3 ウチらを騙した罪、絶対に許さないの!
俺はルアたちとアリバイのアイディアを議論しながら学園に到着した。
生徒魔族が大暴れした校舎は無傷のままいつも通りで、生徒たちが朝のホームルーム前の気ままな時間を過ごしていた。
廊下では生徒魔族たちがいたずらをしていたようだ。
「キャー!」
「パンチュ、召しとったり~ッだガル!」
「うそ! ブルマが浮いてる!」
「ぺ、ぺ、ぺ、ぺ!」
「生徒魔族ども、相変わらずさね……」
平和な日常を過ごしていた女子生徒たちが、秘密の存在である生徒魔族たちのいたずらで悲鳴を上げている。
「おいガルナビ、やめないか! で、昨日の脱走でマリアたちにこっぴどく怒られてないのか?」
「ガッ、ガルのしっぽを離すガル! って、あ、旦那! ……ちぇ、無事だったガルか」
「ペッ!」
ガルナビは俺の手から自分のしっぽを奪い返そうと頑張る。
「もちろん騎士ちゃんたちにパーティのお咎めを受けたガル!」
舌を出したガルナビは頭のたんこぶを撫でる。
「それに旦那がフィシス理論の完成が邪魔したから新世界もお預けになったガル! だから腹いせにメスどもをいじめてたガル! 邪魔しないで欲しいガル!」
「ひねくれものめ……。マリアたちは生徒会室か?」
「あ、マリアちゃんが殺気だって旦那を探しているガル! ガルが騒ぐと怖い騎士ちゃんが飛んで来るガルよ! だから離すガル!」
「――やっぱりか」
「旦那はこの世界からお引っ越した方がいいガル! 女神さまが許しても、怒り狂ったフィシス教徒が旦那を許すはずがないガル!」
「……フィシス教徒、魔女の手下までもが俺を狙って――?」
雄太が不安そうな顔をする。俺の手から解放されたガルナビは目を細めた。
「それに、旦那がお嬢さまに無礼なことをしたって噂だガルね……」
「先生、やっぱり金城に何かしたさ? 先生、また呪われてるさ!?」
「……べ、別に、何も!」
俺は無意識に口を抑える。
俺を一瞥したガルナビとペッキンコッキンは廊下の壁に消えていく。
俺は雄太に生徒会室に言い訳しに行くと告げると、雄太は先に教室に向かうと言った。
●
窓ガラス越しに自分の首元を見るが、紋章のような跡はない。
「フィシス理論の完成を邪魔したからか? それとも魔族たちのアイドル、ヴァーサー・クーラーにあんなことしたからか?」
ドスン……
「痛ッ! な、なんだ!」
小山のような何かにぶつかる。俺はそれを見上げる。魔女の手下の執事が俺を見下ろしている。
「お前か……何か用か?」
「小僧め、下心で汚れた手で女神さまに触れ、フィシス理論の繊細な愛の章を論破しおって……」
「ああ、俺もどうにかしてた! ちょっと気が触れただけだ、蒸し返すなよ! 俺だって後悔してるんだ!」
執事が立ち上がった俺の進路をふさぐ。
「この先の生徒会室には裏切り者を捕まえようと目くじらを立てる騎士たちがいるが、まさか投降しようと? 今もまだ気が触れているのか?」
「だとしたらなんだ! 俺が捕まり拷問されれば、お前のボスの隠れ家に騎士や番兵が押し寄せる。そうなれば昨日の引っ越しも無駄じゃないかもな」
「自らフィシス教徒を誓った者が騎士に降伏して命あると思うのか? そんな反抗的な態度も今の内だ。例えビグニティ管轄の牢獄に逃げ込もうがフィシスはいつでも毒を盛ってやれる」
「――うるさい、どけ! そもそもヴァーサー・クーラーが何も言ってこないだろ! 俺がどうなろうと俺の自由だッ!」
「それもよかろう。全ては運命で、全ては良き方向へ進む理だ。救世主のお好きなままに――」
執事は頭を垂れて、壁に吸い込まれていく。執事はあまりにあっけなく素直に引いた。
「……くッ! お、おい待て、行くな!」
「まだ何か用か? 荷造りを急ぎたいのだが? 臆病な救世主よ」
「――本当に俺をかばわなくていいのか? このままだとボスの正体がバレるんだぞ? ヴァーサー・クーラーは俺について何も言ってないのか!?」
壁にほとんどめり込んでいた執事は、突然壁から飛び出し、うなり声をならす。
「小僧をかばうッ!?」
「――うぐッ! 離せっ……」
執事は俺の襟をつかんだ。
「冗談を言え、甘えるなッ! 今ここで粛清してやりたいがヴァーサー卿の指示なしに命を奪うことはできないのだッ!」
「――ッ! なら俺はどうすればいい! お前は魔女の執事だろ!? ご主人様のことを何にも知らないのか!?」
「女神さまのお考えは誰にも理解できぬ! 呪われた仕掛けから逃げられるのならやってみろ。そして存分にあがき苦しむがいい……」
執事は俺を解放する。
「あれほどまでお怒りな女神さまから、逃れられるのものならな――」
そう言い残し、執事は消えた。
俺は執事が消えた壁をしばらく見つめていた。
「……マリアたち騎士は、罪を自白した俺になんて言うだろうか? どこかの牢屋に閉じ込められてしまうのか? それとも、一生口がきけないようソウルにされてしまうのか―――?」
俺はルアから預かった記憶消しの薬を取り出す。
「これを飲んで全てを忘れて昔に逃げるか? それとも、騎士たちに魔女の秘密を伝えて全てを託し捕まるか? とにかく話さないことには―――」
階段を上がれは生徒会室だ。
階段を一歩上がったとき、突然に背後から体当たりされた。
背中に衝撃と痛みが走り、体が宙に浮いた。
目に映る風景が回転して、地面にたたきつけられた。
気が付くと廊下の隅の備品の山に埋もれるように倒れている。
「――ぐッ! 痛ッ!?」
顔を上げ、その正体を確認しようとした。
「――(ギロリ)」
目の前にツメをとがらせたサリスマリスがいた。
手のひらサイズではなく、戦闘態勢の恐ろしい外見の方だ。
なぜ俺にサリスマリスがこんなことをするのか想像はできた。
俺は教会裏庭の秘密を知るハロで、これから騎士たちに降伏しに行こうとしたからだ。
「サリスマリス! お前も俺を捕まえにッ!」
サリスマリスは返事をしない。
俺はジャケットから封殺札を取り出し、サリスマリスに構える。
サリスマリスは巨大な体と腕を振り上げて、ツメを伸ばす。
こいつの振り下ろす剣のようなツメは、封殺札という紙切れで受け止められるはずがないのはわかる。
その巨体と仮面が俺に迫りくる。
俺の体はサリスマリスの陰になり、目の前が真っ暗になった。
「何してるですサリスマリス、この階は今朝探したです……容疑者はまだ見つからないですか?」
「――(こくり、こくり)」
「ああッもうイライラするっつーの! 出てきた裏切りハロの首をハッフンパッフンの斧で飛ばすっつーの!」
「命は奪ってはならないです。適切に裁判をして罪を明確にするです」
「しょっ引いてビグニティ教会に突き出すぅ!」
「ウチらを騙した罪、絶対に許さないなの! どこに隠れようと必ず捕まえてやるなの!」
「生徒たちが完全下校したら番兵魔族も連れて学園付近もくまなく捜索するです」
「――(こくり、こくり)」
真っ暗な世界の中で、マリアたちのやりとりだけが聞こえた。
そしてサリスマリスがうなずくのが布がすれる音でわかっただけだ。
マリアたちの声が聞こえなくなり、しばらくすると目の前が明るくなる。振り返るとサリスマリスがいた。
「――(こくり)」
サリスマリスが俺を抱っこするように覆いかぶさり、マリアたちの巡回からかくまってくれたようだ。
「……た、助かった。サリスマリス、無事だったか?」
「――(こくり)」
マリアたちの後ろ姿が見えなくなる。
「危なかった……」
俺はサリスマリスを見る。
「サリスマリス、お前には裏切りの疑惑はないのか? ガルナビたちの脱走でマリアたちの従魔族を攻撃したが――」
「――(ぶんぶん)」
「なら良かった……」
俺はマリアたちが立ち去った廊下を見渡す。
「ち、マリアたち、俺を容疑者って――。それに首をはねるって――。これじゃ話すら聞いてくれないだろうな……」
「――(こくり)」
「コミンにも見捨てられ、マリアたちにも追われて……、俺はどうしたら……」
サリスマリスが俺から離れ、振り返り、手招きした。
「助けてくれるのか?」
「――(こくり)」
俺はサリスマリスの方へ歩みだすが、足を止める。
「……いや、気持ちは嬉しいが俺に構うな。お前にまで容疑がかかれば長津田さんを魔族たちから守れない」
「――(ぶんぶん)」
「自分で蒔いた種だ、何とかする――! 俺に構わずこのまま学園を守れ!」
「――(こくり)」
こちらを心配そうに見送るサリスマリスを置き去りにして、俺は廊下を走り出す。
中庭を抜けて、金城コミンがよく出没する庭に走り、入り口の扉の前に立つ。
「そもそもの元凶に頭を下げるのは癪だが、命には代えられない――」
あいつの顔と声が脳裏に浮かんだ。
「あんな必死になってフィシス理論を考えて、そしてパーティも邪魔されて、かんかんだろうな。それに、別れ際に俺は――」
また口を抑える。
「――顔を見るなりヤリで襲ってくるだろうか……、まあ体罰で許されるならそれでもいい――」
ドアノブに手をかける。
「――……ぅぅ!」
胸が締め付けられ、体に毒が巡るように痛みが広がる。
なんだ―――体が……重い……――。
「グシシシシ……コッチ、コッチ――」
「――!? 誰だ!?」
「ヴァーサー卿がお呼び――、グシシ!」
「その声、クレイジー・ソウル!? どこへ連れていく気だ!?」
「女神さまに逆らうことはできないはず、守るべき娘は女神の胸の中に抱かれているのだから――グシ!」
「長津田さんのことか!? やめろ! あの子は関係ない!……うぐッ!」
「なら共に呪われた力を持って戦うべき。哲学王ヴァーサー・クーラー様のために、グシシ!」
「何をわけのわからないことを!」
「これからはこう呼ぶべきなのだ! 黒騎士カース・ハロ殿!」
その声が頭に直接に響き、頭痛のように痛む。
それに胸が痛い、あの時と同じだ。
自分の体ではない感覚になっている。
胸の奥に違和感を感じる。
「そこを止まるです――」
聞いたことのある声が聞こえた。痛みをこらえて目を開く。
学園の中ではなく、どこか違う空間にいるようだ。真っ赤な砂漠に巨大な岩。空まで砂漠のように乾いている。
「……み、みちゅけたッ・・!」
「あれは、昨日の魔女の手下なの!」
マ、マリアさん!? みんな……!?
目の前にはマリアたちが騎士の姿で立っており、周囲には従魔族や番兵が武器を構えていた。
「逃げれば容赦なく攻撃するです!」




