2 うそ
助けてくれ! 誰か!
俺の体が! 声が! おかしいんだ!
コミン! 頼む! 戻してくれ!
こんな姿、俺じゃない!
「――誰か、助けッ――! ……はッ!?」
急に意識が戻った俺は、いつもの見慣れた自分の寮の部屋で目覚めた。散らかった机の上には教科書や、擦り切れた防御札、封殺札がある。
カーテンの隙間から朝の陽ざしが入り込む。
体中を探ってみる。いつも通りの”俺”の体だった。
胸をさするが、心臓はここにいるようだ。しかし、ヤリが貫通したような違和感が残っている。
「ふぅ……。前もこんなことがあったな、あの魔女め……」
昨晩の戦いでボロボロに破れたはずの制服は新調されたのか、定位置に真新しく垂れさがっている。
「しかし、女になったのは、夢……? マリアに追いかけられたのも?」
●
どんなに急いでも遅刻だったので、コンビニで菓子パンとひどく甘めなコーヒーを買い、静かに流れる川沿いを歩きながら、昨日のことを思い出し整理した。
しかし、魔族との戦いがあった街はいつも通りだった。見渡す限りの魔族たちが埋め尽くすパーティが開催された形跡などない。
河川のフェンスにもたれて俺を待っていた様子の2人がいた。
「昨晩のパーティで魔族が大暴れしましたが、ご覧の通りに街は無事です」
「先生! 無事だったさ!?」
俺を心配して学校へ向かわず待っていたらしい。
「お前らこそ、ケガは?」
「戦いの後、公園で貴方が道端に倒れておりまして、勝手ながらご自宅まで運ばせていただきました」
昨晩、俺はルアに運ばれたのか。俺は自分の体を見下ろす。
「パーティの後、俺は気を失ってたのか?」
「ええ」
「……それは俺だったか?」
「先生、何さその質問?」
ルアも首をかしげる。俺は一瞬考えたが、決心した。
「昨日、女に変身して……黒騎士と呼ばれ攻撃されて――」
「何と何を妙なことを?」
「ヴァーサー・クーラーに触れると、呪われて女になってしまうこととか、あるのか!?」
「もしかして、忠告を無視して彼女に触れたのですか?」
「いや……」
「先生、寝ぼけてるさ? もしかして魔女に頭をやられちゃったさ!?」
「大丈夫です。今の貴方の外見は正常です」
「違う! 昨日の俺だ! 背が低くなって、目線がマリアと同じで、それに、……こう見下ろすと、胸が2つ飛び出してて……!」
雄太が口をあんぐり開けて聞いていた。俺も恥ずかしくなり頭をかきむしる。
「……やはり、昨日の変身は……夢だ! いや夢に違いない!」
「夢でしょうね。昨日の件で混乱しているのでしょう、いろいろなことが起こりましたから」
ルアが真剣な表情で続ける。
「マリアさんらが貴方に裏切りの疑惑を抱いています。これは夢ではありません。今も貴方を探しているとサリスマリスからの連絡です」
「クーラーに協力して、マリアたちを攻撃したのがバレたか……」
俺は首をさする。
「魔女に触れてから、俺の首を見てマリアがフィシス兇徒だと捕まえてきたんだ――」
「彼女に触れたのですね――」
「ま、魔女に触れて? なぜ?」
「……ッ! 構うなッ!」
「先生、疲れてるんさ……! 今日は学校休んだら?」
「そうにもいかない、誤解を解かなくちゃならない、というより言い訳だがな。寮に隠れてもマリアたちの方から押しかけてくる」
「貴方が捕まれば関係した僕たちも捕えられるのは時間の問題でしょう。ビグニティ教会は裏切りに厳しく、例え人間の貴方にも容赦ないでしょう。アリバイを考えなければなりません」
「先生! 頭がいいところで、何かいい作戦はあるさ? おいら、変な拷問されたくないさ――!」
「どうします、救世主?」
「どうするって……」
昨晩の街のペンキの結界を消している住民たちの姿が見えた。俺たちが描いた結界を雑巾やモップで消そうとしている。
「――魔女の脅しで街を危険にさらし、いろんな人に迷惑をかけた。これ以上、嘘はつきたくない」
「まさか、自白するおつもりと?」
ルアが呆れたように肩をすくめる。
「お前らが裏で協力して、魔女に助太刀したことは伏せる」
「そんな、一人で悩まないでさ! 世界を守るためなら仕方ないし、ごまかさなきゃ先生がひどい目に!」
俺はペンキで描いた結界を見る。
「俺が悪いんだ…… 罰を受けるかもしれないが、長津田さんやマリアたちだって命がけで学園を守ろうとしている! それにみんな俺を信じてくれた! なのに俺は恩を仇で返するようヴァーサー・クーラーに肩入れして街をめちゃくちゃに――!」
不意に不満な声が聞こえる。ペンキを消そうとしている主婦たちが立ち話をしていた。
「――そう! うちの大切な壁にべったりよ! ひどいわ!」
「ほんと迷惑よね! 七不思議だか知らないけど、イタズラが過ぎるわ!」
「こんな治安の悪い街は子供に悪影響よ! こんなのが続くなら引越しも考えなきゃ!」
ペンキの結界を囲んで、そんな会話が聞こえた。
「……俺は、一体何のためにこんなことしてるんだ――」
ルアが俺の前に出る。
「ひとまずここにお座りください。良心が痛むのはわかります。しかし、これで世界が平穏ならマリアさんたちも本望でしょう。貴方がやらなければフィシス理論が完成し、世界は一変し、今日という日は来なかったはずです」
「……だが」
「そうさ! 先生がやらなければどうなったことか! おいらも助けられたさ!」
「――俺じゃなくてもできたッ! みんなを不幸にしたッ! 魔女をやっつけることはマリアたちに託したほうがいい! 誰も悲しまないはずだッ!」
立ち上がった俺を雄太が押さえつけ、座らせてきた。
「先生、落ち着くさ! 白状しても簡単に許してくれる騎士たちじゃないし、一体何されるか!」
「だとしてもこれ以上みんなを騙し困らせるのは耐えられない! 長津田さんにまで嘘をついてッ!」
「先生……」
「悪党呼ばわりだ! 裏切りハロだとよ! とんでもないことになってるんだッ! お前らにこの気持ちがわかるか!?」
ルアは黙って俺の顔を見る。
「俺にあの魔女から学園を守る力なんてない……逆にうまく利用され、こんな風に学園や街を混乱させてる――」
ルアが俺の肩に手を置く。
「万が一にも投降はできないでしょう。それにフィシス理論を論破した危険な救世主を彼女が教会へ渡すはずがありません」
「――どうしてそうわかる」
ルアは笑顔を作る。
「さ、立ってください。まずは金城コミンさんに、女神さまに救いを乞いましょう」
「……でも!」
「そうさ! あの魔女に物申すさ!」
「――しばらくあいつとは口を利きたくない……というか……」
「……なんでさ?」
「その、少し時間をくれ。心の準備が――」
「先生、何赤くなって、恥ずかしがってるさ? ……もしかして、昨日の夜に金城と何かあったさ!? まさか、様子がおかしいのはもしかして……!?」
「何もない! ……というわけでもないが、黙れッ!」
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【作者つぶやき】ポニーテール先輩、ってイイね




