8 ふぇ~ん!
出て行く金城コミンを横目に見送ったルアとガルナビが心配そうな顔で扉から庭に入ってきた。
「がるぅ……」
「金城さんは貴方の女体化に悪意はないようですね」
「そんなわけない! 俺を茶化して喜んでる、パーティの仕返しだ!」
「例えばですが、ひよこのオスとメスの違いがわかりますか?」
「なんだいきなり……ってッ、あいつからすれば俺はひよこか!? お前まで俺をバカにして!」
「彼女にとって性別なんて関係ないということです」
「男として見られてないのはわかってた――! だから女にされたって!?」
「女神は心で人を見ると言われています。肉体は彼女の注意の対象でなく、分類としての意味しか持ちません」
「だからって女でいられるか!」
「でも、先生……、考えようによっちゃ、女の子って便利さ」
「――なん……だと?」
「さっき廊下を走っても注意されなかったし、怒られても泣けば許してもらえたさ」
「ガルも食堂でサンドエッチと牛乳プインを眺めてたら、人間のオスが買ってくれたガル!」
「女の子って、最高さ!」
「メスの体、万歳だガル!」
さっきまで女の体に否定的だった2人はもうその利点について語り合っている。
「こうしてみると、みなさん素敵ですね」
「へらへらしてるが、ルア、お前はその体でいいのか?」
「職務上、女性であっても差支えありませんので不満はありません」
俺はルアが普通のフリした異常なやつだと思いだした。
俺は雄太とガルナビを見る。
「くそッ! もう俺たち女でい続けるのは危険だ! 長津田さんも心配してるだろうし!」
「なら、長津田さんにだけでも、おいらたちが女の子しているのを言うさ!」
「正体を教えると感染する呪いだ、長津田さんまで変になったらどうする――……」
「え? 長津田さんがこの呪いに掛かったら――」
「ダメだ雄太、そんなこと想像するもんじゃない、何度も言わせるな」
「心が呪いを受け入れてしまうと本当に戻れなくなってしまいます。やがて、自分が男だった自覚を失い、身も心も、そして社会的にも女性に変化するでしょう。これをご覧ください、呪いが既成事実を侵食し改変しています」
ルアは生徒手帳を開き、女子生徒と化した自分の顔写真を見せる。俺も自分の生徒手帳を見る。
「……俺の生徒手帳の写真も、女に変わってる!」
雄太の生徒手帳を奪い取ると、同じように女子生徒に変化していた。
「これはまずい! なんとしても呪いを解くぞ――」
「もうちょいかわいく結べないさ?」
「がるぅ、ガルたち十分かわいいと思うガルよ!」
「むぅ、女の子って難しいさ……」
雄太はピンクの手鏡を熱心に凝視して髪ドメの位置を吟味している。
「あのかわいらしい手鏡は自前なのか?」
「呪いはどんどん膨れ上がり、間違った人格を定着させるでしょう」
「ひどい呪いじゃないか、コミンめ――。 おい、雄太!」
「――むぅ、なかなか難しいさ……」
「雄太おい! 聞こえてるだろ、その鏡を置け!」
「――あたし、よく見るとけっこうかわいいさ! あたし、最高!」
雄太は雄太という単語に反応しない。俺は手鏡を奪い取る。
「――あ!? あたしの!」
「目を覚ませ! お前は女じゃない! 後悔するぞ!」
「こんなかわいい子、女の子じゃないわけないさ! どうして!?」
「……ッ! お前は男だ! コミンに騙されるな! 戻れなくなるかもしれないんだぞ!」
「戻るってなんのことさ?」
俺は雄太の胸ぐらをつかむ。
「うぬぼれるな! それに、お前そんなにかわいくないぞ!」
「――ッ!? ぅ……ぅぅ!」
「な、なんだよ……」
「――ふぇ~ん!」
雄太は泣き崩れる。
「女子は顔じゃないさ、ぐすん! ――この顔もあたしの運命さ!」
雄太は涙をぬぐい、スカートをはたき、俺の手から鏡を取り戻す。そして再び鏡を見つめる。
「……へへへ――」
「――ルア、この呪いを追っ払う方法は!? 何か見当くらいあるだろ!? お前も正気の内に何か手がかりを残せ!」
「さぁ、クーラーさんについてなら貴方の方が詳しいでしょう」
「あいつは知れば知るほどわからない」
「そうですね……、クーラーさんがこの呪いを授けた理由を考えると地下の囚人たちを解放せよとの命令ですから、そのためのカギになっているかと」
「ルアお前、俺が女になって都合がいいのか? なんかクーラーの味方をして、話を誘導してないか?」
「そんなことありませんよ、何故です?」
「……胡散臭いんだよ、女になったお前は、なおさら」
ルアは肩をすくめる。
「この呪いですが、マリアさんたち騎士を退け、命令を達成するために授けたのではないでしょうか?」
それを聞いて金城コミンの言葉を思い出した。さらにルアは涼し気に続ける。
「とにかく、呪いの能力や戦闘力を把握するにしろ、または解除するにしろ、呪いが仕掛けられた僕たちのソーサリィを調査してみないことには何も解決策はありません」
「それなら黒騎士という姿に変身すれば戦うことができた。昨日それでマリアたちを追い返した――」
「黒騎士としてマリアさんと交戦を?」
「まあ、よくわからんが……」
「それは僕らにとって魅力的な力ですね」
「この前、マリアが使っていた訓練用の空間はあるか? 黒騎士になるための誰にも見つからない場所が必要だ」
「戦闘向けではありませんが、僕だけの隠し部屋があります」
それは近くあると言ったルアに案内され、廊下を進んで行き着いた古く小さい教室の扉を開ける。
すると、室内は真っ白な空間が広がり、壁が見当たらないほど広大な場所があった。扉を閉めると入り口は消えた。
俺はさっそく変身してみせた。
黒い甲冑が見にまとわり、頭には兜が乗っかった。ルアは興味深そうに俺を眺めた。
「どのようにすればその黒騎士に変身できるのですか? そもそも果たして僕らにも同じことができるのでしょうか?」
「うまく説明できないが、敵を目の前に必死になれば変身できた。恐怖心を呼び起こす感覚だ」
「なるほど。……こうでしょうか?」
ルアはあっさりと変身した。
黒い装甲に黄色のラインが入った、俺によく似た黒騎士の姿となった。
ルアは自分の体を見渡すことなく笑顔で俺に問う。
「どうでしょう? 黒騎士になれましたか?」
隣では同じように雄太とガルナビが変身を済ませていた。
「わぉ! できたさ! でもなんかゴツい?」
「できたガル! 旦那、ガルもできたガルよ!」
この3人の黒騎士の姿、あ、あの時の黒騎士と同じだ……!
クレイジーソウルたちが引き連れてきて、マリアたちを追い払った、別の黒騎士たちだ……!
「これは”カース”のソーサリィだガル!」
「”カース”?」
「いつもより激しい力が湧いてくるガル! さすがお嬢さまの力だガル! ご機嫌だガル!」
「さっそく始めましょう、時間は限られてます。仮想対戦です。相手として操り人形を生成します」
ルアが作り物の敵を作る。それを見て俺はぞくっとした。
「――ッ! マ、マリア先輩!?」
「もちろん、僕が操る戦闘用の人形です」
「……本物そっくりだな」
マリアたちの偽物は俺たちに対峙する。
「が、頑張ってみるさ!」
「さっそくガルのカースな黒騎士の力を試すガル!」
ガルナビが小さな口を開けると、巨大な火炎を吐き出し、人形たちを吹き飛ばした。
黒い爆風が戦闘空間を駆け巡る。
「――く、なんて破壊力だ……!」
「ガ、ガルがこんな強力な攻撃できるなんて、黒騎士の力はすごいガル!」
「え? ほんと?――よし! く、食らえ、トウガラシ爆弾さッ!」
雄太が投げたトウガラシ爆弾は普段の倍の大きさの爆発を起こして、地面を削り取った。
そして周囲の魔族の人形を燃やし尽くす。
ルアは、ガルナビと雄太の放った攻撃の黒い残り火を試験管に採取した。
「ソーサリィ攻撃がカースの力で強化されているようですね。カースのサンプルが得られました、撤退しましょう」
「みんな、引き上げだ、女子生徒の姿に戻れ!」
「ガルルぅ~! ガルは実はこんなに強かったガルよ! 旦那、見るガル! もう騎士ちゃんにバカにされないガルね!」
言いつけを聞かないガルナビは引き続き所かまわず火炎を吐き続けた。
「落ち着け! ガルナビもういい! 実験は終わりだ、やめろ!」
ガルナビの火炎が直撃した岩から空間に亀裂が走る。
「ガル!?」
亀裂から電撃が走る。
「いけませんね。空間が内部から破損しました。さすがヴァーサー・クーラーさんの呪いは強力です。次回は空間結界の改良が必要のようです」
「ルア、この空間の結界が壊れたんじゃないのか!? 関心してるようだが、マズイんじゃないのか!?」
電撃が広がり、ルアが作り出した空間が消え、周囲に赤い網が展開される。
「ええ、空間が破壊されました。これは学園内の異常を知らせる緊急事態の結界の警報です」
「ちょっと待ってくれ、それって――」
「侵入者を捕縛する仕掛けです」
涼しい顔をしているルアの背後の亀裂から巨大な魔族の姿が飛び出してきた。学園内を警備する番兵魔族たちだ。
番兵が結界を破壊された爆風で髪をなびかせながらルアは目を輝かせている。
「どうやら実戦の機会に恵まれたようですね」
「お前はバカか!? なにのんきなことを! 捕まったらマリアたち、番兵たちにも呪いが――!」
亀裂からのしのしと番兵魔族が空間の中に入って来る。
「黒キ騎士、発見――」
「神殿を汚スならば――」
「攻撃を開始スル――」




