16 キミのすごく苦い・・・びくっ
俺は部屋に足を踏み入れる。
ヴァーサー・クーラーの身なりと似た別の2人の魔女の間を通って部屋を進む。
「……ねえマベラン、この子の悲鳴、ちょっとだけ聞きたいのん」
「デリスゥの悪いところ、独り占めは良くない――ぞくッ」
マベラン、デリスゥと呼び合った2人の魔女は、俺を興味深く、そして冷酷な目で上から下まで観察している。
「腕の一本くらい味見しても、ヴァーサー卿は怒らないよね?」
「今見てないから、ちょっとだけ、やっちゃう――?」
「……ッ! んだとお前ら! ――ぐっ!?」
突然、身体が金縛りのように動かなくなった。壁に貼り付けにされたように、1ミリも身体を微動だにできない。
デリスゥという魔女が俺の顔に光る指を向けていた。何かの魔法を使ったようだ。
「……離せッ! くそッ!」
「おっとー、ヴァーサー卿の下僕だからって強気になってるなら、ひどい目にあわせるのーん」
「2つある内臓だったら、こっそり1つ抜き取っちゃっても、大丈夫なはず――ぞくっ」
「――やめ……ろッ!」
2人の魔女はヤリを取り出して俺の顔を覗き込み、耳元で小声でつぶやく。
「お前、フィシスファミリーを侮辱して、無事におうちに帰れると思ってるのん?」
「うんうん、うんうん……びくっ」
「……や、やめないと、お、大声出すぞッ!」
「――にしし、きゃははは! お前、かーわいい! ……冗談、冗談、ニンゲンジョークのん」
「……え、とても残念・・・ぞくっ」
俺は金縛りから突然に解き放たれ、地面に両手をつく。
デリスゥとマベランは俺たちをオフィスへ案内した。
部屋の中ではヴァーサー・クーラーが暗いデスクに腰掛けている。
「そこにかけたら?」
「立とうが座ろうが俺の自由だ」
「くすっ、きゃははははッ!」
「まあ……うふふふ、ぞくッ!」
ヴァーサー・クーラーは何かを床に投げる。
「それは、俺の……生徒手帳!?」
「学園に来れなくて寂しいんでしょ?明日の全校朝会で生徒会長のアタシが、アナタの疑惑を論破し、みんなに無罪を証明してあげるわ?なーんてことない簡単よ、朝礼台で指をくるりと回し、おまじない1つ聞かるだけで済むわ!」
「結界を壊したのはお前が仕向けたんだ! 生徒会長の皮をかぶった魔女め!」
「それならアナタがみんなの前でそう説明して、無実を証明しなさいよ」
「……ッ! お前の暴力と権力でウソも理不尽もまかり通る学園なんて願い下げだ!」
「そうね、アタシはアナタに迷惑をかけたのかもしれないわ。その代わり、ご褒美としてアタシのフィシス下位役職者として永遠に仕えさせることを誓っていいわ。……これ何度も言ってるわよね?」
「……お前たちの手下がご褒美だと!? それは無い心臓が高鳴るな!」
「それが不満なら――」
魔女は俺の返事に表情をこわばらせた。俺は懐に手を忍ばせる。
ヴァーサー・クーラーは、自分の太ももに手を添え、そのままスカートの中に滑らせる。そして、黒光りするあの槍を引っ張りだした。
「……ッ!」
「どうしても不満なら、ここで心臓以外のお腹の中身をみんな散らかすこと――。初めてだから、優しくできる自信はないわ……。さ、好きな方を選んで?」
そう言うと、目を細めてヤリの先端を指で愛でる。俺は封殺札を構える。
「んなつまらねぇことはどうだっていい、早く心臓をよこせ! そしてこの世界から消ろッ!」
「くすっ……くすっくすっ! きゃははははは!」
「まぁ! うふふ、ふふふふ――――ぞくッ!」
「――何がおかしい! 魔女ども! お前らも同じだッ!」
「そうやってすぐ興奮しないでほしいわ、話がまとまらないじゃない」
ニシシと笑ったデリスゥという青い色の魔女が封殺札をちらつかせて、指を横に振っている。そして封殺札を握り燃やした。
「のんのん。これはおあずけのーん」
「……ッ! しまった――! いつの間に!?」
封殺札を握っていたはずの俺の手には、真っ赤なバラの花束が握られている。
その横ではマベランという緑の魔女が俺のトウガラシ爆弾を分解している。それを生卵のように割ると紅茶のカップに中身を移し、口につけた。
「じゅる……。――すごく辛くて、苦い……びくっ」
その爆弾を忍ばせていたはずのジャケットのポケットを探ると、黒く小さい蛇が出てきた。
すぐにわかった。いや、わかってはいた。
こいつらには関わっちゃいけない、まともに話なんかしちゃいけない。
俺は走り出し、隣にいた執事の手をかわし、ヴァーサー・クーラーの元へ突っ込んだ。
刺し違える覚悟で、靴ベラの下に隠しておいたミニサイズのトウガラシ爆弾を握りしめ、赤い魔女に突進する。
「もうさんざんだッ! 学園から出てってくれッ!!」
「まったく、元気しか取り柄がないの?嫌いじゃないけど、好きでもない――」
魔女は金色の髪を翻しながらステップを踏むかのように、俺が押し付けた爆弾をひらりとかわし、脚を突き出し俺を蹴りあげた。
そして、地べたに俺の顔が着地する寸前にネクタイをつかんで、投げ技をするように俺の体を宙で回転させ、そのまま俺の体はやわらかいソファーに着地した。
「そんなダンスじゃ、めんどりも振り向かないわ。フォークダンスの練習に本気で取り組んだの?」
目の前を見ると、雄太の背後にデリスゥが立っている。
その手には青黒い光を灯したナイフが握られていて、雄太ののど元に突き付けられている。
「まずは、お友達のために念仏を唱えるのーん」
「――え?」
黒く光るヤナイフが、雄太ののど元を通過する。雄太は驚きの表情のまま、ゆっくりと崩れ落ちる。




