21 血まみれなマリア
顔面に投げつけられた花瓶が迫る。
しかし花瓶は俺に直撃せず、目の前で破裂して水をまき散らした。
「――なッ!?」
破片と草花は緑色の炎に包まれ、灰となり、宙に消えた。まるで、何かの攻撃から俺の体を守ったようだった。そして、ぐしゃ、ぐしゃと身の毛がよだつ音が聞こえる。
「マリアさん、何が起こって――ッ? マリア、先輩……!? た、大変だッ!」
マリアの足元から、赤い液体が廊下の床にじわりと広がる。そしてマリアの背中には、不気味に光る手斧やカマが刺さっていた。
周囲のどこからか、聞き覚えのある魔族たちの笑い声が聞こえる。
「凶悪な魔族がいるから、油断するなと言ったはずです」
体中が血まみれなマリアは背中に食い込んだ斧を抜き取る。同時に俺の顔に噴出した血が飛んできた。
「お、俺を、かばって――!?」
「だから伏せるです」
マリアは目に見えぬ速さで俺の襟をつかみ壁に突き飛ばした。
「ぅぐっ!」
耳元で爆発音が炸裂した。
また俺の顔に血しぶきが飛び散る。
俺はすぐに顔をぬぐうと、廊下の壁にも赤い液体が飛んでいる。
顔を上げるとマリアが突っ立っていて、細い腕にはまた受け止めただろう手斧が食い込んでいる。
「生徒魔族の奇襲です」
さらに物陰が光る。今度は光る矢が俺を目掛けて飛んできた。
その瞬間、マリアは背を逸らして飛び上がり一矢、着地した天井に重力を預けつつ一矢、地面に突っ込み一矢を砕き、どこかに潜んだ生徒魔族からの攻撃を灰にした。
そしてマリアは俺の前に着地した。何もできずに俺は茫然と廊下の壁に背中を預ける。
「……な、なにが起こって!?」
「あなたは狙われてるです。油断を見せるから攻撃されるです」
「――何だ、さっきの攻撃は?」
「結界が消滅したと知れば、大胆にも生徒がいる廊下でも攻撃を仕掛けてくるです」
「……俺を狙って攻撃を?」
「この程度、生徒魔族たちの些細ないたずらです」
動くたびに身体のあちこちから血しぶきを出すマリアが廊下の突き当たりを指差す。
「ハロ、あれが見えるですか?」
「――どこ!?」
「生徒魔族たちはあなたに興味を持っているです」
「魔族がいるのか!? どこに!?」
「ハロのソーサリィが体になじめば、じきに見えるようになるです」
俺の目には魔族らしい姿は映らなかった。マリアは無表情で魔族の放ったであろう手斧を見つめる。
「騎士がいる限り、この学園の生徒に手は出させない、ここでお馬鹿な邪気に自由はないです」
「……そ、そんなことよりマリアさん、手当を! 保健室に!」
あたふたする俺に首をかしげ、マリアは自分の血まみれの体を見下ろす。そして床から天井まで真っ赤に染まった廊下を見渡す。
「生徒たちに対する現場の偽装が必要です」
「そうじゃなくて、――血まみれで、痛くないんすか?」
生徒たちの声が聞こえると、マリアは背中に食い込んでいた手斧に呪文を唱えた。すると絵の具のチューブに変化し、マリアはそれを足元に落とした。
「――え!? お、おい、チンピラ、何してる!?」
「こ、今度は赤い絵の具で気味の悪いイタズラかよ! 学園祭のお化け屋敷じゃねーんだぞ!」
「げ!? そ、その女子、血まみれみたいじゃないか!」
「って、またお前か! 女相手になんてひでーイジメしやがる!」
「え、ち、違う……! これは、その――!」
男子生徒たちは全身血まみれのマリアの姿に絶句して、次に俺を睨みつける。
しかし、男子生徒たちの非難に対して、体中真っ赤なマリアが腕章を取り出して説明する。
「いえ、これは美術の授業中での不注意です。誤って踏んでしまった絵の具が破裂しただけです。生徒会のわたしが故意ではないことを証言するです」
「そ、そうか……!」
「生徒会がいうなら……!」
男子生徒たちは納得したというよりマリアの血まみれな顔に引いていたようだ。
「キャー!」
続いて廊下の向こうから悲鳴が聞こえた。マリアが首だけで振り向く。
「誰か! 誰か来て! 今、更衣室で! お化けが下着をッ!」
マリアが首だけ曲げて俺を見る。
「あなたはここの清掃後、学園内の警戒を続けるです」
気が付けば制服がきれいに元通りになっていたマリアはのしのしと女子更衣室へ向かう。
廊下のどこからか声が聞こえる。それは怒りを込めたうめき声にも聞こえる。
「騎士マリアちゃん、手ごわい―――」
「先ニ、新人ハロから堕ス―――」
「ソレはいい策―――」
物陰から魔族のものと思われる声が聞えて、俺は背筋が凍った。
「ご愛嬌ですね」
気が付くと背後に廊下の壁に持たれかかるルアがいた。マリアとの一部始終を眺めていたようだ。
「あのように幼く見えても彼女たちは、はるか昔から思想戦争(戦争)最前線であるここビグニティ神殿学園の守護を任命された優秀で誇り高き騎士です」
ルアはさわやかな顔で続けた。
「マリアさんがそばにいれば、生徒魔族の皆さんもこれ以上、無謀な攻撃を仕掛けてきたりはしないはずですよ」
ルアは俺に雑巾とバケツを差し出し、自分も手伝うと言った。




