47 コミンの最期のラブレター
俺は、ひとりで花壇の手入れをしている長津田さんを見る。事情を知った雄太は慌てふためく。
「先生、そんなこと言っても、おいらたちにはどうしようもできないさ……」
ポケットに忍ばせてあった記憶消し薬を取り出す。
「……この薬をうまく使うしかない」
「き、記憶消しの薬!? 何する気さ先生!? やめるさ!」
「俺に命令を聞かせるため長津田さんが人質になってるんだ……」
俺は金城コミンから渡された手紙をみる。
「学園の結界を破壊せず、できるだけパーティの計画を邪魔した後は、この薬で全部忘れてとんずらすればいい! 何の記憶もない俺に対して人質の長津田さんを見せしめに使う理由はない!」
「な、なら、お、おいらも手伝うさ!」
「気持ちはありがたいが、危険だ。この落とし前は自分でつける……」
放課後、日が落ち、真っ暗になった夜の学園にひとりで忍びこむ。
校舎からは怪物の奇声が聞こえてくる。
いた。あいつだ。
月明かりの下でぬいぐるみが働いている。学園の敷地を覆う結界の外周を分解しているようだ。
「動くな。しゃべるな」
「――ガル!?」
「お前の口に突っ込んでいるのはトウガラシ爆弾のとびきりサイズだ……!」
「ガ、ガ、ガァァァァ―――何す旦那ァ……」
「仲間を呼んでみろ、いっぱい食べさせてやるぞ!?」
「ガゥゥルゥ――……裏切るガルか!?」
「以前に、俺が呪文で壊してしまった屋上の結界はどうやったら元に戻せる!? ガルナビ、お前がシールド魔術が得意なら、この結界を再生させる方法も知っているだろ!」
「夢見る丘は女神さまを祝福しているガル! 止めるなんてできないガル……!」
「言ってる意味がわからない! どうすれば、元の学園に戻るか教えろ!」
「旦那は――、女神さまに心を奪われているガル……」
「心臓なんかくれてやるッ!」
「汚れた愛を海に静め、真実の愛を祈ったのはクーラーさまだガル! お嬢さまこそは真の女神だガルよ!」
「ああもういい! 女神さま女神さまうるさい! アイツの能書きはうんざりだ!」
「なら一つだけ聞いてほしいガル――」
ガルナビは屋上のモニュメント結界を見上げる。
「……身寄りのないガルたちを、お嬢さまがこの学園で勉強できるようにビグニティ協会へ話をつけてくれたんだガル!」
「――どういうことだ?」
「悪い権力者たちを相手に、秘密の交渉でいつもガルたちやこの丘のニンゲンを救っているんだガル。その身を削って、外界の汚れとは縁のないよう、いつも守ってくれているんだガルよ!」
「それは……お前たちを騙して自分の手ごまに使うためだ!」
「搾取するソォスィン国の教会幹部をやっつけて、ガルたち奴隷魔族をこの学園に逃がしてくれんだガル! ガルたち弱い魔族のせいで、みんなから魔女って誤解されちゃってるガルよ……」
「――ッ!?」
ガルナビの顔に嘘の色はない。俺はそのしっぽを離す。
「ヴァーサー・クーラーが交渉を? お前らがここで勉強できるように?」
ガルナビは悲しそうにうなずく。
「あいつは罪を被っているのか……?」
「旦那は、女神さまと寄り添い、同じ夢を見るガル……」
ガルナビの羽が少しションぼりとする。
「通い合い、奪い合い、求め合い、時にはお嬢さまの激しい心を受け入れ、優しくなだめるガル」
「――どういうことだ?」
「救世主な旦那のところからなら隠れた女神さまのお心が見えるガルか?」
ガルナビは一度躊躇したが、意を決して口を開く。
「旦那が昔、泣きながら女神さまを祈ってたことを……お嬢さまは見ていたガル」
「……なんッ!?」
「ガルには本当の家族はいないからよくわからないガルけど……」
ガルナビは黒焦げになったゴキちゃんを小さく抱きしめる。
「旦那のパパとママを仲直りさせることもできた。だけどお嬢さまは旦那のため……そうはしなかったガル」
「……ッ!」
「ガル!? 旦那、痛いガル! 離すガル!」
「ずっと昔から見ていたなら、なんで助けてくれなかった!?」
「だ、旦那、落ち着くガル! 苦しいガル!」
「なんでアイツはなぜ見過ごすんだッ!」
「ガル?」
「……あんなに辛かったのにッ! せめて……もっと早く、俺の前に……化けて出てきてくれれば……」
「……ガル」
「違うガル……ちゃんといたガルよ」
「……なにを?」
「お嬢さまはいつも旦那のそばにいたガル。毎日公園のブランコでめそめそするランドセルの旦那の隣でお嬢さまも一緒にめそめそしてたガル」
「……ッ!?」
ガルナビは月の映える夜空を見上げている。星に手を伸ばしたガルナビの横顔は人の表情に錯覚してしまうほど、どこか寂しそうだった。
今夜で終わるかもしれない世界の空には、今も無数の光がまばゆく。
「お嬢さまが選んだ旦那が、騎士ちゃんの知られないところでこっそりガルたちの肩を持ってくれるから、生徒魔族はみんな喜んでいるガル。旦那がこの夢見る丘を好きというならお嬢さまも壊すことはしないはずだガル、たぶん」
「……たぶんかよ」
ガルナビは顔をそむける。
「お嬢さまがどうしてもこの学園を手放すのならそれが定めだガル……。残念だけど旦那ともお別れだガル。――って、何を捨てているガル?」
「ヴァーサー・クーラーやお前たち生徒魔族をやっつけるために作った改良型の封殺札だ」
俺は噴水の中に、生徒魔族の脱走やヴァーサー・クーラーの計画を阻止するために開発した対生徒魔族の武器を沈めた。
「お前が言うように、魔女は女神さまって方に賭けてみたくなった……」
俺はコミンの手紙をポケットの中で握りしめる。
「俺がガルナビたち生徒魔族をコミンのパーティ会場まで送り届けてやる」
ガルナビは嬉しそうな表情を見せる。
「その代わり、パーティから街を守るため力を貸すという交換条件だ! お前のシールドは一級品だからな!」
「でも、もし騎士ちゃんにそれがバレちゃったら旦那は裏切りの刑で処されちゃうガルよ?」
「お前たちが自力で脱走できれば、俺は危険な目にあわずに済むんだがな」
「がるぅ……力を貸してほしいガル~旦那だけが頼りだガル」
「必ずマリアたち騎士が邪魔しにくるはずだ。俺が隠れてお前たち生徒魔族の脱出を援護する」
●
夜も更けて、街から人々の姿がなくなった頃合いをみて、俺はペンキで住宅地の壁やアスファルト、看板に結界式を描いて歩いた。
「パーティの被害を抑えるため、学園結界の領域を拡張して街全体を防護圏内にする、ということですね?」
「真夜中の街をペンキで塗りまくる、七不思議の歴史に深く刻まれる大イタズラだ」
「こんなの見つかったら一発で退学さ……」
夜中の街中をペンキで結界式を描いて回る。ルアと雄太も一緒に結界を描き歩く。俺はガルナビに札を渡す。
「なんの結界ガルか?」
「マリアたち騎士の力を封じる結界だ。学園内で騎士たちを抑えることができる」
「それは奇策ですね。さっそく手伝いましょう」
「ペンキが足りないな……。ルア、雄太、ちょっと待っててくれ。学園の地下にあてがある」
静かな学園に忍び込み、物置となっている地下倉庫でペンキを探す。
「よし、このモップが筆に使えそうだな……。ガルナビ、お前はそこのペンキを運んでくれ」
ガルナビは暗い顔をしている。
「どうした?」
「仮にこの街が救われたとしても、旦那が無事じゃ済まないガル! ニンゲンが魔族とパーティなんかしたら、やられちゃうガルよぉ!」
「――いいんだ。約束したんだ、この学園も街も守るってな。ガルナビが言ったみたいに、人と魔族がこの世界で一緒に笑って暮らせるようにしたい」
「――がるぅ?」
「だから、それを実現できるかもしれないコミンのパーティも、この際だから仕方ない。俺はただ、この街のみんなが、長津田さんが夢を持てる夢見ヶ丘にしてやるだけなんだ」
「そういうことなら旦那のほうが悪い奴だガル! メガネ娘に嘘ついて、街中にイタズラのお絵かきしてるガル!」
「それは痛いところをついてきたな。こんな姿は何があっても長津田さんに見られちゃ――」
突然ガルナビは姿を消し、落としたペンキが赤く床に広がる。
「おい、ば、馬鹿ッ、なにしてるガルナビ! ……なんで隠れ……?」
「(旦那! 後ろ、後ろ!)」
「ッ!? ダ、ダレだ!?」
封殺札を取り出しながら、振り向き構える。
その影は踵を返して逃げ出した。
「マズいガル! 何者かに見つかったガル! チクられたら作戦失敗だガル! 人を呼ばれるガルよ!」
「誰だか知らないが……! ガルナビ、追うぞ!」
俺は影が逃げた後を追いかける。
階段を降りたところで、影を見失った。
「くそ、どこに逃げた!?」
「(……ぺぺぺ! ペクソ!)」
「(だ、旦那! ペッキンコッキンがあそこの掃除ロッカーの中に誰か隠れたのを見たガル!)」
壁をすり抜け先回りしていたガルナビが廊下の突き当たりを指差し、静かに耳打ちした。
「こんな魔族の時間に旧校舎にいるなんて、そうとう腕に自信があるんだな!?」
俺は掃除ロッカーの中にいるであろう何者かに問いかける。
「……出て来いッ! 悪いがこっちもワケありだ! 大人しく捕まってもらうぞ!」
ゆっくりと掃除ロッカーの扉が開く。




