31 ナイスバディで誘惑するわよ
俺は教室で雄太とランチタイムを楽しめないでいた。
購買で売れ残っていた甘食をかじるが、今は何を食べていても味がしない。
「まずいことになった……。長津田さんは昨日の放課後、ヴァーサー・クーラーや魔族に襲われたこと覚えてるかも……」
「でも、気のせい程度なら大丈夫でしょ? このまま隠し通せばいいさ、おいらも話を合わせるさ」
「そうするつもりだが、長津田さんは俺を監視するだろうな」
「元はと言えば魔女が――ひぃッ!?」
雄太がパンに食らいついたまま停止し、絶望を突きつけられた顔をしている。俺は雄太の視線の先を見る。
俺の鼻先で甘い液体がはじけたのは、無意識に手に持ったいちごミルクの容器を握りつぶしていたからだ。
そいつは俺と視線があうと溜息をつく。
クラス中、廊下の外でも生徒たちが俺の隣の席に注目している。
「うああああッ!」
初めて、金城コミンが俺の隣の席に腰掛けた。俺は悲鳴を上げて、尻が浮いた。
「――っぐ……出た……!」
「アナタさ、一体どんな憂い事があれば、そんな毒々しい顔ができるの!?」
「何のようだ!? どうしてここに!?」
「今日はアナタのクラスメイトとして!」
金城コミンはウィンクした。俺はぞっとして身構える。
「(ほら言ったろ! 金城さんだよ!)」
「(おい、教室を見ろ!生徒会長だ!)」
「(会長さんよ!みんなきて!)」
「(きっと女の子を泣かせたあのチンピラにお説教するのよ!)」
クラスの生徒たちが金城コミンに視線を向けている。
その金城コミンは後ろ髪を黄色のリボンで結んでおり、上半身は体育着を着て、下は制服のスカート姿だった。
なにやら体育の授業中のような魔女は俺を見下ろした。
「アナタ、早朝のフォークダンスの練習、最近さぼってるそうじゃない? 涙させた三つ編みの子に謝ってないでしょ?」
俺は顔のいちごミルクをふく。そして金城コミンを睨む。
「――ちょうどいい! 言わせてもらうがな!」
「どうぞー!」
「その女子が宿題を見せろって言ったからだ!自力でやれって断るのに、今度は放課後の図書室で一緒に教えてほしいって聞かないんだ! そしたら、あまつさえには俺の宿題と知識をいちごミルクで買い取ろうとした!」
金城コミンの顔はぱぁっと明るくなり、目には強烈な好奇心が映った。そして俺の机に両肘を付けて前のめりに俺の口を凝視する。
目の前で広がる、緩んだ体操服の胸元から見える肌に目を背け、俺は黙る。
「ん、んんッ! ホント!? で、どうしたのッ!? 続きを早くッ!」
「……だから、俺を利用してズルしようとしたから怒鳴ったんだ! 俺が悪いのか!?」
コミンは目を丸くして、うなずいた。
「そうね、アナタは悪くない。罪なほど恋愛音痴だっただけね! 今日の放課後、恋患いな女子との接し方を教えてあげる!」
「――は?」
「は、じゃないわよ! 気まぐれな天使たちがつないだ奇跡的な恋のトスを、いつもアナタが台無しにしてくれてるみたいじゃない! 体育館のつがいの鳩がリークした通り、恋の撃墜王よ! 恥じなさい!」
俺は耳をふさごうか迷った。金城コミンは腕組みして続ける。
「アナタが愛にひれ伏すみっともない姿をさらす前に、アタシが教えてあげてるのよ! 愛のダメージはアナタは軽く見ているけど、鉛よりも重いわ! 二度と立ち直れないほどの衝撃があるの!」
「恋だか愛だか知らんが、特に俺には関係ない世界の話だ……」
「あー、そうか……」
「だから、アナタもはっきりしなさい! 理科室の子にもちゃんと返事しなきゃ!」
「理科室の子?」
小さくそう言った金城コミンが俺の机を指差す。
俺の机の中に手紙が入っていた。手に取ると、なぜか薬液くさい。
それには『愛しい彼へ』と書かれていた。顎だけ動かす金城コミンに促されて、しぶしぶ手紙を開く。
『愛しきダーリンへ。理科室の実験であなたが真剣な目でわたしのお腹を探ってから、ずっと好きで―――』
俺は手紙を破りさる。
すると廊下からうわーんという声と悲鳴が聞こえた。
金城は廊下を横目で見てから、溜息した。
「あの子、かわいそうに。そういうところよ、アナタは配慮がなさすぎ。でもそれくらいはっきり示せば、あの子も決心がつくかもね。時として恋は残酷で甘い青春の果実、失恋で女の子は強くなる」
頬杖つく金城は関心していたようだ。
「好かれることはうれしいが、相手がおかしい! あいつは人間じゃない、人体模型だろ!」
「アナタが見かけで判断するなら、あの子がアタシに相談しにきたらそう伝えておくわ。そしたらあの子、次は人の体を手に入れて、ナイスバディでアナタを誘惑するわよ、きっと!そう―――」
そしてコミンは教室内に響くよう突然に叫んだ。
「オーウェイ! どんな願いもかなう! それがここ夢見が丘よ!」
それを聞いた教室の生徒たちが賛同したように拍手した。そして俺は耳をふさいだ。
「人体模型が人間になるわけ――……ってお前やめろよなッ!」
コミンは再び小さく俺に語り掛ける。
「アタシがフィシス理論を完成させれば、現実の壁を超えることは造作もないわ……」
「――お前が言っている、そのフィシス理論ってのが完成したら、学園はどうなるんだ?」
「すべてを自由に創造できる……」
俺はまたぞくっとした。
「そうよ! フィシス理論を前にすれば、学園のベンチでアナタとあの子が1つの手作り弁当をつつきあう姿が目に浮かぶわ!」
俺はまったく味がしない甘食口の中に押し込む。
「フィシスの愛の章を飾るには最高じゃない! 人間と人体模型の禁じられた恋! 真実の愛が異種の壁を越えて美しく成就した! そして世界中が涙し万雷の拍手! それほど強烈な愛が、この愛無き世界に必要なの!」
「悪いが、お前のおとぎ話は1%もわからな―――」
金城コミンは席を立とうとする俺のネクタイを引っ張り、机に押し付ける。
「――ッ! なんだよ!」
その瞬間、教室内では、お説教、お説教とコミンを煽る声が聞こえる。クラスメイトが暴力されているのに、みんな喜んでコミンの無茶苦茶を眺めている。
クラスメイトの長津田さんだけが黒板を消しながら心配そうにこちらの様子をうかがっている。
「あの子はやめておきなさい。深入りするとアナタは呪われる。職員室前の金魚が気にしてたわ! 愛する人も子供もいて、その人生の幸せを謳歌しているところにアナタが不幸をもたらそうとしているそうじゃない?」
「――邪魔なんかするか! ……というかそれはお前だ!」
「今はその正気を保っていても、本音はウソをつき続けることはできない。恋を腐らせるといつか必ず出来心となり不幸をもたらす! そう、あの子から愛する人を奪ってでも愛をつかみ取ろうとするわ!」
金城コミンは、俺の背後で姿を消している小さなサリスマリスも見る。
「なんだろな、なんだろな、あの愛の力の源は!」




