12 欲しくなったら先輩がいつでもあげるです
誰とも会う気になれなかったので、授業をさぼり図書室の隅の資料室に隠れるようにして教科書を開いていた。
あの2人の顔と、理科室の弁当を思い出す。開いている書物の内容など全く頭に入ってこなかった。
「……ガルナビはうまくやってくれているだろうか」
「だ、旦那ぁ~、――」
「ガルナビ!? 遅かったな! うまく盗めたか!?」
「命令通り、騎士ちゃんたちの持ち物を盗んできたガル、けど――……」
「よくやった! 早くこっちによこせ!」
「パンツ獲ってるときに、見つかっちゃったガル……」
その女子生徒の手には傷だらけなガルナビのしっぽが握られている。
「――そんな……!」
「……邪気は殲滅するです」
「マ、マリア先輩――、どうしたんですか?」
ガルナビはよりによってマリアに捕まってしまった。
「旦那! ごめんなちゃいガル! 見つかっちゃって全部しゃべっちゃったガル……! 怖くなって命令されたってこと言っちゃたガル! ガルのお口のおバカさんっ!」
ガルナビが壁に叩きつけられ、地面に落ちて動かなくなる。
そしてマリアの無感動が俺を見つめる。
「――さっきもそうです。どうしてそんなにパンツを盗むです?」
俺はランプをマリアに見せる。
「……犯人の持ち物、例えば髪や服で捕まえられるかもしれないんです! ……なんでもいいんだけど、たまたまガルナビがパンツを選んだだけで……!」
「わたしたちを犯人と疑うです?」
「そ、それは――!」
「ハロ、あなたは安息日にまで使命を果たそうとするから、疲労で頭がおかしくなっているです」
「それは悪いとわかってますけど――! ど、どうしても犯人をみつけ――」
「あなたはあの囚人に騙されているです。誰しも時として理性を見失うことがあるです。クリスマスには生徒たちの挙動がおかしいのと同じです」
「他の生徒と同じじゃない! 俺は知らない奴から命を狙われてるんですよ!」
「それが騎士の日常です」
「ッ!」
「これでは風紀が荒れてしまうです。生徒会が泥棒すると生徒魔族が命令や規則を守らなくなるです」
「だから盗ませたのは訳があって――!」
「どうしてもパンツが欲しいなら――」
マリアは腰のファスナーに手をあてる。
「……なッ!」
俺はぞっとしてマリアから目をそらして書物の文字を目でたどる。
マリアが膝をついてしゃがみこみスカートをゆるませるのが横目でわかる。
マリアが脚をくねらし腰をうかし、指に引っかけた白い布をももをつたわせ、ゆっくりと膝までおろす。
「わたしのをあげるです」
俺はマリアに背を向ける。
「――な、なんで! そんなことッ!」
「これで後輩の気が済むならです。だからもうクゥやポポ、他の女子生徒から盗まないで欲しいです」
「違う! そんなの違う――!」
俺は壁に向かってどもりながら叫ぶ。
「欲しくなったら盗む前にあなたの先輩がいつでもあげるです」
「マ、マリア先輩こそッ――! 男に下着をよこすなんて――お、おかしいですよ――ッ!」
「学園の犯罪を事前に防ぐことが生徒会の使命です。それに、大切な後輩にしかあげないです」
「くッ――! 俺は魔族とは違う!」
「そうですか、1枚じゃ足りないのなら――」
また俺の背後から布のすれる音と軽い足踏みが聞こえる。
「もう1枚あげるです」
「――なッ!?」
窓の外で雷が光り、マリアの顔に影を落とす。
雨が殴りつけるように窓をたたく音が続く。
「わたしのパンツなら、いくらでもプレゼントできるです」
「いらない!」
「……そうですか、足りないなら――」
マリアから布のすれる音と、軽い足踏みが聞こえる。
「――マリア先輩! もうやめてください! ……一体何枚はいているんですか!?」
マリアが4枚目を取り出そうとしたときに、俺はうつむきながら駆け出し、マリアの手を掴む。
「よしてください! 本当にッ!」
「――わたしにも責任があるです」
「……な!?」
「先輩の責任です。後輩の心の病に気づけなかったです」
「俺は正気だッ! あのロッカーの下着は犯人の罠だ! 俺を孤立させようと――!」
「あなたのように安息日を信じない者は悲惨な最期を遂げることになるです」
マリアはまた白い布を差し出す。
「これで全部です。今日は我慢するです。欲しくなったら明日またプレゼントするです」
マリアの白い布を握る手を俺は押し返す。
「信じてください! 俺は狂っちゃいない!」
するとマリアは勢いよく俺の掴んだ腕を反転させ、床に仰向けに押し倒した。
「痛ッ! うぐッ! な、なにを!? せ、先輩ッ!?」
「――このことはみんなには秘密です、先輩との――」
「く、離せッ!」
小柄なマリアの自重からは想像のつかない圧で地面に押し付けられる。
まるで手足が地面に打ち付けられているように、顔以外は一切動けない。
「――先輩と後輩だけの秘密です」
「な、なにを!?」
マリアは手に握る白い布を、俺の顔に押し付ける。
俺は反射的に自由のきく片方の手で封殺札を取り出し、マリアの胸に突きだしていた。
封殺札の電撃でマリアはひるみ、のけぞる。
「はぁ、はぁ……! 狂ってるのはマリアさんだッ!」
マリアはそのままよろめきながら、イスに倒れ、座り込む。
「……マ、マリア先輩、ごめん! 乱暴するつもりじゃ――!」
マリアの胸には封殺札が電撃を放っている。俺がマリアの胸から札をはがそうと、手を伸ばそうとする。
するとマリアの手が俺の手首を握りつぶす。
「ぐあっ! ……痛ッ!!」
「あげるです――」
「は、離してくださいッ!」
「……あげるです――、あげるです――……」
うつむいたままのマリアは壊れた人形みたいにそう繰り返す。
俺はマリアの手を振りほどく。
図書室を飛び出す。
何かを叫びながら廊下をひたすら走り、とにかくマリアから逃げようとした。
俺は教室でスクールバッグを掴み、玄関へ走った。
「もう、絶対に見つけないとダメだ! 犯人め!」
昼間なのに分厚い雨雲と雨で暗くしめった廊下には生徒たちの姿も声もない。
「犯人め、絶対に逃がすもんか! よりによってクリスマスなんかにこんな思いをさせやがって――ぐッ!」
曲がり角に倒れていたクリスマスツリーに足を取られ、肩から転んだ。
「痛ッ! この! 誰だこんなところにッ!」
ボッキンから奪ったランプが床に転がる。
気が付くと、手をついた場所には画鋲が集められていて、手のひらに針が刺さったままだった。
「痛ッ! ふざけるなッ! こんなみじめな思いさせやがって――!」
俺はランプを壁に投げつける。ランプは乾いた音と一緒に廊下に転がる。
「……ぅぅ」
「――な!?」
すぐ横の暗い教室の中からすすり泣く声が聞こえた。
被服室だ。
「……ぅぅ」
その声のする理科室をのぞくと、生徒の作りかけの洋服が着せられた顔のないマネキンや、テーブルにはミシンが置いてある。
そこに少女が机に座り、うつむいて泣いている。赤い髪の毛が見えた。アクガリのようだ。
「――なんでアクガリがこんな理科室に……?」
俺は理科室の中にアクガリしかいないことを確認し、扉を開ける。
「――アクガリ? おい、大丈夫か?」
アクガリは聞こえていないらしい。
「どうかしたのか? 廊下が暗くて迷子になったのか?」
「じんぐるべる……じんぐるべる……ぅぅ」
「……え?」
「今日は楽しぃクリスマス……楽しいはずの、クリスマス……だゼ……ぐすん」
アクガリの傍らには人影があった。その人影は俺に気が付き、無機質な顔を見せる。
「あ、……いっしょに、ケーキ食べる? ダーリン?」
「――ぐああああッ!」
「ひぅッ!」
アクガリは突然の俺の悲鳴に驚き、同じく悲鳴を上げ、そのまま俺を突き飛ばして廊下へ飛び出す。
「待って! アクガリ!」
アクガリを追って廊下へ飛び出すが、姿はおろか、足音すらなかった。
「あ、アクガ……リ、お、おいって!」」
●
男子トイレで俺が取り乱しながら話し続けている間、ルアは土砂降りの校庭を眺めながらずっとうなずいていた。
「そうなんだ! 俺は何もしちゃいない!」
ルアはうなずく。
「勝手に騎士たちの様子が変になってるんだ! 被服室で人体模型と歌ったり、理科室の料理を食わせようとして、あげくは何枚もはいていたパン……とにかく、犯人が俺を陥れようと!」
「……ならば貴方はどちらを信用します?」
「まさか、マリアたちが俺を脅迫するわけ――!」
「それです」
ルアは真面目な顔で俺を見つめる。
「同じように彼女たちも貴方を疑うことを知らないのでしょう」
そしてルアはうつむき笑う。
「いえ、もしかしたら、うすうす勘付いているかもしれませんね。女性の勘は未知数と聞きますから」
「――なんでそう脅かすんだよお前まで! まさか安息日にはドッキリや脅迫が流行るってか?」
ルアは俺の不安を紛らわすための冗談を無視する。
「あどけない姿の生徒会の皆さんは、教会が選抜したフィシスに立ち向う最強の戦士です。そんな彼女たちの理性を金城コミンさんは日々の交流の中で魔法を使ってかき乱しているのです。肌と肌が触れあるスキンシップの中で仕掛けているのでしょう」
「……無意味にセクハラでいじめているわけでもないのか」
「よって感性で貴方を裏切り者であると勘付いても、理性がそれを認識できないのです」
まずは、あのボノっていう俺を疑ってやまない新参騎士を、金城コミン好みのおもちゃにする必要があると俺は確信した。
「その魔法により、貴方を疑えず、また信じることもできずにいます。その矛盾は精神と理性の大きな負荷となり、彼女らは苦しんでいるはずです」
「俺のせいで、騎士たちが変になってると?」
「それが先ほどのような彼女らの問題行動の原因だとは断定できません。それに、世の中には知らない方が幸せなことが多々あります。現状はそれで十分なのです。ここは呪われた神殿学園で、貴方は大勢の生徒の将来を護っているのですから」
「う、るさい……悪役は得意なんだ……よッ」
安心させようと微笑むルアがハンカチを差し出してきた。
「もうすぐ安息日です。その日だけは憎しみも悲しみも解かれます。騎士として、救世主としてではなく、ただの生徒として、友達として、貴方として、一切のしがらみを忘れて平凡な日々に還りましょう」
ルアは窓の外の雨を手のひらで受けるとそれを握り、まるで手品師のように手からいちごミルクを取りだし、俺に差し出す。
こいつが戦いなど必要な場面以外で魔法を使ったのを初めて見た。
「貴方も安息すべきです。金城さんもそのために安息日を唱えたのでしょうから」
俺はいちごミルクに口をつけると、ぐずついた空から光がさした。
「おや、雲が開けてきましたね。このように人の心も天候のように時間が解決してくれるのを待つことが得策かもしれませんね」
俺は涙をぬぐい、ストローを思い切り吸う。
「ああ、金城コミンもそうだと楽なんだがな……」
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「ククク、予言が導く答えが、恋煩いとは……。面白い雲行きになってきた――ゥ”」




