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4 怒ってるならかかってこいよ!

 地下通路には小さい電球が等間隔とうかんかくで暗い道を照らしている。俺は深く息を吸い込む。


「おーいッ! 異教徒いきょうとが面談に来たぞ! まずは姿を見せてみろ、見せられるならな!」

「ダメさ! お化けを刺激しちゃ! って、おいらは異教徒じゃないっす!」


 地下道には何が入っているかわからない腐った袋や、学校の備品が乱雑らんざつに置かれている。その闇の果てをにらみつける。

 水がくさったにおいがする。足元は全く見えない。下水管から人の首に噛み付く牙を持った化け物が、まずは俺の足首を狙っているかのような恐怖を感じる。俺は泡立つ肌を落ち着かせようとする。


 カエルようなしめった何かをくつの裏でくちゃくちゃと踏んでいるような不愉快ふゆかいな音だけがひびく。

 そして地面を見ると、あのぶどうジュースの痕跡は暗闇の奥へ続いている。


「先生、完全下校の時間になるさ! ここらへんで帰ろ! ……それに、バレたらフォークダンスの内申点もムダになるさ!」

「ネズミが食い散らかしたパンやジュースの残骸ざんがいを持ち帰れば、七不思議のひとつはウソっぱちだと証明される! だろ?」


 ゆっくりと頭上に注意しながら、しめった地下道を進んだ。雄太は諦めたように俺に付いて来た。


 あのぶどうジュースは小さな鉄の柵の中に続いていた。中をのぞくと真っ暗で何も見えない。雄太がライトで柵の中を照らす。

 すると、黄色い2つの目玉がライトに反射してギラギラと俺たちを見つめていた。


「――うわっ!」

「ぎゃあああ!!!」


 俺たちの突然の悲鳴を聞いて驚いた目玉は、壁をつたい天井の穴に消えていった。

 俺と雄太はしばらく動けずにいた。ようやく頭の回路かいろが回り始めて、目の前の出来事を理解しようとした。


「――……脅かしやがって、ネズミのくせに! な、犯人特定だ、雄太!」

「(ガタガタガタガタ……)」

「――とりあえず、犯人はわかった! でかいネズミだ! お化けなんていないんだ……!」

「……先生、もうこんなことやめるさ! お、お、お化けは、な、縄張なわばりをらされるのを一番嫌うさ……! ……ぅぅ」

「ならば……」


 俺はうなずき、ひんやりとした空気をいっぱいに吸い込む。


「――出てこい、七不思議のドクソ野郎ッ!」

「ぎゃああああああああああ!」


 俺の大声で隣の雄太が飛び上がった。


「どうした雄太! 何も出てこないぞ! これはどういうことなんだ!? 話が違うぞ?」

「お、お化けに襲われたら先生のせいさ!」


 雄太は泣きっつらで来た道を逃げ帰った。

 俺は雄太を見送った。


「――はははは、見てみろよ夢見ヶ丘のお化けさんたち、まったくみんな平和だよな!」


 暗闇から返答はない。


「怒ってるならかかってこいよ! 見てみろ、俺はひとりだ! いつだってひとりだ! 冷たいコンビニ弁当だけがランドセルをしょった俺の下校を待ってたんだ!」


 暗闇はしんとしている。


「何が魔法だ! 素敵な愛だ? 金城コミンの生徒会長さんはずいぶん嘘つきだな! 願いは叶う!? そりゃたまげたな!」


 当然、何の反応も、変わった様子もない。


「夢が叶うなら、俺の願いはどうした? あんなに願ったのに、苦しんだのに、ぜんぜん助けてくれないんだな? それとも、俺だけ除け者にするのか? まさか、お前も人の不幸を遠くから眺めて楽しんでるのか!?」


 俺は砂埃すなぼこりを蹴り上げ、きびすを返す。


「――今日のところはこの辺にしてやろう。あばよ、ウソつきな七不思議さん」


 突然、ふところの携帯電話が振動する。俺は小さく飛び上がる。


「おかしい、電波は届いてないのに……」


 画面を見ると、見知らぬ電話番号から呼び出しがある。俺は無視してポケットにしまう。


「……ねー」


 女の声が聞える。突然に通話が始まる。

 暗く無音の地下道で女の声だけが響いた。

 鳥肌もなく、俺の体は全ての機能を停止した。俺は唯一ゆいいつ動かせた目玉で、その画面を見た。


「暗い地下道で心を腐らす者にも等しく、フィシス理論はとても優しくささやくわ……」


 赤く光る画面がそうつぶやいた。


「……だ、誰だよ、お前!」

「アナタはまるで魔族のような心の持ち主ね! とても純粋じゅんすいで頑固だわ! すごく都合がいい! まずは愛に満ちた新世界への転生をこばむ頑固な心をとりさってあげる」


 くすくすと笑うような、とても甘い吐息のような声に感覚が麻痺まひしてくる。

 俺はたまらず乱暴に画面をたたき、通話を切る。すると女の声がピタリと聞こえなくなる。どこかで滴る水の音だけが地下道で聞こえるだけだった。

 俺は震える手をおさえながら、画面を見つめる。


「ち、気味悪いいたずらしやがって……」


 きっと、俺の番号を知っているクラスメイトが地下に入る俺を見て、驚かすためにイタズラ電話をかけてきたんだな。

 俺は落ち着いてから、携帯電話をポケットに押し込む。


「アナタのようなへそ曲がりに幸福への道を指し示せてこそ、この世界の愛の理論の完成に近づく」


 その声が頭の後ろから聞えていることに気づくには時間がかかった。


「……勇気がわいてくる長い長い愛の学園物語をこの世界の終焉しゅうえんの日まで聞かせてあげる」


 血の気が引いてしまった首を無理矢理ねじ曲げてふりかえる。見えないなら恐怖もない。しかし生まれて初めて、見えてはならない存在を視認してしまうと、人は眼球がんきゅうすら動かせないと身をもって知った。


「今日の放課後、昇降口しょうこうぐちで待ってるね――♪」


 考えるより先に女のささやき声が、耳元からどろりと流れ込んでくる。刺すような空気がほほをなぞる。

 長い髪、そして、俺に怒りを押し付けてくる鋭い2つの目の印象だけが脳内にのこり、続いてうっすらとした人影が残像を残して闇に消えていった。


 恐怖で本能に駆り立てられた足が来た道を引き返す。


 ●


 地上の学園に戻ると、すでに真夜中のようだった。暗闇の揺れる木々を月あかりが照らしている。

 足元は暗くぬかるんでいて、何度もつまづきそうになった。

 ライト代わりに取り出した携帯電話の時計は19:19を表示していた。


「そんなに時間が経っているはずない! そんなに地下にいない!」


 すでに生徒の姿はなく、校舎は闇に染まっていた。


「おい! 雄太!? みんな!? どこだよ!?」


 ついさっきまではあんなに騒がしかった校舎は今は真っ暗で生徒の姿もない。

 俺は土足で校舎に上がり、教室のロッカーからスクールバッグを取り返し、暗い廊下を小走りに進む。

 俺だけ取り残されていた校舎内から昇降口に急ぐ。


「女神さま、うぅ……」


 俺はその音に足を止める。真っ暗な理科室の中から押し殺したような声がもれてきた。


「女神さま、人体じんたいすら模型もけいのわたしに自由をお与えください……、これほどまで愛なき現実にもうわたしは耐えられません……」

「……!? だ、誰だ!?」

「どうして体だけ模型のままにされるのですか! こんなはしたない姿、もうあの子に見られたくない……!」


 周囲を見渡しても人の姿はない。

 突然、背後の理科室の扉がきしむ音が聞こえた。理科室の扉が開け放たれ、何かの無機質むきしつに突き飛ばされた。


「みんな実験のたびに私のお腹をまさぐって、バラバラにしてッ!」

「――ぐあッ! あああッ!?」

「素敵なメイド服がある被服室ひふくしつはどこ!?」


 俺に体当たりをした目には見えない何かが、真っ暗な廊下を足音だけ残して走り去る。

 廊下に尻もちつく俺の視線は、廊下の果てにくぎ付けになっていた。


 そして、廊下の床で、何かが転がってきて、俺の手に触れて止まる。


「……んだよコレ!?人体模型の……心臓!?」


 他にも床には内臓のレプリカが転がっている。理科の実験で使うあれだ。

 俺はすぐさま飛び起き、無我夢中で玄関まで走り抜けた。

 暗い廊下を駆けていると、今度はピアノの演奏が聞こえてきた。2階の音楽室から乱暴なリズムが聞こえる。

 さらに、校長室前の額縁がくぶちから笑い声が聞こえた。

 俺は耳をふさいで聞こえないふりをし、廊下の曲がり角で滑って転んだが、再び全力で走り出す。


「とにかくみんなイタズラだ、相手にするな! ……早く帰って科学の予習で頭を冷やすんだ!」

「おっと、廊下を走ると危ないですよ」

「――ッ!? ぅあっ!?」

「僕ですよ、僕」


 真っ暗な廊下の真ん中、生徒会の佐藤がぽつんと突っ立っていた。


「生徒会の! なんだよ、佐藤、お前! こんなところでなにしてる!」


 佐藤は周りを気にしてからまじめ腐った顔に切り替えこう続ける。


「忠告をお忘れです? 貴方はここにいるべきではありません。元の正しい世界へ戻る出口へご案内します。貴方のような気質は向こう側へ誘われやすい、彼女の望む新世界の扉を開こうとしています」


 暗闇の中から佐藤は俺に手を差し出す。俺は彼女が誰を指すのかを思い出して、身の毛がよだった。


「さっきの人体模型も、お前の仕掛けたイタズラだな!?」

「人体模型? ……あ、流行はやりの七不思議のことですね? 夜に泣く人体模型の女の子の話です。まったく面白い作り話です。一体誰が考えたのやら」

「気味悪い! 近寄るな! どけ! どけって!」

「さあ急ぎましょう、手遅れになる前に」

「俺に近づくな!」


 佐藤の手を振りのけ、警戒してその場を去る。

 何度振り返っても佐藤は手を差し出したまま立ち尽くしていた。


 今日の放課後、昇降口で待ってるね――♪


 俺は脳裏のうりにこびりついたそのセリフを思い出した。


「誰もいない――よな……」


 俺は周囲の暗がりを警戒しながら下駄箱を開ける。


挿絵(By みてみん)


「ッ!?」


 靴箱の中に靴と、そして見覚えのないピンク色の封筒ふうとうがしんと居座いすわっている。


「…手紙?」


 ハートのシールで封をされた手紙だ。

 靴のかかとを地面にこすり付けながら、校舎を出ようと急ぐと、手紙のシールがはがれ、中から便箋びんせんがこぼれ落ちた。

 周囲を警戒し、便箋を拾う。

 中身を確認することに恐怖している自分がいた。再び後ろを振り返るが誰もいない。

 2つ折りにされた紙切れを広げ、暗がりから蛍光灯の光を探りながら読む。


堕落だらくした過去の願いを救済し、真の幸せをつかみたければ、その疑いの心と抗いの信念を持って、今すぐこれを実行すべし。その先に夢の世界が両手を広げて待っている』


 生温かい風がほほをなでる。


『校門から校舎に向けて歩み、風が消えたら校舎に向かってこうとなえよ―――』


 俺は校舎をにらみつける。


「はは! いい加減にしろってのッ! こんな大がかりなイタズラを! 馬鹿にしやがって……」


 クラスメイトの誰かと、あの佐藤の仕業だろう。

 校舎に背を向け走り出す。そして手紙に親指を食い込ませ、引きちぎろうとするも、なぜか力が入らない。


「こんなもの! ……こんなものッ!」


 どうしても手に力が集まらず、手が震えだす。


「どこの誰か知らないが、どこかに隠れて俺の様子を楽しんでるんだな! 俺を脅かして、バカにしやがって!」


 急ぐ足を止めて、学園と向かい合い、深く息を吸い込む。

 落ち着いて、手紙を握りしめる。


「ふん、いいだろう、疑いの心か、それなら人一倍自信があるからな! 呪いなんて絶対にありえない! 今からそれを証明してやる!」


 全てが停止し、現実世界から切り離されたような感覚を感じる。


「いるなら出て来い! はっきり脅かしてみろ!」


 そしてこう唱える。


「呪い仕掛けな女神たちを、――――なんじ、愛すなかれ……」


 どうだ。


 手紙に書いてあった通りにやった。


 ……。


 ……。


 俺はくるりと周り、周囲を眺める。


「――ははは……。ほら見ろ! なんにもないじゃないか!? 七不思議の呪い? 雄太の臆病風おくびょうかぜめ!新世界? 佐藤とかいうニヤケ面野郎め! さぁ、ばかげたことに時間をついやしたぞ!」


 俺は校門へ向き直り、天に向かって怒鳴る。


「へ、呪われた学園だって? 勝手にやってろ!」


 手紙を放り投げる。


「……?」


 その時だ。


 ズドンと体が前のめりになる衝撃を受け、続いて聞いたことのない不自然な破裂音はれつおんと共に地面が大きく揺れた。俺は地面に顔を打ち付けた。

 屋上にかみなりが落ちた。とっさにそう考えた。

 見上げると何かが爆発したように、屋上から煙が上がっている。


挿絵(By みてみん)


 空から鈍い音が聞こえ、瓦礫がれきの塊が目の前の地面に刺さった。

 それは学園の象徴として、屋上に鎮座ちんざしていたモニュメント像の頭部だった。

 のどに詰まった不安を飲み込む。


 それははっきりと、恐怖という形で俺の目に映った。


 地面から手がはえだし、モニュメントの頭部をつかむ。そして地面に引きづり混んでいった。


「何トイウ疑心ぎしん―――、何トイウ心ノ不自由―――」


 その頭部は苦しそうにそう言い残して地面に沈んでいった。


「――は、ははは。バ、バカじゃないのか。イタズラにしては……やりすぎだ……」


 俺はそれら一部始終を無視することに決めた。手についた砂利を取り払い、校門の方へ向き直り、走り出そうとした。

 しかし、どうしたわけか、足が動かない。

 早くこのわけのわからない学園から、逃げ出したいのに、足が言うことを聞かない。

 違った。恐怖が理由じゃなかった。

 地面から生えた手が今度は俺のくるぶしを掴み、同じように引きづりこもうとしていた。


「――なんだってんだよッ!」


 一心不乱いっしんふらんにむちゃくちゃに振りほどき、その手から逃れる。

 そして、つまづいた先で、バスケットボールほどの大きさの灰色の生き物が、俺の鼻先に触れるほどの距離にいた。


「――なッ!?」

「ガル? あれ、ニンゲン、魔族の姿が見えるガルか?」


 しかも、甲高かんだかい声で笑いながら、したのような生暖なまあたたかいものを出して俺の顔をひとなめした。


挿絵(By みてみん)


「――ぅあっ! なんだお前はッ!」


 俺は尻もちをつく。


「見られちゃ仕方ないガルね、今晩の儀式の供物にしてやるガル!」


 愉快そうにしゃべると、俺の頭にかみついてきた。


「なんなんだッ! な、な、なんだってんだッ! やめろ、離せ! コノ、コノッ!」

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