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45 そうね、パーティにしましょ

 昨日の夢見が丘の街でのヴァーサー・クーラーたちとの戦いで、騎士や従魔族、ガルナビたちは疲れ果てていた様子だった。俺もヤリを受けた腰がまだ痛む。

 俺は生徒会室の窓から、クラスメイトたちと楽しそうに掃除する長津田さんを眺めていた。

 室内ではマリアが時折ときおり頭を横に振り眠気と戦いながら日誌にペンを走らせ、ポポは書類によだれを垂らしている。

 クゥだけは口を半開きにして、時計の針を見上げている。


「さん、にぃ、いちぃ……!」


 クゥのカウントダウン通りに、放課後を知らせるチャイムが鳴る。


「しゅごい、しゅごい! ハロ―!?」


 クゥが飛び跳ねながら俺の腕を掴み、喜んでいる。


「クゥ、何かいいことあったのか?」

「ゆぅ、いじゅ、救世主ぅ!」

「え? マジ!? すごいなの……新記録なの……!」

「まさか、驚いたです」


 俺は訳が分からず、マリアに首をかしげて見せる。


「生徒魔族たちがイタズラも問題もおこさずに1日を過ごしたのは初めてです」

「そうなの! 夢見が丘も魔族のイタズラなし! まさか、ソッチは本当に救世主なの!?」

「ハロくん、えらぃ、えらぃ!」


 合点がいった俺はこいつらにも何か賞賛しょうさんの言葉をくれてやろうと思い、パイプイスにどかっと体を預けようとしたが、パイプイスは俺を受け入れてくれなかった。


「いいえ、会長さんの笑顔が街の邪気を殲滅したと推測すいそくするです」


 俺は背中の痛みをこらえて床から天井を見上げると、マリアがパイプイスを引き抜いたようで、さらに俺の功績を却下した。


「金城コミン生徒会長さんが平和をもたらす女神です」

「やっぱりウチらの会長さんは女神なの!」

「予言の女神ぃ!」


 その金城コミンが、やっほーと生徒会室の扉から飛び出してきた。

 すぐに金城コミンはおびえるマリア、ポポ、クゥに小さい紙を1枚づつ渡した。


「え、会長さん!? これ夢見が丘公園のカフェ屋さんの、クレープ無料チケットなの!」

「しゅごい! でも先着10名限定ぃ!?」


 金城コミンは、そうよ楽しんで来て、と答える。マリアたちは顔を見合わせて、帰り支度を始めた。


 なんだ、金城コミンも意外にマリアたちに気を使ってるんだな――。


 スクールバッグを手に取ったマリア、ポポ、クゥはチケットを片手に生徒会室を飛び出して放課後を満喫しに出かけていった。

 俺は痛む腰をおさえながらそれを見送った。金城コミンも同じように扉が閉まるのを見届ける。

 俺は部屋で2人きりになったことに気が付き、スクールバッグに手を伸ばす。


「昨日」

「……え?」

「街のため人のためと、アタシにたてついたけど、いつまでもそうやって自分が犠牲になるつもり? 一歩間違えばソウルに堕して、愛を成し遂げることができなくなるのに」

「俺の心臓を握っているお前の言えたことかよ――痛ッ! って何する!?」


 金城コミンは俺を突き飛ばし、イスに座らせてきた。俺は驚きで口を開いたまま、そいつを見上げる。

 不気味なほど、それはかわいい笑顔だった。


「アナタのそういうところ、嫌い――」

「お前こそ、マリアたちを追い払って、学園を襲う計画か?」

「どうしてもアタシの好意を逆手にとって疑うのね――」


 俺はすばやく立ち上がり、コミンの横を抜けて扉に向かう。


「どこにいくつもり?」

「気にするな、ただの帰宅部だ」


 しかし、壁から手下の執事が現れ、扉の前に立ちふさがる。執事は何も言わずにぶすっとしている。


「初恋と失恋の人生、あざなえる縄のごとし」


 俺はまた始まったと諦めて、スクールバッグを机に放り投げて、席に座った。


「使わない恋はごみ同然! 愛のない人生もごみ同然! ところでアナタ、お砂糖はいくつ?」


 金城コミンは紅茶をれ始めた。長くなりそうだ。耳栓が必要か。


「誰かのため犠牲になろうとする心は美しいわ」


 手際よくポットとカップを準備しながら言った。


「なぜなら誰しも自分が一番かわいいから。アナタも集合写真は最初に自分を探すでしょ?」


 コミンの話を聞き流しながら背後を見ると、相変わらず扉をふさぐ執事が口角を上げて俺を見降ろしていた。

 紅茶が出来上がったようで、金城コミンは俺の前にそれを差し出した。

 コミンが顎を動かすと、執事は壁の中に消えていった。


「愛に対しての憶測、想像、幻想、経験則に安住あんじゅうしていると、心の成長は停滞して真の幸せに手が届かない。軽やかでしなやかな心の行動力が、アナタに欠けていると指摘しておくわ」


 金城コミンは俺の目の前のテーブルに腰掛け、肉付きのよい太ももを組んだ。俺は生唾を飲み込み、そっぽをむいた。

 コミンは俺に対して警戒する気配もない。俺に足元をすくわれることはないと踏んでいるのか。だとしたら舐められてるんだ。


「こんな近くで勘ぐりあってちゃ、お互い理解できないじゃない、ね?」

「問題は距離なのか?」

「だっていくら時が流れても、アナタのこと、1ミリも理解できないもの」


 コミンは身を乗り出し、そっぽむく俺の顎を片手で掴み、自分の顔へ向ける。その顔は5センチも離れていない。


「アタシの下僕もそうだけど、なにより愛の真理を研究するための大事な素材なんだから。その自覚を持って。よい?」


 なぜかその声も表情も所作さえも、まるでさとうきびのような純真じゅんしん無垢むくな優しさを感じた。俺は掴まれた顎を縦に動かす。


「玉砕は戦線放棄! 堕して楽になろうなんて勇敢でも何でもないわ! だとしても、あの世からこの学園に連れ戻すから!」

「わ、わかった。も、もう無茶はしない。約束する」


 半分呆れ、半分ほっとしたような表情を浮かべた金城コミンは俺の顎を解放した。


「反省したなら冷蔵庫のマリアちゃんのプリン、食べていいわ」


 ●


 今日は終日、ガルナビもペッキンコッキンたちも生徒を脅かすこともなく、食堂を荒らすこともなかった。

 夢見が丘の街でも七不思議は起こらずで、それはそれで不思議だった。

 金城コミンも穏やかで、これから暴れまわる予定があるとすれば、それはだいぶ先のことだろう。

 気分よい表情のルアは屋上の柵にもたれかかり、穏やかな夢見が丘の街を見渡している。春の風がルアの少し長い髪を揺らしている。


「この街の矛盾や狂気が彼女に浄化されたのです。そしておそらく、彼女自身も――」


挿絵(By みてみん)


「クーラーさんにどんな額縁がくぶちを選ぶかで、女神にも魔女にもなります。次はどうなるかは誰にもわかりません。すべては貴方次第です。よって彼女に悪のレッテルを張るのは早計なのです」

「驚いたな、こんな近くに熱心なフィシス兇徒がいたとは」


 俺はスキップしながら校門を走って出て行く女子生徒の姿を眺める。


「善悪の判定は人、魔族、騎士の世界でも異なります。言語、文化、国、時代、世情によってもさまざまです。何が正しくて本物なのかの議論は詭弁きべん家の仕事でしょう」

「言っておくが、この世界には法律というルールがある。善悪はその物差しで測ればだいたいどちらかで片付くが、とにかく魔女は悪だ」

「法律で裁けない悪行も存在します。残念ですがそれが世の常です。クーラーさんもそれに含めたとしましょう。ところが、善悪すらも越えて常に正しい唯一の真理は愛であると、彼女がフィシス理論で証明しようとしています。貴方を利用してね」

「お前の話は難しい、というか面倒くさい」

「つまり、決して彼女の魅力に取りつかれぬよう、心を許さぬよう努めてください。いざというときに彼女を止めるのが貴方の使命です」

「知らず知らずのうちにアイツに騙されて世界滅亡に加担していたら、サリスマリス、その時は斬りつけてくれていいからな」


 背後のサリスマリスがびっくりしたように、キョロキョロしている。


 ●


 突然の呼び出しを受けた。

 フィシスのオフィスの入り口は毎回変わる。下駄箱に入っていたメモ書きで、今日は体育館裏の小さな倉庫を指定された。


 周囲に生徒がいないことを確認し、倉庫のさびた扉をこじ開けると、吸い込まれるように倉庫の中へ引きづりこまれる。

 落とされたのは地下通路で、赤いランプが目印のフィシスの拠点がそこにある。オフィス入り口ではあの執事が待ち構えていて、俺の姿を確認すると扉を開けた。


 オフィスの中では重苦しい時間が流れていく。俺と執事の魔族は沈黙を続けながら、頬杖つく金城コミンを見ている。

 差し出された紅茶の3杯目の底が見えても無言が続き、俺はしびれを切らしてしまった。


「おい、コミン、要件はなんだ? 早くしないと、騎士の誰かがここを探し出すかもしれない」


 金城コミンは俺を無視し、紅茶のカップを揺らし物思いにふけいり、どれだけの時間を沈黙していただろう、ようやく口を開いた。


「そうね、パーティにしましょ。今夜」

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