5 初めての女子高生
騎士たちから逃げ切った。
気が付けば住宅街まで逃げた。ほんのわずかの走っただけで汗がダラダラだ。
「はぁ、はぁ、なにがどうなっている……!」
ふと車の窓ガラスに写る自分の姿を見る。女子の顔が映っている。その顔に触れると自分のそれだとわかる。
さっきの赤い呪いが姿を現す。
「グシシ!?」
「なんだ!? またお前か! 魔族か!? クーラーの手下なんだろ!?」
いつものクセで内ポケットに手を入れるといつもの武器が入っていた。魔族たちが苦手とするトウガラシ爆弾を投げつける。
「この! あっち行けよッ!」
「がぶッ! むしゃむしゃむしゃ……」
「――なッ!?」
赤い呪いは自ら爆弾に食らいつき、かみ砕いて飲み込んでしまった。
「うそだろ、……効いていない――!?」
そして俺を見つめながら、不気味に宙に浮かんでいる。
「こんな呪いなんてなしだ! どういうつもりだヴァーサー・クーラーめ! 俺はお前の手下だろ!? なんでこんなことするんだよ! なぜ女に!」
「――あれ!?」
その声の方に振り向く。俺は安心した。
「雄太、助かった! 俺の体がこんなんに――」
雄太は身構える。警戒しているようだ。
「おいらの目は騙されないさ――。君、実は魔族なんでしょ?」
雄太が封殺札を取り出し、構えて脅してきた。さらにトウガラシ爆弾を取り出す。
「――は!? 何をする!?」
「さ、さっきヴァーサー・クーラーって聞こえたさ!」
「違う! 雄太! 俺だ! こんな姿だが――」
「いいや、おいらが先生のようになると思ったら大間違いさ! 女子生徒に化けた魔女の手下め! かかってこいさ! 先生を返せ!」
「待て! これを作れる人間は一人しかいないだろ!」
俺はトウガラシ爆弾と封殺札を雄太に見せる。雄太は俺の封殺札と自分の封殺札を見比べる。
「……な!?」
「ああ、そうだ! 俺だよ!」
「せ、先生――!?」
悲しい顔をした雄太は唇をかみしめた。
「よ、よくも先生をやっつけたな! その武器を返せ!」
「――は!? ……なら、これも見ろ!」
「それはホウキ!? ま、まさか、魔女!? 新手の魔女ッ!? ひ、ひぃ、許してッ!」
「バ、バカ、魔女は俺じゃない……! いい加減に気が付け!」
俺は尻もちついて逃げ出そうとする雄太の制服をつかむ。
「俺だ! 落ち着けって!」
「あれ? それって先生しか作れないホウキの封殺剣、それにトウガラシ爆弾、封殺札……って! もしかして――、先生ッ!?」
雄太はやっと目の前の女子生徒が俺だと気が付いたようだ。目をぱちくりさせて、俺の顔からつま先まで見回す。
「グシシシシ!」
「ギャアアア!! な、ななな、なにコイツ!? いつの間に!?」
雄太の背後に赤い呪いが浮かぶ。
「雄太にも見えるのか? この赤いのが!」
「先生が女だって聞いた瞬間、目の前に! な、なんなんすか、コレ!?」
「グシシシシ!」
●
そのあと、俺と雄太は夢見が丘学園に戻った。
授業中だった。誰にも見つからないよう忍び込み、廊下をうつむいて歩いていたそいつを見つけて、同じように打ち明けた。
「そうなんですね、お気の毒に……おっと! なんですかコレ?」
ルアは俺が女だと打ち明けた時よりも驚いた表情で、浮いている赤い物体を眺める。
「これは何でしょうね、初めてみます」
「コミンに問い詰めた方が早いだろうな。こいつが呪いのように憑りついているせいで女になってるんだろう……」
「その可能性もあります。……おや、この呪い、今少し大きくなりましたね」
「――、ああ、最初見たときより若干大きくなってる……」
ルアと雄太を引き連れて、市民図書館のオカルト系の本棚をひっくり返す。
「こんな体じゃ、学校にもクラスにも、寮にも女子禁制だから帰れない。この姿でいつまでも隠れていられない……。この赤い呪いを追い払う方法はないのか?」
「学園には貴方は病欠にという連絡をしておきました」
「元に戻る方法は!?」
ルアは笑顔でだらだらとページをめくる。
「そうですね……――」
ルアは考え込みながら、横目で俺の変わり果てた体を上から下まで眺める。
「しばらくそのままでも――」
「よくないッ!」
「せ、先生ッ! わかったさ!」
「雄太、わかったか!? 何か解決する方法が!?」
「その女子の姿なら、女子更衣室に入り放題! 女の子の着替えを見放題さ! まるで夢の世界さ!」
雄太は目を輝かせている。
「雄太、お前は本当に真面目で頭がいいな! 代われるならいつでも代わってやる!」
「うげッ! 痛っー! そ、そんな分厚い本で殴らなくても!」
「図書館の中から姿を戻す方法は見つかりそうにないですね」
「なんてことするんだよ――、コミン……」
俺はスカートを伸ばす。
●
学園の更衣室でいたずらをしようとしていたそいつにも打ち明けてみた。
「グシシシ!」
「やはり、また巨大化しました」
ルアに打ち明けたとき同様に、赤い呪いが肥大した。ガルナビより少し大きいくらいになった。
「俺が女ってことを誰かに説明するたびに成長しやがる……。人間以外の、魔族に話しても……」
「こんなちんちくりんな奴は初めてみるガル」
「ガルナビ、この赤い呪いの秘密を知っていてもコミンに教えるなって口止めされているんだろ?」
「旦那がメスになってたなんて今知ったガルよ。それに旦那に助けてもらった恩はお嬢さまがこの世界を崩壊するまでに必ず返すつもりガル!」
「いたずら魔族め、本当さ!? 嘘つくなさ!」
「このぬいぐるみはわかりやすいからな、嘘はついていないだろう」
「旦那が女神さまに触れたのが悪いガルね!」
「もうその話はよそう……」
俺が落ち込もうとすると、隣で雄太がうなっている。
「――ん――ん……」
「僕らの知識だけではどうにもですね」
「隠れていても進まない。マリアたちに相談して助けてもらおう」
「――む……――む……――ん!?」
「クーラーさんの命令はどうするのですか?」
「地下の囚人を解放しろとか言っていたが」
「学園地下の囚人……神殿学園の捕囚たちですか」
ルアは困った顔をする。
「どういったやつらなんだ?」
「地下牢から出ようとしない捕囚です。フィシス理論に魅せられ母国に絶望し、反逆の末に収監され、いつかはヴァーサー卿が牢屋から解放してくれると信じ、待ち続ける囚人たちです。以前にマリアさんたちが刑期を終えた囚人たちを母国へ帰そうと牢を開きましたが、彼らは出所の際に激しく抵抗し、神殿学園を汚した末、再び牢屋の中に戻りました」
「――む……――ん……――え……?」
「なんだ雄太、さっきからどうした?うるさいぞ! 気が散る!」
「――なんか――むずむずする――さ」
雄太は腹を抱えて表情をゆがめている。
「ちょっと、外の空気を……」
「がるるる~ぅ、なんかガルも変な気分だガル……」
「……! これは!」
ルアが少し高い声を出した。
「どうした? なんかわかったのか?」
「――そういうことですか……」
ルアは表情涼しげに、独り言のようにつぶやいた。
「これは大変困ったことになりますね……」
「俺はもう十分困っているんだがな! ったく、生徒会室に行ってくる! 呪いを解いてもらいに!」
「それはどうでしょうか。おそらく無駄でしょう、こうなってしまうと……」
「お前らが真面目に協力しないからだ! 今度こそマリアたちに正直に話してくる」
ルアたちと別れて、マリアたちがいるだろう生徒会室へ向かう。




