第80話 エルトリーデ
エルトリーデSide
物心付いた時から私は一人だった。
親と呼べる者どころか家族すらも居ない。
どうすれば良いのか分からないまま辿り着いた街。
最初は身寄りのない私を心配し色々とお世話してくれた街の人々。
ある時、私の身体目当ての男共が現れた。
当時の私は何も知らず、その男共に付いて行った。
そうして辿り着いた薄暗い路地裏でそいつらは牙を向いた。
私の両腕を壁に押さえつけ服を剥ぎ取った。
当時は何が何なのか分からなかった、それがそういう事であり、私のような小さな身体を好む特殊な趣味の人間に捕まったのだと分かったのは随分後の事だった。
私の身体を舐めるように見た男が舌舐めずりをする。
それを見て自身に迫る危険を察知した時私は心の底から恐怖が湧き上がった。
早く此処から逃げなきゃ!
そう思って両手に力を入れてもビクともしない。
そんな私を嘲笑うかのように男共が私へと手を伸ばす。
もう駄目だ、そう思ったと同時に目の前が真っ白になった。
気が付いたら周囲は血の海となっていた。
私は怖くなって落ちて血で汚れた衣服を抱えてその場から走り去った。
後々分かったのは私の持つ血を操る能力と不死性。
その血を操る能力で男共を殺したのだ。
そんな事などつゆとも知らず私は親しい人に助けを求めた。
最初こそ人々は私を可哀想と言ってくれた。
けれどあの惨状を目の当たりにし、そしてそれをやったのが私と知って態度が変わった。
【人殺し】
私の事をそう呼び、石を投げ付けてくる。
それだけならまだ良い、終いには私を捉えて殺そうとしてくるのだ。
たまらず私はそこから逃げ出した。
その際に致命傷を負った。
けれど私は死に至るどころかみるみる内に傷が塞がっていく。
それを見た街の人々は
【化け物】
人々は私をそう呼んだ。
救いは、無かった。
ただ一人で生きていくしか無かった。
それから一人で彷徨うこと数年。
いつしか私は悪とされ、来る日も来る日も討伐対象とされた。
中には私の話を聞き、不死性を得ようとする奴らも現れた。
私はそいつらを逆に利用してやろうと思った。
私の血をわざと与え、血による支配を行う。
そうして数年、私は吸血鬼の始祖と呼ばれるようになった。
けれどそれでも人間の迫害は止まらなかった。
むしろ悪化した。
人間の迫害と配下の吸血鬼達の反乱。
人間の迫害はともかく何故配下の吸血鬼が反乱を起こせたのか最初は分からなかった。
理由が分かったのは私に忠誠を誓う少数の吸血鬼達から聞かされた。
配下の吸血鬼達の数が増えすぎて支配が弱まったのだ。
それからは散々だった。
人間と裏切り者達による挟撃。
私は私に付く配下のお陰で命からがら逃げ出せた。
その代わり、私の支配下に落ちてようやく私の事を理解しその境遇から考えを改めて尽くしてくれた配下達は亡くなった。
私と違い配下達は不死性は低いから。
一人、雨降る森の中で痛む身体を引き摺りながら進む。
そんな時だった、オリヴィアと会ったのは。
ボロボロで力尽きて泥に沈んだ私をオリヴィアが見つけた。
正直、もうどうでも良かった。
これ以上辛い思いをするなら、この世から消えてなくなりたかった。
だから私は無抵抗にただ泥に沈んだまま待った。
どうせこの娘も私を殺しに来たのだろう。
そう思っていたのにオリヴィアがした行動は全く予期してなかった物だった。
自分が汚れる事も厭わず私を抱き起こし近くの雨宿り出来る洞穴に連れ込み傷の手当をしてくれた。
弱りに弱っていた私は自身の治癒能力すら弱まっていた事に気付いていなかった。
今思えばあのままだったら弱って亡くなっていただろうね。
オリヴィアは傷の手当だけでなくご飯まで作ってくれた。
その辺の川から釣ってきた魚を焼いただけのご飯。
けれどそれは今までのどのご飯よりも美味しかった。
そんなオリヴィアと親しくなるのに時間は掛からなかった。
オリヴィアと共に楽しく生きて、オリヴィアに害をなそうとする者は全て排除してきた。
丁度配下が消えたから新たに血で支配してやった。
人里離れた山の古城でオリヴィアが会いに来てくれるのを楽しみに静かに生きていく。
そう思っていたのに。
オリヴィアが悪魔に人質にされた。
従うしかなかった。
私は悪魔の魔眼による支配を受け、完全に支配下に置かれるまで古城の上層階に幽閉された。
それからどれだけの月日が経ったか。
やけに下が騒がしいと思ったら身体が突然言う事を聞かなくなった。
何故か、直ぐに分かった。
【殺せ、一人残らず惨殺しろ】
【魔力のない人間を真っ先に始末しろ】
魔眼を通して悪魔から命令が下されたんだ。
床を壊し下へ降りた先に標的が居た。
魔力のない人間、まさか本当に居るなんて思わなかった。
そして始まる戦闘。
悪魔の支配下に置かれた私に拒否権は無かった。
ただ気掛かりなのは命令を下したあの悪魔が居ない事くらい。
それから少しして、勇者や聖女が相手だから手こずってたんだけどある人がチラリと視界に入った。
そちらに視線を向ければ心配そうな瞳で此方を見るオリヴィアが目に入った。
良かった、無事だったんだ……。
そう思ったのも束の間。
【殺せ、殺せ、殺せ、殺せ。その女を始末しろ】
魔眼の命令。
今までにない程の強い意志を感じた。
それと同時に私はこの悪魔が勇者達に討たれたと理解した。
これは悪魔の最期の嫌がらせ。
嫌だ………………………………………………
嫌だ………………………………………………
嫌だっ!!!!!
オリヴィアを殺したくない!
狙いがオリヴィアに変わってしまった。
嫌だ。
けれど身体は止まらない。
最後の頼みの綱であるオリヴィアは逃げるどころか受け入れようとしてる。
誰か……助けてよ……。
迫るオリヴィアの肉体、開かれる私の口。
ああ……もう駄目だ……。
そう思った。
けれど噛んだのはオリヴィアでは無く魔力を持たない人間だった。
瞬時に私とオリヴィアの間に割り込み庇ってくれた。
それが嬉しくて、申し訳なくて、涙が流れて視界がボヤける。
それと同時に身体が徐々に自由を取り戻しつつある事に気付いた。
もしかしてこの人の血が……?
そう思った私は僅かに戻った自由でゆっくりと血を吸う。
やっぱり、この人の血が私の中で渦巻く悪魔の力を追い出し私の暴走を鎮めてくれる。
それから少しして私は身体の支配権を完全に取り戻した。
「ありがとう……」
私を助けてくれた彼に小さくお礼を言ってオリヴィアに向く。
「オリヴィア……」
「エルトリーデ……ごめんなさい……」
「謝らないで、オリヴィア悪くないもの、生きててくれてありがとう……!」
私とオリヴィアは互いに抱き合いながら涙を流した。




