39 デートの練習!はい、あーん
金城コミンは細長いデザートスプーンを片手に不平をつぶやいた。
「奴隷じゃない! それにデートなんて興味ないし、今はパトロールって――いう――こと……で……デート――!?」
「ね! これ全部アタシに食べさせるつもり?」
そして金城コミンはイチゴを乗せたスプーンを差し出してくる。
「デートの練習ってことで!はい、あーん」
俺は目の前のかわいらしい笑顔で口にクリームをつけている女子高生の言葉を思い出して顔が熱くなる。
目の前に突き出されたイチゴを見て、俺は己に問いかけた。
「”こうやって女の子とデート”、”デート練習”!? ちょっと待て、俺は一体今何をされているんだ……」
ガラス張りのため太陽光が直撃してるせいか、ひどい温度設定の暖房のせいか、それ以外の理由かわからないが、俺は突然に熱くなった。
「手が疲れるんだけど、早くして! この子たちにくれちゃうわよ!?」
「いい! 俺はジュースだけで……!」
俺はいちごミルクのストローに口を付ける。
「はーぁ? イチゴミルクは飲めるけど、イチゴは食べないって?」
「じゃなくて、デ、デートじゃないし! それに、そのスプーンお前が口付けてるし! ――誰かに誤解されると思わないか!? 恋愛強者の生徒会長さんならわかるだろ!? いや、わからないなら今ここでわかってくれ!」
「誤解ってなに? 奴隷の身分でアタシに説教する気!?」
「もしこんなところ、生徒会長を狂愛する生徒たちの目に触れたら、どんな仕打ちを受けるか想像できない! それが気の毒な奴隷の気持ちだ!」
俺はいちごミルクを思いっきり吸い上げ空にして、席を立つ。
「パトロールで来たわけで、道草食ってないでもう行かないか――?」
金城コミンが上目遣いでじっと俺の顔を見つめる。
「な、なんだよ……」
「そのいちごミルクも、アタシが口付けてたんだけど」
「……ッ!」
俺はなんとしてもそいつになぜ顔が赤いのかと問われることは避けたかった。
「わ、悪かったなッ! 新しいの、もらってくる!」
俺は席を立つが、違和感に気が付いた。
度胸のない奴らだ。話し合ったあげく5人全員がスマホを片手に金城コミンの元にやってきた。
「追加のご注文はありますかー?」
ふざけている様子で周りの奴らはくすくす笑っている。
俺は注文カウンターではなく、そいつらに言い放つ。
「注文だ、あっちいけ。今大事な話をしてるんだ」
「その子ずっと上の空で、お前の話なんて聞いちゃない。あっちのブランコで遊んでろ」
金城コミンを横目にすると、スプーンをくわえて不機嫌が顔にくっついている。
この魔女を怒らせると、俺も、この男子生徒たちも理不尽に痛い思いをするだろう。
不思議な力でネクタイを締めあげられて、そのままそこの湖に放り込まれる、そんな予想ができた。
「お前ら、そんなに連絡先が欲しいなら俺のをやるよ。だから外に出ような、ジュースをおごってやる」
「え? ああ、聞かれてたか!? でも男のはいらないよ」
俺は男子生徒が金城コミンに一歩近づこうとしたので、それを阻んだ。
「ちょっと、待てって!」
男子生徒が俺の顔をのぞきこむ。
「その子の前で強がりたいのはわかるが、もう邪魔すんな」
「いいから、もうよせ! あのスカートなんて飾りなんだよ!」
「は? お前、さっきから変な奴だな――」
「ずいぶん仲がいいこと」
突然金城コミンがそうつぶやくと、突然男子生徒のズボンがずり落ちた。傍らの男子生徒たちが驚きの表情を見せ、俺は黙って頭を抱える。
「お、おい! パンツ丸出しだぞ!」
「――は? 誰が? って、うわッ! ベ、ベルトが斬れてる!?」
その男子生徒は自分の制服のズボンを持ち上げる。
「キャー変態! どこの男子よ!」
「バカじゃないの! こんなところで!」
周囲の女子高生たちが悲鳴を上げた。その男子生徒は訳が分からず唖然としている。
俺は振り返り、金城コミンを睨む。
「コミン、やりすぎだ! ――って、お前なのか!?」
「――(こくり)」
ツメをとがらせたサリスマリスが仮面にクリームをつけたままうなずいた。
金城コミンが溜息交じりにつぶやく。
「多いのよね、アタシに連絡先を聞く子」
「――怖いもの知らずで」
「緊急な恋愛相談ってことはわかるけど」
「――それはどうだか」
「でもみんなが恋に積極的になってるってことね、うれしいわ!」
「――ぞっとするね」
金城コミンさんは立ち上がる。無意識に否定を繰り返していた俺をひっぱたくのかと身構える。
しかしその女子高生は上機嫌だった。
「見直したわ、アナタ! 自分が恋の相談窓口となって連絡先を教えるなんて!」
「……誰かさんの恐ろしさを知らない奴が不憫だからな!」
「その気遣いも良し! フィシス下僕役職者としての自覚が芽生えたってことね! やっとアタシの声がアナタの頑固な耳に届いた!」
金城コミンは俺の耳を引っ張ると、にいと歯を見せた。
そして俺の手を強引に引っ張りカフェを飛び出し、スカートをはためかせ公園をぐるりと見回す。
「ねーもっとてきぱき歩けないの!?」
金城コミンは俺の手を乱暴につかんで、さっきより早い速度で歩き出した。
「ちょ、何もかも忙しいなぁ!」
「慌てるわよ! 恋煩いな女の子ならたっぷりといるんだから!」
「だから手をつなぐなッ! 誤解されるっ!」
「いいから早く! 乙女の恋はそそっかしいのよ!」
よその生徒たちが金城コミンを眺めている。
金城コミンの上機嫌はさらに拍車がかかる。
「オーウェイ! 夢見る丘の天使たちよ!」
金城コミンはそう叫ぶと、傍らで見守っていた女子生徒たちに駆け寄り、指をふり、それぞれの頭に花びらの髪飾りを付けた。
「どんな小さな恋でも相談しにきてよ!」
女子生徒たちは頭の花を見てすごーいと叫び、キャッキャと喜んでいる。
続いてスキップした金城コミンは胸をゆらしながら、パンツの男子生徒たち、そして俺にも宙から取り寄せた花束を持たせた。
男子生徒たちは驚きつつ、金城コミンを見て顔を赤くしている。
「……おい! やりすぎだ! コミン!」
「ああ、どうして学校の必須科目に恋愛がないのッ!」
「は!? と、とんでもない!」
「いい! 勉学は頭の片隅、恋愛に心の全てを注ぐのが青春よ!」
公園の中がいきなり活気づいた。
「ずっと終わらないと勘違いしてない!? 永遠だと思ってるでしょ!? 青春を舐めてるわアナタ!」
俺は困ったときに逃げ込む、ただうなずく動作に徹底した。
「人生という青春の最期の瞬間はポニーテル先輩の腕の中って、今から決めても早すぎないわ!」
「……何故に黒髪ポニーテールなんだよ――」
「へー黒髪! アナタも硬派ね!」
「――ッ! 勘違いするな! 心臓に無理やり本音を聞かれる前に、適当に!」
「ならもっと素直に! ポニーテール先輩にフラれるため生まれて来たような、そんな頑固で純情なお兄さんは、せめて走馬灯で会えることを願いなさい! アタシもそういうの嫌いじゃない!」
アドバイスのつもりか意味不明を叫んだ金城コミンは、芝生の上をバタバタと走り抜ける。
「毎朝布団を蹴り飛ばしてニワトリを起こしに行く! 青春っていうのはいちごミルクみたいに甘いもんじゃないの! アタシが青春の短さを教えてあげる!」
「俺は遠慮しよう! 今の状況だけでもくたくただ!」
「乗りかけた船よ! アタシのお荷物になるようなら鉛を付けて失恋の泉に沈める! そう、痛い目にあわせてあげることになるわ!」
金城コミンはかたっぱしから魔法で公園の生徒たちの頭に花をくっつけては駆け抜け、ひときわ目立つその容姿で周囲の視線を集めた。
「ああ誰か、この幸福すぎるアタシを不幸にして!」
俺はついに息切れして地面に膝をつく。
「ちょ、もう何考えてるんだッ! めちゃくちゃじゃないか!」
金城コミンは騒ぎを起こすだけ起こして消えていった。
俺は自分の人生に起こったありえない急な進路変更がまだ飲み込めない。
「はぁ、はぁ、誰かあの哲学者さまを電波OFFモードにしてくれ……!」
コミンが起こした騒ぎで興奮した女子生徒たちが俺に駆け寄る。
「ちょっと夢見が丘学園の男子! あなたも見たでしょ!? 金城さんが不思議な力を使ったの!」
「そう! あなたの学校の生徒会長さん、魔法使いなの!?」
「はいはい夢見が丘の七不思議ね――、女子はみんな好きだね、そういうの――!」
俺はそう否定して頭を抱える。
それから金城コミンを見失った。
俺はサリスマリス、ガルナビと途方もなく歩き続けた。
ポポとクゥから聞き出した案を活用する瞬間もなく、魔族の姿を見ることもなく、パトロール終了の時間になった。
「あ! 見つけた! コミン! 待てって!」
マリアたちとの集合場所に戻る途中、夢見が丘公園の伝説の丘の前で、金城コミンは立ち尽くしていた。




