【01】アルバート・ルトニア、大陸を望む
三百年を超えた今もなお、子供たちが好んで聞きたがる物語がある。
一人の王が、三人の頼もしい仲間と力を合わせ、戦乱の大陸を一つにする物語。
その王の名は、アルバート・ルトニア。
「エドガー。
この大陸から、国同士の戦をなくすことはできぬだろうか」
エドガー・ザルツは、王を見返した。
周辺諸国を従えた祝いを述べたばかりだった。
「アルバート王。
ルトニアの周辺ではなく、大陸全土の話ですか」
「ああ」
ルトニア王宮の一室。
机には、平定を終えた土地の地図が広げられている。
アルバート・ルトニア、三十三歳。
即位から三年が過ぎていた。
ルグルスの大森林の南に位置するルトニア王国は、王都とその周辺を治める小国だった。
第三王子だったアルバートは、相次ぐ侵攻で国の存続が危ぶまれる中、重臣たちに推されて王となった。
攻め寄せる国々を退け、やがて自ら攻勢に転じた。
今、ルトニアを脅かしていた周辺諸国は、すべて彼に従っている。
後世のルトニア王国に相当する領土を、この三年で手に入れたのである。
「ようやく、兵を家族のもとへ帰せるようになったのです。
その王が、もう次の戦をお考えなのですか」
王になる前からの友人は、祝辞を述べたときとは違う目でアルバートを見ていた。
「戦を始めたいわけではない。
終わらせたいのだ」
「この三年も、そのために戦ってきたではありませんか」
「そうだ。
初めは、攻めてきた国々を退ければよいと思っていた。
だが、敵は兵を集め直して、また攻めてきた。
こちらも、家に帰した者たちを呼び戻さねばならなかった」
「それゆえ、侵攻を繰り返す国そのものを従えた。
そして、勝ったのです」
「ああ。
お前と、カールと、オスカーがいなければ、成し遂げられなかった。
これで、ルトニアの民は戦に追われず暮らせる」
「でしたら、今はそれをお喜びください。
この三年、王も兵も、十分に働きました」
アルバートは地図へ目を落とした。
新たな国境の向こうにも、国の名が幾つも書き込まれている。
「エドガー。
この線の向こうでは、今も兵が集められている。
家族を残して戦へ向かう者がいる。
私たちの国が助かったから、それでよいのだろうか」
「ほかの国の民まで、王が背負われるのですか」
「手の届く範囲で、できることをしたいと思うのは、強欲だろうか」
「その手を、どこまで伸ばすおつもりです」
アルバートは答えなかった。
地図を見つめたまま、しばらく考えていた。
「お前は、国が栄えるとは、どういうことだと思う」
「領地が広がり、富が増すことではないでしょうか。
今のルトニアが、まさにそうです」
「私も、そう思っていた。
だが、戦で家族を失った者もいる。
その者たちに、国が勝ち、領地や富が増えたと伝えても、失った家族が戻るわけではない」
「では、何を望まれるのですか」
「田畑を耕し、作った物を売り、必要な物を買う。
次の年も、家族と共にそうして暮らせる。
私が望んでいるのは、おそらく、そういうことだ」
「それを、ルトニア王国だけでなく、ほかの国の民にも与えたいということですか」
「ああ」
「ならば、この戦乱を終わらせなければなりません。
ですが、一国だけが戦をやめても、隣国が攻めてこないという保証はありません。
隣国が兵を集め始めれば、自国も兵を集めて備える。
中には、相手の準備が整う前に攻めた方が、自国を守れると考える王もいるはずです」
「私たちと同じだな」
「ええ。
そして一国を従えても、その先には別の国がある」
エドガーは地図へ手を伸ばした。
ルトニアの国境を指でたどり、その外へ動かした。
「どこかで止まれば、その先には戦が残ります。
止まらずに進むというのであれば、この大陸を、一つにすることになる」
「ああ」
「アルバート。
自分が何を言っているか、分かっているのか。
この大陸には、まだ数多くの国がある。
それぞれに王がいて、自分の国を守るために兵を集めている。
我々が進めば、争っていた国同士が手を結び、立ちはだかることもあるだろう。
しかも、遠くへ進むほど、兵糧を届けることも、従えた土地を治めることも難しくなる。
この三年で成し遂げたことを、大陸の果てまで続けようというのだぞ。
この大陸を統一した王など、これまで一人もいない」
「分かっている。
どうすればできるのかは、まだ分からない。
だから、お前に話している」
エドガーは椅子の背に身体を預け、息をついた。
「祝いを述べに来ただけだったのだがな」
「それは、もう聞いた」
「次は休めと言うつもりだった」
「それも聞いた」
エドガーは笑いかけたが、アルバートの目を見て、その先の軽口をやめた。
「カールとオスカーには、話したのか」
「これからだ。
国を従えた後、どう治めるのか。
遠くまで進む軍勢を、どう支えるのか。
二人の考えも聞きたい」
「二人とも、仕事が終わったとは思わぬ方がよさそうだな」
「お前もだ、エドガー」
机の地図に描かれていたのは、ルトニアとその周辺だけだった。
「まずは、大陸全土の地図が要る」
エドガーはそう言って、机へ身を乗り出した。




