25 生徒会長 ⅤS チンピラ
俺は校舎裏の休憩場所にいた。
目立たない古い公衆電話の受話器を取り、耳に当てる。あいつの言った通り、ダイヤルせずともすぐに向こうからの声が聞こえた。俺は手短にその旨を伝えた。
「――ありがとうございます。快く引き受けていただき感謝です。それではすぐに貴方を教会裏庭の正式な一員として幹部に連絡しておきます」
「……ああ」
「今後の説明については、後ほど口頭でよろしいでしょうか?」
「……ああ」
「ふふ、余談ですが、僕からの提案で貴方を歓迎する楽しい教会裏庭の懇親会を催そうと考え――」
良い返答をもらって機嫌をよくした電話主の長話が始まりかけたところで、俺は受話器を元に戻した。
休憩のためベンチに腰掛け、そのままうとうとしている長津田さんを眺める。
校庭の噴水と、部活動の練習の声を聞いて学園を見守っていると、ふと長津田さんが目を覚まし、慌てて時計を目にした。
俺はもう遅いから帰ろうと提案し、長津田さんはうなずいた。
「お疲れさま! ではまた明日、元気に学校で!」
俺は手を振って校門を出て行く長津田さんを見送る。
金城コミンにがっしり鷲づかまれ弱りきっていた心が休まった。
明日からは危険な放課後の見回りは俺ひとりでこなして、長津田さんには無理やりにでも帰ってもらおう。
そろそろ日が暮れ魔族たちが活気付く時間だ。まだマリアやルアが帰ってきていない。
さて、ここからが本番だ。校舎に戻るか。
俺は噴水のベンチに置いてあるホウキの封殺剣を手に取る。腕まくりをして校舎に足を向けると、あの声が聞こえる。
「ほんっと! わからない! 理解できない! 狂ってるわッ! アナタッ!」
「――ッ!? この声は――!? 金城コミン――!」
俺が振り返ると、噴水のへりに金城コミンがぶすっとした表情で立っていた。
「いつからそこにいたッ! 何の用だ! それ以上来るな! 魔女! ヴァーサー・クーラーめ!」
「質問が多すぎ、相手は戸惑うだけよ! アタシみたいにひとつを簡潔に訊くようにしなさい!」
―――くっそ……またタイミングが悪い!
マリアたちはまだ帰らないのか?
「……自分じゃない誰かと結ばれるあの子で満足なの?」
「あの子?」
金城コミンはいきなり立ち上がり怒鳴る。
「微塵もごまかさないで! 慎重に答えないとあとで後悔するわよ……!」
金城コミンの手には『防犯委員メンバー』の名簿が握られている。
「……ッ!? 違う、な、長津田さんは……ただの知り合いだ……!」
名簿を取り返そうと手を突き出すと、金城コミンの手が引っ込んだ。
金城コミンは抑え切れない感情を無理に押し殺したような震え声で迫り来る。
「……ほしくないの……?」
「な……にを……?」
金城コミンは、俺と長津田さんの名前の間に、相合傘をぐりぐりと書き込んでいる。
「見なさい! アタシがこの紙にハートを描いて、恥ずかしいおまじないを唱えれば、一つの恋が愛として生まれ変わり、この世界で羽ばたくのよ!」
相合傘のてっぺんの途中まで描かれたハートマークが、赤いマジックでにじんでいる。
「……だから、……あの子が欲しくないのって訊いてるの!」
周囲に聞こえないよう、押し殺した悲鳴交じりの声で俺を怒鳴る。
「……あの子が欲しいって?」
金城コミンは柄にもなく白い顔を真っ赤に染め、落ち着きなく親指を噛んでいる。
必死な形相で金城コミンは叫んだ。
「そしたら、明日の朝から同じ太陽の下で一緒に起きる毎日を約束するわ! このアタシが、フィシス理論の真価にかけて!」
俺は何も言わずに魔女をにらみつけていた。
「気持ちのひとつも伝えられず、そんなんであの子の救世主になれると思ってるの!?」
「そうだ、余計なお世話だ! 俺はお前らからこの学園を守る仕事があるんだ、じゃあな!」
「なんでよッ! なんでなのよッ! 待ちなさいッ!」
金城コミンは踵を返した俺の背中を突き飛ばし、俺の胸ぐらをしめあげ、地面に押し付けて、ひざまずかせた。
「ぐぁッ! な、何しやがる!」
怒りの形相が、ひざ立ちする俺をしっかり見下ろしている。
「……い、いいのかよ? こんなとこ騎士たちが見たら、お前の正体がばれるかもしれないぞ!?」
「論点をすり替えてもまったく無駄! 早くうっかり本音でしゃべってちょうだい!」
さらに金城コミンは俺のネクタイを締め上げる。
「よくもまあこんな醜い恋の化身をいつまでも心に飼いならしておけたわね! しかもあんな汚いモノ、よくもアタシに触らせてくれてッ!」
「なにを言ってる!?」
「なぜ追わないの! なぜ心と反対のことをするの!? どうして目の前にあって、放っておけるわけ!?」
「長津田さんが幸せならそれでいい……!」
この俺の一言が、しばらく金城コミンの言葉を封じた。
「――そうッ!? みーんな偽善よ! 尽くしていればいつか振り向いてくれるって、心のうちで期待してるのよ!」
そういうと、金城コミンは俺を解放した。
「アンタなんか絶対に結ばれないよう、今日から失恋の堕天使に賄賂を送り続けるわ!」
金城コミンはまた俺を突き飛ばして学園へ踵を返した。
「――彼女が笑っていればそれでいい、どうなろうと長津田さんは悲しませない」
俺のひとりごとを背中で聞いた金城コミンの毛が逆立ち、見なくてもわかるほど怒りをたぎらせていた。
金城コミンは大股で俺に駆け戻り、俺の顔をにらみつけ、怒りをあらわにする。
「それが虚偽なのよ! 心にもないこと言わないで! よその畑の愛を摘みたくてうずうずしているくせにッ!」
金城コミンの魔法の力で、俺は宙に締め上げられる。
しかし、俺も魔女の鋭い形相に負けじと睨み返す。
その魔女は顔を真っ赤にして、俺から一歩退く。
「ちょ……うっそ! こ、こっちこないで……ッ!」
魔女の驚いた表情が見えると、地に足が着く。
「そうだ! 俺は彼女の夢が好きだ! 彼女も好きだッ! それに――ぐはっ……ッ!」
俺は魔女の両手に突き飛ばされて、頭から噴水の中に叩きこまれる。俺はすぐに噴水から顔をだし、逃げ去ろうとする金城コミンの背中に叫び続けた。
「幼稚園からずっと辛いときは声をかけてくれた! いつだって目に浮かんだ! 夢見が丘の夢が叶う伝説なんてゴミ以下だ! 彼女の夢を邪魔する魔女は許しちゃおけない! 俺がどうなろうとだ! どうせ俺なんて彼女にすれば記憶にとどめるほどの価値もないからな! ……だから、失うものなんて何もないッ!」
金城コミンはふらふらとした足取りで立ち止まり、両手で胸を抱えて振り返る。
「……ッ!? そうやって、無理やりアタシを惑わせて、愛の真理をすり替えて、フィシス理論の完成を邪魔ようとしてるんでしょ――ッ!?」
「お前のフィシスなんとかっていうのも知ったこっちゃないッ!」
「だったら今知るッ!」




