30 みんな恋しちゃって
「愛は全てに打ち勝てる――って、ほんと、みんな恋しちゃって」
「この、卑怯者め! 魔女めッ!」
「お前、落ち着くのん」
デリスゥが俺の顔を両手でつかむ。そして倒れているサリスマリスの方へ俺の視線を動かした。
そのサリスマリスを見ると、ヴァーサー・クーラーの電撃が傷ついた箇所に集まり、傷を再生していた。
サリスマリスは小さくしぼんで生徒会での手のひらサイズに戻り、長津田さんと同じようにすやすやと寝むり始めたようだ。
「恋する乙女は強いわ、でもその人のためを思うとついつい無理しちゃうのね。明日のために少しお休み」
「……お前、サリスマリスを助けたのか?」
「あー、今日はほんっと気になる恋模様が多すぎて、もうノイローゼになりそうだわ! アナタの周りの果樹園はいつでも大豊作ね!」
俺は魔女を無視して、小さいサリスマリスと長津田さんを抱えて、学園に通じた空間の亀裂へ歩みだす。
するとヴァーサー・クーラーが俺の背中に言う。
「フィシス第一教徒として、アタシの側近下僕になりなさい」
「……手を組めと?」
「騙されたと思って、アタシについてきなさい。必ず新世界でアナタに真の愛をつかませてあげる」
「なんで俺がお前らに協力する必要あるんだっけ! 忘れちまったよ!」
「そうね、そう言うと思ったから――」
ヴァーサー・クーラーは俺の傍らの長津田さんを見つめる。
「――うぅ……」
「まさか――! やめろ! 長津田さんは関係ない!」
「服を脱ぎ捨て森に帰る本能を駆り立てる特製ブレンドティーをその子に振舞うわ!」
「な、なんだよ……それ!? 変なもの長津田さんに飲ませるな!」
「そう、裸で竹やりをもって獣を追いかけていた素直な時代に還るの! 愛が純粋なまま存在していて、体裁も、競争も、嫉妬や欲望もない、その日を生きることだけに必死な世界よ!」
そして魔女は叫んだ。
「オーウェイ! サーヴェイ! そう、愛と魂の大活劇なのよ!」
「……この野郎ふざけるな!」
折れたホウキの封殺剣をヴァーサー・クーラーに投げつける。
ヴァーサー・クーラーの周りの見えない壁に弾かれて、ホウキが砕け散る。
「違うわ! そうじゃないでしょ! 誤解してるわ!」
突然俺の目の前に瞬間移動したヴァーサー・クーラーが、俺の鼻先にヤリを突きつける。
「――ッ! なにをッ!」
「で、アナタはどうするおつもり?」
頼みのサリスマリスは小さくなって俺の腕の中ですやすやと寝ている。
俺がここで拒否すれば、長津田さんが俺への見せしめで変な呪いをかけられるかもしれない。
「――聞くよ。言うこと、きくよ……! 手下になればいいんだろ!」
それを聞いたデリスゥとマベランは顔を見合わせ、手を取り合ってジャンプして喜んでいる。
「その代わり、長津田さんには――、何も手を出さないでくれ!」
ヴァーサー・クーラーは静かにうなずいた。そして指をくるりと回し、長津田さんの汚れた制服を修繕した。
「さあ、契約の証にこの紅茶を口にして! 今度はしっかり味わって、忠誠の誓いを心に刻んで頂戴!」
ヴァーサー・クーラーは自慢げに俺に白いカップを差し出す。
「アタシをがっかりさせるようなことがあれば、その子が泣くまで、イケナイことを夜通し耳元でささやくから。尽くしてちょうだいね、真の愛をつかむために……」
●
次の日の朝、俺は教室に入ってきた長津田さんにあいさつも忘れて問い詰めていた。
「――いいえ、疲れていてよく覚えてませんが、気がついたらおうちで横になってたので」
「本当に大丈夫なんですね!? どこか具合の悪いところは!?」
「だ、大丈夫ですよ、本当にどこも悪いところありませんから……」
「本当に大丈夫なんですね!?」
「……――あ、あの……」
「体に変な違和感とかありません!?」
スクールバッグを抱きしめる長津田さんは俺から後ずさる。
「だから、その手を、は、離してください……痛いです……」
「あ、あッ! ご、ごめん……!」
長津田さんが教室の隅で俺に詰め寄られ震えている格好になっていたことに、その訴えで気が付いた。
「ぅぅ……」
「ちょっとチンピラ! 何してんのよ! 今すぐ離れて!」
「また女の子泣かしてる! ほんとサイテー!」
「そ、そんなつもりは……!」
俺は教室の女子生徒たちが束になって襲ってくる前に、逃げ出した。
そして男子トイレに駆け込む。
「先生、おいらが忠告したのに、昨日は大丈夫だったさ?」
「ああ、長津田さんに問題はなさそうだ。お前の心配には及ばないよ、雄太」
俺は先に用足す雄太に答えた。
「でも、よかった……。魔女から変な呪いをかけられていないようだ」
「――なにやら穏やかじゃない事態っすね」
「長津田さんは守る! ただし、深く問いたださない方がいい、昨日の記憶を思い出されても困る。俺が魔法使っている姿や、魔族たちの姿を思い出されちゃ、俺がイタズラの犯人だとマークされかねない」
「何か手伝うことあれば言って。魔女に関わる危険なこと以外でさ」
雄太はそう言い残して、トイレから出ていく。
俺はトイレの壁に溜息をつく。
「……あの……?」
「どうにか守る方法を考えなければ――」
「あの、いいですか……?」
「……しかし俺はひどいことをした。トイレのひと時にまで、長津田さんの震える声が聞こえて……ッ!? ええ!?」
俺は壁を向きながら横を見る。
「……あの!」
「――なッ!? 長津田さん!? なんで男子トイレに!?」
「あの! あの! も、もしかしたら、気のせいかもしれないのですけど……!」
「……は、はいッ?」
「ままま、魔法とか……使えます!?」
「――! も、もしかしなくても使えません!」
「……そうですよね! ごめんなさいね!」
安堵の表情を見せた長津田さんは、男子トイレで度肝を抜かれている男子生徒たちに対しにっこりと笑顔で会釈をしながら廊下へ出ていく。
すぐに廊下からごめんなさいという悲鳴が聞こえた。




