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第4話 「好き」を忘れた彼女に、もう一度恋を届ける

前書き


「売れ残りしかない魔王城を、異世界最強の百貨店にする」


そんな無茶な挑戦から始まった物語は、ついに次の舞台へ進みます。


今回、直人たちが向かうのは、“売れ残りが一つもない帝国”。


一見すると、完璧な国です。

商品は余らない。

無駄もない。

誰も買い物に迷わない。


でも、その国には大きな問題がありました。


人々が、自分で「欲しいもの」を選べなくなっていたのです。


効率よく。

失敗なく。

無駄なく。


すべてが最適化された世界では、買い物すら「正解」を選ばされるようになっていました。


前作で直人が作ったのは、商品を売るだけの百貨店ではありません。


「どれにしよう」と迷う時間。

誰かのために贈り物を選ぶ時間。

必要ではないけれど、なぜか欲しくなるもの。


そんな、人が自分で選ぶ楽しさを守る場所でした。


だから今回、直人は再び問いかけます。


「売れ残りがゼロなら、本当に幸せなのか?」


リリスとの距離も少しずつ変わり、仲間たちとの日常や笑いもありながら、物語はやがて帝国そのものを揺るがす戦いへ進んでいきます。


剣や魔法だけでは変えられない世界を、

売り場と接客と「選ぶ自由」で変えていく。


『転生バイヤー、魔王城百貨店をはじめますⅡ』

売れ残りゼロの帝国で、「選ぶ自由」を取り戻した話。


前作より少し大きく、少し切なく、そしてもっと賑やかな物語を、ぜひ最後まで楽しんでください。

名前は覚えている。気持ちだけがない

《白紙の日》発動まで、二十三時間五十八分。


地下街の壁に浮かんだ数字が、一秒ずつ減っていく。


その冷たい光の下で、俺はリリスを抱き起こしていた。


「リリス。俺だ。分かるか?」


「申し訳ありません」


彼女は俺の腕の中から静かに離れた。


自分を抱いている見知らぬ男から、礼儀正しく距離を取るように。


「あなたのお名前を教えていただけますか?」


胸の奥に、氷の刃を差し込まれたようだった。


名前を呼ばれない。


たったそれだけのことが、これほど苦しいとは思わなかった。


俺は何度も彼女に「店長」と呼ばれてきた。


呆れた時も。


怒った時も。


無茶を止めようとした時も。


ほんの少しだけ、こちらを意識しているような声で呼ばれた時も。


その響きが、すべて彼女の中から消えている。


「高城直人だ」


俺はゆっくりと名乗った。


「魔王城百貨店の総店長をしている」


「魔王城百貨店……」


リリスの眉がわずかに動く。


「知っているのか?」


「はい。人間と魔族が共同で運営する大型商業施設。食品、衣料、武器、薬品などを扱い、複数の国家へ物流網を広げています」


説明は完璧だった。


百貨店に関する知識は残っている。


「君はそこで、衣料品と生活雑貨を担当している」


「そのようですね」


リリスは自分の服と、指先から伸びる魔糸を確認した。


「魔力の使い方も覚えています。戦闘経験も失われていません」


「俺たちのことは?」


彼女は俺の後ろへ視線を向けた。


ガルド。


バルグ。


ゼファー。


ミレイア。


一人ずつ確認するように見つめる。


「名前と役職は分かります」


「では、私が誰かも分かるな」


ガルドが一歩出た。


「魔王軍四天王、ガルド。武器売り場責任者」


「はい」


「俺が甘い物を嫌いなことも覚えているか?」


「その情報はありません」


ガルドが胸を張った。


「ならば問題ない」


「何がだ」


俺が尋ねると、ガルドは小声で答えた。


「クリームパンの件は忘れているらしい」


「今、それを心配していたのか?」


「重大な機密だ」


リリスは不思議そうに首を傾げた。


「ガルド様は、甘い物がお好きなのですか?」


「違う!」


地下街全体へ響く声だった。


子どもたちが一斉にこちらを見る。


「声が大きいほど怪しいぞ」


ゼファーが言う。


「黙れ!」


「やはり好きなんだな」


「違うと言っている!」


「皆さん」


リリスが冷静に割って入る。


「状況を整理したいのですが」


その声。


その話し方。


どれも以前と同じだった。


けれど、表情には何もない。


ガルドたちのやり取りを見ても笑わない。


俺が視線を向けても、少しも照れない。


そこにいるのは確かにリリスなのに、俺の知る彼女がいない。


「黒瀬の魔法は、記憶の全部を消したわけじゃない」


ミレイアがリリスの瞳を確認しながら言った。


「失われたのは、《選好》に結びついた記憶です」


「選好?」


「何を好きだと思ったか。誰を信じたか。何を大切にしたか。どの未来を選びたいと願ったか」


ミレイアの表情が曇る。


「感情によって意味づけされた記憶だけが、切り離されています」


「つまり、事実は覚えていても、気持ちは覚えていないのか」


「おそらく」


俺はリリスへ向き直った。


「魔王城百貨店で働いていたことは?」


「知識として理解しています」


「なぜ働いていた?」


「分かりません」


「赤いリボンを持っていたことは?」


「記録にはありません」


俺は床へ落ちたリボンを拾った。


夜市で彼女が髪に結んでいた物。


第一話で少女へ渡せなかった、あの赤いリボンだ。


彼女の手のひらへ載せる。


「これを見て、何か思い出さないか?」


リリスはリボンを見つめた。


表。


裏。


ほつれた端。


何度も指でなぞる。


「申し訳ありません」


やがて、静かに首を振った。


「ただの赤い布に見えます」


分かっていたはずなのに、心臓を強く握られた。


彼女にとって、ただの布になってしまった。


「店長」


ガルドが俺の肩へ手を置いた。


「少し休め」


「時間がない」


《白紙の日》まで、二十三時間五十一分。


リリス一人で終わる保証はない。


黒瀬は二十四時間後、帝国中の人々から「好き」を消すつもりだ。


「中央塔へ行く」


俺は立ち上がった。


「その前に、リリスの記憶を戻す方法を探す」


「説明を続けるのですか?」


ミレイアが尋ねる。


「いや」


俺は赤いリボンを見た。


思い出を説明しても、彼女には届かない。


事実を積み上げても、気持ちにはならない。


俺が「君はこれが好きだった」と押しつければ、それは黒瀬と同じだ。


本人の代わりに、正解を決めることになる。


「思い出してもらうんじゃない」


俺は答えた。


「もう一度、選んでもらう」


思い出の売り場を作れ

返品街に残された商品を集め、俺たちは小さな売り場を作った。


並べたのは、新しい商品ではない。


リリスがこれまでに選んできた物だった。


子どもの隣へ置いた赤いリボン。


魔王城百貨店で初めて売り切った香水瓶。


俺のために選んだ深緑色の礼装。


夜市で二人で食べた蜂蜜パン。


衣料品売り場の配置図。


そして魔王城百貨店の従業員たちから届いた、何十通もの手紙。


黒瀬の魔法を受ける前、遠隔通信で状況を知った店員たちが送ってくれたものだ。


「これが、私の選んだ物ですか?」


リリスは売り場の前で尋ねた。


「ああ」


「なぜ、このように統一感がないのでしょう」


香水。


服。


パン。


図面。


確かに、品目だけ見れば統一感はない。


「売り場としては問題があります」


「最初の感想が厳しいな」


「導線も不明確です。衣料品の隣にパンを置く理由が分かりません」


「思い出の順番に並べた」


「それは、お客様に伝わりますか?」


「君は記憶を失っても店長だな」


思わず笑ってしまった。


けれど、リリスは笑わない。


俺の胸の奥だけが、静かに痛んだ。


最初に彼女が手に取ったのは、売り場図だった。


紙には、魔王城百貨店の衣料品売り場が描かれている。


女性用。


男性用。


子ども用。


試着室。


休憩用の椅子。


そして売り場の中央には、円形の小さな広場があった。


「この椅子は?」


リリスが尋ねる。


「買い物に疲れた人が休むために、君が置いた」


「売り場の面積が減ります」


「当時の俺もそう言った」


「では、なぜ許可したのです?」


「君に言われたからだ」


俺は、あの日の会話を思い出した。


売上を増やしたければ、商品棚を増やすべきだと考えていた俺。


それに対して、リリスは言った。


疲れた人が立ち止まれない売り場では、商品を選ぶ余裕もなくなる、と。


「君は、物を売る前に、お客様が落ち着ける場所を作った」


リリスは図面の椅子を見つめた。


「合理的ではあります」


「感想はそれだけか?」


「ほかに何を?」


「いや……」


まだ届かない。


次に、彼女は香水瓶を手に取った。


「これは売り切れた商品だ」


「香りを確認しても?」


「もちろん」


蓋を開ける。


甘さの中に、少しだけ木の香りが混じっている。


リリスは目を閉じた。


しばらく、その香りを確かめる。


「何か感じるか?」


「懐かしい気がします」


俺は息をのんだ。


「本当か?」


「はい。ただし」


リリスは目を開けた。


「倉庫の防虫剤に似ています」


「台無しだ!」


ゼファーが腹を抱えて笑う。


「リリスらしいな!」


「以前の私も、同じ感想を?」


「いや。売り切れを祝って、売り場全体へ振りまこうとして止められた」


「迷惑ですね」


「昔の自分に厳しすぎないか?」


「事実でしょう?」


記憶がなくても、容赦はなかった。


少しだけ、いつものリリスが戻ったような気がした。


次は、俺の礼装だった。


彼女が船の上で選び、着替えまで手伝った服。


リリスは布地を指でなぞり、俺と服を交互に見る。


「これを、私が選んだのですか?」


「ああ」


「店長に?」


「ああ」


「なぜ、この色を?」


「俺に似合うと思ったからだろう」


「現在の印象では、もう少し地味な物でもよいと思います」


「今、遠回しに似合っていないと言ったか?」


「礼装自体はよい品です」


「着ている人間の問題か?」


「そこまでは申しておりません」


「顔に書いてある」


彼女は礼装を俺の肩へ当てた。


距離が近くなる。


以前なら、からかうように目を細めたかもしれない。


今は、商品を確認する店員の顔だ。


「サイズは合っていますね」


「君が採寸したからな」


「私が?」


「本人より正確だった」


「当然です。衣料品担当ですから」


彼女の指が、俺の襟元へ触れた。


ほんの一瞬。


その動きが止まる。


「どうした?」


「分かりません」


リリスは、自分の指先を見つめた。


「以前も、こうして触れたことがあるような……」


胸が跳ねた。


「ある」


「どこで?」


「東の大陸へ向かう船の中だ」


「その時、私は何を思ったのですか?」


答えに詰まった。


耳を赤くしていた。


俺の手と触れた瞬間、離すのが遅れた。


けれど、それを俺が決めつけていいのか。


「分からない」


俺は正直に言った。


「君の気持ちは、君にしか分からない」


リリスは少し驚いたように俺を見た。


「説明してくださらないのですか?」


「俺が答えを決めたら、意味がない」


「では、私はどうすれば?」


「もう一度、選べばいい」


「同じ答えになる保証はありません」


「それでもいい」


言葉にした瞬間、胸が痛んだ。


もし彼女が以前とは違う未来を選んだら。


もし俺のそばを選ばなかったら。


怖くないわけではない。


むしろ、怖い。


それでも、彼女の気持ちを俺の都合で決めるくらいなら、選ばれないほうがいい。


「君が以前と違う物を好きになっても、違う場所を選んでも、それが君の答えだ」


リリスは俺をじっと見つめた。


「あなたは、ずいぶん不利な商売をなさるのですね」


「バイヤーは、お客様に必要のない物を押しつけない」


「利益にならなくても?」


「それで信頼を失うよりはいい」


「私が、あなたを選ばなくても?」


呼吸が止まりそうになった。


売り場の外で、ガルドがクリームパンの袋を隠そうとしている。


ゼファーがそれを奪おうとしている。


バルグが猫柄のカップで茶を飲んでいる。


極めて騒がしい日常の中で、その問いだけが、静かに俺へ届いた。


「それでもだ」


俺は答えた。


「君の気持ちは、君が決めるべきだ」


リリスは何も言わず、礼装を元の場所へ戻した。


けれど、その指先は、ほんの少し震えていた。


好きなものカードは秘密を守らない

ミレイアの提案で、返品街の住民全員へ一枚のカードを配ることになった。


名前。


好きな色。


好きな食べ物。


大切な人。


将来やりたいこと。


《白紙の日》で記憶を奪われても、自分が何を選んでいたか確かめるための記録だ。


カードの上部には、俺がこう書いた。


《好きなものカード》


「少し幼い名称ではありませんか?」


リリスが言う。


「分かりやすさが大事だ」


「《個人選好保存票》のほうが正確です」


「黒瀬の書類みたいになるから却下だ」


住民たちは最初、何を書けばいいのか分からなかった。


好きなものを尋ねられた経験がない。


そこで俺たちも、見本としてカードを書くことになった。


最初に提出したのはガルドだった。


彼は周囲を警戒しながら、カードを裏返しにして差し出した。


「誰にも見せるな」


「記録なのだから、確認する必要がある」


「店長だけが読め」


俺はカードを開いた。


好きな食べ物。


《クリームパン》


「やはり好きなんじゃないか」


「声に出すな!」


ガルドが俺の口を塞ごうとする。


その拍子にカードが宙へ舞った。


リリスの魔糸が反応し、なぜか複写用の魔法陣へ飛び込む。


次の瞬間。


《ガルド様の好きなもの クリームパン》


と書かれた紙が、数百枚複写された。


地下街全体へ、白い紙が雪のように降り注ぐ。


子どもたちが拾って読み上げる。


「ガルドおじさん、クリームパンが好き!」


「おじさんではない!」


「否定する場所はそこなのか?」


ガルドは剣を抜きかけた。


リリスが無表情で止める。


「甘い物を好きになるのは、罪ではありません」


「慰めるな!」


「では、売り場で特設フェアを」


「やめろ!」


ガルドの秘密は、帝国史上最大規模で流通した。


次はバルグ。


好きな食べ物。


《硬いパン》


「知ってた」


好きな物。


《猫柄のカップ》


全員の視線が、彼の手元へ集まる。


バルグは小さな猫が描かれた桃色のカップを、両手で包んでいた。


「似合うだろう」


本人は堂々としている。


「なぜ疑問形なんだ」


俺が尋ねる。


「店長が何も言わないからだ」


「似合っている」


「そうか」


バルグは満足そうに茶を飲んだ。


顔は怖い。


カップはかわいい。


組み合わせの破壊力が高かった。


ゼファーの好きな物は、恋愛小説。


しかも毎月二十冊以上購入しているらしい。


「仕入れ研究だ」


ゼファーは言い張った。


「登場人物が全員、恋愛しかしていない本から何を仕入れるんだ」


「人間関係の傾向」


「では、この本は?」


俺は本の題名を読む。


『冷酷公爵に十七回婚約破棄された私が、十八回目で魔王妃になりました』


「物流とは関係ないだろ」


「十八回も婚約商品を返品された女性の再販戦略だ」


「恋愛を在庫管理で説明するな」


魔王ヴァルディスのカードは、遠隔通信で届いた。


好きな読み物。


《勇者アルトの冒険新聞》


ガルドが目を見開く。


「陛下は、勇者の記事を定期購読しているのか?」


通信鏡の向こうで、魔王が腕を組んだ。


『敵の動向を知るためだ』


「最新号の付録に、勇者の笑顔写真がついていましたが」


ゼファーが言う。


『情報資料だ』


「玉座の横に飾ってありますよね」


『士気向上用だ』


どんな士気が上がるのかは、誰も尋ねなかった。


笑い声が広がる。


リリスだけは、静かに皆を見ていた。


笑いの意味は分かる。


だが、自分も一緒に笑いたいという感情が浮かばないのだろう。


「リリスも書いてみるか?」


俺はカードを差し出した。


彼女はペンを持つ。


名前。


《リリス》


好きな色。


長い沈黙。


「分かりません」


好きな食べ物。


「分かりません」


大切な人。


ペン先が止まる。


「空欄でもいい」


俺が言うと、彼女は首を横に振った。


「皆さんは、自分の答えを持っています」


「今は思い出せないだけだ」


「私には何もないように感じます」


その声に、初めてわずかな揺れがあった。


不安。


自分の中が空っぽになったことへの恐怖。


感情を失っても、失ったという事実に苦しんでいる。


「何もないんじゃない」


俺は彼女の前へしゃがんだ。


「奪われただけだ」


「同じでは?」


「違う」


俺は赤いリボンをカードの隣へ置いた。


「奪われた物なら、取り返せる」


「取り返したものが、本当に私の感情だと証明できますか?」


「証明はできない」


「では」


「君がもう一度、同じ物を選んだなら。それが今の君の答えになる」


リリスは赤いリボンを見つめる。


やがて、好きな色の欄へ一文字書いた。


《赤》


「どうして赤を?」


「分かりません」


彼女はリボンへ触れた。


「ただ、ほかの色より目を離したくないと思いました」


それで十分だった。


小さな、小さな選択。


けれど確かに、彼女自身が選んだ答えだった。


「大切な人の欄は?」


俺が尋ねると、リリスはカードを裏返した。


「保留です」


「誰か候補がいるのか?」


「ご自分で考えてください」


「記憶を失っているのに、そういう返しはできるんだな」


「店長」


彼女が初めて、俺をそう呼んだ。


意識して呼んだのか。


以前の習慣が戻ったのか。


分からない。


俺が息を止めていると、リリスは不思議そうに首を傾げた。


「どうされました?」


「今、俺を店長と呼んだ」


「役職として正しい呼称では?」


「そうだな」


それだけかもしれない。


けれど、その二文字が、胸の奥へ温かく沈んだ。


俺はカードを丁寧に受け取った。


いつか、ここに書かれた答えを彼女へ返すために。


魔王と勇者が、同じ入口から来た日

《白紙の日》発動まで、十一時間。


地下街の天井が大きく揺れた。


秩序騎兵が戻ってきたのかと思い、全員が武器を構える。


次の瞬間。


天井の一部が爆発した。


「侵入路を確保したぞ!」


巨大な黒い翼を広げ、魔王ヴァルディスが降りてくる。


その隣には、聖剣を持った勇者アルト。


魔王と勇者。


かつて世界を二分して戦った二人が、同じ穴から現れた。


「なぜ天井から来る!」


俺が叫ぶ。


魔王は豪快に笑った。


「入口を探すのが面倒だった」


「建物を壊すほうが面倒だ!」


勇者アルトが申し訳なさそうに頭を下げる。


「止めたんですが」


「お前も一緒に穴から降りてきただろ」


「魔王が先に飛び降りたので、見張る必要がありました」


「仲がいいですね」


リリスが言う。


魔王と勇者が同時に否定する。


「よくない!」


声までそろっていた。


魔王の後ろから、人間と魔族の連合部隊が降りてくる。


魔王城百貨店の従業員たちもいる。


手には武器だけでなく、食料、薬、工具、交換用魔石。


戦争のための軍隊ではない。


売り場を守るための、百貨店の仲間たちだった。


「遅くなった」


勇者が俺へ言う。


「東の大陸へ向かう物流路を、帝国軍に封鎖されていた」


「どうやって突破した?」


「魔王が城門を壊しました」


「合理的であろう」


魔王が胸を張る。


「交渉という選択肢は?」


「三度ほど叫んだ」


「それは交渉ではない」


「名乗りもしたぞ」


「侵略宣言に聞こえただろうな」


ガルドが魔王へ駆け寄る。


「陛下! よくぞお越しくださいました!」


その足元へ、クリームパンの秘密が書かれた紙が飛んできた。


魔王が拾う。


「ガルド。甘い物が好きだったのか?」


ガルドの顔が固まった。


「これは敵の情報工作です」


「帝国の攻撃は巧妙だな」


勇者が真剣にうなずく。


「違います」


俺はガルドの尊厳が完全に崩壊する前に、状況を説明した。


《白紙の日》。


リリスの記憶。


中央演算魔導具ゼロ・マーケット


「ならば、中央塔へ行く」


魔王が即答した。


「装置を破壊すればいい」


「単純に壊せるか分からない」


「壊してから考えればよい」


「それで何度、修理費が出たと思ってる」


「世界の危機に経費を気にするな」


「総店長は、世界の危機でも帳簿をつけるんだ」


勇者が聖剣を抜く。


「俺たちが正面を突破します。高城さんは中枢へ」


「分かった」


俺は地図を広げた。


中央配送塔。


帝国全土の物資と情報が集まる場所。


正面には秩序騎兵。


地下には搬送路。


側面には魔導炉。


上層部に演算室。


「ガルドは武器庫を制圧」


「任せろ」


「バルグは魔導炉を止めろ」


「ああ」


「ゼファーは配送路を乗っ取ってくれ」


「乗っ取った後、利用料を取っていいか?」


「駄目だ」


「では宣伝だけ」


「今は商売を忘れろ」


「無理な注文だな」


「リリスは」


俺は言葉を止めた。


彼女は戦える。


技術も記憶も残っている。


けれど、俺たちへの信頼を失った状態で、危険な作戦へ連れていってよいのか。


「私は同行します」


リリスが先に答えた。


「しかし」


「中央演算室への侵入には、私の魔糸が必要でしょう」


「危険だ」


「皆さんも同じです」


「君はまだ」


「記憶を失ったから、戦力外ですか?」


「そうじゃない」


「では、何でしょう」


俺は答えられなかった。


心配だから。


失いたくないから。


彼女が俺のことを覚えていなくても、その気持ちは変わらない。


「店長」


リリスが赤いリボンを髪へ結んだ。


自分で選んだ赤。


「私は、この色を選びました」


「……ああ」


「次は、どこで戦うかを選びます」


紫色の瞳が、まっすぐ俺を見る。


「私は、あなたと中央塔へ行きます」


以前の記憶ではない。


今の彼女自身が選んだ答えだった。


俺はもう止められなかった。


「必ず戻るぞ」


「それは命令ですか?」


「お願いだ」


「では、店長も戻ってください」


「約束する」


リリスは少しだけ目を細めた。


それは記憶を失ってから、初めて見せた笑顔に近い表情だった。


中央配送塔への突入

夜明け前。


連合部隊は中央配送塔へ攻撃を開始した。


魔王が正面の門へ拳を叩き込む。


巨大な鉄扉が、紙のように吹き飛んだ。


「入口を確保したぞ!」


「それは入口ではなく、元・壁だ!」


俺たちは崩れた壁から内部へ入る。


勇者アルトが光の斬撃を放ち、秩序騎兵の隊列を分断する。


「高城さん、先へ!」


「頼む!」


中央塔の内部には、無数の商品搬送路が走っていた。


箱。


荷車。


鎖。


昇降機。


巨大な倉庫そのものだ。


俺は地図と現場を見比べる。


「右の通路だ」


「左では?」


リリスが壁の番号を指す。


「右は偶数区画。演算室は最上階の第一管理区画です」


「帝国の配置規則なら、第一管理区画へつながる主線は奇数側か」


「はい」


「左へ変更!」


ガルドが背後で叫ぶ。


「最初からリリスに聞け!」


「現場確認は必要だ!」


「迷っただけだろう!」


「戦術的確認だ!」


左通路を進むと、武器庫の扉が開いた。


赤い装甲の秩序騎兵が並ぶ。


「ここは俺が引き受ける」


ガルドが剣を構える。


「ガルド」


俺は足を止めた。


「何だ?」


「帰ったら、クリームパンフェアを開催する」


「絶対に生きて帰って阻止する!」


ガルドが怒りを力へ変え、騎兵の群れへ突っ込んだ。


有効な士気向上策だった。


次の区画では、魔導炉から炎が噴き出していた。


バルグが前へ出る。


「止める」


「方法は?」


「冷やす」


「水は?」


バルグは保存パンを取り出した。


「なぜ持っている!」


「非常用だ」


「何に使う気だ!」


彼は魔導炉の歯車へパンを差し込んだ。


硬いパンが歯車の回転を止める。


異音。


火花。


魔導炉が停止した。


「また建築資材として活躍した……」


「非常食だ」


「食べた実績が一度もない!」


バルグは猫柄のカップを守りながら、別の通路へ向かった。


「気をつけろ」


「ああ」


「カップではなく、自分を守れ!」


ゼファーは配送制御室へ侵入した。


「店長、帝国全土の配送路へ接続できる!」


通信石から声が聞こえる。


「商品を逆流させて、敵の進軍を止めろ!」


「広告も流していいか?」


「何の広告だ!」


「魔王城百貨店、東方店近日開店」


「まだ許可を取っていない!」


「革命の後で取る!」


通信が切れた。


誰も言うことを聞かない。


だが、それぞれが自分で考え、役割を果たしている。


命令どおりにしか動かない秩序騎兵とは違う。


だからこそ、混乱も起きる。


予想外の行動もある。


けれど、その不完全さが、俺たちの強さだった。


最上階へ続く通路が、崩れた鉄骨で塞がれていた。


「通れない」


俺が周囲を確認する。


「迂回路は?」


「ありません」


リリスが天井を見上げる。


その指先から、赤い魔糸が伸びた。


魔糸は柱から柱へ渡り、空中に細い道を作る。


「この上を?」


「私が支えます」


「落ちたら?」


「返品は受け付けません」


どこかで聞いた言葉だった。


胸の奥が熱くなる。


「その台詞、以前の君も言いそうだ」


「今の私が言いました」


「ああ。そうだな」


俺たちは魔糸の上を渡った。


下は数十メートルの吹き抜け。


途中で鉄骨が崩れ、足場が揺れる。


俺の体が傾く。


リリスの糸が腰へ巻きついた。


「店長!」


「すまない!」


「本当に、目を離すとすぐ落ちますね」


「以前もそうだったのか?」


「知りません」


彼女は糸を引き、俺を自分のそばへ戻した。


顔が近い。


戦闘音。


燃える塔。


崩れる天井。


そんな場所で、彼女の瞳だけが鮮明に見えた。


「君が何を選んできたか、俺は覚えている」


気づけば、言葉がこぼれていた。


「突然、何です?」


「君が忘れても、俺は一つも忘れない」


リリスが息を止める。


「最初に売り切った商品も。俺へ選んだ服も。少女へ渡せなかったリボンも」


「なぜ、それほど」


「大切だからだ」


初めて、口にした。


完全な告白ではない。


逃げ道の残る言葉かもしれない。


それでも、これ以上曖昧にはできなかった。


リリスは俺を見つめた。


「では」


彼女の声が震える。


「私があなたを選んだことも、覚えていますか?」


胸が鳴った。


今度は逃げなかった。


「……覚えている」


それが事実だったのか。


俺の願いだったのか。


すべてを確認したわけではない。


けれど、船の中で触れた手。


ミレイアに「店長は非売品」と言った声。


帰る場所を尋ねた寂しそうな横顔。


俺を守って光を受けた背中。


彼女は何度も、行動で選んでくれていた。


リリスの瞳に、わずかな光が戻る。


「そうですか」


その口元が、ほんの少し上がった。


「では、私の選択は、悪くなかったのですね」


「かなり見る目がある」


「そこまで言っていません」


「今のは以前のリリスらしいな」


「以前の私は、ずいぶん失礼な人だったのですね」


「現在も変わらない」


魔糸が大きく揺れた。


「店長だけ落としましょうか」


「記憶が戻ってきた証拠だな!」


俺たちは中央演算室の前へ降り立った。


巨大な扉。


その中央には、日本語で一つの言葉が刻まれていた。


《最適化》


俺がかつて、何度も使ってきた言葉。


売り場を最適化する。


在庫を最適化する。


人員を最適化する。


便利な言葉だ。


しかし、誰にとっての最適なのかを忘れた瞬間、それは人を切り捨てる刃になる。


扉へ手を触れる。


冷たい金属の向こうから、黒瀬の声が聞こえた。


「待っていたよ、高城君」


娘を救えなかった男

中央演算室は、巨大な礼拝堂のようだった。


天井まで続く魔法陣。


無数の光の管。


中央には、《ゼロ・マーケット》の中枢が浮かんでいる。


球体を組み合わせた巨大な装置。


その内部を、白い光が流れていた。


黒瀬征司は装置の前に立っていた。


黒いスーツ。


銀縁の眼鏡。


第一話で見た時と変わらない姿。


ただ、その顔はひどく疲れていた。


「リリス君の記憶が少し戻ったようだね」


「あなたが消したものです」


リリスの魔糸が鋭く伸びる。


黒瀬の前に透明な障壁が現れ、糸を弾いた。


「私は消していない。分離しただけだ」


「言い方を変えても同じです」


「好みがあるから、人は苦しむ」


黒瀬は中枢へ手を触れた。


装置の表面に、一人の少女の映像が浮かぶ。


十歳にもならない、小さな女の子。


黒瀬と同じ黒い髪。


手には、古びた薬瓶が握られている。


「娘さんか」


俺が尋ねると、黒瀬の指が止まった。


「名前は、ミオ」


短い答えだった。


「この世界へ来た時、私は一人ではなかった」


黒瀬と娘は、大飢饉の東方大陸へ落ちた。


言葉も通じない。


金もない。


食料もない。


それでも黒瀬は、物流の知識を使って村々へ食料を運ぼうとした。


だが、娘が病気になった。


薬は存在した。


帝都の倉庫にあった。


必要な数より、はるかに多く。


「商人が買い占めていた」


黒瀬の声が低くなる。


「値段がさらに上がると知っていたからだ」


「買えなかったのか」


「私が持っていた金では、一本の半分にも届かなかった」


映像の少女が、父親へ笑いかける。


音はない。


けれど、その口が「大丈夫」と動いたように見えた。


「ミオは死ぬ前に言った」


黒瀬は装置から目を離さない。


「次に生まれたら、薬を買える家の子になりたい、と」


部屋の空気が重くなる。


リリスの糸が、静かに下がった。


俺は何も言えなかった。


黒瀬が間違っていることは分かっている。


だからといって、その痛みまで否定できるわけではない。


「私は娘を救いたかった」


黒瀬が振り返る。


「二度と、金や選択によって商品が届かない人間を作りたくなかった」


「だから、誰にも選ばせない国を作った」


「ああ」


「あなたは娘さんを救いたかった」


俺は一歩近づいた。


「でも今、誰も自分の子どもへ贈り物を選べない国を作っている」


黒瀬の顔が歪んだ。


「贈り物などなくても、人は生きられる」


「生きるだけならな」


「生きること以上に重要なものがあるのか!」


初めて、黒瀬が声を荒らげた。


「死んだ人間に自由が何の役に立つ!」


「生き残った人間から、人生を奪っていい理由にはならない!」


俺の声も大きくなる。


「あなたは人々を飢えから救った。それは間違いなく正しい」


「ならば」


「でも、正しいことをした人間が、その後もすべて正しいとは限らない!」


黒瀬が黙る。


俺は中枢の周囲に浮かぶ配給記録を指さした。


「食料を公平に届ける仕組みは必要だ」


薬。


住居。


最低限の生活。


誰かの金や立場によって、生きる権利が奪われない仕組み。


それは守らなければならない。


「だが、同じ靴を履かせる必要はない。好きな色を消す必要もない。誰を大切にするかまで、国が決める必要はない」


「自由市場は、また奪い合いを生む」


「なら、奪い合いを防ぐ仕組みを作ればいい」


「人間は失敗する」


「失敗したら、改善する」


黒瀬は苦しそうに笑った。


「君は簡単に言う」


「簡単じゃない」


俺はリリスを見る。


彼女の記憶は、まだ完全には戻っていない。


赤いリボンを選んだ。


俺を店長と呼んだ。


それでも、失ったものは多い。


「俺も間違えた。売り場を開けば人が幸せになると思った。売上が監視名簿へ使われることも見抜けなかった」


「ならば、私の正しさが分かるだろう」


「違う」


俺は首を横に振る。


「間違えたから、選ぶことをやめるんじゃない」


黒瀬へ向き直る。


「次は、選んだ人を守れる店を作る」


黒瀬はしばらく俺を見ていた。


その目には怒りだけではなく、迷いが浮かんでいた。


だが、天井から機械音が響く。


《白紙の日》発動まで、一時間。


表示が赤く染まる。


「時間だ」


黒瀬が中枢へ手をかざす。


「君も、自由を守るために選べ」


装置の周囲へ、秩序騎兵が現れた。


今までの騎兵とは違う。


白い装甲。


背中に巨大な演算魔石。


人間の動きを予測し、先回りする最終防衛兵器。


「リリス!」


「はい!」


赤い魔糸が広がる。


騎兵の腕へ巻きつくが、動きを読まれ、かわされる。


「予測されている!」


「同じ攻撃を繰り返すな!」


俺は騎兵の視線を確認した。


人の動きを見ているのではない。


床の魔法陣から、行動予測を受け取っている。


「床の光を切れ!」


リリスの糸が床の配線へ突き刺さる。


一部の魔法陣が消える。


騎兵の動きが遅れた。


「今だ!」


リリスが一体を縛り上げる。


俺は制御卓へ走った。


別の騎兵が進路を塞ぐ。


戦えない。


避けるしかない。


右へ動く。


先回りされた。


左。


また塞がれる。


俺の行動を、完全に読まれている。


「店長!」


リリスの糸が騎兵の足を引く。


わずかな隙。


俺は床へ滑り込み、制御卓の下をくぐった。


「予測できても、格好悪い動きまでは想定していないらしい!」


「自慢しないでください!」


制御卓に、見慣れた表示がある。


在庫一覧。


配送先。


個人情報。


そして、《選好保存領域》。


「これが、奪った記憶か」


俺は解除命令を入力する。


だが、画面へ警告が出た。


《権限不足》


「黒瀬!」


「中枢を止めたいなら、破壊すればいい」


黒瀬は冷たい声で言った。


「君の仲間の攻撃力なら可能だろう」


リリスの魔糸が中枢へ向かう。


「待て!」


俺は叫んだ。


中枢の表面に、何かが映った。


一個。


十個。


百個。


数え切れない光。


それぞれの光の中に、人の顔が浮かんでいる。


笑う子ども。


料理をする母親。


畑に立つ老人。


恋人へ花を渡す青年。


歌う人。


泣く人。


誰かを抱きしめる人。


「これは……」


リリスが息をのむ。


「国民から分離した記憶だ」


黒瀬が告げる。


数百万個の光が、演算室を満たしていく。


名前。


家族。


故郷。


好きな色。


愛した人。


将来の夢。


ただの情報ではない。


一人ひとりが生きてきた人生そのもの。


「記憶を消したのではありません」


リリスがつぶやく。


「中枢に保存していた……」


黒瀬はうなずく。


「管理には履歴が必要だからね」


「なら、元へ戻せるのか?」


「理論上は」


「方法は?」


「ない」


黒瀬は静かに答えた。


「記憶は中枢と一体化している。《ゼロ・マーケット》を壊せば、保存された選好情報も同時に消滅する」


俺の手が止まる。


「嘘だ」


「確認すればいい」


表示板へ、破壊時の結果が現れる。


《中枢停止》


《選好保存領域、消去》


《復元不可能》


リリスが俺の隣に立つ。


彼女の光も、装置の中にあった。


赤いリボン。


魔王城百貨店。


仲間たち。


俺と交わした言葉。


彼女が選んできたすべてが、白い光の中に閉じ込められている。


「店長」


彼女の声は静かだった。


「壊してください」


俺は彼女を見た。


「何を言っている」


「私一人の記憶より、帝国全体の未来が重要です」


「一人ではない。数百万人分だ」


「それでも、《白紙の日》を止めなければ」


「だからといって、全員の過去を消していいのか」


「時間がありません」


《白紙の日》発動まで、五十九分。


数字が減る。


装置を壊せば、人々は過去を失う。


黒瀬の支配からは解放される。


けれど、誰を愛していたかも。


どこで生まれたかも。


何を夢見ていたかも消える。


壊さなければ、過去は保存される。


その代わり、誰も未来を選べなくなる。


「選べ、高城君」


黒瀬の声が響いた。


「君が守ろうとしてきた自由で、答えを出せ」


リリスの《好きなものカード》が、俺の胸元から落ちた。


赤。


その下には、まだ空欄のままの項目がある。


《大切な人》


カードの裏に、いつ書かれたのか、小さな文字があった。


俺は息を止めた。


そこには、震える筆跡で、たった一つの名前が記されていた。


《高城直人》


「リリス……」


彼女はカードを見て、目を見開く。


「私が、書いたのですか?」


「分からない」


俺にも記憶がない。


いつ書いた。


記憶を失う前か。


失った後か。


それとも、彼女の手が無意識に選んだのか。


次の瞬間。


中枢の奥で、リリスの記憶を示す光が赤く染まった。


《配送先情報、確認》


機械音が響く。


《好きなものカードを、記憶返却先として認識》


俺は表示を見つめた。


配送先。


返却。


記憶を、商品として本人へ届ける。


頭の中で、何かがつながった。


装置を壊す必要はない。


保管された記憶を、一人ひとりへ返せばいい。


魔王城百貨店の物流網を使って。


けれど、表示板へ新たな警告が現れる。


《返却条件》


《本人による選択行動を要求》


《選択されない記憶は、配送不能》


俺は制御卓を握った。


人々が記憶を取り戻すには、自分の意志で何かを選ばなければならない。


選ぶことを禁じられてきた帝国で。


数百万の国民全員に。


残り一時間で。


《白紙の日》発動まで、五十八分。


黒瀬が初めて、驚いた顔で俺を見た。


「まさか君は……」


俺は万年筆を取り出した。


魔王城百貨店の全店舗、全倉庫、全配送路をつなぐ計画書を書く。


最後の一日。


国全体を、一つの百貨店に変えるために。


「開店準備だ」


俺はリリスへ告げた。


「帝国全土で、売り場を開く」


数百万の記憶が、夜空の星のように明滅する。


そのすべてへ届ける商品は、一つ。


誰にも決められない、自分だけの未来。


第4話・完

次回

第5話

最後の一日、百貨店は「選ぶ自由」を売った

装置を壊さず、国民の記憶を一人ひとりへ配送する。


そのためには、すべての国民が自分の意志で商品を選ばなければならない。


直人は帝国全土へ放送する。


「お金はいりません」


「正解もありません」


「あなたが欲しい物を、一つだけ選んでください」


しかし《ゼロ・マーケット》は、国民の選択を反乱と判断。


帝国中の全自動兵器が起動する。


そして崩れ始める中央塔で、リリスは直人へ最後の問いを投げかける。


「日本へ帰れるとしても、私と一緒に来ますか?」

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