【02】王の妹カール・ジェイデン、百年先を見据える
エドガーとの話し合いから数日後。
王宮の執務室を訪れたカール・ジェイデンは、机に書類を広げた。
艶のある栗色の髪を後ろで束ねた美しい女性で、細身の身体に襟元まで整えた衣服をまとっている。
「各地の報告をまとめました。
兵を引き揚げられる地域と、当面は残す必要のある地域を分けてあります」
「戦が終われば、お前も少しは休ませてやれると思っていたのだがな」
「では、王にも領土を広げるのを少しお休みいただかねばなりませんね」
カールは顔を上げ、美しい口元に笑みを浮かべた。
切れ長の目に、兄の返答を待ついたずらっぽい光がある。
アルバートの八歳下、二十五歳。
異母妹である彼女は、母方のジェイデン家を継いでいた。
「ルトニア王国の版図が広がれば、ここへ持ち込まれる仕事も増えます。
戦場でのお働きが見事だった分だけ、私も休めなくなるのです」
「私への褒め言葉と受け取ってよいのか」
「お褒めしております。
ですから、こちらの仕事にもお付き合いください」
カールは書類から一枚を抜き、アルバートへ差し出した。
「まずは、こちらをご覧ください。
隣り合う二人の領主が、同じ土地を自分の領地だと主張しています。
双方とも、かつて仕えていた王から、その土地を与えられた書状を持っています」
アルバートは差し出された報告書を読んだ。
「どちらの書状も無視はできぬな。
一方の権利を認めれば、もう一方は正当に与えられた土地を奪われたと思うだろう」
「はい。
今はアルバート王に従う者ですから、争いで解決することは許されません。
双方とも、王に裁きを求めています。
国が違えば、土地の権利を認める法も、税の取り方も異なります。
今はアルバート王に従っていても、領主たちは以前の決まりを根拠に権利を主張しています。
まずは、かつての法や取り決めを調べ、双方の主張を確かめなければなりません。
そのうえで、ルトニア王国の法に照らして裁きます。
既存の法で判断できない場合は、今後の裁きの基準となる新たな法を定める必要があります」
「お前に任せたい。
双方の権利の経緯を調べ、裁きの案をまとめてくれ」
「承知しました。
ただ、領主同士の権利を裁くだけでは済まないかもしれません。
双方が自分の土地だと主張し、農民にも税を求めている恐れがあります。
この報告書には、農民が誰へ税を納めているかは書かれていません。
二重に取り立てられていないかも、併せて確かめます」
「では、そこまで確かめたうえで、改めて報告してくれ」
「承知しました」
アルバートは報告書を机へ戻した。
「戦を終わらせた以上、こうした争いからも民を守らねばならぬな」
「はい。
売買についても、各地から訴えが届いています」
カールは、持参した袋から数枚の貨幣を取り出し、机に並べた。
形も大きさもそろっていなかった。
「これらは、今回従えた国々で使われていたものです。
重さや、金や銀の含まれる割合も違います」
アルバートは、そのうちの一枚をつまみ上げた。
「国境がなくなった今も、領内でこれほどの種類の貨幣が使用されているのだな」
「はい。
それらの貨幣の使用を禁じれば、各地の売買に支障が出ます。
当面は使用を認める必要があります」
「だが、異なる貨幣が使われ続ければ、取引のたびに価値を確かめねばならぬ。
領内の商いを広げる妨げになるな」
「はい。
穀物を量る基準も違います。
同じ一袋でも、土地によって量が異なるのです」
「では、貨幣と物を量る基準をそろえよう。
今の売買を妨げずに切り替える方法を考えてくれ」
「承知しました。
重さや金銀の含有率をそろえ、鋳造と旧貨幣との交換方法を、商人や職人と相談してまとめます」
アルバートは、手にしていた貨幣を机へ戻した。
「カール。
エドガーとも話したが、大陸の統一を進める間も、従えた土地の暮らしを支えていかねばならぬ。
法や貨幣の整備を、お前はどう進める」
カールは、机に広げた報告書を見渡した。
「まずは今のルトニアで制度を整え、実際に運用して問題を確かめます。
ここで方法を確立すれば、これから従える土地でも生かせます」
「土地が変われば、事情も違う。
共通の制度を広めながら、各地に合わせて進める必要があるな」
「はい。
そのためにも、各地の事情に通じた者を集めます。
法や貨幣に詳しい者と共に、導入の順序や方法を考えましょう」
カールは次の報告を取り出した。
「もう一つ、言葉の問題があります。
各地で言葉や文字が異なるため、報告を読むにも、指示を伝えるにも、両方の言葉を知る者が必要なのです」
「行政にも商いにも、共通の言葉が必要だな。
ルトニア王国の言葉を広めるとして、どこから始める」
「まずは役人からです。
登用試験の受験には、共通語の習得を必須とします。
各地の教育機関でも共通語を教え、次の世代へ広めていきましょう」
「習得を義務づければ、反発も強かろう。
それでも進めるべきだと考えているのだな」
「我が国が大陸を統一するのです。
我が国が目指さずして、どの国が目指せるのでしょうか。
十年、二十年では、十分な成果は出ないかもしれません。
ですが、百年先はどうでしょう。
生まれた土地が違っても、同じ言葉で話し、商いができる。
その礎を築いた王として、後世の歴史家はアルバート王を称えるでしょう」
「百年先か。
私たちの代で終わる仕事ではないのだな。
誰が、どのように教えるかも含め、進め方を考えてくれ」
「承知しました」
カールが書類をまとめ始めると、アルバートは机の端に残っていた報告書を手に取った。
ある地域では食料が不足し、別の地域では、売り先が見つからず余っているという。
「カール。
こちらは取引の問題か。
それとも、食料を運ぶ道に支障があるのか」
「この報告だけでは判断できません。
輸送路の状態も確かめる必要があります。
道や橋については、オスカー殿に話を聞くのがよいでしょう」
アルバートは報告書をカールへ渡した。
「兵糧を送り続けてきたオスカーなら、運ぶ方法も分かるだろう。
余っている土地から、不足している土地へ届けたい。
この報告書を先に見せておいてくれ」
「承知しました」
カールは、その報告書をほかの書類とは分けて手元に残した。




