14 コミンの杞憂
休み時間、教室の生徒たちが騒がしくしているところに便乗して、俺は机の中に隠しておいた予備の封殺札があることを思い出して、取りにきた。
普段、クラスメイトたちは別のクラスの生徒が入ってきても特に気にしない。
それでも俺はクラスメイトの目を気にしながら、自分の机の中に手を突っ込み、札を探す。
なぜなら今の俺は身元不明な女子生徒だからだ。
「ちょっと、あなた!」
「……え?」
「そう、あなたよ! 何組?」
早速声をかけられてしまった。
見たことない女子を不審に思ってか、クラスメイトの女子生徒が俺を指さして駆け寄ってきた。
「あ、いや! クラスを間違えた! ……じゃ!」
俺は封殺札を制服のポケットにしまって、立ち去ろうとするが、女子生徒たちが立ちふさがる。
「待って!」
「う……! な、なんだよ?」
「あなた、テスト期間中は他のクラスに入っちゃいけないって規則でしょ!」
「あ、いや、すまん! テストってこと、知らなかったんだ……」
クラスを欠席していた俺は今がテスト期間中であることをすっかり忘れていた。
今の頭の中に学校のスケジュールが入り込む余地などない。
「え、テストを知らない? そんなわけないでしょ! 1年生はみんな中間テスト期間なのに!」
「あ、それは知ってるけど……」
「それに、その机から何を取ったの!? 怪しい! カンニングしてるでしょ!?」
「な、何も取ってないし! カンニングなんて……」
「それに、リボンもしてないし、スリッパ履いてるなんて!校則違反ね!」
「リ、リボン結べないんだ――」
「なわけないでしょ!」
「だ、だよね」
「そんな男子みたいな恰好じゃ、金城コミン生徒会長に叱られるわよ!」
俺がどぎまぎしているとそいつの声が聞こえた。
「アタシがどうかしたの?」
女子生徒たちはクラスに突然現れた憧れの生徒会長を見て、また珍しいものを見つけたように目を輝かせた。
クラスにあまり顔を出さないことで有名な金城コミンを確認した男子生徒はまるで街中でアイドルか芸能人に出くわしたように騒ぎ出している。
他のクラスの生徒が廊下から金城コミンを眺めて、スマホで写真を撮ったり、誰か連絡先を交換してこいよなどと叫んでいる。
「あ、金城コミンさん!」
「見てくださいよー、会長さん! どこのクラスの子かわからないけど、この子、こんな身だしなみ校則違反ですよね!」
「そうそう! テスト期間中なのに他のクラスの机を物色して! もしかしてテストの問題をこっそり別のクラスで――」
「ダメよ。そうやって他人を疑えば、せっかくのお友だちを得る奇跡の出会いを逃しちゃうわよ」
そう言った金城コミンは不平を訴える女子生徒たちの額に人差し指で次々とタッチした。
額を触れられた女子生徒たちは魂を抜かれたように黙ってしまった。
そして金城コミンは教室の後ろの掲げてある学級目標を破り、『友だちを仲良くすること♪』と書いた紙で更新する。
タッチされた女子生徒だけではなく、周囲の全員が一斉に静かになった。生徒たちは金城コミンの学級目標を魂が抜けたように見つめ続けている。
まるで教室の中の時間が停止したように見えた。
そして金城コミンは静まり返った教室全体をぐるりと見渡した。
「さあ、学園生活はあまりにも刹那だわ! 一秒たりとも恋を育む時間を無駄にしちゃだめ! 誰かを疑ってる余裕なんてないの!」
そう叫んだ金城コミンがパンパンと手をたたくと、再び時間が進み出したように、生徒たちが騒ぎ始めた。
俺は女子生徒たちが口を開けてぼうっとしている間にクラスから脱出しようと生徒たちの間を縫って廊下に逃げようとした。
「あ! ちょっと!」
「待ってよ!」
「…ッ?」
突然、俺の背後から驚きの声が聞こえると、俺の腕が誰かに捕まれる。
「は、離せ! だから俺はカンニングに来たんじゃない!」
「どうしたの!? ここずっとお休みしてて!」
「クラスのみんなが心配してたのよ!」
「――え?」
それまで俺を非難していたクラスメイトの女子たちが俺を囲んで心配そうに話しかける。その目はさっきまでの犯罪者をみるような冷たいものではなく、本気で病欠していたクラスメイトを気遣うものだった。
「もう、連絡もとれないし、心配したんだから!」
「担任の先生が風邪だって言って、みんなでお見舞いに行こうって言ってたの!」
「……そ、そうなんだー、ありがとうー、うふふふふ……」
うろたえながらも俺は女子っぽく答えてみた。自分で自分を本気で気持ち悪いと思った人生初の瞬間だ。
「これからどこいくの? もう体育の授業が始まるよ! 一緒に着替えましょ!」
「き、着替えッ!?」
「もしかして、休んでる間に自分のクラスも席も忘れちゃったの? ははは!」
女子生徒たちは俺が物色した俺の席を指さす。どうやら女の俺も前と同じ席らしい。
俺の隣の席では、金城コミンが生徒たちに囲まれながらも、頬杖つき俺を眺めて嬉しそうな顔をする。
●
女の俺はまるで入学式からクラスにいたかのような扱いになった。
さっきコミンが何らかの魔法でそうクラスメイトの記憶を書き換えたのだろう。
今週はこのクラスが花壇の清掃担当ということで、クラスメイトは校庭に集まり、班ごとに分かれて清掃作業をする。
俺が乱暴に雑草を引っこ抜いている隣で、金城コミンは無表情で草花に水をやっている。
相変わらず、そいつは俺の姿に無関心な様子だ。目もくれようとしない。
俺は金城コミンの横顔に告げた。
「うまくマリアたちを騙している。そのうち隙を突いて牢屋に行く――」
「そ」
「しかし、囚人っていうのはどんなヤツラなんだ? なんで解放する必要がある?」
「そ」
「そ、じゃなくて!」
俺は金城コミンのわざとらしいそっけない返事と、全く取り合う気がない態度で不安になる。
草花をいじっていた金城コミンは突然、不機嫌に立ち上がり、俺に詰め寄る。
正面に立つと金城コミンの方が目線が高く、いつもとは逆に見降ろされてしまう。そんなもんだから普段よりも威圧を感じるが、俺も負けじと睨み返す。
「なぜ解放する必要があるかですって? アナタは自分の体裁の心配ばかりだからそんな的外れな質問ができるのよ」
金城コミンは草花を指さす。
「まだ気付かない? ほら、花壇のお花がみんなしおれて、元気がない。それにもっと足元を見ると――」
金城コミンの視線の先、地面ではいたるところから食料を携えたアリたちが出てきて、長い列を作りアスファルトを横断する。
「ね、学園の生き物がみんな荷造りして逃げ出している。足のない花は種を持つ前に枯れるのを待つしかない。アタシがその悩みを聞いてたの……。どうしてかわかる?」
俺が首を振ると、金城コミンは地面を指さす。
「地下で心を腐らせる者たちが、その憎悪と狂気で地上の清らかな大地を汚しているからよ!」
「――地下? 囚人か?」
「保健室前の無口な金魚に初めて直談判されたわ! 救世主はどこにいるんだって! こんな邪悪な学園から引っ越ししたいって! 愛無きアナタにはみんなの悲鳴と訴えが聞こえなかったみたいね! その盲目に自覚がないことが罪なのよ!」
「……俺が無神経だった、すまん」
俺は訳が分からなかったが魔女が怖いのでとりあえず謝罪してみせた。金城コミンは俺の頭を指さす。
「神殿が土壌から呪われ始めている。水が腐り、空気がよどみ、木々は枯れ果て、夢は砕け、神殿は地下に堕ちる。一刻も早く地下から呪わしい捕囚たちを救済する必要があることは、その利己的な頭にも理解できたかしら?」
「――そんな緊急事態なら、役立たずな俺を期待して待つより、自分で手を打った方が……早い……ん……」
俺はそう言っている途中で金城コミンの地雷をつま先で踏んでいることに気が付き、言葉を止めた。
金城コミンは今にも俺にとびかかろうとしている。
「――で、何か質問は」
「……でも、学園の狂った魔族たちを統べるマリアたちが手を焼くほどだろ。うかつに助けにいっても逆にやられてしまうかも――」
金城コミンはついに俺の胸ぐらをつかむ。
「そんーな女の子の特権である弱音ばっかりのアナタには、空から恋煩いな天使が降りてきて、助けてくれるを待ちなさいッ!」
金城コミンはそう怒鳴りちらすと俺を放り投げ、足早に去った。




