54 決死の告白
俺は上体を起こして、地べたに座った。
「お前といると、ときどき気が狂いそうになるんだ……だんだん、妙な気になってくる、これは何故で、何の感情なのか…………」
「愛にまつわる章は絶対に間違ってはいけない、フィシス理論のクライマックスで心臓部! もし偽りの愛を記しでもしたら、新世界も邪悪な愛で呪われる! まるで今の夢見が丘のようにねッ!」
ヴァーサー・クーラーは俺ののど元にヤリをつきつける。
「最後の忠告よ……! これは倫理に背く行為だけど、絶対に間違えられないから仕方ないわね!」
魔女はヤリを握りしめ、怒りを見せる。
「アナタの隠している真実の愛を告白しなさい! さもなくば、アナタの命を永遠に追放するわ! 血に飢えた地獄の死神に売りつけ、一生生まれ変わるがないよう毎晩ゴブリンの子守歌を聞かせる!」
俺は黙って首を横にふる。
「それは、死よりつらい刑なのよ! わかってるッ!?」
俺は黙って首を横にふる。
「お前のむちゃくちゃも楽しかった、けど……永久におさらばだ……」
ヴァーサー・クーラーは唇をかむ。
「お前の愛の真理とやらが見つかるといいな。気が向いたらまたどこかで……脅かしてくれよ……――」
俺は魔女から受ける激痛に耐えられず、記憶消しの薬を取り出す。魔女はその薬を見て、俺の心臓を握りつぶすのをやめた。
「アタシの元から離れる気? ……せっかく、完成したフィシス理論、愛に満ちた世界がそこまで来ているのに? あの子の愛を手に入れることができるのに――?」
俺はうなずいた。そして薬のフタに手をかけ、栓を抜く。
「もし今度会うときは、お前は噂だけの呪われた生徒会長……、そして俺は魔法も化け物も何も信じられないあの時の俺だ……」
「そんな薬、必要ないわ! もう何も聞かない! あの子に気持ちを伝えることもなく、アナタは永遠に堕すのよ!」
「情けなくて、ズルいかもしれないが、明日から顔を合わせないっていうなら白状できるよ、こんな俺だって、どんな気持ちでもな――」
「もう遅い! 知らない! アナタはその恋を永遠に腐らせればいいのよ! アナタがこの世界から消えようとも、アタシはフィシス理論で夢見が丘を作りかえる! ソウルになってさまよい、指をくわえてアタシの新世界を傍観してなさい!」
「だったらさよならの前に、俺なりの愛の答え……聞いてくれないか……?」
周囲では地割れが続き、夢見が丘のほとんどの土地が地中深くに堕ちていった。
逃げ場所がなくなり、魔族たちが慌てふためいている。
太陽と月が交わり、溶けだしている。
「……さ、歯を食いしばりなさい、せめて、最後くらいは優しく堕してあげる!」
ヴァーサー・クーラーは顔を真っ赤にして、唇をかんでいる。
その姿は、学園で見る制服姿の金城コミンに戻っていた。
振り上げたヤリは小刻みに揺れていた。
「……優しいんだな――そういうところだよ」
「――ッ! もう黙りなさい! どこまでもアタシを惑わ――、……っ!?」
俺は最後の力で立ち上がり、腹の上に乗っかっていた金城コミンの脚を押し返す。
金城コミンはバランスを崩してのけぞる。
そのとき不意に地面が揺れて、足元に落ちていたフィシスの書物が崖の淵から地面の底へ滑り落ちていく。
俺は金城コミンの両手をつかみ、しばらくその顔を見ていた。
周辺の夢見が丘のほとんどが崖に沈んでしまった。
空は真っ赤に染まり、周囲を黒い闇が包み込んでいく。
俺が知っている夢見が丘が終わろうとしていた。
しかしそんなことはどうでもいいと思えた。
目の前のそいつの顔を見ていたからだ。
俺はなんとなく口を開く。
「よーく見れば、女神かもな……すっかり呪われたよ――」
突然、俺の心臓が暴れて俺の胸から飛び出した。
俺はそれを押さえつけ、胸に沈め、落ち着かせた。
「何よ、それ……どういう意味?」
「――なんでもない! お前こそ、さんざん俺を惑わして! 最後くらい言わせろッ!」
「――お前とのパーティのため、毎朝特訓した……のかもな」
「嘘つき! ばかッ!」
「――うぐっ!」
「ありえない! 馬鹿にしないで! もう二度と会わないからって、こんな節操ないことして!」
金城コミンは顔を真っ赤に染めている。恥ずかしそうに胸を抱えて、俺から顔をそむけた。
「アンタみたいないい加減な奴隷、大嫌いッ!」
俺は自分のやったことに少し後悔し、照れながら記憶消しの薬に口を付ける。
「ぐあっ!!」
「そこでずっとお腹の中散らかしてなさい!」
金城コミンに蹴られた拍子に、薬のビンが宙で弧を描き、割れた地面の地中深くに落ちていった。
金城コミンは振り返ることもなく、足早に走り去っていった。
俺の足元では、ヴァーサー・クーラーが落としたフィシス理論の書物が開き、その1ページが燃えて灰になっていった。
「ハロの旦那、探したガル! パーティ会場が崩壊していくガル! どうやらフィシス理論が完成しなかったみたいだガル!」
「ああ、そのようだな……」
「まさか、旦那がお嬢さまを論破したガルか!?」
「涙目で逃げてったよ、いいきみだ――」
俺は立ち上がろうとするが、再び地面に倒れる。
「頑張るガル! 騎士ちゃんが旦那を探し回っているガル! 早くずらかるガル!」
「あ、ああ……わかってる! ――くそっ! ――ぅぐ……」
「旦那!? どこか怪我したガルか!?」
「……ぅ――違う……」
「――? ……がるぅ?」
口が――、熱い……!
頭の中が溶けだしているようだ―――!
あいつに触れた唇が、妙に変に熱っぽい―――……!
「胸のあたりが……痛い……うぐっ――」
「だ、旦那! それは本当ガルか!」
ガルナビが心配そうに俺の顔をのぞく。
「旦那! お嬢さまに何をしたガル!?」
かつてないめまいがする。胸のあたりがきしむ。奇妙な違和感から胸を押さえる。
「―――!? ――、あ、――はぐッ……」
「……そ、それはッ!?」
ガルナビは俺の首元を見て驚く。
「だ、旦那! そ、そ、そ、その首の紋章は……!」
「それはヴァーサー卿の紋章、フィシス第一兇徒の証です、ハロ……」
「マ、マリアさん……たち!?」
「もう隠してもダメなの! ソッチはウチらを騙してたの!? 魔女の手下だったの!」
「しゃいてぇ……、信じられにゃぃ……!」
「ぺこきぃ……えぽけ――」
たんこぶを何個もつくったペッキンコッキンが俺に謝罪をしてきた。どうやらこいつがしゃべってしまったようだ。
「現時点をもってハロを除名、国家反逆罪、スパイ容疑、その他38件の偽証および、フィシス兇徒の疑いで連行するです」
「……ぅっ……」
「……さあ立つです、容疑者ハロ。裁判まで学園地下の囚人と一緒に監禁するです」
「聞いてくれマリアさん! 騙すつもりはなかったんだ! 離してくれ!」
「もうあなたの言葉は信用できない、釈明があるなら法廷で発言するです」
ガルナビは俺とマリアの間にシールドを作った。
「旦那、今だガル! シールドがあるうちに逃げるガルよ!」
「……ペクソ! ぺぺぺぺ!」
ペッキンコッキンがカマを構えて、騎士たちの前に立ちはだかる。俺は2匹に任せて、走り出す。
「チビたち、そのシールドと武器をどかすです。謀反者共助はいたずらでは済まないです」
「旦那! 早く逃げるガル! ――ぎゃるるるる! ぷしゅ~……」
「――ペクソ!? エポケ……」
背後から2匹の悲鳴が聞こえた。
『第二幕 クレイジーラブの捕囚』に続く




