48 前科がバレる
「こ、こんな時間に――、なんで!?」
「ここに見回りに来るとき、街中にペンキのイタズラ描きがありました」
「違うんだ、長津田さん! これには話せば長い理由が――!」
「やっぱり、あなただったのですね……。これ以上、あなたの嘘は聞きたくありません」
「や、やっぱりって……!?」
「女の子の、勘です」
俺は手当たり次第に言い訳を頭の中で巡らせたが、どれも長津田さんを納得させることができないものだった。
「お化けのせいにして、そばで注意すれば、きっとやめてくれると期待したんです。きっとわかってくれると願ったのですよ。でもわたしの願いは、届きませんでした」
「――俺は、その……!」
「なぜイタズラするのかなんて知りたくありません。あなたから聞く嘘は、なんだか、もう、すごく辛いです」
悲鳴のような声でそう言った長津田さんはうつむきながら駆け出し、俺の横を走りさった。次第に長津田さんの足音は闇にまぎれていく。
「旦那、なに涙目で失神してるガル! とっ捕まえて記憶を消さなきゃダメだガル!」
「……ッ!? わかってるッ!」
「騎士ちゃんにバレてしまうガルよ! ペンキ結界が消されてしまうガルよ! 通報されるガルよ!」
俺のポケットには自分が飲む予定の記憶消し薬がある。
「旦那! 早くそのお薬を飲ませるガル!」
「ッ!――長津田さん! 待って!」
長津田さんの足音がぴたりと止まる。
「――なんですか?」
「俺を、学園のイタズラの犯人だと、学園に言いますよね?」
「もちろんです、当たり前です、風紀を乱しちゃダメなんです」
まったく抑揚のない声が返ってくる。
「さようなら……」
涙をこぼしながら長津田さんが走り去る。
この薬がどれほどさかのぼって記憶を消し去るのかわからない。昔の思い出も巻きこんで消してしまうこともあるとルアが言っていた。
こんな物騒なものを何の罪もない長津田さんに使うのか―――
あんな優しい、女神みたいな人に―――
しかし、やらなければ夢見が丘を守る結界が消されてしまうかもしれない。
力ずくで長津田さんを捕まえれば、騒がれて番兵魔族たちが来る。
「こんなんじゃ俺は呪われて当然だッ!」
俺は駆け出し、長津田さんの細い手首を捕まえる。
俺は震える手で記憶消し薬のふたを開ける。
長津田さんの肩は震えていて、細かった。
「やめてください……」
長津田さんがぼそりとつぶやく。
「――ッ!」
長津田さんの涙が、薬を握る俺の手に落ちた。
「だぁ、ダメだぁッ! ――できない……こんなの! できるわけないだろッ! ――ぅぅ!」
俺は膝から廊下に崩れ落ちた。
「魔女めッ! 俺にできるかッ! こんなもの飲ませられるかッ! なんでこんなことをさせるんだよ! ヴァーサー・クーラーめッ!!」
ガルナビの驚く目をよそに、俺は薬のビンに口につける。
「ガルナビ、悪いな、あとはお前らでやってくれ―――」
「だ、旦那!? よすガルッ!」
「長津田さん、俺みたいなやつに優しくしてくれて、いい夢を見させてくれて、本当にありがとう――」
うつむく長津田さんは何かを抱えていた。
「その前に……これ、返した方がいいですか?」
「――そ、それはっ!?」
そう言って差し出された手には防御札がある。以前、ガルナビたちに襲われたときに長津田さんに持たせたまま忘れていた護符だ。
「危険なんでしょ? あなたのやろうとしていることは―――」
「さ、さあ……な……なんのことだか――!」
「ある人に――、お化けちゃんたちから助けてもらいました」
「(旦那がやらないならガルがメガネ娘を……!)」
すると長津田さんは背後から忍び寄るガルナビのガムテープの手から逃げる。
「が、ガル!?」
長津田さんはメガネを外すと振り返り、驚くガルナビをしっかり見つめて微笑む。
「いたずらお化けちゃんは本当にいたんですね、びっくりです……!」
長津田さんが差し出した手に驚いたガルナビは俺の背中に隠れる。
「い、いつから魔族が見えて……!?」
「そのチビちゃんたちから助けてくれた人にお礼を言いたいのですけれど……、もし忘れたほうがいいのなら、そのお薬、ちょうだいしますよ?」
「明日、学園に自首しますので、その防御札を持ってすぐに家に帰ってください!」
「……やめて」
「こいつらを放してしまったのは俺だ! 何がなんでもケリをつける責任がある!だから――」
「もうやめて! 本当に、やめて! ――お願い……だから!」
「……それでも、俺は―――」
「もうッ! どれだけ人に心配させれば気が済むんですかーッ!?」
長津田さんは地面に向かって叫んだ。
「もう、本当に怒りますよぉ! だから、やめましょう? ……ね、ねぇ?」
うつむき顔を見せないでいる長津田さんからまた涙がこぼれ落ちる。
彼女の両手が俺の袖を握り締めて離さない。
「約束したんだ、必ず学園を守るって――、みんなが笑顔な世界にするって決めたんです、……な、ガルナビ?」
俺はガルナビの頭をなでる。
●
ペンキを携えて戻った俺たちに、ルアと雄太は驚いた。
真夜中の夢見が丘の路地裏は人通りもなく、いらずらが存分にはかどった。
そして、楽しそうに落書きにいそしむ長津田さんの描いた魔方陣は、ルアの手直しもなくそのまま採用される。
「初めてとは思えない完璧な術式です。きっと将来は優秀な騎士になれるかと」
「おいルア! やめろ、黙れ」
「危機が迫っているなら、わたしも風紀委員として協力しなければなりませんからね!」
夜も更けて、街の明かりが心もとなくなる。
ペンキで描かれた結界式が街を奇妙に彩る。これで魔族の被害が少なくなればいいが。
「そろそろ、魔族が街に来ます。長津田さんはどうか安全なご自宅へ」
「――はい。ではみなさん気をつけて。明日、絶対学校で……!」
俺たちは長津田さんを見送ると学園に戻り、魔族たちのパーティの準備の様子を確認した。
購買部のパンやジュースを囲みながら、俺も魔族も武器の仕込みをする。
「今回の作戦は本当に危険だ」
「現在サリスマリスが騎士の皆さんの従魔族の動向を監視しています」
「もしマリアたちに見つかればことは重大だ。裏切り行為だ。抜けるなら今のうちだぞ」
「失敗した場合の事後処理については、うまくやるよう裏庭の組織に話を通してあります」
ルアの口調が重い。気が乗らないのだろう。
「仮にソーサリィを失うと普通の人間に戻ります。ただしその場合は――」
「どうなろうと俺は後悔なんかしないぞ。誰が目利きしたハロだ、そんな顔するなって」
俺はルアの肩をたたく。
「無事に明日の朝登校したときはその苦笑いをネタに大笑いしてやるからな!」
「ふふふ」
「さあ、最後の晩餐だ、遠慮するな! 全部俺のツケにしておけばいい!」
ガルナビは手づかみで牛乳プリンを口に運んでいる。ペッキンコッキンたちは厨房の大鍋に激しく群がり、体格のいい魔族たちは、冷蔵庫に頭を突っ込んで食い散らかしている。
教会や学園のしきたりや常識は金城コミンの夢や魔族たちの自由を抑え付ける。
しかし、圧力は加えるほどその反発も強くなる。
このままの方法だといずれ学園や街は魔族たちの我慢の反動で壊し尽くされてしまうだろう。
生徒魔族たち……。不器用な奴らだからって学園に閉じ込めておくなんて、少し気の毒だ……。
コミンもそう考えてのことだろう……。




