13 寂しいクリスマス
あれから騎士たちとの間に居心地の悪い隔たりが出来てしまっていた。
何をするわけでもなく生徒会での定例会議が終わり、昼休みを告げるチャイムが学園内を余すところなく満たした。
「お仕事、終おーわりなの!」
「安息ぅ~! らぶゅ~!」
黙って書類にペンを走らせていた少女たちは書類を整え、帰り支度を始める。
「やっと安息日なんだゼ……」
「ちょっと待ってくれ! まだ安息日じゃないだろ? 見回り当番は?」
俺はあえてルアに話しかけるように言った。
「魔族がおとなしくなるのは放課後のチャイムからなんだろ?」
ルアはうなずくが、周囲の騎士たちからの回答はない。
几帳面なマリアが今日という日が半分しか終わっていないうちに、日めくりカレンダーをちぎり取り、暦を進める。
『安息日♪』という金城コミンらしい文字が大きく書かれた暦が現れた。
「……勝手に安息日にしちゃうのかよ、もし学園に問題が起こったら――」
俺は部屋の隅にむかってつぶやく。
「体操服を盗むのは魔族です」
マリアは俺を見ずに言った。俺は何も言えなかった。
「……マリアちゃんのストライプなんて興味ないガル」
それを耳にしたマリアは檻の中のガルナビではなく、俺をにらんだ。
「あ、違うガル! お口が勝手に滑ったガル! 悪い習慣だガル! 旦那、ごめんなちゃいガル! エポケ、エポケ!」
ガルナビは自ら部屋の隅に置いてあった縄を自分の体に巻きつける。
「今日はガルは何もやらないガル! 安息日だガル! お仕置き教室にお泊りは絶対にゴメンだからお利口にするガル! あー、縄がほどけないガル! 困ったガル……!」
しかし誰もガルナビの発言に反応しない。
「ねー旦那ぁ、一生いい子にするから騎士ちゃんにやっぱりこの檻から出すように頼んでほしいガル――」
檻を引きづりながらまとわりつくぬいぐるみを無視する。
「犯人が利口で凶暴な魔族だったら――、ましてや魔女や黒騎士みたいな野蛮なやつだったら……この安息日を見逃すわけがない!」
帰り支度をする女子生徒たちが一斉に固まり、室内のわずかな笑顔も消えうせた。
「魔女と黒騎士は、悪さする予定ですか?」
至近距離で放たれたマリア声が背中にささる。
ポポ、クゥ、アクガリ、スレイ、ボノが俺を見つめる。
「な、なんだよ! 冗談だよ!」
ルアは見物人を決め込んで壁に寄りかかり真面目な顔で部屋の中のやりとりを見守っている。
「でも、ほら、みんなが必死に作った結界があるじゃないか! これならヴァーサー・クーラーだろうと、黒騎士だろうと、フィシスだろうと悪さできやしないな!」
しばらくの間、女子たちは口を閉ざし続ける。
どの顔も全く笑っていない。
「おまたせー!」
分厚い雨雲を蹴り飛ばすように扉が開け放たれた。
「さ、みんな! ぼやぼやしてると夢見ヶ丘のスイーツに足が生えて逃げだすわよ!」
「はぁ、はぁ、会長さん、くたくたで、もう座らせて――!」
誰よりも晴れが似合う女子生徒が、か弱い女子生徒の手を握り現れた。
金城コミンが登場すると部屋の空気が一変した。
「それはダメなの~!」
「食ぅ! ぱくぱくぅ!」
騎士たちがコミンにまとわりつき、はしゃぎ出した。
マリアとアクガリに少し笑顔が戻った。
「……さすがだな――ったく」
「何よ。にやにやして」
長津田さんをおもちゃにしている金城コミンは俺に言った。
「別に……。いいだろ」
金城コミンは俺を睨んだ。
「よし! そんなにうまいなら俺も夢見ヶ丘のパフェを食うとするかな! なあコミン、俺におごらせてくれよ! クリスマスくらいみんなを喜ばせ――」
「えい!」
振りかざした財布が金城コミンの足にサッカーボールのように弾き飛ばされる。
そして、窓の外の林の中に消えた。
「参ったな」
「アナタは自分の仕事終わってないでしょ! ラブレターの気持ちを踏みにじって自分だけ安息日始めるわけ!?」
「そ、それは――」
帰り支度が済んだマリアたちは金城コミンに駆け寄る。
そして俺に日誌や雑巾や草花の種など、日々の生徒会業務を押し付けて来た。
「ヤロ、また今度な」
「べーなの!」
「ぼっちな男子には寂しいクリスマスだって!」
「お土産買ってきますね!」
「みんな、俺一人になったら、万が一の時に――!」
「魔族が束になってもびくともしない超バリアを仕掛けたなの! ウチの安息日は誰にも絶対に邪魔させないなの!」
「あの木彫りの結界も、敵を生徒会室に寄せ付けないんだゼ!」
ポポとアクガリは「ねー」と笑顔を見合わせる。
コミンにひっぱられ騎士たちは生徒会室を出ていく。
そして男だけが残された。
雄太と俺は顔を見合わせる。
「俺たちだけでやるしかないな」
ルアは肩をすくめ、生徒会室の黒板を指を刺す。
『部活、委員会は一切禁止! 遊びなさい♪』という文字が大きく描かれていた。
普段はぎっしりと学園の予定が書きこまれているカレンダーも、安息日にはスケジュールが何も記載されていない。
「どんなに憎み合っている者たちがいても、今日だけは武器を置きます。生まれながらの習慣になっていて、疑うことを知らないようです」
「しかし、マリアですら任務を放棄して油断しているこの日を狙って学園を襲うってことを考えつく魔族もいるだろ」
雄太もうなずき同意する。
「僕も安息日がなければ倒れてしまいますよ。年に数回だけ許された休暇できる期間です。こういったクーラーさんの配慮には手を合わせて感謝しても足りないくらいです」
「そもそもヴァーサー・クーラーのせいで苦労してるんだろ……」
「ボッキンみたいに破る奴もいるさ。おいらだったらこんなチャンス見逃さないけど――」
ルアは否定も肯定も意見もしない。
「万が一のためだ、俺は学園を巡回する。どっちにしろ気になって落ち着かない。こうなったら油断するふりをして犯人の奇襲を誘い、逆にとっ捕まえてやる! こんな思いをさせてくれる奴にはたっぷりとトウガラシ爆弾をふるまってやらなきゃ気がすまないしな……!」
「ご注意ください、相手の攻撃に対する応戦や防衛も安息日破りです」
「じゃあどうやって捕まえろって!? 大丈夫だ、少しくらい……誰も見ちゃいない――」
ルアは反論せずに、微笑する。
「どうやらサリスマリスも貴方と話がしたいらしいのです。いい雰囲気の喫茶店を見つけたらしいのですよ。しばらく学園は僕が見張っているので貴方は少し休まれては?」
「――(こくり)」
サリスマリスが小銭の音がするきんちゃく袋を取り出して俺に見せ付ける。
「会計は自分が持つと言うのか?」
「――(こくり)」
サリスマリスはちいさくうなずいた。
「部下におごってもらうやつがいるか?」
サリスマリスがうつむく。
「サリスマリス、のんきなこと言ってないで、長津田さんが無事に家に着くまでついて行け! なんならお前も一緒にパフェでも食ってろ!」
俺は校門を出てゆくコミンたちの集団を指さす。
「――(……)」
「貴方の懸念もわかります」
ルアが口をはさむ。
「生徒会の上級従魔族、番兵など関係者は皆もう出かけましたよ。残っているのは、僕らだけです」
「なんだって?」
コミンたちの後を追うように、番兵魔族たちが荷物を抱えて校門を出て行く姿が見える。
「――ウソだろ! あ、あいつらまで!?」
「うえっ! マジさ! 魔界に帰る気さ!?」
「学園で任務中の腕章を付けているのは、貴方と彼女だけです」
「彼女?」
ルアは窓をすり抜けたサリスマリスの背中を眺める。
その小さい背中がコミンたちの後を追う。
「それは冗談か? ガルナビたちと同じ凶暴な魔族だろ? 何をたくらんでいるかわかったもんじゃない。ほとんどコミュニケーションをとれない」
「任務や使命、種族や文化を越えて心でつながると強力な力が生まれると、クーラーさんの言葉によく聞きます。不思議なことに他のビグニティ魔族と比べ知能も戦闘力も頭ひとつ抜けています。特に貴方の前では感情も豊かなようですね」
サリスマリスが片付け忘れた編み物と裁縫箱が目につく。
「結局、何が言いたい」
「金城コミンさんが貴方を選んでから学園の空気が変わり、生徒魔族の心にも変化がありました。そして従魔族のサリスマリスが最も変わった気がします」
「安息日になるとお前も妙なことをしゃべりだすんだな」
「先生、ツメのぬいぐるみには命救われてるんさ。少し言い過ぎじゃ?」
「魔族にも心があるって!? お前らまでおかしくなったなら俺が一人で学園を守るしかないな! 不愉快な犯人を捕まえて、ここに縛りつけておいてやるよ!」
「旦那はガルが知っている中で一番油断ならない救世主だガル、お嬢さまが奴隷に選んだ理由がわかるガル……」
「俺は長津田さんや生徒を守るだけだ、お前らのような魔族や魔女からな!」
「ごほん……ゥ」
「なんだよボッキン、いたのか」
地面からボッキンが現れる。
「偽りは正しい――。敵は禁忌を犯して襲ってくるとの呪術のお告げを得た――ゥ」
「ボッキン、お前は安息日はいいのか? 出かけたりしないのか?」
「吾輩の目的は犯人の確保、その先にある女神さまのお許し――ゥ。安息日に怠慢をむさぼる余裕などない、が、しかし――……」
ボッキンは続きを控え、うなり声をあげる。
「しかし――、しかし――……」
「何だ、言ってみろって」
「このソーサリィを低下させる首輪は吾輩を信用したという理にかなっていない――ゥ。この首輪があっては吾輩の金縛りの呪術がその十分な効力を発揮できず、犯人と鉢合わせしたとき取り逃がすどころか吾輩の身すら危うい――ゥ」
「――下手なことはしてくれるなよ」
俺はルアに目をやる。
「一度外せば首輪は壊れ、今はその予備もありません」
「安息日を信じるぞ、ルア」
ルアは軽くうなずいた。
ボッキンから首輪がはずれ、地面に砕ける。
「だ、旦那!? ペテン野郎を自由にしちゃダメだガル!」
ボッキンは首を回してこきこきとならす。
「なんでこんな囚人を頼るガル!? ガルの方がずっと――」
「ガルナビ、紐をよこせ」
「はい旦那」
「ガルナビ、この紐を自分の体に巻け」
「こうガルか?」
「よし、これで安息日を脅かす問題児を拘束した」
「ギャル!? いつの間に!? 騙したガルか、旦那!」
俺はいつの間にか脱走していたガルナビを再び小さな檻に放り込み、泣き叫ぶそいつを残して生徒会室を立ち去る。
学園は生徒の姿もなくなり、静まった。
校庭から、校舎に埋め込まれた時計を見守っていた。
ルアは涼しそうに、雄太はまじまじと時計を見守る。
そしてついに、時計の針は安息日が始まるという15時の時刻をピタリとさした。
チャイムが学園に響き渡る。
「始まったようだ――、安息日が――」
ルアがうなずく。




