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5 女神の救い、届かず

 俺はその化け物を振りほどき、あてずっぽうに走り出す。

 無意識に逃げ込んだ先は、旧校舎のトイレだった。俺は壁にもたれかかる。


「はぁはぁ、……な、何ださっきのは!」


 俺は顔についたよだれのような液体をぬぐう。


「カラスか!? こうもりか!? いや、でも、しゃべってた……!」


 トイレの小窓から外を確認するも、さっきの化け物はいない。


「金城は呪われている? 近づくと呪われるって!? ――いや、そんな、七不思議なんてありえない! これは悪い夢だ、夢に決まってる! ……落ち着くんだ!」


 頭をトイレの壁に叩きつけて正気を探したが、周囲の悪夢の光景は一向に改善されない。

 外では木の枝が骨のように不気味に揺れて、どこからか獣のような鳴き声が聞こえる。


「まさか、こんなことがあるもんか! 大丈夫だ! 何が魔法だ、何が呪文だ、呪いだ……!」

「――ペキン」

「え? ……ぺきん?」


 何かの声か、物音かわからないが、音のした方向を向く。

 個室トイレがある。


「――な、なんだッ!? だ、誰かいるのか!!」

「――ペクソ」


 便器から、それは湧き出してきた。

 鋭いカマが宙に浮いている。そして緑色のマントを羽織はおった不気味な顔の生き物が見える。

 目玉をくりくり動かして、まるでどこを見ているのかわからない。

 それは天井の通気口、蛇口、排水溝はいすいこうからも次から次へとい出してきた。

 それらはゆっくりと確実に俺の方へ向かい、集まってきた。


「――うそだろ」

「ぺぺぺぺ……ペ?」

「待て待て、わかった……」


 それらは、カマを舐め目を光らせる。


「そ、そうだな、俺は帰る、邪魔したな―――」


 これは夢だ。雄太から毎日変な空想を聞かされ続けたからだ。

 俺は壁をつたいながらゆっくりとトイレから出ようとする。


挿絵(By みてみん)


「――ペコキ、……死ネッ!!」


 いきなり機嫌をそこねたように、顔をひしゃげた化け物はカマを振りかざし、俺の頭めがけて振り下ろす。


「や、やめろッ!!」


 寸前で頭を動かしよけると、壁のタイルにカマが食い込み、破片が飛び散る。

 俺はトイレを飛び出した。

 無心で走っている途中に、旧校舎の窓がひとつだけ開いているのを確認し、飛び込む。

 廊下に体を打ち付け、そのまま俺は四つん這いになりながら窓からなるべく遠ざかった。

 足に痛みを感じた。窓を越えるときに足をくじいていた。

 窓の外を見ると、化け物は追ってきてはいない。


 俺は片足を引きずりながら廊下を走り出す。


「痛っ……! さ、佐藤! おい、まだいるんだろ!? 出口ってどこだよッ!? 助けろってッ!」


 暗い廊下からは何の反応も返ってこない。


「わかった佐藤! 話を聞くから! どうすればいいんだ!?」


 佐藤の姿を探して片足を引きづり、走り出す。

 目をこらすと、廊下に人影が見えた。俺に向かって手を振っている。


「さ、佐藤か? ――おい! ……さ、と……う?」


 佐藤らしき人影に駆け寄る。

 しかし、そこにはメイド服をがさつに着た少女の姿があった。


「あ、いたいた、あたしの救世主ヒーロー様! この姿を見て、ダーリンッ!」

「――ぅッ!?」


 そして、作り物の笑顔が見えた。


「あたし、きれい――?」


 そして、ぽっかり開いて中身が見える腹から、臓器のひとつが、ぼとりと地面に落ちた。


「――う、うわあああッ! じ、人体模型ッ!?」

「きゃ、エ、エッチッ! 見ないでッ!」


 そいつは悲鳴をまき散らしながら、廊下の闇に走り消えていく。内臓のレプリカがまた転がる。俺は逃げるように走りだす。

 さっきの悲鳴を聞きつけたのか、廊下の曲がり角でカマの化け物1匹と鉢合わせした。


「いだッ! ぺぺッ! ジネッ!」

「ぐッ!」


 さらに、廊下に飾られた絵画から突然浮き出してきた別のカマの化け物が俺に襲い掛かる。

 俺はそのカマを避けた勢いで窓ガラスに頭を打ち、破片はへんで頭から血が噴き出した。


「――痛ッ! ば、化け物、来るなッ!」


 とっさに、目の前に置いてある消火器を化け物に投げつける。化け物がボンベをカマで切り裂くと、中から消化液が爆発した。飛び出した白い煙が目に入り、激痛が走る。

 化け物も一瞬ひるんだが、まだ追いかけようと俺をにらみつけた。


 俺は走り出して、通路の扉にじょうをして追跡ついせきの手を遮断しゃだんする。

 しかし、化け物たちは小さな鍵穴かぎあなからその身を這い出して、まだ追いかけてくる。

 逃げられない。


「ぺぺぺッ! ジネッ! ジネッ!」


 そして、階段を上下して逃げるたびに、その数はしだいに増えていった。

 血が目に入り、前が良く見えない。怪我けがした片足に走っている感覚がない。


「――もうダメだ……た、助けて! だれかッ!」


 近場の教室に逃げこもうと手あたり次第にドアを引っ張るが、びくともしない。

 下の階から化け物たちの雄叫おたけびが聞こえてくる。


 廊下の角を曲がると、その先は廊下の突き当りではないはずだった。俺の目の前に巨大な化け物が突っ立っていて、俺の進路をふさいでいた。

 挟み撃ちになった。


 目を見開いて俺の存在に気が付いた巨大な化け物は、まるで真っ黒な甲冑の小山のような図体だった。狭い廊下を窮屈そうにギシギシと音を立てながら、ゆっくりと俺の方へ歩み寄ってくる。

 暗闇で光る2つの目玉はしっかりと俺だけを見据みすえて、半開きの口からは蒸気が立ち上っている。


「……来るな……! あ、うわッ!」


挿絵(By みてみん)


 その化け物は俺をつかもうと手を伸ばしてきた。


「やめろ! 来るなッ!」


 最後の力を振り絞り、いうことを聞かない片足を引きづり、屋上への階段を駆け上がる。目の前の扉に体当たりした。

 しかし、目の前に広がるはずの屋上の光景は、いつものそれと全く違っていた。


「……屋上は!? ど、どこだよ、ここ――」


 俺は力尽き、ひざをつく。片目だけで周囲を見渡す。

 頭部を失った学園のモニュメントが煙を吹き出し瓦礫がれきと化していた。

 分厚い雲が夜空を黒く染めている。


「――今はもう愛を否定するアンチテーゼも、無限のノイローゼも滅びたわ」


 その声の主は無残なモニュメント像から紫色むらさきいろやりを抜き取った。


 羽織った大きな黒いトレンチコートのようなマントから、深紅のよろいと、タイトなスカートがのぞいている。長い金髪には金色のかんむりを乗せている。


 そのほほ笑んだ横顔だけでわかる、色白で端正たんせいな顔立ちに、誰でも一瞬で心を奪われるだろう。こんな状況ではなければ。


 その少女は俺に気が付いた。


「――あら? 今夜の主役が到着のようね。よかった、まだ手足はくっついているみたい」


 その少女は俺に向かって微笑した。それはとても美しいと同時に、俺の今の非現実から救いを望める唯一の存在だと確信できた。


 そして、背後から地響きがする。振り返ると俺を追いかけて巨大な化け物が屋上の小さな入り口を突き破り、転がり込んできた。

 それも3体に増えていて、おまけに物騒な斧まで携えて、俺を見下ろしている。


挿絵(By みてみん)


 その美しい少女は手を俺に差し伸べる。


「……なんだ、なんなんだ!?」

「アナタ、その恐怖からの救いが欲しいんでしょ?」


 その少女が一歩俺に近づく。すると巨大な化け物はうなり声をあげて、斧を構えた。

 俺は微笑む少女へ手を伸ばす。


「あ、ああ! た、助けてくれ! あの化け物たちに追われて―――」


挿絵(By みてみん)


 その瞬間に、まぶしい閃光せんこうと共に目がくらむ。

 そして視界が戻る。小さな瓦礫が雨粒あまつぶのように降り注ぎ、ぱらぱらと周囲で音を立てる。

 すると、手を差し伸べていた少女が炎に包まれていた。地面が焼けただれて、焦げ臭いにおいが広がる。

 背後のうなり声を聞き振り返ると、化け物の口から火花が散っていた。

 どうやら化け物が火炎を吐き、少女を蒸発させたようだ。


「そ、……そんな!」


 邪魔者が消えたとわかり、巨大な化け物は俺に手を伸ばす。


「……い、命だけはッ!」

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