40 アタシに恥をかかせるつもり!?
俺はそいつの様子を後ろから見守る。
「アタシが目を離した隙に、丘の恋の萌芽は春の気配を完全に見過ごしてるわ、ホントいけないわね……。これじゃ愛を育む余裕もないじゃない……。だからこんなに汚らわしい精霊が乙女の心にまで垂れ込んでくるんだわ……」
顔を見なくても声でわかる。それまで上機嫌だった金城コミンはかなり機嫌を崩している。
何が起こっているのか金城コミンの視線の先を調べると、別の学校の女子生徒がひとりでベンチに座り、ハンカチに顔をうずめている。
近所の恋落ヶ丘学園の制服を着た女子生徒だった。
黒いブレザーと黒いスカート、ワンポイントで白いワイシャツが見える恋落ヶ丘学園の女子制服はシックでオシャレであると評判だ。
その女子生徒の顔は確認できないが、マリアくらいの小柄な女の子だ。どんな理由で泣いているのか想像つかないが、昼間の公園で泣いているのだから深刻な悩みを抱えているのだろう。
金城コミンが動き出さないから、仕方なくその間ずっとその女子生徒を観察していた。
その女子生徒の前を通りゆく男子生徒も女子生徒も、誰ひとりとして彼女に声をかけることをしなければ、関心すら示すこともなかった。
「あの、コミン……」
金城コミンの横顔は口をへの字に曲げていた。
これは下僕である俺がどうにかするのを待っているのだろうか。
仮に、俺はベンチに座るその子になんて言葉をかけていいのか、思考を巡らせていた。
俺は勇気を出した。
原因不明で魔女が爆発する前に、俺はその子の所に駆け寄ろうとした。
俺の頭の上で船をこいでいるガルナビの頭をつかんで走る。
「ギャル!? な、なにする旦那!」
「しばらく黙れ」
アイディアとしては、まずは「これ、かわいいぬいぐるみだろ? おしゃべりもできるんだぞ!」という切り口から自然に話しかけようと思う。
俺が走りだすと、ちょうどその女子生徒もベンチを立ち上がり、どこかへ走って行った。
俺はそれを見送り、情けなく金城コミンの元へ戻る。
金城コミンは無言だ。俺は重苦しい空気から話題を変えようと、プランを書き並べたメモを見る。
「――あの、いい喫茶店があるんだけど、これから一緒にどうかな……って」
金城コミンは答えない。
「学園の女子生徒の中で話題の店なんだ! たくさんのフクロウやインコといっしょにお茶が飲めるんだ! お前も気に入ると思うから! もちろん、俺が会計を持つから……な?」
金城コミンは、俺が取り出した財布を叩き落とす。
しかし、俺の財布は金城コミンのすらっと長い脚に高く蹴り飛ばされ、高く宙を描き、そのまま広い湖の中に沈んでいった。
「――……まいったな」
「下僕におごってもらう主人がどこにいるの!? またアタシに恥をかかせるつもり!?」
そいつの顔をうかがうと、微量の笑顔も消えうせ、一気に怒りの形相が浮かび上がっている。
「それに、その誘いはさっきの泣いている子にすべきだったんじゃないの? ねぇ!?」
「あ、ああ! すまない! 悪かった! 忘れてくれ!」
怒った金城コミンは肩をこわばらせて走り去ってしまった。
「――まずいな」
あの泣いていた女の子に声をかけられなかった俺がそんなに怒られる必要があるだろうか。
とにかく、あいつの不機嫌も笑顔も不幸の前兆でなかった試しがない。
何も進展のない光景に、退屈のあまり芝生の上で寝てしまったガルナビとサリスマリスがいる。
俺は金城コミンを追いかけようと、寝ている2匹を起こそうとした時だ。
「ちょっといいか? そ、そこの、野郎……」
すると、突然、ある生徒が俺の前に足を突き出してきた。俺は危うく転倒しかけた。
俺は態勢を取り戻して、足の主をにらんだ。
「――な?」
俺は金城コミンと一緒にいる俺を良く思わない他校の生徒、もしくはさっきのカフェでパンツを披露した男子生徒グループかと予想していた。
しかし、予想は外れた。
「――あ、ああ」
俺は何も答えずにそいつをにらみ続けたが、すごくむなしい気分になり、黙って歩き出す。
「ちょっと訊いてるんだゼ、おい!」
「――なんだ?」
「お前、夢見ヶ丘学園の生徒会だな?」
そのように乱暴な口調でしゃべる生徒は少し小柄で、あごを突き出し視線だけはなんとか俺を見下そうとがんばっている。
「ふふ……」
一方、そいつの隣で上品にすましているもう一人の生徒の方はにっこりとした笑顔を振りまいている。
なんで俺は見ず知らずの生徒に絡まれなきゃいけないのか、記憶をたどってみるが心当たりはない。
「カツアゲかな? それならタイミングが悪かった。今財布はその池の底だ。嘘だと思ったら潜って確かめて来てほしい」
2人の生徒が黙っているので、俺から立ち去ろうとすると、その乱暴な生徒が手を突き出した。
「動くなだゼ! そのままにしてろっ! 騒ぐとどこかに身を隠しているヴァーサー・クーラーの手下連中にかぎつけられるんだゼ……」
その言葉でわかった。
とりあえず、カツアゲではなく、もっと面倒なことになりそうだと。
「フィシス兇徒との面倒事は嫌だろ? 金城コミンの生徒会長はどこだ!」
ガルナビは茂みの中で仰向けになって鼻ちょうちんを抱えていて、サリスマリスはどこから買ってきたのか緑茶の缶を抱えて、野原で眠りに落ちている。肝心な時に……!
「お前ら、ひとつだけ、言っておくが――」
「ぁん?」
「生徒会長に関わらない方が身のためだ、必ず呪われるんだからな」
「――なんだって? どういうことだよ!」
「有名な話だ!」
何故、俺がハロということを――!?
「は、ハロ? 魔女? 知らないね……」
俺は手遅れかと思ったがなるべくごまかした。
「し、知らないわけないだろ……! さっきの反応を見逃さなかったゼ! は、早く言えってんだ! ――ってなになに?」
もう一人の笑顔で大人しい生徒が、取り乱し始めた生徒に耳打ちする。
「ごにょごにょ……」
「……しらばっくれてると脳天かち割り、手足を縛って、そこに沈んでいる財布にこんにちはさせるぞだゼ! ――ってどういう意味?」
「何を言っているかさっぱりだな! 悪いようにされたくなけれ―― ぐえッ!」
乱暴な生徒が隠し持っていたバットが俺のわき腹を打つ。
「――っ……なッ、なにしやがる!? げほッ!」
「わっ、ご、ごめ……、じゃなくてッ、口答えするヤロが悪いんだゼ! そ、そこで寝てな、アホ!」
その生徒は俺を見下ろし睨む。そして柔和な生徒が言う。
「ソォスィン国のお父様もこんな立派な勇姿をご覧になれば、空の上でさぞお喜びになってますね」
「――、パ、パパぁ……ぅぅ……」
「すべては祖国の復興のため、あのハロさんを利用して夢見が丘学園に忍び込み、生徒会長を連れ出し人質にしてヴァーサー卿をおびき出しましょう」
ソォスィン国!? ガルナビたちと同じ魔女に滅ぼされた国!?
そういった大人しい方の生徒は俺を見て柔らかな笑顔を作る。
俺はホウキの封殺剣を取り出す。
「なんで殴った! 最初からそう言えばこっちだって丁寧にお断りしてた! 調子にのりやがって!」
「やっぱりハロだ! しらばっくれやがって! 黙ってハロのソーサリィを渡すんだゼ! さもなくば!」
その生徒はバットを構えた。
こういう口の悪い生徒が着ると、黒色が大部分を占める恋落ヶ丘学園の女子制服も、悪党が着る衣装にしか見えない。
「あのな――お前ら……」
俺はホウキを降ろす。そしてその乱暴な生徒を見つめる。
「お前がさっきベンチで泣いていたから俺は容赦してるんだ! 国が滅ぼされた八つ当たりか知らんが、俺に関わるな! ハロのソーサリィもダメだ!」
「……ぅえ!? おま、ちょ、泣いてるの見られてッ!」
「だから武器をしまえ。ここじゃ女子高生演じないとマズいだろ?」
「――ぐぬぬぬ……。――ってなになに?」
「ごにょごにょ……」
笑顔を崩さぬ女子生徒が、すかさず小さい女子生徒に再び耳打ちする。
「――ってどういう意味?」
小さい女子生徒は少し考える。




