーサー・クーラーの命令に背くつもりか!?」
すると囚人は俺を睨む。
「黒騎士よ、ヴァーサー・クーラーに愛される地上の住人に、我々の孤独な心の病が理解できるわけもない―――ゥ!」
「四の五の言わずに牢屋から全員出てけ! お前らもヴァーサー・クーラーの救いを待ってたんだろ!」
囚人は考え込む。
「脱走しようにも、我々に帰る場所などない――ゥ! 地下から女神ヴァーサー・クーラーさまの理論に聞き耳立てるのが一番心地よいのだ……ゥ! 愛無き現実に触れて心傷つくのは辛い――ゥ」
「女神か魔女かどっちなんだ!?」
俺はトウガラシ爆弾を構える。
「ひねくれるのもいい加減にしろ! 魔族も騎士もみんな何かのために戦ってるのに! お前らだけこんなところで気楽に引きこもって!」
「それとも、力で我々を引きづり出してくれるのか? そんな小さな黒騎士のカースで―――ゥ?」
俺はトウガラシ爆弾で牢屋の隅の本棚を吹き飛ばした。
「なんとッ!? なにをする―――ゥ!?」
囚人が目をひん剥いた先の書物が焼けて散る。俺の足元にヴァーサー・クーラーの写真がひらひらと落ちて来た。
「やっぱりお前らもヴァーサー・クーラーのファンか! 長年放置されてた拗ねてんだな!? だったらこの牢屋を吹き飛ばす! 場所がなければ引き籠っていられないだろ!」
次に俺が祭壇を吹き飛ばすと、古びたガラクタが地面に転がる。俺の足元に『愛しのヴァーサー・クーラーさまへ』という書き出しから始まる手紙がひらひらと落ちて来た。
「……なんてことをッ! 唯一の我々の嗜みがッ――ゥ!」
「なら大人しくここを出れば本物に会えるぞ!」
振り向いた囚人は握っていたアクガリを落とし、俺を睨み斧を掴む。
「ぅあっ!」
「ことごとく無礼で愛無き黒騎士めッ!」
足の鎖に阻まれた囚人の斧は俺に届かず、地面に刺さり大きな地響きを起こす。
「……ようやく話を聞いてくれるか?」
「この牢屋には一切手を出させぬッ! 我々の存在を奪うなッ! 消えろ、黒騎士ッ!」
「サリスマリス! やれ!」
「――(こくり)」
サリスマリスは囚人の足の鎖を断ち切る。
「おのれ黒騎士ゥ! 堕さずにはいられないッ!」
鎖から自由になり、怒り狂った囚人が牢屋から飛び出し、俺を握りつぶそうと手を伸ばす。
「今だスカイズバイ!」
アクガリの従魔族が俺をつまんで上空へ飛び上がる。
「逃がさぬ黒騎士! 愛無きソォスィン騎士――ゥ!」
囚人はアクガリをめがけて斧を投げ、続いて火炎を放つ。
「危ないッ! お、追いかけてきやがったゼ! まずい!」
「よし! いいんだ!」
「逃がさぬ! 逃がさぬ――ゥ!」
囚人が牢屋を飛び出して追いかけてくる。
「このまま地上へ! 脱走させる!」
「なるほど! 挑発したのも作戦か!? うまく誘えたんだゼ!」
俺とアクガリは従魔族に乗ったまま、牢屋を飛んで引き返す。
青空のもとの学園に飛び出した。
暗い地下から青空の元へ戻ると、太陽の光で目がくらんだ。
「黒騎士! 愛無き――!? 何という光ッ!?」
俺たちを追って飛び出してきた囚人は、空に浮かぶ俺たちを見るが、まぶしそうに目をそらす。
「――ゥ”! 女神の神殿学園、地下の我々にはまぶしすぎる……ッ!」
囚人は顔を背ける。
アクガリの従魔族が囚人に距離をとって俺たちを地面に置く。
茂みに隠れていたであろう黒騎士姿の雄太とルアが駆け寄ってきた。
「先生! ――、あ、あれが囚人さ!? 作戦成功さ!?」
「1体だけですが、解放できたようですね」
俺とアクガリは太陽の光にうろたえる囚人に近寄る。
「どうだ、地上もいいところだろ? 地下より楽しそうに見えないか?結界があるから悪さはできないが、規則通りおとなしくしていれば地下よりは居心地がいいはずだ! 他の仲間たちも連れてこい!」
「これが、ヴァーサー・クーラーの果樹園……ゥ?」
しかし囚人は口を開け、黒いオーラを吸収し始めた。
「――おい、何をする気だ!? まさかッ!」
「伏せるんだゼ!」
すると、大きく息を吸い込んだ囚人は、校舎に向かって黒く巨大な火炎を吐く。
火炎が直撃した校舎は爆発音とともに、校舎全体を覆うほどの煙に包まれる。
「――や、やりやがったな!」
火炎はルアと雄太が強化していた結界に弾かれたようで、校舎には傷一つつかない。
「問題ありません、こんなこともあろうかと」
「さすがだ……」
「――ゥ”ならば! 結界ごと貫いてみせよう―――ゥ」
口から巨大な黒い斧を取り出した。
「あれは、神殿破壊の斧!?」
囚人は斧を大きく振りかぶる。そして放り投げられた斧は校庭で体育の授業中の生徒たちに向かって飛んで行った。
「ま、まずいッ!」
「女神さまの果樹園よ、更地に還れゥ!」
しかし、斧は校庭に到達することなく、結界に直撃し大きな騒音を放って砕けて消えた。
校庭の生徒たちは突然の爆音に周囲を見渡し騒ぎ出している。
俺は囚人を睨む。
「……我々が地下にいる間に、ビグニティの結界魔術も進歩したということか――ゥ」
「言っただろ、学園は聖なる結界で守られて、生徒には手は出せないとな!」
「囚人め! そのままソォスィン国に帰還するんだゼ! 必要なら免罪符も作ってやる!」
「――ゥ」
「それ以上はダメ! 大きなお化けさん!」
地下への入り口から長津田さんが飛び出し、囚人に駆け寄る。
「長津田さん、何してるんです!? そいつは危険です!」
「足元のお花を踏まないで! みんなで大切に育ててるの!」
囚人は長津田さんを確認すると、自分の足元を見下ろし、花壇の上に立っていることを理解したようだ。
「それは失礼――ゥ、物言えぬ者たちへの配慮を欠いた――ゥ」
囚人は素直に足をどけた。
「あ、ありがとう! よかったらこれからお友達として仲良くしま――」
「愛無きッ!」
囚人は長津田さんの声を遮るように、片手で花壇の草花を大きく振り払った。花びらが舞い上がる。
「――ど、どうして……」
「偽りの愛で惑わすな――ゥ!」
長津田さんの足元に草花が無残に散る。
「こんな幻想を育ててどうする? 季節を超えることもなく散り去り、虚無に還る運命なのだ――ゥ」
「ぅぅ……だからって……」
長津田さんはその場でうずくまり、泣き出す。
「囚人め! どうしてこんなことを!? 彼女が気に障ること言ったか!?」
「ヴァーサー・クーラーは偽りの女神、そしてここも偽りの果樹園――ゥ!」
俺は囚人に歩み寄る。
「ちょ、ちょっと黒騎士! 囚人に近寄っちゃ、あ、危ないんだゼ!」
俺は囚人を見上げる。
「その足をどけろ」
囚人は片足を動かし、さらに花壇を踏み荒らす。
「――これが最後だ。その足をどけろ」
「……わかった、ではお望み通り、どけるとしよう――ゥッ!」
囚人は足を振り上げる。そして俺に向けて叫ぶ。
「堕せッ! 偽りの黒騎士ッ!」
「――ッ!」
囚人は長津田さんと俺を踏み潰そうとする。
しかし、防御札が囚人の踏みつける足を突き飛ばした。
「――ッゥ!?」
俺はホウキの封殺剣で足を殴り飛ばすと、囚人は尻もちをつく。
「ッ!? どこにそんな力が――ゥ!?」
「――地上の奴らが楽しそうで、ヴァーサー・クーラーにも放っておかれて、いら立つ気持ちはわかる!」
「――ゥ?」
「俺も最初は夢見が丘にイラついて、不幸ぶってひねくれていた! 笑ってるやつらはみんないなくなってしまえばいい! 夢見が丘なんてなくなればいいって!」
囚人は立ち上がり、静かに俺の話を聞いている。
「だけど、俺を思ってくれる人がいたことに気が付いた! いや、やっと気が付けた!」
俺は斧に手を伸ばす囚人に叫ぶ。
「ヴァーサー・クーラーはお前ら囚人たちのことをずっと気にかけてた! 脱走してもらわなきゃ俺が困る! 魔女に脅されてるんだからな! つまりそれほど魔女はお前らのことを本気で考えている、多分!」
「……同情できるなら、……同情できるなら! なぜ我々の気持ちがわからない――ゥ! 愛とは無縁の世界にいる我々の気持ちがッ――ゥ!」
「そうやって暗い牢屋でいじけていても何も変わりやしない! 言いたくないが、お前を見てると昔の自分を見ているようだ―――」
「……世迷言を並べて―――ゥ! 耳障りな黒騎士だ!」
急に囚人は斧を飲み込んで踵を返す。
「女神さまの使いよ、そんな愛無い理由で我々を解放できると思うな、そして二度と顔を見せるな――ゥ」
囚人はゆっくりと地下へ帰って行った。周囲が鎮まりかえる。
「……あいつ、牢屋に戻りやがったさ」
「作戦失敗ですね」
「とんでもない奴だ、まったく……」
俺はその場に倒れこむ。黒騎士から女子生徒に戻る。
「あ、危なかったゼ……! なんて狂暴であまのじゃくで頑固な囚人だ! あんなのソォスィン国にはいらないんだゼ! 危うくまた滅ぼされちゃうところだゼ!」
アクガリはぶっきらぼうに笑う。
「アクガリさん……」
「――あ、マリアたちだゼ!まずい!」
騒ぎを聞きつけたマリアたちがこちらに走ってくるのが見える。
「じゃ、じゃあな黒騎士! マリアたちにバレるなよ!」
アクガリたちはマリアたちから逃げるように去って行く。
「囚人が地上に出たですか?」
「新しいハロ、無事ぃ?」
「げ、花壇がめちゃくちゃ……これも囚人の仕業なの!?」
長津田さんがうずくまってすすり泣いていた。
「地下で黒騎士たちと遭遇したです。とにかく結界を強化して、罠を増やすです」
ポポが地下への入り口に結界を作ると、マリアたちは損傷した学園結界の修復を急ぐと校舎へ戻って行く。
「ひどい……ぅぅ」
俺は囚人が踏み荒らした花壇の前で泣いている長津田さんに歩み寄る。
「……あの」
「あんなお化けを連れて学園を壊して! みんなを困らせないで! 彼を返して!」
「す、すみません! でも――」
「これ以上悪さするなら、マリアさんを追いかけて、あなたたちが黒騎士って打ち明けます!」
長津田さんは俺の背後の呪われたサリスマリス、ペッキンコッキン、そしてガルナビを見渡す。
「……長津田さん、交換条件です!」
「こ、交換条件?」
「俺が黒騎士であることを黙ってくれれば、ハロを返します――」
「ほ、本当ですね!? 彼は無事なのね!?」
長津田さんは急に嬉しそうな顔を見せて、俺はうなずく。
「……約束してください! なんでも言うこと聞きますから!」
「がるる? 本当に何でも聞くガルか、メス娘?」
「もちろんですっ!」
突然現れたガルナビに、長津田さんは屈託ない表情でうなずいた。




