42 怒りの金城コミン
「……セラセラ――」
目の前には、ガルナビほどの大きさのガイコツのような魔族が浮遊していた。
「なんだ、こいつは?」
「アレだガル! 街に住みつく言霊、ソウルだガル!」
「……セラセラ――」
「それにしてもなんか……弱そうだな」
ソウルというお化けは、空中をふらふらとたんぽぽの綿のように漂っている。
「ソウルはザコだガル」
「まためんどくさいな……さっさとやっつけてここからの出口を聞き出せよ!」
「――(ぶんぶん)」
サリスマリスはいつものようにツメをとがらせ戦闘態勢にならない。
「どうした、サリスマリス、やっつけろっての!」
「――(ぶんぶん)」
「うるさいサリスの野郎! ――わかっているガル!」
「サリスマリスはなんて言っているんだ!?」
「気付かないうちに、大勢のソウルに……、囲まれちゃってるガル!」
「だったら無視して出口を探し――うぐッ!」
突然、俺の尻に衝撃が走る。
「痛ッ!」
尻を確認すると封殺札が張り付いていた。
「――俺の封殺札!?」
しかし、作りがひどく雑で、呪文もミミズのよう。俺が作ったものではない。
「ソウルはニンゲンの自由を妬んで、物陰からいつもじっと観察しているガル」
さらに、別のソウルが現れ、俺に向かってトウガラシ爆弾のようなものを投げつけてきたが、届かず地面に転がり小さく爆発した。
「もしかして、俺たちの攻撃を真似しているのか!?」
「――(こくり)」
さらに空中から、さまざまな目の色をしたソウルが次々とわいて現れた。
「旦那気をつけるガル! 群れるとこんなに面倒な奴はいないガル!」
俺がトウガラシ爆弾を取り出そうとジャケットの裏に手を入れると、爆弾がなかった。その代わり、見覚えのある生徒魔族の顔が出てきた。
「うわッ、コイツ! いつの間にジャケットに潜んで!?」
「ペペッ! ペクソ!」
ペッキンコッキンが元気よく飛び出した。
「ペペペッ!」
「旦那、喜ぶガル! トイレの精霊、番長ペッキンコッキンが旦那のためにひと肌脱いでくれるって言ってるガル!」
「……な、なんで俺のポケットにトイレの精霊がいるんだよ!?」
「ペッキンコッキンはいつも旦那のような汚い方の味方だって言ってるガル!」
「そうじゃない! ペッキンコッキンを連れてきた覚えはない!」
「学園のトイレでいつものように小便器をはみ出した旦那に怒ってくっついてきたガルよ?」
「なッ!? は、はみ出してなんかないッ! ……ったく、まあいい! お前も手を貸してくれるんだな!?」
「ペペッ! ペッコーン!」
ペッキンコッキンは嬉しそうに骨の斧を取り出し、ガシャガシャと鳴らす。
サリスマリスも巨大化して戦闘態勢になった。
俺の目の前に進み出てきた1匹のソウルが目をぱちくりさせる。
「ふん、何が目的かしらないが、ちょっかい出してきたのはお前らの方だからな!」
俺はホウキの封殺剣を構える。
すると、そのソウルは煙に包まれ、等身大の俺の形に変化して登場した。
「――まさか……冗談だろ!?」
鏡に映った自分のようだ。
その俺は目だけがソウルのようにぎらついている。その手には同じくホウキの封殺剣が握られている。
「ソウルめ、遊んでいるガルよ!」
別のソウルも俺の姿に変身し、封殺札をもって棒立ちしている。
「やるってか! ……って、え?」
別のソウルが進み出て、長津田さんの姿に変化した。
「――な、長津田さん!?」
長津田さんの偽物は俺に微笑みかける。
「……俺には――できない……!」
「だ、大丈夫だガル! 幻だガルよ!」
続いて出てきたソウルが雄太の姿に変化する。雄太はバケツの盾を抱えている。
「雄太!? ――ああ、もういい! やっつけろ!」
「ガルがやるガル!」
ガルナビは嬉しそうにうなると、小さなこぶしをぺきぺきと鳴らす。
ソウルたちが一斉に俺に向かって突進し、体当たりを仕掛けてきた。
俺は1匹1匹をホウキで打ち返す。
ガルナビが長津田さんにかみつくと、長津田さんの偽物はソウルに変化して逃げ出した。
サリスマリスの一閃で目の前の俺と雄太の偽物が吹き飛び、破裂音とともにソウルの姿に戻った。
しばらく劣勢が続いたソウルたちは敵わないと悟ると、顔を見合わせて目をぱちくりさせ逃げかえっていった。
「セラセラッ!」
「ケセラセラッ!」
ソウルが全ていなくなると、元の世界に戻ることが出来た。
薄暗い公園の風景が広がる。
「奴ら、街に消えていったぞ――」
「もう大丈夫だガル」
「――(こくり)」
現実世界はもうすっかり夜だった。公園の街灯が小さな虫を集めていた。
「なんだったんだ、さっきのソウルっていうのは?」
「魔族は戦いに敗れると器を失い、魂だけが残されるガル。それがさっきのソウルだガル」
俺は足元に落ちているソウルが作った不細工な封殺札をひろう。
「器がなくて戦えず、毎日暇だから魂に残ったちっぽけな魔力で、ああやって人間を脅かしてるんだガル。可哀想な精霊だガル」
「あいつらが、夢見が丘の七不思議の正体かのひとつか――」
「お嬢さまに復活の望みを抱いて、いつかまた自由を手に入れるその日まで、この街に住みつく元魔族や元騎士たちだガル」
「ソウルたちはヴァーサー・クーラーに救われたいため、夢見が丘に居座っていると……」
しばらくうつむき歩いていると聞いたことのある声が聞こえる。
「好き! ……嫌い。好き! ……嫌い。好き! ……」
声の主の姿を探していたが、ようやくそれが公園の時計塔のてっぺんで腰を落ち着かせて、花びらをちくちくいじっている姿を発見する。
またなんであんなところにいるんだよ。
宙に投げた足を揺らしながら、花弁を一枚ずつむしっては風に乗せている。
「――嫌い……」
最後の1枚をつまんでむしったところで、足のリズムがぴたりと止まり、大きく肩を落とす。
俺は、ビルの3階ほどの高さからふわりとジャンプしたコミンのスカートのきわどいだろう状態から目をそむける。
「愛の芽を探したけど、命をなげうる程の熱い永遠の物語はさっぱりね――」
街灯の光でコミンの顔が影になっている。
「街を歩けばみんな一人……、何を楽しみに毎朝布団からでるわけ?」
コミンはあごに手を当てて考えている。
「思いを寄せる子が、偶然に電車で隣に座っていても、偶然に廊下ですれ違っても、偶然にクラスで視線が合っても、まるで他人! なぜ声をかけないの!? 気まぐれな天使が落とした奇跡の出会いをどうしてそんなに簡単に踏みにじれるの!? ……ねぇ!」
その悩みの矛先は突然に俺へと向けられ、ものすごい力でコミンの手が俺のネクタイを締め上げる。
「ぐッ――、そ、そうだな、恥ずかしいんだ……きっと」
「……なんですって?」
ひどい目にあわされる前に俺は答えた。
「お前の常識では考えられないだろうが、人間ってのはそういうもんなんだ……」
「面白いわ、続けて」
コミンはネクタイを許して、俺の発言を許可する。
「動物じゃないんだから、そんな心をオープンにできないんだ。お前は誰に抱きつこうが文句いわれないだろうが……」
腕組みのコミンはうなずきながら柄にもなく黙って人の話に耳をかす。
「好きだからっていきなり愛してるとか告白すれば相手に引かれることもあるだろうし、守りたいからって勝手に抱きしめれば……そりゃ悲鳴だって聞かされる。次の日クラスでなんて顔して会えばいい? とても気まずい関係が続くんだよ――たぶん」
金城コミンは腕組みして俺を見つめている。
「人気者のお前は生徒会の女子たちを好きにできるかもしれないが……例えば俺が同じ事をやった途端、……要するに、節度というものがあって――」
金城コミンの音もない回し蹴りが側頭部を捉えていた。
周りの景色が360度パノラマのように視界に記憶され、背後のサリスマリスの驚いた表情も見えたから、この首は一周したのかもしれない。




