15 不良少女なアクガリ
俺は教室にいると女子生徒たちに話しかけられ、その話題にもついていけず気まずかった。
ここは生徒会室のベランダ、というよりバルコニーと生徒会のみんなが呼んでいる。
生徒会業務で疲れたときは、バルコニーに出て、気分転換したり一服したりするのが俺は好きだった。
外の空気を吸って、溜息をつく。
「――もう、わけがわからない。あいつと話すだけでも頭がおかしくなりそうだ」
校庭では雄太とガルナビが男子生徒に囲まれてちやほやされているのが見える。バカみたいな風景だが、それはそれで焦りを感じた。
「早くしなければ……本当にみんなおかしくなっちまう――」
俺は金城コミンの言葉を思い出す。
「それに、最後になんて言った? ――恋煩いな天使が降りてきて助けてって――ぐあッ!」
空から落ちてきた何かに押しつぶされた。
「……痛ッ! どこのいたずら魔族だ!」
「ぁう!」
「――女の子?」
あいつが言った通り空から女子生徒が落っこちてきたんだと理解と納得をした。
「痛たたた、結界に弾かれて、うまく着地できなかったんだゼ……え!?」
「――お前、恋堕が丘学園の女子生徒?」
「――ひぅッ!? な、な!?」
「あ! お、お前は!」
見覚えがあった。忘れもしない。
以前、夢見が丘公園の伝説の丘で泣いていて、そして俺を魔法で攻撃してきた女子生徒だ。
俺の腹をバッドで殴って、斧を振り下ろしてきた恋堕ヶ丘学園の女子高生で、血の気が濃い方の騎士だ。
ガルナビの言葉を借りるなら、血も涙もない家柄のソォスィン騎士だ。
「――まさか、結界を破って入ってきたというのか!? 何が目的だ!?」
「ややや、ヤロ、やるのか? ぶっ飛ばすぞ!」
狭いバルコニーで、俺とその女子生徒は早速対峙する。
「この前の続きときたか!?」
「――え?この前?」
俺はしまったと思った。その女子生徒は俺を睨みながらも不思議な顔をする。
当然だ、今の俺はあの時と違って女だ。
「だめですよ、アクガリさん。きちんと訳を説明しましょうね」
「そうだった、スレイ。ごほん!」
相方の女子生徒も姿を現す。
「すみませんですの、わたくしたち、こう見えても特段怪しいものではないですの……ふふ。ね、アクガリさん?」
こいつら、乱暴なのがアクガリ、大人しいのがスレイっていうらしい。
俺は封殺札を取り出し構える。
「よその生徒会室の結界を破って怪しくないなんて、何故に通用すると思った!? それに、お前らの名前を覚えたぞ! アクガリとスレイだな!?」
「げ、もうバレた!?」
「お前らからバラしてらッ! それに結界を壊したからすぐに騎士や番兵が来る! ここじゃ何もできないぞ!」
部外者の突破を許し、穴が開いた空中の結界から電撃が走っている。
「だ、黙れぇー!」
乱暴な女子生徒が興奮し始めたところで、俺は生徒会室に逃げ込む。
「マリア先輩、早く来てくれ! 知らない魔族が入ってきたッ!」
アクガリという女子生徒は俺の端をスカートを掴む。
「なッ!? ――や、やめろッ! 何しやがる! 離せって!」
「ならお前も黙れってーッ!」
「あ、そうだ! お前が黒騎士だな! そうだ、お前らが黒騎士なんだ! マリア先輩! 黒騎士を見つけました! ハロをやっつけた悪い奴はここですよー!」
そいつは突然に俺のスカートを離した。俺はつまづく。
「なにしやがる!? どけッ!」
「……――なッ!」
「全部知ってるんだゼ! オマエが変身するとヴァーサー卿の黒騎士になる! マリアたちを騙す悪い奴だってことを!」
「そ、そんな作り話あるか――!」
「オマエはあのハロをやっつけた実力あるフィシス兇徒なんだってな! オマエのお友だちもみんな黒騎士! 正体を隠してもムダなんだゼ! それでも騎士を呼ぶか?」
「――ッ!」
こいつ、全部知ってるのか!?
俺はアクガリに向き直る。
「――で、目的はなんだ! まさか、ただ脅しに来ただけじゃないだろ!?」
こちらの反応が予想通りだったのか、アクガリという女子高生は胸をそらしている。
「そうですよ、アクガリさん、早くお伝えしなくちゃ!」
「――オ、オレを仲間にするんだゼ!」
「……仲間!? 誰の!?」
「オマエの仲間! 黒騎士の仲間に! ヴァーサー卿、フィシス教派の活動に協力してやるんだゼ――!」
「何もかも知っているというのか――!」
「その代りに――」
アクガリは一瞬ためらうが、続ける。
「ヴァーサー卿に会わせろ!」
「……ヴァーサー・クーラーにだと!? なぜ!?」
アクガリが生徒会室の中を見て、表情をこわばらせる。
「ちっ! だ、誰か来たっ! 騎士か!?」
「いけません! アクガリさん、もうお暇しましょう!」
2人はベランダから外にジャンプする。
そして上空から現れた何かが2人を受け止めた。
その空から現れた翼を持った魔族がアクガリとスレイを乗せて空へと消えていった。
生徒会室の扉が開け放たれ、マリア、ポポ、クゥが飛びこんできた。
「結界が破壊されたです!? 何事です、敵襲ですか!?」
「くぅ!? 黒い魔族、みえた!」
「まさか、さっきの黒騎士なのッ!?」
「ハロ、大丈夫ですか? あれは黒騎士だったですか?」
「さ、さあ、わからない! 突然、結界を破って現れて、何もせずに帰って行った……」
「逃走中の黒騎士が生徒会長を狙った可能性があるです。会長室の結界強化が必要です。黒騎士は強力な呪術で学園の守りを突破してきたです」
「ね、マリィ。ウチもクゥも思ったけど……」
ポポとクゥは俺を見つめる。
「新しいハロ、心配ないなの、信用できるなの」
「ハロ、優しぃ! 大丈夫ぅ!」
「……別に、わたしは疑ってないです」
マリアたちは俺に聞こえないようにそう会話していた。
●
放課後になり、俺は夢見が丘公園の丘に立ち周囲を見渡していた。ジョギングする人の姿や、遊具で遊ぶ子供の笑い声が聞こえる。
アクガリ、スレイは信用できる相手ではない。ジャケットに隠した武器を確認していると、声をかけられる。
いつもの黒い制服姿でアクガリとスレイが現われる。
「ひとりか?」
「それは言えない」
「……ふん、まあいいゼ! 少なくともビグニティ騎士は来てないんだろ?」
俺はうなずき、人気の少ない公園の隅のベンチに移動しようとアクガリに提案した。
ベンチには俺とアクガリが座るが、スレイは周囲を警戒すると言って離れたところで草花を眺めている。
俺は話を切り出した。
「早速だが、なんで俺が黒騎士だってわかった?」
「それより……オマエのボスの、ヴァーサー・クーラーのことが知りたい!」
俺の顔を見つつアクガリは遠慮しがちな様子で聞いてくる。
「ヴァーサー卿の、き、嫌いなもの! 苦手なもの! 怖いもの!―――なんでも教えてほしいんだゼ!」
「は?」
「これ見ると恐怖で地獄に帰りたくなっちゃうモノとか! この呪文を聞くとたちまち力が抜けてしまうとか!」
「――は?」
「あ、あとヴァーサー卿の弱点とか教えてくれると、オ、オレ、うれしいんだゼ!」
それを知っていたらこんな姿にされることも、言いなりで悪事を強制されることもない。
「なんでそんなに仲間になりたい相手の弱点ばかり聞くんだ?」
「そ、それは――……その……」
「お友達の苦手なものを知ることが友情への第一歩ですの。ね、アクガリさん」
笑顔のスレイは四葉のクローバーをアクガリに手渡した。
「そ、そうだよ! 嫌いな敵……じゃなくてッ、お友達のことはよく知っておくべきなんだゼ!」
「アクガリさんはクーラーさんが大好きで、それはもう彼女の唱えるフィシス理論の解説を語らせたら右に出るものはいないですの」
「ち、違うッ! 好きだからじゃない! 詳しいのは大ッ嫌いだか――」
「ヴァーサー卿についてならこの大悪党なアクガリさんにお聞きくださいな」
「……む!? う、うんだゼ!」
まあ、こいつらに俺のカースの呪いが移っても、夢見が丘学園に悪い影響はないだろう。
「カースの呪いって知っているか!?」
「カースって、ヴァーサー卿の感染する呪術のひとつだろ?」
「それだ! 多分それだよ! その呪いを解く方法はッ!?」
「ソーサリィに寄生する変身魔法で初期段階での治療法はあるが手遅れになると――」
「手遅れになると!?」
「その心は病みに病まれて、その凄惨な行く末ときたら――……とても言えないんだゼ――」
俺は息をのむ。
「あ、ちなみに夢見が丘学園の地下に幽閉されている魔族たちもそのカースの呪いに掛かっていると噂だぜ……」
「アクガリ、あんた! 地下牢の囚人のことも知っているのか!?」
「あ、ああ! もちろん!」
アクガリは突然自分の趣味が話題に上がった子供のような顔を見せる。
「ひねくれ魔族たちがずっと地下でヴァーサー卿を信仰してるって聞くゼ!」
「アクガリさんはかわいくて、賢くて、悪者ですの!」
「……あんたは?」
「おっほん。アクガリさんの世話役の語るに足らないものですの」
俺はアクガリの手を握る。
「ふえ!」
「お前が睨んだ通り、俺は黒騎士だ! 夢見が丘学園の地下に幽閉されている囚人たちを脱走させろとヴァーサー・クーラーから命令を受けている! 協力してくれれば会えるかもしれないが、一緒にどうだ?」
「ななな、なんて恐ろしいことを!? 魔女が呪われし”クレイジーラブの捕囚”を開放するって!? ヤロ、それはさすがに協力でき――」
「アクガリさん、嬉しいですね! ヴァーサー卿にお会いできますよ!」
アクガリは不安そうに制服のスカートの端を握っている。しばらく考え決心したように、一息つく。
「で、それを手伝えばヴァーサー卿に会うチャンス、そして弱点がわかるんだな?」
「ああ、クーラーも喜ぶはずだ。弱点はどうだか……」
「わ、わかったんだゼ。囚人の解放に協力するんだゼ……」
「あとでその囚人について詳しいことを聞かせてくれるか?」
「う、うん……」
「――決まりですね」
アクガリ、スレイはぱっとしない。
「数日前にも、この公園で世界が滅びるかもしれない魔女のパーティが開催されたなんて……。フィシス兇徒め、酷いんだゼ――」
「アクガリは夢見が丘に詳しいんだな……」
「黒騎士こそ、魔女のことも、まちのことも、全然知らなすぎだゼ! よそ者のオレの方が詳しいなんて!」
「住んでいると逆に興味ないかもな……」
「緑がある公園にいると、パパとママの顔を思い出すから、つい……」
「……アクガリさん」
「ソォスィンから夢も希望も何もかもなくなった! 全てが更地なんだゼ! こんな広い公園も、あんなきれいな草花も、……笑顔や笑い声も――、全部フィシスの起こした内乱のせいで……あの魔女め……!」
「そうなのか……気の毒だな――」
「あのパーティでこの丘もソォスィン国のように滅んでいたかもしれないゼ! フィシス兇徒な囚人たちを解放したら、もしかしたら――」
「アクガリさん……!」
スレイがアクガリを一瞥すると、アクガリははっとして口を閉ざす。
俺にはあんな笑顔を見せる金城コミンが、魔女となってアクガリの母国を滅ぼしたのか。
ヴァーサー・クーラーは誰もが口を揃えて言うその魔女という呼び名から、俺が想像している以上に危険な存在なのだろう。
一方で、アクガリの言葉にも違和感があった。
「でも、アクガリ。故郷を荒らされ恨んでいるようだが、なんでそんな魔女の仲間に?」
「え!? あ、いや、だから……その……」
アクガリは困惑した表情でちらちらと隣のスレイを見る。
「アクガリさんは大悪党な騎士なので、母国が弱っているこのチャンスにヴァーサー卿と結託し、ソォスィン国を独裁支配したいと目論んでますの! ね、アクガリさん?」
「だゼだゼ!」
スレイに心配そうに見られていることに気が付いたアクガリは胸を張る。
「アクガリさん、やりましょう。目的のために――」
アクガリは力強くブランコから立ち上がる。
「俺は悪党だ! 黒騎士の囚人解放に協力するんだゼ!」
アクガリは俺を真剣に見る。
「ただし、囚人はヴァーサー卿の救済を待ち焦がれてるんだゼ。黒騎士が迎えに行っても大人しく脱走に従うかどうか――」
「そ、そうなのか――」
それからアクガリは囚人たちのことを熱心に教えてくれた。
マリアたちでも手に負えない魔族たちという噂は本当のようだ。
「黒騎士、ちなみにだけど……」
「なんだ?」
「……生徒会長はどこにいる? 金城コミン会長は?」
そうだろうな……。
以前もこいつらは金城コミンについて探ってきた……。
「何の用だ、会長に?」
「オレがいいお尻を守る!」
「――お尻を!?」
「ヴァーサー卿のフィシス理論にも書いてあるんだゼ! 愛を根拠とするハーモニー強化方法で愛の章に詳しく載っている! 乙女のお尻には魔力が宿るっ!」
「ヴァーサー卿が金城会長のお尻を狙っていると知ってから、アクガリさんは気になって仕方ないのです」
「なんだよ、それ……。やめといたほうがいい、金城コミンに関わるなんて。逆にアクガリが弄ばれるだけだろう。あいつは好き嫌いがないから、お前みたいなタイプでも大歓迎だ、きっと」
アクガリは首をかしげるが、すぐに小さな胸をそらした。
「ふん、オレが可愛いからって、いくら女神といっても人間の女の子になんかいじめられるわけないんだゼ!」
「それは頼もしいな――」
「アクガリさん、今失礼なことを言われたのですが……」
「聞くが黒騎士、オマエ――、今までに何人の騎士をやっつけた?」
「そ、それは――」
「数えきれないほどだガル!」
人間に化け、生徒会に認められ、無断で学園の外を散策できるようになったガルナビがまた”ガ”を追いかけていた。
「ち、黒騎士め……!」
アクガリはガルナビも黒騎士だと知っていた。どうやら本当に何か証拠をつかんでいるらしい。
「お嬢さまは騎士ちゃん全員の弱点を全てご存知ガル!」
「ビグニティ騎士の弱点を握っているって!?」
「ああ。クーラーに関わるならそれなりの覚悟が必要だが、大丈夫か?」
「ヴァーサー卿の手下め、なんて卑劣な――……」
「アクガリさん、だからそれシーなやつですの」
「オ、オレは呪いなんてへっちゃらなんだゼ!」
そう言いながらアクガリは胸を抱えて縮みこむ。
「なんだ、クーラーの仲間になりたいんじゃないのか? まあ、考え直した方がいいと思うが……」
「な、なりたいに決まってる! オレはソォスィン国の悪党騎士だ!」
またアクガリは胸を張る。
「よし、わかった! 明日、オマエら黒騎士たちと牢屋を破ってやるんだゼ!」
「ほ、本当か!?」
「やったガルね! 一緒に囚人を開放するガル!」
「――明日の放課後、ここの公園に集合だゼ! ……待ってるから!」
「……助かる。約束だ」
●
アクガリたちと別れたその翌日、ルアの言った通り、廊下を歩けば他のクラスの生徒たちが気さくに俺に話しかけてくる。
女の俺が学園にいても誰もが当たり前のようになった。消えた男の俺なんて最初からいないという現状だ。
まるで、入学から一緒にいたクラスメイトのように、俺と雄太に女子生徒たちが話しかけてくる。
「このように、この呪いが現実を侵食しています。このペースだと今日の放課後に任務完了し呪いを解除しなければ、現実がすり替わってしまうでしょう」
「こんなのが日常になってたまるか!」
雄太はクラスの女子生徒たちと打ち解けた様子で会話を楽しんでいる。
そして生徒会の放課後の日課として、マリアたちは夢見ヶ丘の街に潜伏していると予想して、黒騎士捜索を兼ねたパトロールに出かけると言った。
「今の夢見が丘の街は特に危険です。新人ハロには学園内の警備を命ずるです」
「かくれんぼしている黒騎士をみちゅけるぅ!」
「今日こそ黒騎士と裏切りハロを見つけてやるなの!」
ちょうどいい、マリアたちが学外へ出てくれれば、学園警備は頭の鈍い番兵魔族だけになる。
「ああ、わかったよ、マリア先輩!」
俺の発言を聞くと、マリアは暗い顔になる。
「――わたしを先輩と呼べる後輩は、ひとりだけです」
「……あ、そうすか、すまない」
ポポとクゥが心配そうにマリアを見る。
「マリィ、まだ過去の男を引きずってる――」
「乙女ちっくぅ、マリィ……――」
肩を落としたマリアは従魔族をつれて学園の外へ出かけて行った。
俺たちは校門から騎士たちを見送る。
「よし、マリアたちが留守になった。俺たち黒騎士は囚人を助け出すとしよう」
「マリアさんらが出かけていることはチャンスですが」
「騎士たちは油断できないさ! きっと、黒騎士がしっぽを出すのを待っているさ!」
「そうですね、注意しなければなりません。おそらく何か策が打っていることでしょう」
「大丈夫だガル! アクガリちゃんって悪党も味方なら楽勝だガル! さ、夢見が丘公園へ行くガル!」
「……アクガリたちなんだが――」
「ガル?」
「あいつらは乗り気じゃない。ヴァーサー・クーラーの仲間になりたいなんて嘘だ。何か別の目的があって俺たちに協力してる」
「確かにそうだガルね。いくら悪党でもソォスィン国の騎士だし、国を滅ぼされたフィシスには恨みがあるはずだガル」
「……考えたんだが、相手は危険な囚人だし、アクガリも怖がっていた」
「じゃあこの4人だけでやるさ?」
「ああ、気が進まない。アクガリ、スレイの2人を悪者にしたくない……」
「そうと決まれば先を急ぐさ!」
ルア、雄太、ガルナビと学園の校舎裏に移動する。
「俺とガルナビで牢屋をこじ開けて、囚人を連れてくる」
「それでは作戦通り、僕たち2人がここで見張りと結界の形成を」
「脱出路の確保は任せるさ!」
「ガルは旦那のボディガードだガル!」
囚人が暴れだしたときに備えてルアと雄太が学園を守る結界を仕掛け始めたのを見て、俺とガルナビは囚人の待つ地下への階段を進む。




