43 ハンティング・イン・ハー・ハート
「いや、要するに、冗談です……」
俺は手で首の向きを確かめる。
「まさかそこまで愚かな杞憂を背負ってアタシに仕えていたとはさすがに思いもしなかったわ……! その日を100%の努力と活力で生きようとしないなんて、どれだけ罪の重い奴隷なの! 天使はこれを許せるかしら!?」
「……言い方を間違えた……つまり要するに……」
「その謎の体裁が何の役に立つのかアタシに教えて頂戴!」
あきれきった表情に怒りが加わる。
「――……不愉快」
コミンが俺の前に立ちはだかり、俺の首をつかもうと手を伸ばすが、俺は背後にジャンプしてかわす。
「ちょ、ストップ! 気に障ったなら謝るから!」
俺はそのまま地面に土下座してみせる。
「ごめんって!」
「それよ! それッ! ほんっと、不愉快だわッ!」
今のコミンは正気じゃない時の顔をしている。
口をしっかりとへの字に結んだ金城はスカートの中からあのヤリをのぞかせる。
「おい待て! こんなところで魔法を見られたら……! もしマリアたちに見られたら秘密を隠し通せないだろ!?」
こっちを見ていたガルナビはベンチの下に頭をうずめ、サリスマリスはあたふたしている。
「大人気の生徒会長が暴力していいのか! な、な!? コミン、頼む! 俺が悪かった! この通りだ! だからここではやめてくれないか!?」
地面から赤い液体が吸いあがってくる。
「――マジかよ!」
金城コミンは槍を片手に、ぶつぶつ何かを唱えている。
「おいコミン! 駄目だ! やめてくれ! おちつけ!」
コミンが苛立ちを募らせていると、地面が揺れだした。
「ちょっと待って!」
『倫理を肉体とで神々と触れ合い……』
『可能性を秘めた未完成な可能態の真理……』
『私は愛すゆえ私は存在す……コギトエルゴスム――』
公園の木々が枯れ始め、不気味な紫に変色した枝が空を覆う伸び始める。
花壇の草花はキバの生えた食虫植物のような風貌に変わり果て、草の上を歩いていた鳩は凶悪そうな鳥獣に変化した。
呪文を唱えた金城コミンはいなくなっていた。
「……ここは? ここはどこだ!? なんだ――ここは!? コミンは?」
「ハ、ハ、ハ、ハロの旦那っ! そこらじゅう魔族だらけガルよ!」
サリスマリスは戦闘態勢をとる。
地面がうねりあがり、それが次第に巨大な魔族の形状を作る。
小山ほどの大きさの魔族が完成して、目が開き、手には物騒な斧が見える。
背後からも、茂みからも、同じように巨大な魔族が生まれて、俺を取り囲む。
俺はそいつら見上げてホウキの封殺剣を構える。
「お前ら、何か用か? ヴァーサー・クーラーの手下か!?」
その巨大な魔族はもっさりとした動きで斧を振り上げる。
しかしなんてことない、目で追うことができる速さだ。
「のろまだな!」
サリスマリスのツメの一閃が斧を振り上げた魔族の懐に一撃を加える。その魔族はそのまま後ろにのけぞり、倒れた。
俺はホウキの封殺剣で後ろからのろのろと忍び寄ってきた魔族を撃退した。
ガルナビは俺の髪を握り、まだおびえている。
「全部やっつけた! 帰るぞ! コミンが心配だ!」
サリスマリスは戦闘態勢のままで、ツメをしまわない。
「――もう十分だ、人に見られるぞ」
「……ぐしししし!」
「――は?」
振り返ると倒したはずの巨大な魔族から笑い声が聞こえる。
「しぶとい奴だ……――ッ!?」
そして巨大な図体が半分に割けた。
それを見たサリスマリスはひるんだように一歩下がった。
ガルナビはぶるぶる震えながら俺の頭に埋もれる。
俺はホウキの封殺剣を握り、不気味な魔族に構える。
「こんなところで道草を食ってられない!」
すると突然、魔族の体の中から不気味な笑いをもらす赤く発光する化け物が飛び出してきた。
闇の中を泳ぐようにふらふらと漂い、俺に気持ち悪い目を向けてぱちくりした。
「ああ、ヴァーサー・クーラー様! こんなに心が剥き身にされるのは何千年ぶりでございましょうか!」
気色悪い声でそう叫んでいる。
「なんなんだこいつッ!? な、中身が出てきたッ!?」
「外の器を倒せば、中身が出てくるのは当たり前だガル! 旦那、今すぐ逃げるガル!」
「こいつらは、さっきのソウル……!? でも、様子が変だ……!」
ソウルを頭に帽子のようにかぶり、気味の悪い赤い口がけらけらと笑っている。
「クク、クレイジー・ソウルだガルッ!」
「クレイジー、……ソウル!?」
「辛い――、悲しい――、そして切ない――! 夢のような青春の日々が遠のくほどに感慨ふけってしまうのだ!」
そのクレイジー・ソウルという化け物は目をぐるぐる回して狂ったようにしゃべりだす。
「憎しみが好き! 呪いが好き! 我らに、器を与えてくださった――、ヴァーサー・クーラー様に乾杯!」
その絶叫を聞いて、闇から次々とクレイジー・ソウルが現われ始めた。
「哲学王にいだだいた一夜限りのこの器で兄弟だちと踊りだいのだ! これはクーラー様が兄弟にくだざった、愛を語るための希望なのだ!」
クレイジー・ソウルから真っ黒なオーラが衝撃波として俺たちを包み込む。
「ものすごい邪気と無知だガル!」
「よ、よくわからないが……とても話が通じそうな奴らじゃなさそうだな!」
「お嬢さまが論破して切り捨てた矛盾理論が、無知を撒き散らす狂った精霊として復活して、ソウルに憑依したんだガル!」
「なんだかよくわからないが!」
ギラリとしたクレイジー・ソウルは俺を睨む。
「今宵は乱舞も許されるのだ、兄弟たち! 無礼にも魂が満たされるまで自由を楽しもうではないか! 救世主ハロも一緒に、夢見が丘で踊ってくれるだよ! すべてが壊れるまで!」
クレイジー・ソウルの咆哮で周辺の草木が飛び散り、枯れ果てた。
「――いかれてやがる! 街を襲う奴は許さない!」
「旦那、あの精霊を見たら逃げるしかないガル!」
「そうもいかない! 好き勝手を放っておけない!」
クレイジー・ソウルから俺に向かって黒い閃光が放たれた。
「危ないガル!」
ガルナビが俺の正面にシールドを展開する。
しかし、シールドを突き破り、俺の身代わりに飛び出したサリスマリスに突き刺さる。
「サリスマリス!? どうして!? なんで一撃で!?」
「あのヤリはお嬢さまの心の矛盾を突く必殺技、”ハンティング・イン・ハー・ハート”だガル!」
「確かに、ヴァーサー・クーラーのヤリに似ている!」
「心に矛盾がある者は簡単に論破されて、悩んで落ち込むガル!」
ヤリが刺さったサリスマリスはうつむき、地面をひっかいている。どうやらものすごく悲しそうだ。
「クレイジー・ソウルのヤリは偽物でお嬢さまより貧弱だけど、刺さればあのむっつり野郎みたいに落ち込んでしまうガル!」
「マジかよ……、奴らに囲まれてるんだ、どうすれば――!」
「ハロ、夢見が丘の街で何事ですか?」
制服姿のマリア、ポポ、クゥが騒ぎを聞きつけ、駆け寄ってきた。
「マリアさんたち! ちょっと手を貸してくれないか!?」
「困ったときは、いつでも先輩が助けてあげるです」
すぐさまマリアたちは宙を手で仰いで、戦闘服に変身した。




