46 世界を滅ぼすフィシス理論
真面目な顔で金城コミンは言った。
「――? パーティ?」
「若旦那、これがパーティの招待状です」
執事が差し出した招待状は俺に無視され続けていると、目の前のテーブルに置かれた。
そしてコミンの人差し指に触れられたペンが光り、意思を持ったようにテーブルの便箋に文字を書き始めた。
『来る満月、滴る闇の訪れのとき、新しい理論を披露しよう。親愛なる各位を招待せり 最高相談役、フィシス・ヴァーサー・クーラー』
役割を終えたペンはその場に倒れる。
「粗品を添えて、教会裏庭、ビグニティ教会、各組織の幹部に極秘で招待状を送っておいてちょうだい」
金城コミンにそう指示され手紙を渡された執事はうなずき、主に粗品は高級ワインでよいかと尋ね承諾をもらうと、部屋から消えて行った。
「……新しい理論って、フィシス理論が完成したのか!?」
執事が退出して気配がなくなり、しばらくすると金城コミンは俺の顔を見てうれしそうにしゃべりだす。
「ね、こっちに掛けて! 新しい世界についてアナタの意見を聞かせて欲しいの!」
上機嫌な魔女は俺に隣への着席を促し、鼻歌を歌いながらカップにお湯を注ぎ始めた。俺は動揺したが平静を装い、座る。
「これはね、アタシが世界の終焉の日に淹れると決めてる紅茶よ! アナタ、お砂糖は10個でいい?」
「――パーティって?」
「雰囲気ないわねー、まったくアナタって」
「そういえば! この前の夢見が丘のパトロールだっけか、すごく楽しかったよな!? この街も捨てたもんじゃないよな!」
「なによ突然――」
「コミン、今日の放課後どうかな? よかったら一緒に、この前行けなかったカフェにでも!」
「……そうね、行きましょう、ふたりきりで」
「――え? あ、ああ……!」
カップを俺に渡したコミンは笑顔でそう答えた。素直なのが怖い。
「……お、おう! 行こう! 夢見が丘を楽しもう! うん、お前の淹れた紅茶のうまさも、ようやくわかってき――」
「こんな呪われた夢見が丘も、今日で見納めだからね」
その言葉に、俺はゆっくりとカップを置いた。
金城コミンはテーブルの上に置かれていた分厚く古びた書籍をゆっくりなでる。
「喜びなさい! ところどころ欠けていたフィシス理論の愛の章が、アナタの協力で点と点が繋がり、ついに美しく羽ばたくわ! 今夜、世界に公開し、すぐに夢見が丘の真理を書き換える! そしたら、アナタの好きなように欲しい愛を望むもよし! つかみ逃した愛を取り戻すもよし! 永遠の青春と真実の愛に溺れるもよし!」
「――それは、いいな……」
俺は相槌をうってみせる。
「人と魔族の壁もなくなる! すべての者が抱きしめあい、人生を謳歌できる世界よ! 人々を苦しめる身分や権力はもれなく無期懲役の刑を受け、死神によって暗い地下へ永久に投獄されるの!」
金城コミンはこれまでで一番キラキラした目で語っている。
「理想の新生夢見が丘誕生のカウントダウンはもう始まってるのよ! アナタも日中にやり残したことを片付けて、旅支度しておきない!」
今すぐマリアたちを呼び戻さないと――!
俺はうなずき、ゆっくりと席を立つ。
「どこへ行くの?」
金城コミンはまったく抑揚のない声で言った。
「アタシの紅茶の味が理解できたなら、おかわりは」
金城コミンはフィシス理論の書物を見ながら、背中で俺に言った。
「やり残したことがあった」
赤いハートのシールで封をした手紙。ラブレターのような手紙。
「――これってまさかッ!」
俺は古い記憶がよみがえり、戦慄した。
「呪文を唱える手順はあの時と全く同じ。説明しなくても大丈夫でしょ」
あの日、屋上の結界を破壊した手紙とまったく同じ。
「学園最後の結界を論破できる呪文を記したわ。生徒魔族たち全員を夢見が丘のパーティ会場に連れてきなさい。質問は?」
俺は手紙を持った震える手を隠す。
「ああ、大丈夫だ、心配ない――」
「そう」
「うまくやるよ」
金城コミンはカップに口を付けながら横目で俺の退出を見届けていた。俺はゆっくりと扉を閉じた。
そして地下通路を駆け抜け、体育館裏に出た。全速力で走り、曲がり角で危ないと叫んだ女子生徒を無視し、生徒会室に駆け込んだ。
マリアもルアもサリスマリスも誰もいない。
俺は手紙を両手で握りしめる。
「あの魔女め! 俺にこれ以上バカなことをさせるなッ!」
俺は金城コミンに許可なしに、その手紙をこじ開けようとするが、シールがはがれない。
「こんなもの――ぐあッ!」
俺は手紙を引きちぎろうとすると、手紙から両手に電撃が走る。痺れる手に無理やり力をこめて引き裂こうとする。
「……こんなものッ! こんなものッ!」
「なにをしてるの」
俺の背後には生徒会室の扉にもたれて立つ金城コミンがいた。
「べ、別に、何でもない!」
金城コミンが俺をじっと見つめる。
「急がなくても、今日の放課後になれば封印は自ら消滅して、中身が取り出せる。それまで楽しみにしておけないかしら?」
「……じゅ、呪文を確認しようとしただけだ。あれだ、直前だと慌ててしまうかもしれないからな」
「あれ? 大丈夫って、言ってたじゃない、アナタ」
「――失敗できないからつい、……すまん」
「そう。えらいわ」
俺は、無表情な金城コミンの横を慎重に通り、生徒会室を退室した。
俺は地下に急いだ。
俺の手短に説明すると、ガルナビやペッキン族たちは困惑して顔を見合わせる。
「狂喜乱舞なパーティー……とんでもないことになったガル――」
「パーティっていうからには魔族が集まるのか!? ここ夢見が丘に!?」
「お嬢さま主催のパーティだガル。お嬢さまの新しい理論を求め、べらぼうに強い魔族たちが押し寄せ、一晩中踊り狂うガル! 最後まで立っていた者がお嬢さまの部下として新世界に転生できるって噂だガル。つまりパーティが終われば、この街は奇妙に呪われた更地になるガル――」
「街をぶち壊すって言うのか!? なんでコミンが街を壊そうとするんだ!? あんなに大切にした夢見ヶ丘を!?」
「お嬢さまを責めちゃいけないガル! 愛情を注いで育てた楽園すら手放すほど、フィシス理論の完成には価値があるガルよ……」
「……そんなこと、やめさせる!」
「実は今夜、校門の結界を論破して脱走して、生徒魔族みんなでパーティに向かう計画だガル」
「……俺もその片棒を担がされようとしている!」
「それなら仕方ないガル……、これも何かの運命だガル」
「――大変だ……マリアたちに知らせなければ!」
「お嬢さまの邪魔をすれば、長津田のメガネ娘が生贄にされるガルよ!?」
「……くっ!」
背後からゆっくりと牢屋の扉が開く音が聞こえる。
「ハロ……、チビたちは勉強しているです?」
「マ、マリアさん……出かけたんじゃ――?」
「ど、道徳の教科書の朗読は終わったガル! ね、旦那!」
ガルナビは俺を信用しているといわんばかりの真剣な視線を向けてくる。俺が黙ったのを確認すると、ガルナビは静に部屋の奥に消えていく。
「――おかしいです。生徒魔族たちが妙に素直です」
俺は体育館裏の倉庫に駆け戻り、騎士たちや生徒がいないことを確認し扉を開け、そのままフィシスオフィスに怒鳴り込む。
「話がある! クーラーはどこだッ!?」
オフィスにはさっきまでそこにあったカップやポット、デスクや本棚などの家具が一切なくなっている。
執事が荷物を抱えてはトランクケースに放り込んでいる姿だけがあった。
「ヴァーサー・クーラーは!」
執事は無視して作業を続ける。
「おい、お前! 無視するな!」
俺は執事のトランクケースを閉じて見せた。
「ここに来て早々にまた引越しの準備か?」
「フィシスの拠点と重要書類を移動している」
「……本当に、ここが戦場になるのか!? 全部ぶち壊す気なのか!?」
「そんなことより、結界破壊の使命を忘れるな」
執事はそれ以上何も言わなかった。いらだつ俺は、部屋を出る。
廊下で暗い表情をしているルアに気が付いた。
「教会裏庭は対応を検討中です」
ある程度、今の現状を知っているようなルアが、俺が口を開く前にそう言った。
「何を悠長なことをいってる! 今日の放課後だ! もう時間がないんだ! あいつを止めるぞ!」
「僕の立場ではどうにも……」
「ッ! ……お前はそうやっていつも見て見ぬふりか!? 教会裏庭が魔女の被害を抑えるとか偉そうな事ほざいてッ、いざとなれば臆病者の集まりだな! ええッ!?」
「教会裏庭はおそらく無干渉を貫きます。夢見が丘でのパーティはフィシス理論に関する重要な情報を集めることができるまたとない機会です」
「天秤にかけたなッ!? 夢見が丘と、お前らの利益を!」
俺が胸ぐらを掴んで怒鳴るも、ルアは真顔で俺を見つめる。
「クーラーさんにより滅ぼされた国はどうなったかご存知です? 死してもいがみ合い、争い続けた魔族と国王たちが、クーラーさんのフィシス理論完成によって文化も言語も失った焼野原で、今は仲良く畑仕事で汗水流し、共に復興を目指しているのです。これは悲劇に見えますか? パーティのあとの夢見が丘は更地かもしれませんが、見方によっては今より意義のある世界であるかもしれません。そう、貴方にとってもです」
俺は諦め、ルアを残し、廊下を駆け出す。
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この学校も、町も、全て、焼け野原になってしまう。
せっかく怪奇現象がなくなってきたというのに。
金城コミンと、それに生徒会のみんなと仲良くなってきたのに。
そもそも結界を壊し、ことの始まりを生んだのは俺だ――。
こんなことになってしまったのは、俺の責任なんだ――。
まったくはめられた、あの魔女め!




