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27 わ か る

 金城コミンにつかみかかろうとする巨大な雨雲の手から逃れて、保健室に駆け出していた。

 俺は校庭に面した保健室の花壇かだんを踏み潰しながら、金城コミンを抱きかかえたまま扉に体当たりして、校舎内に逃げ込んだ。

 巨大な雨雲の腕は保健室の窓にぶつかると、結界に弾かれるように消し飛んだ。


「……な、なにがおこってるんだ――、まったく! どうしろってんだ!」


 ●


 保健室には誰もいなかった。

 すぐに金城コミンをベッドに寝かせる。

 そして、地獄のような光景を見せていた学園が元の静かな様子に戻った。雲は消え去り、闇が退いた。

 部活動をする生徒たちの声が聞こえ始めた。俺は横たわる金城コミンを眺める。


「金城コミン、お前は何者なんだ――」


 しばらくすると、金城コミンは息が整い、少し落ち着いたようだ。ベッドに横たわる、ものすごく無防備な姿は見ないようにした。

 やわらかな西日にしびが保健室内をオレンジ色に染める。

 

「――これにりたら、もうこの学園にも、俺にも手をだすなよな……」


 そう聞かれていないだろうセリフを言い残して、ベッドをへだてる白いカーテンを払いのける。

 しかし、保健室の壁を開けると、コンクリートの壁が俺の行く手を阻んでいた。

 俺は背筋に悪寒が走り、ベッドの方を見る。保健室に入り込む風にカーテンが揺れている。

 俺はそいつの様子を確認するために、そのカーテンをよける。

 その姿はなくなっていた。

 空を切る音を同時に、腹に衝撃が走る。


「ぁが……ッ……!」


 鮮やかな回し蹴りが俺の腹を打った。俺は金城コミンが寝ていたベッドに倒れる。


「――くッ、だ、騙したなッ! 魔女め!」


 俺が顔だけ起こすと、夕焼けが差し込む窓を背に、金城コミンの影だけが見える。


「……そう、……なるほどね」


 それまでの金城コミンの苦しそうな声が消えていた。


挿絵(By みてみん)


 金城コミンは俺を蹴り、ベットに寝かせる。


 そして丁寧にスカートを膝に折込んでベッドのふちにしゃがみ、腹をかかえて唖然としている俺のネクタイを結びなおし、肩のゴミを払う。


「――なんだかわからないがな、こっちはさっきお前が危ないところを助けたんだぞ……!」

「そうよ! だからアナタは絶対に逃がさないわ! フィシス理論を論破しかけるほどの、耳を疑うほど恥ずかしく純情で異質な恋の物語を隠し持っているのだもの! アタシにとって危険人物であり、貴重な研究材料よ!」


 軽やかな笑顔が顔に張り付き、いつもの金城コミンの顔に戻っていた。


 俺は頭を抱えて後悔した。

 美しく微笑むその笑顔も、壊れてしまいそうなさっきの泣き顔も、制服が焼けて露出が増えて無防備なその胸元も、目の前の健康なピンク色の唇も、全て俺を破滅へ導いていた。


「ああ、このまま消えてしまいたい……」

「させないわ。この世界が跡形もなく滅びようとも、アナタだけは、せめて心臓だけでも持ち帰って、フィシス理論開発の材料にするから」


 金城コミンはベッドから飛び降りる。


「やっぱりオフィスであぐらかいてペンを走らせるより、現場に出て自分の足で泥臭く見つけた材料でないとダメね! アタシももっと制服を着ている時間を増やさなきゃ! そう、恋なんて天使が運んでくるものじゃない、自ら進んで傷つく覚悟で、靴底を減らしながら探さなきゃいけない! アナタの言うように、欲しい愛は自力で手に入れるってことね!」

「もう制服なんか捨てて、魔界に帰れよ――魔女め……」


 金城コミンは俺を見つめてニッコリ笑う。


「実はね、みんながアナタをめてたのよ……。本当は素直でいい心だってね……。アタシも鼻が高いわ……、でも調子にのっちゃダメよ」

「お、お前こそ勘違いするなよ! 別に、お前を助けようとしたわけじゃな――」


 俺がしゃべりかけたところで金城コミンが軽く跳ねて、俺の口に人差し指をおく。


「――んッ!?」


挿絵(By みてみん)


 ベッドで聞く艶やかに優しい声は、お迎えが近い者に対してのささやきに近いものだろう。あの時、出来心でこの魔女を助けた自分を激しく呪った。


「ふたりっきりで大切な話があるから、この後、生徒会室に来て……」

「――罠か!? どんな顔を見せようと、もう二度と騙されるかよ!」

「アナタのおかげで今夜、愛の真理の核心に迫るわ……。すぐに新しい概念を提唱して、さっきアナタに論破されかけたフィシス理論の恋にまつわる章を書き直さなきゃならないの! 一晩だけでいい、手伝いなさい!」

「お前の手下の化け物がうろちょろできるのも学園の中だけだ! そんなんわかってて行くもんか!」

「いいから野暮用やぼようが済んだらすぐに生徒会室に来る! そそっかしい時代は待ってくれないの! 上等な紅茶を振舞ってあげるからアナタのお腹の中身を全部を見せてちょうだい!」


 弾けるような笑顔と、すれ違いに鼻をくすぐる香りにクラっとするがあわてて理性で立て直す。俺は激しく鼓動する胸を抱えながら、窓から逃げ出す。

 保健室で夕焼けに染まる金城コミンが無邪気に手を振っているのを警戒しながら、落ちているホウキを掴み取り構える。


「今に見てろ、マリアたちと一緒にけしかけてやるからな!」


 それを聞いた金城コミンが踵を返すと、保健室の中で溶けて消えていった。

 俺はそれを見届けると、地面に膝をつき、胸を抱える。


「――ぐッ、はぁ、はぁ! あの魔女目、何を企んで――! 今に騎士が帰ってくる! もう、そんな罠にはまって――」


 俺は安心する暇もなかった。


「……だガルッ!」


 その声の方を見ると、あの小さい魔族が1匹、学園の敷地の外に向けて何かを叫んでいる。


「……だガルッ! ……だガルよッ!」


 俺は遠くから怒鳴る。


「お、お前! 昨日の魔族のチビ!」


 魔女の手下であるその生徒魔族は、学園の外に叫んで何かを待っているようだ。


「魔族め、脱走する気か!? お前らはその結界から外へは出られないんだ! 変な気をおこすのはやめろ!」

「イタズラだガル! こっちだガル! イタズラの犯人を見つけたガル!!」


 その生徒魔族は学外に向かってそう叫んでいる。


「……? 何を?」


挿絵(By みてみん)


 帰宅したはずの長津田さんが息を切らしながら走って戻ってきた。


「――長津田さんッ!? 来ちゃダメだっ!!」

「誰かがずっと叫んでたんです! いたずらの犯人が現れたって!?」


 学内へ足を踏み入れた長津田さんに小さい魔族が駆け寄る。


「お前、何を!? 手をだすな!」

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